悪役令嬢を目指します!
番外 ???
妹が死んだ。その報告を受けた私は、私を捕らえて離さない腕から逃れようともがいた。
『ねえ、お願い。行かせて』
『何故だ』
妹が死んだから、というのは彼には通じない。むしろ死んだからこそ、よりいっそう私を離さないようにしている。
だけど私は行かないといけない。
『大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから』
『人はすぐ死ぬ』
『そりゃああなたに比べたら弱いけど、そんなぽんぽんと死ぬわけじゃないから安心して?』
迷いで揺れている赤い瞳を見据えて、大丈夫、と何度も繰り返す。よし、あと一息。
説得に成功した私は、急いで現場に駆け付けた。崩れた崖、馬車を潰す岩、息絶えた妹と、その傍らに立つ青年。
耳の早い彼のおかげで、他の人はまだ誰も来ていない。
『ねえ』
呼びかけると、青年の肩が揺れた。ゆっくりと振り返る彼の顔はいつも通りで、表情からは何も読み取れない。
でも彼は妹を可愛がっていたから、きっと突然すぎる死に悲しんでいる。
『お願いがあるの』
『何?』
――その先は、語るまでもない。
怒った彼に私が殺された。それだけの話。
目を開けると、いつも通りの暗闇が広がっている。何年経ったのか、今私が何歳なのかもわからない。
食事はあったりなかったりで、何回ご飯を食べたから、という風に時間を数えることもできない。
ただずっと、かつてあったことを思い出して過ごしていた。
だけど運命の転機というものは、いつも突然やって来る。
妹の死が突然だったように。
私はある日突然、暗い部屋から連れ出された。闇に慣れ切ってしまっていた私の目に光は眩しくて、しばらく目を開けられなかった。
そして少しずつ慣れた目を開けると、大きな部屋に見知らぬ男女が座っていた。彼らは私の母親と父親らしい。
なんの因果か、私は今回も双子だった。そして私は幽閉されて、片割れがずっと表で暮らしていた。そして、表で暮らしていたはずの子は十歳で死んだ。
じゃあ私も十歳なんだ、とぼんやりと考えていたら母親らしい女性がわっと泣き出してしまった。
「ああ、どうして死んでしまったの。私の可愛い子!」
父親らしい男性が母親らしい女性の肩を抱いて優しく慰めている。私も何か言った方がいいのかな。
でも私はうっかり怒らせて殺されてしまうような子だったから、下手なことを言うとこの二人も怒らせちゃうかもしれない。
とりあえず黙って話を聞いていたら、なんでもこの家は今新事業のために色々頑張っているらしくて、嫡子の死という弱味をよそに握られたくないらしい。
人の死が弱味になるなんて不思議な話だ。
「だけど、私ではばれるのでは?」
だから私を片割れの代わりにする、と言っていた。
久しぶりに発した声は私のものなのに私のものじゃないような、不思議な感じがした。記憶の中の声に慣れ切っちゃってたせいかもしれない。
でも言葉はちゃんと覚えてたみたいで安心した。
私の親らしい二人は、私の声を聞いてぱちくりと目を瞬かせていた。
「喋れるのか? ふむ、これならある程度誤魔化しやすくなるな」
喋れないと思っていた相手を替え玉にするって、ものすごく無謀だと思う。
だけどそれぐらい彼らは追い詰められてるのかもしれない。
「……リュカは友人が少ない子だったから、そうばれることはないだろう。容姿は、病気で痩せたとでも言えばいい」
顔も知らない片割れだけど、親に友達が少ないと思われてるってちょっと可哀相。私も友達はいないけど。
「今日からお前が我々の子どもだ」
反論することは許さない、みたいな言い方に私は反論することなく頷いた。
死んでしまった片割れは可哀相だと思うけど、ずっと暗闇の中は飽きてたので片割れの名前と地位を貰うことにした。
なんでもこの家はとある伯爵家の新事業に協力しているらしい。それをよく思わない人たちもいて、その人たちに片割れが殺されたかもしれない、というのが今の現状なんだって。
片割れは家の庭にある池で水死体となって発見された。それを見つけたのは運が良いのか悪いのか、母親だった。それでこっそりと死体を隠して、私を代わりに置いた。殺した相手に対する牽制の意味もあるらしい。
私の教育係になったお爺ちゃんはこの家に仕えて長く、私に同情的で色々なことを教えてくれた。
私も命を狙われる可能性が高いから、身を守れるようにって。
「水死体……」
ぽよん、と宙に浮く水を眺める。前は使えなかった魔法が今では使えるようになっていた。
私のせいじゃ、ないよね。
さすがに顔も知らない子を魔法を遠隔操作して無意識に殺したってことはない、と思いたい。
そんな私の心配は杞憂に終わった。普通に殺しに来てくれた。
さすがに人は殺したくないからね、よかったよかった。
水球の中で気を失った人を床に落として、お爺ちゃんを呼んで、この後どうするかを話し合う。
とりあえず父親に任せることになった。それからどうなったのかは知らない。
私に家を継がせるわけにはいかないので、夫婦の営みに精を出していた両親の間に弟が産まれたりとかあったけど、無事学園に入学する年まで生きることができた。
伯爵家の口添えがあれば中級クラスに入れるらしいけど、私は下級クラスに配された。口添えは弟のために取っておいたんだろうなぁ。
「平民はいるかしら?」
あ、妹だ。
黒い髪に青い目、妹そっくりな女の子が下級クラスに来た。思わず妹だと思っちゃうぐらいにそっくり。でも妹は死んだから、この子は妹の子孫か何かかな。
綺麗な男の子と一緒だけど、恋人かな。妹じゃないってわかってるけど、妹が男の子と親しくしてるみたいで少し照れちゃうね。
二人が帰った後にざわざわしていた人に聞いたら、女の子は聖女の子で公爵家の子どもで、男の子は第二王子だって教えてくれた。
「なんで知らないの?」
「え、と、顔までは知らなかったから……」
不思議なものを見るような目で見られちゃった。
色々なことを知るのは楽しい。歴史とかはちんぷんかんぷんだったけど、妹が残したのがこの歴史なのだと思うと楽しかったし、妹の子どもも元気だったみたいで安心した。
卒業した後に私がどうなるのかは知らない。
私がいるのに弟を跡継ぎにするのは難しいだろうから、放り出されるのかな。
下級クラスにいるのは長子以下の子が多い。長子の子もいるけど、そういう子は後ろ盾が弱かったりとかするらしい。
だから皆将来どうするかをよく話し合っている。誰のところに勤めに行こうかとか、どこの領地がよいかとか。私がそれに加わろうとすると、領地のある家の長子なのになんで? って不思議そうな顔をされた。
学園には予想外な人がいた。なんでいるんだろうって不思議に思ってたら、丁寧に教えてくれた。魔王から逃げてるんだって。
「愛を歌えぬ場に用などない」
「相変わらずだねぇ」
ノイジィと再会したのは授業でだった。普通に教師してたから、思わず吹き出したらぱちくりと目を瞬かせていて、それも面白くて笑っちゃった。
それで他の人から怒られちゃった。
「久しぶり。元気にしてた?」
授業が終わって、皆が帰った後にこっそり戻って話しかけたら、ノイジィは変な顔をしていた。
あ、そうだった。私は前の私とは見た目が違うんだった。
片割れの名前ではない、前の私の名前を告げると、ノイジィは顔を強張らせて、少しの間硬直していた。それから顔に手を当てて深い溜息を落とした。
「……どうして俺だとわかった?」
「え、どうしてって……?」
そういえばノイジィの見た目が違う。もしかしたらノイジィも一度死んだのかもしれない。お悔み申し上げますって言ったらまた溜息が落ちてきた。
「見た目を変えているだけだ。人を勝手に殺すな」
「そうだったんだ。便利だね」
「それで、どうして俺だとわかった?」
「歌い方が同じだったから、かなぁ。癖とかもそのままだし」
「……そうか」
ノイジィは椅子に深く座って、少しだけ遠い目をした。
「お前がいるとわかればあいつが攫いに来るだろうな」
「それは困るなぁ」
学園は卒業したいし、もっと色々なことを知りたい。彼のことは嫌いじゃないけど、遊びにも行けないのは結構辛い。
「大人しく過ごすことだな」
「たまに遊びに来てもいい?」
「好きにするがいい」
妹のこととか、色々なことを話せる相手ができたよ、やったね。
私を殺した相手と会ったのは、本当に偶然だった。でも幸い私だと気づいていないみたいだった。
彼と仲がよかったから、私だとばれたら彼に言っちゃうかも。もう会わないようにしないと。
合宿は少し大変だった。山での生活で、自給自足しろって言われたから、頑張って皆のために食料になりそうな生き物を狩った。
路銀が足りなくて動物を狩ったりしてたのを思い出してちょっとやりすぎたら、感謝と畏怖の念で見られちゃった。
でも大怪我をする人も出ないで終わったときには、皆私に感謝してくれた。よかったよかった。
合宿の成績を聞いた両親に呼び出された。魔力がどのぐらいあるのかとか色々聞かれたので頑張って誤魔化した。
女神さまの理から外れてる私の魔力が普通じゃないことは知ってたから。
二年生に上がった私は、ある日現教皇の息子さんの噂を聞いた。ある女性を娶るために教会を脅しに使ったらしい。
妹の子孫だけど、教皇さまの子孫でもあるから、教皇さまの方に似ちゃったのかな。妹にひどいことしたから、私はあの人が嫌いだ。
サミュエル・マティス。それが教皇さまに似た男の子の名前。
彼が目をつけたのは、妹によく似た子の友達だった。
「脅したり騙したりするのは駄目ですよ」
その子が一人になった瞬間を見計らって話しかけたら、不思議そうな顔で首をかしげられた。
「あなたは?」
片割れの名前を教えるときょとんとした顔をしていた。
「それで、ええと、どうしてそんなことを言いに?」
「噂を聞きました。意中の方を手に入れるために脅してるそうですね」
「……え、と、脅した覚えは……僕がしたのは説得、ですよ」
よかった。この子は教皇さまよりもいい子だ。教皇さまは悪いことだってわかっていながら悪いことしてた。
「領民を人質にするのは十分脅しですよ」
「そう、ですか? 僕は、その、起こりえる可能性を話しただけで、脅しのつもりは……」
「意中の方を手に入れるために振り向いてもらう努力をするのはいかがですか?」
「あ、はい。それは……あの、背を伸ばそうと思ってて、あとは貴族のことを知ったり、とか」
たしかこの子の意中の相手は侯爵家の子だったはず。それなら貴族について知るのは大切だ。
でも、それだけじゃ駄目だと思う。
だから一緒にノイジィのところに遊びに行くことにした。
「サミュエル君って呼んでいいですか?」
「え、あ、はい」
頷いてくれたから、この子はこれからサミュエル君だ。
「それで、どうして俺の所に来る」
「だって愛について詳しいでしょ? サミュエル君に色々教えてあげてほしいの」
ノイジィが頭を抱えてしまった。どうしてかな。
「え、ええと、あの、僕はどうすれば」
「この――あれ、今の名前はなんだっけ?」
「アーロンだ」
「アーロン先生は愛に詳しいから、色々聞くといいと思う」
はあ、と気のない返事をするサミュエル君と、ふむ、と呟いて膝の上で手を組みギィと椅子を揺らすノイジィ。
私はそれをにこにこと見つめた。
「望むのなら愛する者の気持ちを向けさせることはできるが――」
「洗脳は駄目だよ」
「え、ええと、僕はそれでも……」
「駄目です」
洗脳と脅しと騙すのは駄目。
「愛がどうこうって歌ってるんだから、真っ当な愛の得方ぐらい知ってるでしょ?」
「俺自ら愛を会得しようと動いたことはないのでな」
「じゃあ三人で考えよう。三人よれば文殊の知恵って言うし」
「……それは?」
「なんだっけ、たしかいい考えが浮かぶとか、そんな感じだった気がする」
妹が言っていたことだから、私も詳しくは知らないけど、多分そんな感じの意味だったと思う。
「私は、相手に意識してもらうために側にいたりするのがいいんじゃないかなって思うけど」
「お前が言うと説得力があるように聞こえてくるのだから不思議なものだな」
ノイジィのぼやきに首をかしげると、疲れた目を向けられた。不思議だね。
結局その日は恋文を贈ったり、それとなく側にいることにしようってことになった。進展するといいな。
「それにしてもお前」
サミュエル君が帰ってノイジィと二人になると、胡乱な目で私を見てきた。
「昔に比べて幼稚になっていないか?」
「そうかな?」
「前はもっと大人しかっただろう」
そうかなぁ。自分ではよくわからないや。
前の私は妹のことを見守ってたからそのせいかもしれない。それにずっと屋敷にいたし、妹が聖女をしている間は城に行ったこともあったけど、他の人と話す機会はあまり多くなかった。
皆楽しそうにしてたから、それを見てるだけで自分も楽しかった、というのもあるのかもしれない。
「今のお前をあいつが見たらどう思うのだろうな。ああいや、変わらんか。あいつはお前の心情など気にもしていないのだからな。あいつは自らの望みさえ果たせればそれでいいと思っている」
「それは違うよ。私のことを気にかけてくれてたし、私の言うことを聞いてくれたもん。優しいところもあるんだよ」
「あれが優しいだと? ずいぶんと甘いことを言う。あれが優しいのであれば、魔王ですらも優しいと言えるだろうな」
「うん。優しいよ。優しいところも良いところもあるのは……魔王も魔族も人間も同じだよ」
良いところもあれば悪いところもある。そんなの誰でも同じだ。
教皇さまは嫌いだけど、真面目に仕事をしていたのも知っている。魔王は侵略してきたけど、災厄である必要がなくなったら大人しくしてた。
王様と魔王が話しているのを見たときは、嬉しかった。
「皆仲良くできればいいのにね」
私は今回も女神さまの理から外れた存在だった。
前の私は魔力を妹にあげたからできなかったけど、今の私は違う。
だから今度こそ妹の代わりにそういう世界にしたいな。
――そう言ったら呆れられちゃったんだけど、なんでかなぁ。
ライアーもノイジィも変なの。
『ねえ、お願い。行かせて』
『何故だ』
妹が死んだから、というのは彼には通じない。むしろ死んだからこそ、よりいっそう私を離さないようにしている。
だけど私は行かないといけない。
『大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから』
『人はすぐ死ぬ』
『そりゃああなたに比べたら弱いけど、そんなぽんぽんと死ぬわけじゃないから安心して?』
迷いで揺れている赤い瞳を見据えて、大丈夫、と何度も繰り返す。よし、あと一息。
説得に成功した私は、急いで現場に駆け付けた。崩れた崖、馬車を潰す岩、息絶えた妹と、その傍らに立つ青年。
耳の早い彼のおかげで、他の人はまだ誰も来ていない。
『ねえ』
呼びかけると、青年の肩が揺れた。ゆっくりと振り返る彼の顔はいつも通りで、表情からは何も読み取れない。
でも彼は妹を可愛がっていたから、きっと突然すぎる死に悲しんでいる。
『お願いがあるの』
『何?』
――その先は、語るまでもない。
怒った彼に私が殺された。それだけの話。
目を開けると、いつも通りの暗闇が広がっている。何年経ったのか、今私が何歳なのかもわからない。
食事はあったりなかったりで、何回ご飯を食べたから、という風に時間を数えることもできない。
ただずっと、かつてあったことを思い出して過ごしていた。
だけど運命の転機というものは、いつも突然やって来る。
妹の死が突然だったように。
私はある日突然、暗い部屋から連れ出された。闇に慣れ切ってしまっていた私の目に光は眩しくて、しばらく目を開けられなかった。
そして少しずつ慣れた目を開けると、大きな部屋に見知らぬ男女が座っていた。彼らは私の母親と父親らしい。
なんの因果か、私は今回も双子だった。そして私は幽閉されて、片割れがずっと表で暮らしていた。そして、表で暮らしていたはずの子は十歳で死んだ。
じゃあ私も十歳なんだ、とぼんやりと考えていたら母親らしい女性がわっと泣き出してしまった。
「ああ、どうして死んでしまったの。私の可愛い子!」
父親らしい男性が母親らしい女性の肩を抱いて優しく慰めている。私も何か言った方がいいのかな。
でも私はうっかり怒らせて殺されてしまうような子だったから、下手なことを言うとこの二人も怒らせちゃうかもしれない。
とりあえず黙って話を聞いていたら、なんでもこの家は今新事業のために色々頑張っているらしくて、嫡子の死という弱味をよそに握られたくないらしい。
人の死が弱味になるなんて不思議な話だ。
「だけど、私ではばれるのでは?」
だから私を片割れの代わりにする、と言っていた。
久しぶりに発した声は私のものなのに私のものじゃないような、不思議な感じがした。記憶の中の声に慣れ切っちゃってたせいかもしれない。
でも言葉はちゃんと覚えてたみたいで安心した。
私の親らしい二人は、私の声を聞いてぱちくりと目を瞬かせていた。
「喋れるのか? ふむ、これならある程度誤魔化しやすくなるな」
喋れないと思っていた相手を替え玉にするって、ものすごく無謀だと思う。
だけどそれぐらい彼らは追い詰められてるのかもしれない。
「……リュカは友人が少ない子だったから、そうばれることはないだろう。容姿は、病気で痩せたとでも言えばいい」
顔も知らない片割れだけど、親に友達が少ないと思われてるってちょっと可哀相。私も友達はいないけど。
「今日からお前が我々の子どもだ」
反論することは許さない、みたいな言い方に私は反論することなく頷いた。
死んでしまった片割れは可哀相だと思うけど、ずっと暗闇の中は飽きてたので片割れの名前と地位を貰うことにした。
なんでもこの家はとある伯爵家の新事業に協力しているらしい。それをよく思わない人たちもいて、その人たちに片割れが殺されたかもしれない、というのが今の現状なんだって。
片割れは家の庭にある池で水死体となって発見された。それを見つけたのは運が良いのか悪いのか、母親だった。それでこっそりと死体を隠して、私を代わりに置いた。殺した相手に対する牽制の意味もあるらしい。
私の教育係になったお爺ちゃんはこの家に仕えて長く、私に同情的で色々なことを教えてくれた。
私も命を狙われる可能性が高いから、身を守れるようにって。
「水死体……」
ぽよん、と宙に浮く水を眺める。前は使えなかった魔法が今では使えるようになっていた。
私のせいじゃ、ないよね。
さすがに顔も知らない子を魔法を遠隔操作して無意識に殺したってことはない、と思いたい。
そんな私の心配は杞憂に終わった。普通に殺しに来てくれた。
さすがに人は殺したくないからね、よかったよかった。
水球の中で気を失った人を床に落として、お爺ちゃんを呼んで、この後どうするかを話し合う。
とりあえず父親に任せることになった。それからどうなったのかは知らない。
私に家を継がせるわけにはいかないので、夫婦の営みに精を出していた両親の間に弟が産まれたりとかあったけど、無事学園に入学する年まで生きることができた。
伯爵家の口添えがあれば中級クラスに入れるらしいけど、私は下級クラスに配された。口添えは弟のために取っておいたんだろうなぁ。
「平民はいるかしら?」
あ、妹だ。
黒い髪に青い目、妹そっくりな女の子が下級クラスに来た。思わず妹だと思っちゃうぐらいにそっくり。でも妹は死んだから、この子は妹の子孫か何かかな。
綺麗な男の子と一緒だけど、恋人かな。妹じゃないってわかってるけど、妹が男の子と親しくしてるみたいで少し照れちゃうね。
二人が帰った後にざわざわしていた人に聞いたら、女の子は聖女の子で公爵家の子どもで、男の子は第二王子だって教えてくれた。
「なんで知らないの?」
「え、と、顔までは知らなかったから……」
不思議なものを見るような目で見られちゃった。
色々なことを知るのは楽しい。歴史とかはちんぷんかんぷんだったけど、妹が残したのがこの歴史なのだと思うと楽しかったし、妹の子どもも元気だったみたいで安心した。
卒業した後に私がどうなるのかは知らない。
私がいるのに弟を跡継ぎにするのは難しいだろうから、放り出されるのかな。
下級クラスにいるのは長子以下の子が多い。長子の子もいるけど、そういう子は後ろ盾が弱かったりとかするらしい。
だから皆将来どうするかをよく話し合っている。誰のところに勤めに行こうかとか、どこの領地がよいかとか。私がそれに加わろうとすると、領地のある家の長子なのになんで? って不思議そうな顔をされた。
学園には予想外な人がいた。なんでいるんだろうって不思議に思ってたら、丁寧に教えてくれた。魔王から逃げてるんだって。
「愛を歌えぬ場に用などない」
「相変わらずだねぇ」
ノイジィと再会したのは授業でだった。普通に教師してたから、思わず吹き出したらぱちくりと目を瞬かせていて、それも面白くて笑っちゃった。
それで他の人から怒られちゃった。
「久しぶり。元気にしてた?」
授業が終わって、皆が帰った後にこっそり戻って話しかけたら、ノイジィは変な顔をしていた。
あ、そうだった。私は前の私とは見た目が違うんだった。
片割れの名前ではない、前の私の名前を告げると、ノイジィは顔を強張らせて、少しの間硬直していた。それから顔に手を当てて深い溜息を落とした。
「……どうして俺だとわかった?」
「え、どうしてって……?」
そういえばノイジィの見た目が違う。もしかしたらノイジィも一度死んだのかもしれない。お悔み申し上げますって言ったらまた溜息が落ちてきた。
「見た目を変えているだけだ。人を勝手に殺すな」
「そうだったんだ。便利だね」
「それで、どうして俺だとわかった?」
「歌い方が同じだったから、かなぁ。癖とかもそのままだし」
「……そうか」
ノイジィは椅子に深く座って、少しだけ遠い目をした。
「お前がいるとわかればあいつが攫いに来るだろうな」
「それは困るなぁ」
学園は卒業したいし、もっと色々なことを知りたい。彼のことは嫌いじゃないけど、遊びにも行けないのは結構辛い。
「大人しく過ごすことだな」
「たまに遊びに来てもいい?」
「好きにするがいい」
妹のこととか、色々なことを話せる相手ができたよ、やったね。
私を殺した相手と会ったのは、本当に偶然だった。でも幸い私だと気づいていないみたいだった。
彼と仲がよかったから、私だとばれたら彼に言っちゃうかも。もう会わないようにしないと。
合宿は少し大変だった。山での生活で、自給自足しろって言われたから、頑張って皆のために食料になりそうな生き物を狩った。
路銀が足りなくて動物を狩ったりしてたのを思い出してちょっとやりすぎたら、感謝と畏怖の念で見られちゃった。
でも大怪我をする人も出ないで終わったときには、皆私に感謝してくれた。よかったよかった。
合宿の成績を聞いた両親に呼び出された。魔力がどのぐらいあるのかとか色々聞かれたので頑張って誤魔化した。
女神さまの理から外れてる私の魔力が普通じゃないことは知ってたから。
二年生に上がった私は、ある日現教皇の息子さんの噂を聞いた。ある女性を娶るために教会を脅しに使ったらしい。
妹の子孫だけど、教皇さまの子孫でもあるから、教皇さまの方に似ちゃったのかな。妹にひどいことしたから、私はあの人が嫌いだ。
サミュエル・マティス。それが教皇さまに似た男の子の名前。
彼が目をつけたのは、妹によく似た子の友達だった。
「脅したり騙したりするのは駄目ですよ」
その子が一人になった瞬間を見計らって話しかけたら、不思議そうな顔で首をかしげられた。
「あなたは?」
片割れの名前を教えるときょとんとした顔をしていた。
「それで、ええと、どうしてそんなことを言いに?」
「噂を聞きました。意中の方を手に入れるために脅してるそうですね」
「……え、と、脅した覚えは……僕がしたのは説得、ですよ」
よかった。この子は教皇さまよりもいい子だ。教皇さまは悪いことだってわかっていながら悪いことしてた。
「領民を人質にするのは十分脅しですよ」
「そう、ですか? 僕は、その、起こりえる可能性を話しただけで、脅しのつもりは……」
「意中の方を手に入れるために振り向いてもらう努力をするのはいかがですか?」
「あ、はい。それは……あの、背を伸ばそうと思ってて、あとは貴族のことを知ったり、とか」
たしかこの子の意中の相手は侯爵家の子だったはず。それなら貴族について知るのは大切だ。
でも、それだけじゃ駄目だと思う。
だから一緒にノイジィのところに遊びに行くことにした。
「サミュエル君って呼んでいいですか?」
「え、あ、はい」
頷いてくれたから、この子はこれからサミュエル君だ。
「それで、どうして俺の所に来る」
「だって愛について詳しいでしょ? サミュエル君に色々教えてあげてほしいの」
ノイジィが頭を抱えてしまった。どうしてかな。
「え、ええと、あの、僕はどうすれば」
「この――あれ、今の名前はなんだっけ?」
「アーロンだ」
「アーロン先生は愛に詳しいから、色々聞くといいと思う」
はあ、と気のない返事をするサミュエル君と、ふむ、と呟いて膝の上で手を組みギィと椅子を揺らすノイジィ。
私はそれをにこにこと見つめた。
「望むのなら愛する者の気持ちを向けさせることはできるが――」
「洗脳は駄目だよ」
「え、ええと、僕はそれでも……」
「駄目です」
洗脳と脅しと騙すのは駄目。
「愛がどうこうって歌ってるんだから、真っ当な愛の得方ぐらい知ってるでしょ?」
「俺自ら愛を会得しようと動いたことはないのでな」
「じゃあ三人で考えよう。三人よれば文殊の知恵って言うし」
「……それは?」
「なんだっけ、たしかいい考えが浮かぶとか、そんな感じだった気がする」
妹が言っていたことだから、私も詳しくは知らないけど、多分そんな感じの意味だったと思う。
「私は、相手に意識してもらうために側にいたりするのがいいんじゃないかなって思うけど」
「お前が言うと説得力があるように聞こえてくるのだから不思議なものだな」
ノイジィのぼやきに首をかしげると、疲れた目を向けられた。不思議だね。
結局その日は恋文を贈ったり、それとなく側にいることにしようってことになった。進展するといいな。
「それにしてもお前」
サミュエル君が帰ってノイジィと二人になると、胡乱な目で私を見てきた。
「昔に比べて幼稚になっていないか?」
「そうかな?」
「前はもっと大人しかっただろう」
そうかなぁ。自分ではよくわからないや。
前の私は妹のことを見守ってたからそのせいかもしれない。それにずっと屋敷にいたし、妹が聖女をしている間は城に行ったこともあったけど、他の人と話す機会はあまり多くなかった。
皆楽しそうにしてたから、それを見てるだけで自分も楽しかった、というのもあるのかもしれない。
「今のお前をあいつが見たらどう思うのだろうな。ああいや、変わらんか。あいつはお前の心情など気にもしていないのだからな。あいつは自らの望みさえ果たせればそれでいいと思っている」
「それは違うよ。私のことを気にかけてくれてたし、私の言うことを聞いてくれたもん。優しいところもあるんだよ」
「あれが優しいだと? ずいぶんと甘いことを言う。あれが優しいのであれば、魔王ですらも優しいと言えるだろうな」
「うん。優しいよ。優しいところも良いところもあるのは……魔王も魔族も人間も同じだよ」
良いところもあれば悪いところもある。そんなの誰でも同じだ。
教皇さまは嫌いだけど、真面目に仕事をしていたのも知っている。魔王は侵略してきたけど、災厄である必要がなくなったら大人しくしてた。
王様と魔王が話しているのを見たときは、嬉しかった。
「皆仲良くできればいいのにね」
私は今回も女神さまの理から外れた存在だった。
前の私は魔力を妹にあげたからできなかったけど、今の私は違う。
だから今度こそ妹の代わりにそういう世界にしたいな。
――そう言ったら呆れられちゃったんだけど、なんでかなぁ。
ライアーもノイジィも変なの。
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