悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十九話 王妃様の色

 合宿から帰ってきた次の日、私は寮でごろごろ転がっていた。休日で、とくに予定もないので旅疲れを癒している最中だ。
 だけど至福の時間は、無情にも聞こえてきたノックの音にぶち壊された。


「サミュエル・マティス様がお呼びですが、どうされますか?」


 一体どこの誰だと思っていた私は、予想していなかった名前に飛び起きて、慌てて着替える。サミュエルが私を呼ぶとは珍しい。教室に遊びに来ることはあっても、わざわざ呼び出すことはなかった。


「あ、おひさし、ぶりです」


 寮の前で待っていたサミュエルがいつも通り弱弱しく挨拶してきたので、私も挨拶を返した。


「それで、今日はどうしたの?」
「あ、いえ……その、合宿が終わったと聞いたので、問題はなかったかな、と……」
「そうね。何事もなく終わったわ」
「え、と……怪我人なども、出ませんでしたか?」
「私の知る範囲ではないわね。まあでも、多少の怪我ぐらいなら神父さまもいるし、大丈夫だったんじゃないかしら」


 私は怪我一つ負わなかったので神父さまの世話にはなっていない。
 怪我人が出たという話も聞いていないので、多分大丈夫だったはずだ。


「神父……?」


 サミュエルがきょとんとした顔で首をかしげたのを見て、私も同じように首をかしげる。そういえば神父さまの名前を知らない。話をしたのも医務室での一件だけなので、人となりを語ろうにも説明のしようがなかった。


「ほら、学園……貴族側で働いている教会の人よ」


 かろうじて出てきた情報を口にすると、サミュエルは合点がいったというように頷いた。


「あ、ああ、そうなんですね。……その、神父は教会の支部を管理する方の、えと、役職名なので……だから、派遣されるのは修道士なのですが……もしかしたら待遇に不満があるのかも、しれません」


 たどたどしく喋るサミュエルの瞳が不安で揺れている。神父になりたいから神父を名乗ってるって、普通に考えたら結構やばい人だ。


「え、と……今度、その方に話を伺ってみます」
「……頑張ってね」


 弱気なサミュエルが不満を抱えている人の相手をできるとは思えないが、教会に関して私にできることはない。精々応援することぐらいだ。


 心の中でエールを送っていたら、最近噂をしなくても現れるようになったルシアン様がやって来た。リューゲ曰く意識すればなんとなくで居所がわかるらしいから、日頃から私を探しているということになる。
 喜べばいいのか怖がればいいのか悩むところだ。


「よかったら一緒に遊びに行かないかと誘いに来たんだけど……邪魔だったかな?」


 ルシアン様の視線がサミュエルに向き、サミュエルの体が面白いぐらいに震えた。


「い、いえ、僕は、その、合宿が無事に終わったかどうか、えと……だから、用事は終わったので、邪魔では」


 サミュエルは私と話していたとき以上にたどたどしく喋り、視線を彷徨わせている。だけどこれでもまだマシになった方だ。
 教室に遊びに来る度ルシアン様とクラリスに遭遇しているので、少しは慣れたのだと思う。ルシアン様の態度が医務室で会ったときよりも軟化しているのも関係しているのかもしれない。敵意剥き出しのクラリス相手だとほとんど喋れてなかった。


「ああ、そうだ。もしよければ君も一緒にどうかな? 街中を回る程度しかしないけど、新鮮なんじゃないかな」
「い、いえ、僕は、その」
「三人だと気まずいということならもう一人呼ぶよ。レティシアの友人とか?」


 サミュエルの顔から血の気が失われていく。小心者同盟を設立したいぐらい、サミュエルは小心だ。私という繋がりがあったとしても、慣れてない人と出かけたりとかできないと思う。
 ちなみに小心者同盟は私が小心者だと知らしめることになるので、設立する気はない。


「マドレーヌはシモンと一緒だろうから……クラリスはどうかな」


 独り言のようなルシアン様の言葉にサミュエルの全身が震えた。摩擦で燃え尽きるんじゃないかというぐらいに。


「ルシアン様、あまりサミュエルをいじめないでください」
「レティシアの従弟だから仲良くしようと思っているだけだよ」


 態度が軟化したと思っていたが、気のせいだったのかもしれない。クラリスと街中を回るとか、嫌がらせ以外の何物でもない。
 びくびくおどおどと顔を青白くさせていたサミュエルが、私の袖を小さく掴んんだ。ふるふると首を動かしているが、震えているのか首を横に振っているのか判断できない。


「い、いえ、その、僕も、あの……仲良くしたいとは、思っているので……それに、えと、色々な人と、その、接する機会も必要かな、と……」
「ならサミュエルと同学年の子の方がいいんじゃないかしら」
「あ、あの、僕は、その、まだ……」


 もしや同学年に馴染めていないのか。


「……なおさら同級生と交流を深めるべきじゃないかしら」
「え、と、その、同級生は、いつでも、えと……他学年の人とは、あまり、交流する機会がないので……教会を継ぐにしても、そうでなくても、色々な人と……接することは、多いと思うので」


 青褪めながらも必死に訴えてくるサミュエルの姿に胸が打たれる。気弱で小心者のサミュエルが頑張ろうとしている。私も苦手なものから逃げずに頑張らないといけないと、そう思えてきた。


「ええ、そうね。そういうことならクラリスを呼んでくるわ」


 休みの日にまでクラリスの小言を聞きたくないな、と思っていた自分が恥ずかしくなる。淑女として立派になるためには、休暇の過ごし方もクラリスに指導してもらわないといけない。




 寮に戻ってクラリスを誘うとものすごく嫌な顔をされた。


「貴族令嬢としての振る舞いを教えてほしいの」


 と素直に告げたらあっさりと了承してくれたが、サミュエルを前にしたら目を吊り上げて睨みつけていた。それでも罵倒しないだけマシ、だと思いたい。


「ルシアン殿下とレティシア様に同伴しようと思うだなんて、教会の方は弁えるということを知らないのかしら」


 ほっとしたのも束の間、クラリスの口撃が始まった。サミュエルがものすごく小さくなっている。


「いや、でも、あの」
「休日を過ごすご友人をお作りになられた方がよろしいのではなくて? ああそれとも、貴族の学舎に来ておきながら教会の方針を崩すつもりはないということかしら。それなら教会に戻られてはいかが?」
「あ、あの」


 口を挟む隙を見せないクラリスに一言いうべきかと一歩踏み出そうとした私の肩に手が置かれた。視線を上げると緩く微笑むルシアン様がクラリスとサミュエルを見据えている。


「彼を誘ったのは私だからね。文句があるなら私に言ってくれるかな」
「いえ……殿下のなさることに口を出すつもりはございません」
「なら別にいいよね」


 鋭い視線をサミュエルに向けながらも、クラリスは頷いた。




 私の横を歩こうとしたサミュエルをクラリスが止めたりとか、ルシアン様が手を繋ごうとしたりとか、色々あったが無事学園を出ることができた。街中に出るまでにだいぶ疲れてしまった私は、もう帰りたい気持ちで一杯だった。


 手を繋ぐのはさすがにサミュエルとクラリスが気まずかろうと思い、阻止した。


 そして散策中にルシアン様が私に勧めたリボンの色は青だった。


「王妃様の色ですね」


 さすがルシアン様、王妃様大好きな人だ。そう思って口にしたら、サミュエルが「えっ」と驚きの声を上げ、クラリスからは非難の目を向けられ、ルシアン様は苦笑いを浮かべた。


「……レティシアの瞳の色に合わせたつもりだったんだけど」


 気まずそうなルシアン様の言葉に、私は慌てふためき、いや、だって王妃様といえば青色みたいな感じがして、と言い訳にもならない言い訳を並べ立て、クラリスに「余計なことは口走らずに謝意だけ伝えなさい」と注意された。


「あ、ありがとうございます」


 一つに結ぶことぐらいしかできないけど、せっかく選んでもらったものだからとリボンを購入することにした。


 ルシアン様は王妃様が大好きだから、私の誕生祝の贈り物も王妃様の母国の星空だった。それに王妃様について熱く語るルシアン様の姿を何度も目にしたことがある。だから青を王妃様の色だからだと思うのは仕方ないことだ。
 それなのに今更私の色だからと言われても、表現しきれないもやもやが胸に広がるばかりだ。


「どうかしたの?」


 そんな私のもやもやにいち早く気づいたのは、当然ルシアン様だった。


「いえ、なんでもありません」
「……何かあるなら言ってほしいな」


 言えと言われても、どう表現すればいいのかわからない。青を王妃様と勘違いしたのは仕方ないことだと弁解するのは、あまりにも言い訳がましい。
 だから私は悪くないと訴えるのも情けない話だし、何よりもルシアン様に申し訳ない話だ。


 嬉しくもあり、戸惑いもあり、そして非難されるほどのことではないという思いまで入り交じっている。言い訳がましいし、情けないし、幼稚だと自分でもわかっているのに、どうしてか中々晴れてくれない。


「……マティス様。わたくしあちらのお店を見たいのでご一緒してくださらない?」
「え、いや、でも」
「わたくしが誘っているのよ。黙ってついて来なさい」
「あ、は、はい」


 びくびくぷるぷるしたサミュエルがクラリスと一緒に離れていく。雑踏の中取り残された私は、「人の邪魔にならないようにあちらに行こうか」と言うルシアン様に手を引かれて建物の間にある細い路地に連れ込まれた。実際にはやんわりと誘導されただけだけど、連れ込まれたという表現が正しいと思う。


「ねえ、レティシア。何か不満や不安があるのなら言ってほしいな」


 私の両手を包み込むようにして見つめてくるルシアン様に、これは逃げ道がないやつだと悟った。
 物理的にも逃げ出せないし、精神的にもここで逃げ出したら後々まずいことになると直感が告げてくる。


「あ、あの……その、青色を王妃様の色だと思ったのは申し訳ないと思うのですけど、でも、そう思ってしまうのも仕方ないことで、だから……えーと、どう言えばいいのかわからないんです」
「……よくわからないんだけど、どうして私が母上の色を選んだと思ったの?」
「だってルシアン様は王妃様が大好きでしょう?」
「いくら敬愛していても自分の婚約者に母親の色を与える者はいないよ」


 言われてみればそうだ。もしもいたらどれだけ母親大好きなんだ。
 でもルシアン様は王妃様大好きだから間違ってないと思う。


「王妃様のことをとても熱く語ってらしたので、与えてもおかしくないぐらい好きなんだなぁと思ってました」
「レティシアに母上のことを聞かれたから答えただけだよ」


 私が聞いたのは王妃に必要なことだったはず。でもルシアン様にとって王妃とは王妃様だったというだけの話なのか? それでも十分王妃様大好きだと思うけど、ルシアン様的には違うのだろうか。ちょっとよくわからない。


「そういえば母上のようにはなれないとも言っていたね。レティシアに母上を重ねたことがあるのは認めるよ。でもそれはあのときだけで……そのせいで勘違いさせたのは悪かったと思ってる。だけど私がレティシアよりも母上のことを想っているとか、そんな馬鹿なことは考えないでほしい」
「でも……王妃様の星空を私にくださったじゃないですか」


 口に出して、気づいた。そうか、私はあれがずっと引っかかっていたのか。
 私に対する贈り物なのに、与えられたのは王妃様にまつわるものだった。受け取ったときはルシアン様とクロエの邪魔をするのに必死だったからそこまで気にしていなかったし、今の今までルシアン様は王妃様が大好きだからと納得していた。
 でもやっぱり、私を祝うためのものなら王妃様以外のものがよかったと、頭の片隅でそう考えていて、それが今になって出てきてしまった。


「……レティシア」


 ぎゅっと手を包みこむ力が強くなる。眉をひそめながら落ちかけていた視線を上げると、真顔のルシアン様がそこにいた。


 どうやら私はまた何か失敗したようだ。

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