悪役令嬢を目指します!
第十七話 元勇者の合宿
乾いた音が足元から聞こえてくる。青々と茂っていた森は、今や半分が枯れ果てている。樹木も草も、花ですら元の形を残したまま、茶色くみすぼらしい姿をさらしている。
私が相手取った竜ですら、あそこまで早く森の半分を枯らすことはできなかった。
あの災厄を殺せる者はいないだろう。勇者が災厄と共に行動しているが、勇者ですらあれを殺せるかどうかわからない。
千年かけた魔力を身に宿した災厄は、たった六歳で魔族を支配下に置いた。もしも魔族共が協力して災厄を下そうとしていれば結果は違ったかもしれない。
だがあいつらは協調性がない。各々撃破され、魔族の魔力を吸った災厄に太刀打ちできるものはいなくなった。それから更に百年が経ち、災厄はよりいっそう力をつけた。
ラストから話を聞いたときには、こいつら馬鹿なんじゃないかと思ったものだ。
魔力の塊である魔族が災厄と相性が悪いのは知っているが、もう少しやりようがあったはずだ。共闘とか共闘とか共闘とか。
「どうかしたのか?」
隣を歩くペルシェ様が訝しげな表情で顔を覗き込んできた。彼女の手は腰に携えている剣に置かれている。
この森には強い魔物はいない。
いるのは角兎程度の小動物だけだ。雷を操るのは少々厄介だが、内に宿る魔力量はそれほど多くない。よほど油断していない限りは大怪我を負うことはないだろう。
どうして合宿が行われるのかはノイジィから聞いた。
貴族は魔物と戦わないといけないときがある。とくに下級クラスにいる者や騎士志望の者は。
騎士志望の者は騎士団での見習い期間で魔物と相対することがあるが、ただの貴族ではそうもいかない。いざ魔物と対峙したときに使い物にならなければ困るのは、領地の守護を下位貴族に託している者たちだ。
だから魔物と戦うということがどういうことなのかを、合宿で教える。
戦いの場に出ることの少ない、指示するだけの立場にいるはずの上級クラスの者が合宿に参加するのは、不満を生ませないためだ。代えのきかない高位貴族も合宿をするのだと下級クラスにいる者に見せつけて、反論する余地を与えさせない。
合宿の内容に差はあるが、自分たちは弱い魔物としか戦っていないと吹聴するような者はいないだろう。もしもいるとしたら、それはよほどの馬鹿が恥知らずか戦闘狂だ。
「いいえ、なんでもありません」
首を横に振って、前を歩く二人に気を配る。私とペルシェ様が組まされたのはディートリヒ王子と相部屋――相家である侯爵家の息子だ。女性関係で問題行動の多いディートリヒ王子と組もうと思う酔狂な人は、案の定というべきか、教会の息がかかった家の者だった。
「それでは、手はず通りに」
こくりとペルシェ様が頷いて、静かに二人に近づいていく。
上級クラスの合宿はただのお遊びだ。
真剣にやる必要はどこにもないし、真剣にやろうにも、強い魔物はここにはいない。
前を歩く二人もそれを知っているのか、気負っているようには見えない。完全に油断している足取りに、思わずほくそ笑みそうになる。
ペルシェ様が忍び寄ったことに気づいたディートリヒ王子が振り向くが、もう遅い。侯爵家の息子を一撃で昏倒させ、抜いた剣をディートリヒ王子に向けて構えた。
暴挙としか思えない行動にディートリヒ王子の反応が一瞬遅れる。眉をひそめ、ペルシェ様と私を交互に見てから苦笑を浮かべた。
「――なんのお遊びかな?」
「ペルシェ様と手合わせをお願いします」
さあ、ペルシェ様強化合宿を始めよう。
事の起こりは前回の合宿での帰りだった。手合わせを願うペルシェ様を人気のない場所に呼び出し、「私と戦いたいのなら百人切りを達成してください」と条件を出した。
これで静かになるかと思ったのだが、本当に百人切りを達成させようと所かまわず手合わせを申し込むようになってしまった。
さすがにこれはまずいと焦り、今回の合宿で組むことにした。表向きはペルシェ様が強引に私を引きこんだように見せかけて。あまり目立ちたくないという私の要望をペルシェ様はあっさり呑んでくれた。
それなら私との手合わせも諦めてほしいのだが、それはそれ、これはこれらしい。
強くなるという一点においてペルシェ様は真剣だ。その思いはよくわかった。
ペルシェ様がペルシェ様である限り、ヴィクス様との決闘は行われる。そしてその決闘はペルシェ様の負けで終わる。
騎士団長の息子、次期騎士団長の名は伊達ではない。このままではペルシェ様は無残にも観衆の前で膝をつくことになる。
だから、ペルシェ様に手助けしてあげることにした。ヴィクス様に一泡吹かせてやろうと思ったということもある。
「手合わせねぇ。どうして俺が受けないといけないの?」
「ペルシェ様にまともでない方との経験を積ませてあげたいからですよ」
ヴィクス様はまともな騎士で、ディートリヒ王子は騎士ではない。剣士ですらない。
ペルシェ様に必要なのはヴィクス様以外の剣筋や戦い方を知ることだ。真面目なヴィクス様のことだから搦め手には弱いだろう。そういう意味でもディートリヒ王子は丁度よい相手だった。
「もちろん、ただでとは言いません。ペルシェ様を屈服させられた暁には、彼らに対抗する方法を教えましょう」
勝てるわけではないが。
私が誰のことを指しているのかわかったのだろう。ディートリヒ王子の顔色が変わった。喜色に満ちた顔は、彼が諦めていないことを物語っている。
ペルシェ様には圧倒的な勝利、とまでは言わないが彼の心を折ってもらいたい。
というか、一度でもペルシェ様が負ければそこで終わる。あまりにもくだらなさすぎる方法に、ディートリヒ王子は二度と頷いてはくれなくなるだろう。
なんとしてもペルシェ様には勝ち続けてもらわないと困る。
「身体強化のほどはいかがですか?」
「まだ慣れないが、まあなんとかなるだろう」
魔力を体に巡らせて筋力を上げる方法をペルシェ様には教えてある。これで力負けすることはないだろう。卑怯とは言うなかれ。持てる力をすべて使って勝利を掴むのは当然のことだ。
「魔力の流れを感じてください。視線、思考、感情、そのすべてに魔力は反応します」
「ん、うむ。それは難しいが、頑張ろう」
剣を構えたディートリヒ王子と対峙するペルシェ様を見守りながら、私は侯爵家の息子を安全な位置まで運んだ。
角兎の死体を近くに転がせて、不意打ちの一撃を食らったように偽装する。これを森に入るときには毎回やらないとなると、いささか面倒だ。次からは記憶を塗り替えてもらおうかと悩んでしまう。あの災厄なら方法さえ教えれば、記憶操作ぐらいならすぐにできるようになるだろう。
それから人が入ってこないように意識を逸らす結界も張り巡らせた。場はこれで整ったので、後はペルシェ様を応援することにしよう。
真っ当な剣の打ち合いならペルシェ様は負けない。身体強化によって繰り出される一撃は剣を伝い、手を痺れさせるほどだ。ヴィクス様には通用しないかもしれないが、ディートリヒ王子程度の相手ならば有効なはずだが、今のところ剣を落とす気配はない。
上手い具合に剣を逸らして威力を殺しているのだろう。それでも少しずつ蓄積されているはずなので、そこまで時間がかからず剣は落ちるはずだ。
本当の戦いはそこから始まる。
もしも本当にディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルトが個人的な感情でルシアン殿下を害そうとしたのなら、戦争の火種を潰した現状でも同じことが起きるかもしれない。
そしてそれはそのまま、新たな火種となる。
どうして牢の中にいた彼が自死することができたのか。
どうして剣士ですらない彼が一度だけとはいえ、ルシアン・ミストラルを守護するセドリック・ヴィクスの手から逃れることができたのか。
その手の内を、この合宿中に曝け出してもらおうか。
私が相手取った竜ですら、あそこまで早く森の半分を枯らすことはできなかった。
あの災厄を殺せる者はいないだろう。勇者が災厄と共に行動しているが、勇者ですらあれを殺せるかどうかわからない。
千年かけた魔力を身に宿した災厄は、たった六歳で魔族を支配下に置いた。もしも魔族共が協力して災厄を下そうとしていれば結果は違ったかもしれない。
だがあいつらは協調性がない。各々撃破され、魔族の魔力を吸った災厄に太刀打ちできるものはいなくなった。それから更に百年が経ち、災厄はよりいっそう力をつけた。
ラストから話を聞いたときには、こいつら馬鹿なんじゃないかと思ったものだ。
魔力の塊である魔族が災厄と相性が悪いのは知っているが、もう少しやりようがあったはずだ。共闘とか共闘とか共闘とか。
「どうかしたのか?」
隣を歩くペルシェ様が訝しげな表情で顔を覗き込んできた。彼女の手は腰に携えている剣に置かれている。
この森には強い魔物はいない。
いるのは角兎程度の小動物だけだ。雷を操るのは少々厄介だが、内に宿る魔力量はそれほど多くない。よほど油断していない限りは大怪我を負うことはないだろう。
どうして合宿が行われるのかはノイジィから聞いた。
貴族は魔物と戦わないといけないときがある。とくに下級クラスにいる者や騎士志望の者は。
騎士志望の者は騎士団での見習い期間で魔物と相対することがあるが、ただの貴族ではそうもいかない。いざ魔物と対峙したときに使い物にならなければ困るのは、領地の守護を下位貴族に託している者たちだ。
だから魔物と戦うということがどういうことなのかを、合宿で教える。
戦いの場に出ることの少ない、指示するだけの立場にいるはずの上級クラスの者が合宿に参加するのは、不満を生ませないためだ。代えのきかない高位貴族も合宿をするのだと下級クラスにいる者に見せつけて、反論する余地を与えさせない。
合宿の内容に差はあるが、自分たちは弱い魔物としか戦っていないと吹聴するような者はいないだろう。もしもいるとしたら、それはよほどの馬鹿が恥知らずか戦闘狂だ。
「いいえ、なんでもありません」
首を横に振って、前を歩く二人に気を配る。私とペルシェ様が組まされたのはディートリヒ王子と相部屋――相家である侯爵家の息子だ。女性関係で問題行動の多いディートリヒ王子と組もうと思う酔狂な人は、案の定というべきか、教会の息がかかった家の者だった。
「それでは、手はず通りに」
こくりとペルシェ様が頷いて、静かに二人に近づいていく。
上級クラスの合宿はただのお遊びだ。
真剣にやる必要はどこにもないし、真剣にやろうにも、強い魔物はここにはいない。
前を歩く二人もそれを知っているのか、気負っているようには見えない。完全に油断している足取りに、思わずほくそ笑みそうになる。
ペルシェ様が忍び寄ったことに気づいたディートリヒ王子が振り向くが、もう遅い。侯爵家の息子を一撃で昏倒させ、抜いた剣をディートリヒ王子に向けて構えた。
暴挙としか思えない行動にディートリヒ王子の反応が一瞬遅れる。眉をひそめ、ペルシェ様と私を交互に見てから苦笑を浮かべた。
「――なんのお遊びかな?」
「ペルシェ様と手合わせをお願いします」
さあ、ペルシェ様強化合宿を始めよう。
事の起こりは前回の合宿での帰りだった。手合わせを願うペルシェ様を人気のない場所に呼び出し、「私と戦いたいのなら百人切りを達成してください」と条件を出した。
これで静かになるかと思ったのだが、本当に百人切りを達成させようと所かまわず手合わせを申し込むようになってしまった。
さすがにこれはまずいと焦り、今回の合宿で組むことにした。表向きはペルシェ様が強引に私を引きこんだように見せかけて。あまり目立ちたくないという私の要望をペルシェ様はあっさり呑んでくれた。
それなら私との手合わせも諦めてほしいのだが、それはそれ、これはこれらしい。
強くなるという一点においてペルシェ様は真剣だ。その思いはよくわかった。
ペルシェ様がペルシェ様である限り、ヴィクス様との決闘は行われる。そしてその決闘はペルシェ様の負けで終わる。
騎士団長の息子、次期騎士団長の名は伊達ではない。このままではペルシェ様は無残にも観衆の前で膝をつくことになる。
だから、ペルシェ様に手助けしてあげることにした。ヴィクス様に一泡吹かせてやろうと思ったということもある。
「手合わせねぇ。どうして俺が受けないといけないの?」
「ペルシェ様にまともでない方との経験を積ませてあげたいからですよ」
ヴィクス様はまともな騎士で、ディートリヒ王子は騎士ではない。剣士ですらない。
ペルシェ様に必要なのはヴィクス様以外の剣筋や戦い方を知ることだ。真面目なヴィクス様のことだから搦め手には弱いだろう。そういう意味でもディートリヒ王子は丁度よい相手だった。
「もちろん、ただでとは言いません。ペルシェ様を屈服させられた暁には、彼らに対抗する方法を教えましょう」
勝てるわけではないが。
私が誰のことを指しているのかわかったのだろう。ディートリヒ王子の顔色が変わった。喜色に満ちた顔は、彼が諦めていないことを物語っている。
ペルシェ様には圧倒的な勝利、とまでは言わないが彼の心を折ってもらいたい。
というか、一度でもペルシェ様が負ければそこで終わる。あまりにもくだらなさすぎる方法に、ディートリヒ王子は二度と頷いてはくれなくなるだろう。
なんとしてもペルシェ様には勝ち続けてもらわないと困る。
「身体強化のほどはいかがですか?」
「まだ慣れないが、まあなんとかなるだろう」
魔力を体に巡らせて筋力を上げる方法をペルシェ様には教えてある。これで力負けすることはないだろう。卑怯とは言うなかれ。持てる力をすべて使って勝利を掴むのは当然のことだ。
「魔力の流れを感じてください。視線、思考、感情、そのすべてに魔力は反応します」
「ん、うむ。それは難しいが、頑張ろう」
剣を構えたディートリヒ王子と対峙するペルシェ様を見守りながら、私は侯爵家の息子を安全な位置まで運んだ。
角兎の死体を近くに転がせて、不意打ちの一撃を食らったように偽装する。これを森に入るときには毎回やらないとなると、いささか面倒だ。次からは記憶を塗り替えてもらおうかと悩んでしまう。あの災厄なら方法さえ教えれば、記憶操作ぐらいならすぐにできるようになるだろう。
それから人が入ってこないように意識を逸らす結界も張り巡らせた。場はこれで整ったので、後はペルシェ様を応援することにしよう。
真っ当な剣の打ち合いならペルシェ様は負けない。身体強化によって繰り出される一撃は剣を伝い、手を痺れさせるほどだ。ヴィクス様には通用しないかもしれないが、ディートリヒ王子程度の相手ならば有効なはずだが、今のところ剣を落とす気配はない。
上手い具合に剣を逸らして威力を殺しているのだろう。それでも少しずつ蓄積されているはずなので、そこまで時間がかからず剣は落ちるはずだ。
本当の戦いはそこから始まる。
もしも本当にディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルトが個人的な感情でルシアン殿下を害そうとしたのなら、戦争の火種を潰した現状でも同じことが起きるかもしれない。
そしてそれはそのまま、新たな火種となる。
どうして牢の中にいた彼が自死することができたのか。
どうして剣士ですらない彼が一度だけとはいえ、ルシアン・ミストラルを守護するセドリック・ヴィクスの手から逃れることができたのか。
その手の内を、この合宿中に曝け出してもらおうか。
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