悪役令嬢を目指します!

木崎優

第四話 元勇者の考察

 おかしいな、なんでそんなに私のことを知っているんだ。


「どうして、そのことを知ってるんですか。ルシアン様はあのときいませんでしたよね」
「どうしてって……兄上から聞いただけだよ」


 まるでなんでもないことのように言われた。もしかしたら兄弟のお相手がどういうことをしていたのか話すのは普通のことなのかもしれない。
 いや、どうなんだろう。誰か私に常識を教えてほしい。


「では、それ以外については? 私は何も言ってないと思うのですけど」
「意識してなかったのかもしれないけど、日記で好きなものについて書くときだけ熱が入ってたからね。いつもは十行ぐらいの日記が、そういうときだけ二十行ぐらいになるからわかりやすかったよ」


 なんか、ごめんなさい。
 しかもその十行は、頁を埋めるために無駄に段落を増やしたやつだった。


「る、ルシアン様が思った以上に私を知っているのはわかりました。だけど、私はルシアン様が何を好きなのか知りません。パルテレミー様の好きなものの方が知っているぐらいです」


 マドレーヌから色々聞いたから、私はパルテレミー様の好きなものについては網羅している。本人からは聞いたことがないのに。
 反面ルシアン様の好きなものはまったくと言っていいぐらいに知らない。日記に書いてあったのかもしれないけど、読んでいないものは思い出せない。最初と最後だけじゃなくて、ちゃんと中間にも目を通しておけばよかった。


「……シモンの?」
「ええ、好物から好きな方角まで」


 好きな方角とか意味がわからなさすぎるし、それを知っているマドレーヌも意味がわからなかった。どうなればどの方角が好きとかいう話題が出てくるんだ。


「君は、シモンのことをどう思っているの?」
「マドレーヌの婚約者だと思っております」


 さすがに嫌味な眼鏡とか、図書室の主とか、勉強大好きとかは口にしづらい。


「そういうことではなく……シモンと仲がいいよね」
「そうでしょうか、人並みかと思います」


 あの廃品事件以来話していない。彼の凶行は煩い魔族のせいなので、もしも気に病んでいるのだとしたら可哀相だ。
 クロエも私も気にしていないのだから、パルテレミー様もさっさと忘れてしまえばいいのに。


「……その、君は……シモンのことが好きなの?」
「は?」


 間違いなく私は、何言っているんだこいつという顔をしていた。


「……失礼しました。いえ、私はパルテレミー様には何も思っておりません」
「だけど、私よりもシモンといることの方が多かったよね」
「マドレーヌの婚約者ですもの」
「私は君の婚約者なのに?」
「それは、まあその……マドレーヌがパルテレミー様をとても好いているのはご存じでしょう? マドレーヌと話そうと思うと、パルテレミー様もついてくるだけです」
「……そう、うん、わかった」


 釈然としない物言いだったが、ルシアン様が微笑んだのでよしとしておこう。
 嫌味な男性も軟派な男性も、二次元ならともかく、私の好みではない。俺様も好きではないし、現実的に好きになるのなら真面目な人が一番だ。
 そう考えると、王子様大好きではあるが堅物な騎士様は一番好みに近いのかもしれない。
 ただヴィクス様は私に嫌味を言ったり馬鹿にしたりするので、好みの範疇からは外れている。


 しかしこうしてそれぞれの性格というか、特性について考えると、ルシアン様以外はだいぶゲームに沿った性格をしている。
 どうしてルシアン様だけこうなったのだろう。俺様のおの字も見当たらない。ディートリヒに対しては敬語だけど、それ以外には普通に話しているし、慇懃無礼さもどこに消えたのか。


 子どもの頃は小生意気な悪戯っ子だった。環境が人を変えるとしても、あまりにも変わりすぎではないだろうか。王子様としても、子どもの頃のルシアン様からしても。


「あの、私はルシアン様のことを何も知りません」
「……うん」
「どうしてルシアン様はそんなにお優しいのですか?」


 だいぶひどいことを色々しているのに、ルシアン様は寛容に受け止めてくれている。その優しさはもはや聖人君子の域だ。


「レティシアは優しくされるのは嫌?」
「いえ、そういわけではないのですが……」


 優しいに越したことはない。


「好きだから、というだけでは不満?」


 手の上に手が置かれる。大きな手は私の手を簡単に包み込んだ。


「いえ、あの、不満とかそういうわけではなく、どうしてかなーと不思議に思ったというか、そういう感じで……」
「私は君が思っている以上に君のことを知っているつもりだよ」
「え、ええ、それは先ほどよくわかりました」


 怖いぐらいによくわかった。


「君が私のことを知りたいというのならいくらでも教えてあげるから、なんでも聞いて」
「……え、と、それでは好きな色は?」
「青」


 あ、やはりそこは王妃様の色なのか。


「好きな方角は?」
「……とくにないかな」


 そうだよね、普通ないよね。パルテレミー様は方角に何が見えているのだろう。
 ちなみにパルテレミー様の好きな方角は北だった。


「……では、嫌いなものは?」
「とくにないよ」
「え、でもディートリヒ様はお嫌いですわよね? いつも険悪な感じですもの」
「あれはあちらが突っかかってくるだけで、私は気にしてないからね」


 嫌いというほどではないのだろうか。


「……ディートリヒ様と何かありましたの? どうしてディートリヒ様はルシアン様にちょっかいかけるのでしょうか」


 ディートリヒが私と仲良くしろとか、国の内情を探れとか、まあ色々な使命を持っているのはわかったが、ルシアン様を挑発する必要があるとは思えない。
 ルシアン様は王子なのだから、取り入って情報を引き出した方が効率がいいのではないだろうか。


「ローデンヴァルトが何を考えているのかなんて私は知らないよ」
「いえ、国ではなく、ディートリヒ様個人と何があったのかな、と」


 どうにもディートリヒは個人的にルシアン様を嫌っているような節がある。たとえば彼とはじめて会った食堂での出来事だってそうだ。
 私に話しかけたのは使命からだとしても、その後ルシアン様に喧嘩を売るのは私の心象を下げる事態になりかねない。
 潔く引いて、頃合いを見て私に再度話しかける方が得策だ。


「――そんなに気になる?」
「え?」


 すごく小さく、か細い声だった。それは本当は私に聞かせようと思ってはいなかったのかもしれない。
 ただ生憎ながら、私は耳がいい。しかも再生し放題な記憶力までついている。


「なんでもないよ」


 穏やかに微笑むルシアン様は、いつも通りだった。






「他の異性の話をされるのは快くはないでしょう」


 次の日、クロエの部屋にお邪魔して聞いてみたらそう言われた。


「そういうものなの?」
「そういうものです」
「でも私はルシアン様が他の方のお話をされても気にならないわよ」
「実際に話されたことがあるのですか?」
「王妃様の話とか」
「それはまた別のお話でしょう」


 王妃様がいかに素晴らしいかは何度も聞いた。
 それ以外の異性の話とすると、何かあっただろうか。


「……とくにないわね」
「ええ、ですからレティシアも、異性の話をする際には気をつけた方がよろしいかと」


 涼しげな顔で語るクロエをまじまじと眺める。
 クロエは恋愛沙汰の、そういったことにも詳しいのだろうか。彼女が誰かと恋している場面がまったく浮かばない。


「クロエにも好きな方がいたことがあるの?」
「それは、まあ。一つ前では普通に高校生をしていましたし、勇者のときは勇者になる前は普通の村娘でしたから……その前もたしか高校生でしたので、普通に恋の一つはしました」
「……そうなの」


 私はどうだろう。
 一つ前はほぼ家から出なくて、リリアは恋だなんだという浮かれた状態にはなれなくて、リリアの記憶にある前世のものは断片的だ。


「私には難しいわ」
「これから知っていけばいいのではないでしょうか。普通は現在の記憶しかないのですから」
「……とりあえず、ルシアン様にディートリヒ様のお話はしないことにするとして、ヴィクス様はどうなのかしら。彼はルシアン様の護衛騎士でしょう?」
「……ヴィクス様について話すことがあるとは思えませんが」
「私もそう思うけど、一応」


 ヴィクス様は必要最低限にしか私と関わろうとしない。個人的に会ったのは、ルシアン様からの誕生祝の贈り物を受け取ったときぐらいだ。
 交換日記の受け渡しのときは、お茶に誘ってもさっさと帰っていたから、ろくに話したことがない。


「当たり障りのないことでしたら大丈夫かと。ヴィクス様は恋敵にはならないでしょうから、ルシアン殿下も警戒されないでしょう」
「ディートリヒ様は警戒しているの?」
「……それは、まあ、するでしょう。ディートリヒ様はあからさまですから」
「あんなのによろめくかと思われているのは心外ね」
「ならばそうお伝えすればいいのでは? ルシアン殿下に比べればディートリヒ王子は塵屑であると」
「……さすがにそこまでは思ってないわ」


 私は遊び人が好きではないが、クロエも好きではないのだろうか。ディートリヒに対する扱いが結構ひどい気がする。


「クロエはディートリヒ様に対して冷たいわよね。どうして?」
「女性の気持ちを弄ぶような輩を好む者はそういないでしょう」


 そういえばクロエは女性には結構優しい。
 私が怪我をしたときもリューゲに詰め寄って治させていた。クラリスやクリステル様も邪険には扱えないようで、うるうると涙目になりながらもちゃんと相手をしてあげていた。


「……ああ、そういえば」


 ふと、女神様のことを思い出した。クロエが邪険に扱う女性は女神様ぐらいか、と考えたせいかもしれない。


「女神様から伝言があるわ」


 リリアがどういった性格だったかは省いて、本来フィーネがレティシアとして産まれ、私がヒロインとして産まれるはずだったこと。
 悲劇にならないように女神様が色々いじって、クロエの魂を呼び寄せたこと。
 そして役目は終わったこと。


「望み、ですか」
「女神様の力が及ぶ範囲でならと言っていたわね」
「……それは難しい話ですね。まあ考えておきます」


 女神様はこの世界の魂を持つものには干渉できない。
 その女神様にどのぐらいのことかできるのか。中々難しい課題だ。私には関係ないけど。


「しかし、フィーネがレティシアというのでしたら色々納得しました」
「あら、そうなの?」
「はい。そして女神の言うことが本当なら……おそらくこの世界の未来は一つしかなかったのでしょう。隠しキャラのバッドエンドが正規で、それ以外はただの派生――二次創作の可能性が高いですね」
「二次……?」
「……推測ですが、女神は私たちの魂があった世界の者に夢を見せたのではないでしょうか。この世界から帰っていく魂に夢を植え付け、それを私たちの魂があった世界で形にさせる。とてつもなく回りくどい方法ですが、あれならしそうなことです」
「そんなことをして意味があるの?」
「それについては私にはなんとも。ただ女神の語った未来が一つしかないのでしたら、納得できる部分が多いのですよ」


 クロエいわく、隠しキャラのルートでは他のキャラの二年生での大きなイベントがすべて起きるらしい。
 王子様の暗殺未遂事件、騎士様と女騎士様の決闘、ヒロインへの宰相子息からの嫌がらせ、不屈の精神で言い寄ってくる隣国の王子。


 そして隠しキャラである教皇子息が彼らの思惑を次々暴いていく――という内容らしい。


「サミュエルが……? 想像できないわね」


 気弱でおどおどしているサミュエルにそんなことができるとは思えない。すぐに委縮して手を引いてしまいそうだ。


「……まあ、ゲームではそういう内容なのですよ。だから夢で見たその誰かは、細部に肉付けしてそれぞれのルートを作ったのではないかと。……ゲームでのレティシアはルートによって性格が変わりましたから」


 ゲームでのレティシアはことあるごとにヒロインに嫌味を言い、嫌がらせをしていた。そこまで違いがあるとは思えない。
 精々嫌味の内容が変わるぐらいだ。


「隠しキャラのバッドエンドは、レティシアと仲良くなることによって発生します。彼女の好きな花もそのときに語られるのですよ」
「仲良く、なれるの?」


 むしろそこが衝撃だ。


「はい、なれます。教えを乞えば彼女は簡単に篭絡されます。そしてその結果、レティシアはヒロインを庇って死んで、王都が氷漬けになります」
「……ああ、フィーネの魂だから」
「あいつにしては珍しく執着しているようですからね。ようやく見つけて、丁度死んでいたら……王都の一つや二つ凍らせるでしょう」


 物騒すぎる。
 また生まれ変わってくるのを待てばいいのに。魔族は気長な生き物なのだから、そこは少し我慢してほしい。


「ただし、これはあくまでもゲームでの話だということをお忘れなく。しかも製作者の主観も混じっているため、正確な情報とも言い切れないですし、ゲームに出てきてた――女神の見た未来の彼らと、今の彼らではだいぶ様子が違います」
「それはわかっているわ」
「ではどうして今日遊戯棟に?」


 どうして、と言われてもゲームでの王子様がそこで過ごしていたからだ。
 ――ああ、そうか、そういうことか。


「王太子殿下がこの国に留まることを決めた時点で……いえ、私たちが生まれた時点でこの世界の未来は変わっているはずです。ゲームでのイベントも起きるかどうかわからない、不確定なものとなっています。まずルシアン殿下の暗殺未遂事件は起きないでしょうし、それ以外のイベントも起きない可能性が高いです。それに、ゲームでのルシアン・ミストラルが一人で過ごしていたのは、彼には誰もいなかったからですよ。でも今の彼にはあなたがいます……これだけでも、すでに違うでしょう?」
「……ええ、うん、わかったわ」
「イベントがあるかもと考えて行動しないように気をつけて……後悔のないように生きてください」


 真摯な眼差しを受け、私はただ頷いた。
 それにしても、どうしてクロエはここまで私に親身になってくれるのだろう。ルシアン様が私に優しいのもよくわからないけど、クロエが私に優しくする理由もよくわからない。


「……どうしてクロエは私に優しくしてくれるの?」
「友達に優しくするのに理由がいりますか?」


 友達の少ない人生を送ってきた身としては、大変辛い言葉だった。

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