悪役令嬢を目指します!

木崎優

第五十四話 「弟に勝てるご令嬢……いないだろうな」

 試験が終わると一気に慌ただしくなる。合宿先には馬車で向かうことになるので、木の日に移動をはじめる。そのため、四日間で色々な支度をしないといけない。
 合宿は命の月の星の週までとなっているが、最後の三週間に入るまでに家に帰らないといけないので、遠方から来ている人のために合宿が終わり次第各自帰宅という運びになる。
 そのため、長期休みに備えて自宅に運ぶための荷物も用意しないといけない。使用人は合宿先までついていってはいけない決まりとなっているので、用意した荷物は使用人が自宅まで運ぶことになっている。


 空の日に試験の結果が出て、そこから木の日までは休みとなってはいるのだが、手伝う気のない従者のいる私にはあまり時間がない。


「リューゲ、服をまとめるぐらい手伝ってちょうだい」
「そのぐらい自分でやりなよ。合宿先では一人でやらなきゃいけないんだから」


 とまあ、始終この具合だ。最後の三週間が終わったらまたここに戻ってくることを考えると、そこまでの支度は必要ないのかもしれないが、少なくとも合宿先で着る服や小物などは用意しないといけない。
 上級クラスの合宿は、将来領地を治める立場にいる人が多いことを考慮されてか魔物の対処法や、災害時の対応などが行われることになっている。
 動きやすい服を選ぶのが無難、ではあるのだが、無難のレベルが私と他の人とでは違っている可能性はが高い。無難なものと、装飾のついているものの二種類を用意するべきかと考えていたら、勝手に荷物が大きくなった。


「ほら、そろそろ時間だよ。たしか今日は試験の結果が出る日だよね?」


 時計に視線をやったリューゲに部屋から追い出された。


 明日から二日ほど休みとはいえ、忘れ物とかしないか不安だ。私は小心者なので時間をすべて使って支度したいぐらいなのだが、追い出されたものは仕方ない。諦めて学舎に向かうことにした。


 今日は試験の結果が配られて、合宿についての注意事項などを聞いたら終了となる。
 その後は完全に自由時間になるので、せっかくだから外に出て買い物をするのもいいかもしれない。合宿先では何が必要になるだろうか。
 遠足前の子どものようにうきうきとした気分で、試験の結果を受け取る。結果は――まあ、普通だ。悪くもなっていなければよくもなっていない。


 王子様はまた一位なのだろうかと何気なく見ると、血の気が引くという言葉はこういうことなのかと思うぐらい真っ青になっていた。
 そして私の前に座る宰相子息が椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。試験の結果に目を通していた生徒の視線が宰相子息に集中した。


「これは、何かの間違いでは?」


 試験の結果を配った教師――この後合宿についての説明もあるので、魔法学の教師が配っていた――に何やら確認を取りはじめた。
 魔法学の教師は「あー」と気の抜けた声を出しながら、口元に苦笑を浮かべる。


「順位については公表しない決まりだから詳しくは言えないが、間違ってはいない」


 断言され、宰相子息は力なく椅子に座り直した。なんだなんだと教室にざわめきが広がっていく。その中でも、王子様は微動だにすることなく試験の結果と睨めっこしていた。






「順位が落ちたからでしょう」


 水で喉を潤したヒロインがその理由を教えてくれた。


 あの後、合宿についての説明が終わって教室を出たらヒロインに呼び止められた。お昼でも一緒に、というとても珍しいお誘いに私は頷き、街中にある飲食店に行くことになった。
 そして王子様と宰相子息の様子がおかしかったことをヒロインに伝えると、なんてことのないように教えてくれた。


「順位が?」


 間違いかとわざわざ確認するとは、とてつもない自信家だ。さすが勉強命な宰相子息。
 もしかしなくても、無駄に時間を潰すだけの勉強会のせいだろうか。


「ええ。結果を見てのその反応でしたら間違いないかと」
「どうしてわかるの?」


 ヒロインが意味ありげに口角を上げて笑った。
 その表情に色々察する。やはり勉強会は無意味だった。


「……ルシアン殿下には、申し訳ないことをしたとは思っています。ですが一度でも下級クラスにいた以上、上級クラスに上がるためにはそれなりの実績がないといけないので」


 それなりのレベルが私ではとても追いつけない高みにある。
 勉強を教えていた相手に追い越されるとは王子様も可哀相に。今の時点ではわからなくても、来年になればきっと気付くだろう。


「同率になるかと思っていたのですが、当てが外れました」


 もしも王子様とヒロインが同じ順位だったら、ヒロインが高得点を叩きだしたことはわかっても、順位まではわからなかったかもしれない。
 ヒロインも目立つことは避けたかったはずだ。上級クラスに上がる時点で、どうしても目立つとは思うが。


「でもどうして? 下級クラスにいる理由がないのはわかったけど、そこまでして上級クラスに来る理由があるの?」
「すぐ近くで見ていないと、とんでもないことをしでかしそうだから、ですかね」


 そこで食事が机の上に置かれた。お昼時ということもあって、店内は大変賑わっている。同年代ぐらいの子がたまにちらちらとこちらを見て、首をかしげていることに気付いた。
 廃品事件自体は終わったが、噂はまだ続いている。被害者と加害者が仲良く机を囲んでいるのだから、他の者からしたら意味がわからないだろう。
 誘いを受けた私ですら、どうしてヒロインに誘われたのかわかっていない。


「まあ、それ以外にも色々と上級クラスにいた方が楽なんですよ。放課後の居残り授業もなくなりますし」
「……それもそうね」


 今日の合宿についての話ですら、ヒロインには説明の書かれた冊子が用意されている。初級クラスの説明も受けているのだから、無駄が多いと思ったのだろう。
 私だったら魔法学も下級クラスにいたいと駄々をこねてたかもしれない。そういえば、ヒロインは思いっきり駄々をこねて教師に引きずられていた。


「冷める前に食べましょうか」


 女神様に祈りを捧げ、食事をはじめる。自室で食事をとるときには祈りははぶいているが、こうして人目のある場所では祈りを捧げてから食べないといけない。
 私がわざわざ食堂に行きたくない理由の一つだ。


「……合宿に」


 空になった食器を前に、ヒロインが再度話しはじめる。


「あるものを誘きだしたいと思います」
「あるもの?」
「元凶というべきか……いや、元凶は私か? ……まあ、色々なごたごたの仕掛け人ですね。学園内でやりあうには少々分の悪い相手ですので、合宿で片をつけようかと思います」
「あら、そうなの。頑張ってね」


 それはまた大変そうな話だ。王太子の駆け落ち阻止に、廃品事件に、仕掛け人との戦いとは――ヒロインの学園生活が波乱万丈すぎる。もしやこれがヒロイン補正というものなのか。ものすごく羨ましくない補正だ。


「つきましては、あなたにもご助力願えたらと思います」
「私にできることなんてたかが知れてるわよ」


 ヒロインに償いたいとは常々思っているが、私がなんの役に立つのだろうか。足手まといぐらいにしかならないと思う。


「……その、とても言いにくいことではあるのですが……」


 ヒロインにしては珍しく口ごもっている。


「合宿中にディートリヒ王子を呼び出してほしいのです」
「ディートリヒ王子?」
「はい。彼なら一番効率がよいので」
「……効率」


 効率のよさで選ばれた隣国の王子が少しだけ不憫になった。


「ただ危険すぎる賭けで、最悪精神崩壊を起こす可能性すらありますので無理にとは言いません。協力いただけなかったとしても、何があったのかの報告はするつもりです。合宿所に到着されるまでの間に考えておいていただけたらと思い、今日お話いたしました」


 精神崩壊とは中々物騒な言葉だ。
 しかしそれでも助力を願うということは、私を使うのが一番確実な方法なのだろう。
 だとしたら答えはすでに決まっている。


「いいわ。協力するわよ」
「……もう少し熟考されてからの方がよろしいのでは?」
「私で役に立てるというのなら協力する。それだけの話よ」


 私以外の壁がヒロインの前に立ちふさがるというのなら取り除く。一度は悪役を志した者として当然の役割だ。


「そうですか……。それでは、よろしくお願いします」


 小さく頭を下げるヒロインを見て、ふとあることを思い出した。


「そういえば王太子殿下との仲はどうなっているの?」
「フレデリク殿下と、ですか?」
「ええ。早朝に一緒にいたのでしょう?」


 試験勉強が忙しくて聞けずじまいだったが、結構気になっていた。もしも仲良しになったのだとしたら、ヒロインと恋の話の一つや二つできるようになるかもしれない。
 これでも私は恋の話をしてきゃっきゃとはしゃぐことに、少しだけ憧れている。焼き菓子ちゃんあたりならできそうだが、始めたら最後解放されなさそうだ。こちらの気力が尽きるまで話し続けそうで怖い。


「貸しを返してもらっただけです」


 しかしヒロインはヒロインだった。甘さのない声は、恋愛感情がまったく感じられない。


「……王太子殿下に焦がれる方って結構いるらしいわよ」


 アドリーヌがそんなことを言っていた。


「もう後少しで今年が終わるでしょう? 王太子殿下のお目に止まろうと頑張っている方も多いらしいわ」
「そうでしょうね。顔だけは無駄にいい方ですから」


 学園にいる間に婚約者が決まるだろうと傍観に徹していた子が、今になっても相手の決まらない王太子を見てなんとかお近づきになろうと躍起になっているらしい。
 この学園には上級生を見送る卒業式のようなものがない。それ以前に学年を超えての交流自体ない。交流したいなら各自勝手にどうぞ、というのが学園側の方針だ。そのためお近づきになるには、個人で頑張らないといけない。
 浮足立っていて困る、とクラリスが苦言を漏らしていた


「学園を卒業したらもう会えないかもしれないわよ?」
「それは清々しますね」


 恋愛感情どころか敵意を感じる。王太子とヒロインの関係性が掴めない。
 少なくとも、王太子がヒロインの好みではないことはわかった。


「……あなたってどういう男性が好みなの?」
「好みですか……。一緒にいて心穏やかでいられる人ですね」


 ああ、それは王太子では無理だ。それどころか私の知ってる男性ですら無理そうだ。貴族という立場だからか、癖の強い人しかいない。
 そして身分差もあるから、穏やかではいられないはずだ。ヒロインならやっていけそうだが、それでも苦労することも多いはず。
 そうなるとヒロインが好きになる相手はいたとしても平民か。学園を卒業した後だと恋の話はできないかもしれない。


「結婚式には呼んでね」
「話が飛躍しすぎていませんか?」

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