悪役令嬢を目指します!

木崎優

第五十三話 「後しないといけないことは――」

 今にも殴りこみに行きそうなヒロインの手を掴んで、ほら落ち着いて、とりあえず座ろう、お茶でもいかが? とあの手この手を使って止める。
 ヒロインの握る剣が物々しい。よく見たら鉄ではなさそうだ。全体的に真っ白で、柄も刀身も同色でできている。


「ねえ、何があったの? どうしたの?」
「……道中でお話しますので、パルテレミー様がどちらにいるかわかりますか?」


 ちらりとリューゲを見てから、淡々とした口調で言われる。リューゲの前ではできない話ということは中々厄介そうだ。
 リューゲが短絡的だということは、先日でよくわかった。剣を携えるヒロインですら躊躇するような、何か恐ろしいことをリューゲがすると危ぶんでいるのかもしれない。


「え、ええ、多分図書室だと思うわ」


 なにせ図書室の主だ。他の所にいる図を想像できない。
 いざとなったらヒロインを止めるためと、話を聞くためにヒロインに同行することにした。リューゲは部屋でお留守番である。


「……シモン・パルテレミーが廃品事件の犯人です」


 部屋から離れ、廊下を歩いている最中にぽつりぽつりとヒロインが話しはじめた。焼き菓子ちゃんじゃなかったのかと目を丸くしていたら、それに気付いたのか苦笑を浮かべてこくりと頷かれた。


「ゲームでは彼の話でのみ起きる嫌がらせも、彼の仕業です。嫌がらせを口実にヒロインに近づきます。彼の眼鏡は特別製で、魔力量を視認できるようになっているので……平民でありながら魔力量の多いヒロインに興味を持ったのがきっかけでした」
「試験で負けたのではなくて?」
「まあ、それも理由の一つではありますね。彼は魔力についての研究をしています。元々は聖女の魔力について調べていたのですが、レティシア・シルヴェストルは殿下の婚約者ですから、おいそれと実験できるような相手ではありません。それで、新たに目をつけたのがヒロインです」


 ああ、なるほど。だからリューゲについて聞こうとしていたのか。
 宰相子息は眼鏡をかけている状態でリューゲと会っている。もしもそのときにリューゲの魔力に気付いたのなら、知的好奇心の一つや二つぐらい沸くだろう。


「……ですが実際に机に入っていたのは廃品でした。何が理由で変わったのかわかりませんし、どうして一度だけ死骸が入っていたのかもわかりません……それに、私にも接触してこなかったので、油断していました」


 歯噛みし、憎々しげに前方を睨みつけるヒロインの目には何が映っているのだろう。


「まさか直接あなたを手に入れようとするとは……注意はしていたのですが、いつの間に」


 宰相子息とは、基本的に焼き菓子ちゃんといるときにしか会わなかった。慕っていると言われたのは、授業がはじまる直前で、一緒にいたのは神父さまだけだった。
 たまに声をかけてくるときはあったが、それはほんの二言三言ぐらいで終わっている。ほんのささいな、日常の一幕として片づけられる程度の交流しかしていない。
 学園では魔法学でしか顔を合わせないヒロインに気付けるはずがない。


「目的がわかった以上やめさせます」


 凛とした声に、頷いて返す。私としてはとくにこれといった痛手は負っていないが、ヒロインは嫌がらせの被害者だ。私が口を出すようなことではない。




 ヒロインが図書室の扉を開けると、案の定宰相子息と焼き菓子ちゃんがいた。焼き菓子ちゃんは私とヒロインの姿を見て、きょとんとした顔で首をかしげている。宰相子息は口元に小さく笑みを浮かべていた。


「パルテレミー様、お話があります」
「そうですか。図書室での私語は控えていただきたいので、場所を変えましょう」


 素直に立ち上がり、焼き菓子ちゃんに「マドレーヌはここで待っていなさい」と告げて私たちと一緒に図書室を出た。
 ちなみに私は遊戯棟に詳しくない。だから前を歩く二人の後ろを歩いて、さも後ろは任せろとばかりに自信満々な表情を浮かべることにした。


「こちらはあまり利用者がいないので、話をするには適切でしょう」


 扉を開けた先は、机が一つと椅子が四脚置かれているだけのとても簡素な光景が広がっていた。歓談室とか、そういうやつなのだろうか。
 さすがに部屋の用途を聞く雰囲気ではないので、静かに椅子に座る。


「それで、お話とは?」
「ご存じなのではありませんか?」
「さて、なんでしょうか。勉強会のことですかね」


 そういえば来年は勉強会をするのだろうか。多分、しないだろうな。
 男性陣の時間をただ食いつぶすだけの催しだ。なくなっても誰も痛くない。


「現在レティシア様について回っている噂についてですよ」
「あなたとレティシアがルシアン殿下を取り合っているという噂ですか?」
「それは事実無根の噂ですので、お気になさらなくて結構です」


 間髪入れずに言い切っているが、それほど王子様を取り合っているというのが嫌なのか。ヒロインのお眼鏡にかなう相手とは一体どういう男なのだろう。ヒロインの好みの男性像が思い浮かばない。


「それではなんでしょうか。レティシアは何かと目立つ人物ですから、噂も多岐に渡ってますので、具体的に言っていただかないとわかりませんよ」


 とりあえず、その多岐に渡る噂を一つずつ教えてほしい。
 悪役っぽい噂はあるのだろうか、と悪役を断念したのに、胸をときめかせる。まあ、口出しできる雰囲気ではないので何も言わないが。


「私に対する嫌がらせについてです」
「ああ、なんでも廃品が入っていたとか。大変だろうとは思いますが、私では力にはなれませんよ」
「大変ではないので、ご心配なさらなくて結構です。誰がそのようなことをされたのかもすでにわかっておりますので」
「それはよかった。では事件の解決ももう間もなくということですね」


 そういえば今日の晩御飯はなんだろう。肉が食べたいが、リューゲはいつも適当に選んでくる。しかもこれしかなかったとか、平然と嘘をつく。
 二種類用意されていたことを後日知って、ひどいひどいと訴えたら、もう持ってこないと脅されたものだ。
 だから今は、リューゲが適当に選んだものを大人しく食べることにしている。


「私は解決を望んでいたわけではありませんから、教師にはまだ何も言っていません」
「おや、それはよくありませんね。色々調べている彼らを少しでも早く楽にしてあげてはいかがですか」
「本腰入れて調べなくていいとは伝えてあります」
「被害者の望みとはいえ、学園内で起きたことに手抜きは許されないのでは?」
「教師に顔の利く者がいるので、ご安心ください」


 しかし長い。びしっと指を突きつけて「あなたが犯人だ!」と言えば済むかと思ったのに。そしてその後は崖での犯人の独白とか、涙ながらの独白とか、開き直っての独白とか、まあそんな感じで終わるのかと思っていた。
 考えてみたら、学園に崖はない。


「私はこの件を大事にしたくはないのですよ。他国のつけいる隙を少しでも減らしたいので」
「そうですか。自国を思って我が身を犠牲にするとは、中々真似できるものではありませんね」
「ですので、あなたが素直に認めてくださるのでしたら……この件は不問にいたします」


 ようやく本題に入った。今までのやりとりに意味はあったのだろうか。ちゃっちゃと話をして、はい解決、では駄目なのか。


「さて、一体何を認めればいいのやら」
「私の机に廃品を入れたことをですよ。偶然にも、あなたが廃品を入れる現場を目撃したことがありましてね」
「見間違いでは? 人の記憶などあてにならないものですよ」
「その際の状況を描いたものがこちらにあります」


 ヒロインが一枚の紙を取り出して、机の上に広げた。おお、すごい。写真のような綺麗な絵だ。いや、もしかしてこれは写真か。
 いいな、写真。欲しいなカメラ。これでも風景写真とか好きなので、色々なものを取って保管しておきたい。


「見事なほどに子細な絵ですが……これが何か?」
「こちらは私の記憶を頼りに描いたものです。それが確かなものであることは、王太子殿下が証言してくださるでしょう」
「王太子殿下が? それは、また変わった繋がりをお持ちのようですね。ですが先ほども申し上げた通り、人の記憶など思いこみによっていくらでも左右されるもの。なんの証拠にもなりませんよ」
「ちなみに、そのときの現場には王太子殿下もご一緒されていました」


 宰相子息の顔がわかりやすいほど引きつった。


 本当に今までのやりとりは必要だったのだろうか。最初から王太子があなたの犯行知ってますよ、で片付けられたと思う。
 それにしても、ヒロインは王太子と仲がいいのか。たしか廃品は朝方に入れられていたそうだから、早朝から会っていたということになる。


「できれば王太子殿下の名前は出したくはなかったので、さっさと認めていただきたかったのですが……」
「それで、フレデリク殿下はなんとおっしゃっていましたか」
「愛とは魔物のようだ、と。あの方は何を目的とした行動なのか、すでにわかっていたのでしょう」


 王太子の感想はだいぶずれているような気がする。
 宰相子息が聞きたいのはそういうことじゃないと思う。もっとこう、将来の臣下としての立場とか、そういう色々を気にしているのではないだろうか。


「この件については私に一任してくれていますので、王太子殿下は黙認してくださいます」
「……そうですか」


 宰相子息が小さく息を吐き、背もたれに寄りかかるように項垂れた。


「それで、要求は?」
「私に対する嫌がらせと、聖女の魔力に関する研究の取りやめを」
「……どうしてそれを」


 宰相子息はわずかに顔を歪めてヒロインを凝視した。得体の知れないものを見る目に、ヒロインが首をかしげる。


「……聖女についての研究は何年も前にやめています」
「でしたら、完全に諦めてください」
「そうですね。わかりました」


 ちらりと宰相子息の視線が私に向く。
 もしも宰相子息が聖女について研究したところで、何もわからなかっただろう。あの力は子に引き継がれるようなものではない。あの時代を生きていたもの――というか魔族や女神様に聞かないとわからないことだ。


「そして一つだけお聞きします」


 ヒロインが机の上で指を組み、先ほど凝視されたのをやり返すかのようにじっと宰相子息を見つめた。


「どうしてこんなことを?」
「どうして、ですか。それをわざわざ私の口から言わせるつもりですか?」
「このような方法を取った理由をお聞きしたいのですよ。私に嫌がらせをするのはあまりにも遠回りすぎます。噂をばらまいたのがあなたならば話は別でしたが、そうではありませんでした」


 宰相子息の目が答えを求めるかのように、空中を彷徨った。そうして少しの間沈黙が落ちる。ヒロインは催促することなく、だけど前言を翻すこともなく待ち続けている。
 そういえばヒロインの殴りこみを止めるためについてきたのだから、大丈夫だとわかった時点で帰っていた方がよかったのかもしれない。これは宰相子息とヒロインの問題で、私がいるのはあまりにも場違いだ。


「……わかりません。合理的ではないし無意味だとわかってはいたのですが、それでもやめることができませんでした」
「そうですか。わかりました」


 そしてヒロインが立ち上がる。どうやらこれで話は終わりらしい。ヒロインに追従するように、私も椅子から立つ。


「レティシア、私は……」


 宰相子息の声に足を止める。だけど中々言葉の先が続かない。これはどうすればいいのだろうか。いつまで待つのが正解なのか。
 ああ、そういえば私も宰相子息に言わないといけないことがあった。


「先日のお話ですが、お受けすることはできませんわ」
「……ええ、そうでしょうね」


 こうして、ヒロインの机に廃品詰め込み事件は終わった。


 そして試験までの一週間、私はリューゲの嫌味や歴史限定での勉強妨害に耐える日々を過ごすことになった。

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