悪役令嬢を目指します!

木崎優

第四十七話 「変なこと考えないように忙しくさせておこう」

「廃品?」
「ええ。ほら、以前死骸が入っていた子がいたでしょう? 彼女の机にまた廃品が入れられたそうですの。しかも連日」


 食堂で、アドリーヌからヒロインが新たな嫌がらせを受けたことを聞いた。主犯は私ではない。
 羞恥に塗れてからすでに五日が経過したが、その間に私は悪役らしい活動を一切しなかった。嫌味を言わないようにと注意して、悪役語録も引き出しの中に封印した。


 元々私が話す相手はそう多くない。というかクラリスと焼き菓子ちゃんとアドリーヌぐらいだ。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、ぽんぽんと話が進んでいく。私はそれに相槌を打つだけでよかった。
 とくに焼き菓子ちゃんなんかは暇さえあれば宰相子息について話しはじめるから、余計なことを口走る余地がない。
 気負っていたのが馬鹿らしくなるぐらい、嫌味を言っていない。


 隣国の王子が何かすることもなく、平和な日々を過ごしていたところに飛び込んできたのが、ヒロインの机に廃品詰め込み事件だ。長い。


「何かの部品のようなのですが、壊れていたり汚れていたりしてて使い物にならないそうで……」


 ゲームでは死骸や汚物が入っていたと書かれていたが、廃品が汚物ということなのだろうか。細かい描写がされていなかったのでわからないが、汚れていたのなら汚物と称してもおかしくはない、のかもしれない。


「どなたの仕業かわかったのかしら」
「私のクラスに聞き取りに来たのがつい昨日の話ですから、まだかと」


 クラリスの疑問に答えながら、アドリーヌは首をかしげた。


「本当に誰の仕業なのでしょう。廃品だなんて……」


 だがアドリーヌの疑問に答える者はいない。焼き菓子ちゃんも「物騒ですわ」と言ってるだけだ。


 一度死骸詰め込み事件が起きたが、それはその一回だけで終わった。
 そして次は廃品。ヒロインの机に何か詰め込むのが焼き菓子ちゃんの仕業だとすれば、廃品も焼き菓子ちゃんの仕業だということになるが、どうして廃品なのだろう。


 ということで、ヒロインに直接話を聞いてみることにした。


「……ああ、そうですね。入っていました」
「今回も犯人を捜すつもりはないの?」
「ええ。色々と……本当に、色々としないといけないことがありますので」


 どこか忌々しそうな口振りに追及するのを避ける。


「犯人がどなたかはわかってるの?」
「ゲームの通りであればわかりますが、確実にそうと決まったわけではありませんので」


 そんな何人もヒロインの机に何か詰め込む人がいるとは思いたくない。これが恋文であれば、そういう人もいるだろうと思えるが、そういうわけではないのだからなおさらだ。


「ボクがその犯人を殺せばいいって話?」


 お茶の用意を終えたリューゲがカップ片手に現れ、何やら物騒なことを言い出した。


「お前には話していない」


 ヒロインのリューゲに対する態度も相変わらずだ。最近のヒロインは王太子のストーカーを控えているのか、よく私の部屋にやって来る。別に何をするでもなく、お茶を飲みながら雑談するだけだ。まるで、そうまるで友達のようではないか。


「……お友達」


 その響きに思わず胸が高鳴る。
 そうだ何も恋愛だけが人生ではない。友情というものが世の中にはある。
 これまでは友人イコール取りまきで、将来的に交流がなくなる相手だと思っていたが、悪役にならないのなら友達を作ってもバチは当たらないのでは。
 今更ながらにその事実に気付き、静かにカップに口を付けているヒロインの様子をうかがう。


「どうしました?」


 私の視線に気付いたヒロインが怪訝そうに眉をひそめた。友達なのかと問うことは簡単だ。そして否と答えることも簡単だ。
 ヒロインは些事と片付けているが、普通辛辣な言葉を吐き、暴力をふるった相手を友達だと思う人はいない。いたらそれはただの聖人君子だ。
 天使のような見た目をしているが、ヒロインは紛れもなく人間で、あっさりさっぱりざっくりとした性格をしているが、同じ年の女の子だ。


 クラリス、焼き菓子ちゃん、アドリーヌの三人は家の繋がりがあったから友人になった。しかも彼女たちは否と言える立場になかった。焼き菓子ちゃんはそもそも否とは言わなかっただろうが、クラリスは選ぶことができる立場にあったら首を横に振っていただろう。
 アドリーヌはどうなのだろう。焼き菓子ちゃんとクラリスの癖が強すぎて、ちょっと想像できない。


「……そういえば、王太子殿下のことはどうなったのかしら」
「ああ、それでしたら……大局的には問題ないかと思いますが、念のため今の状態を続けていただけると嬉しいです」


 駄目だ、聞けない。え、何言ってるのこの人、みたいな視線を向けられたら立ち直れない。しかもそうなる可能性が高いからなおさら聞けない。
 リューゲが呆れた目を私に向けているので、おそらく私が何を考えているのかある程度察しているのだろう。それなら助け船の一つぐらい出してくれてもいいのに、本当に気の利かない魔族だ。


「友達ってのは対等なものでしょ。だけどキミは結構やらかしてるんだから、償ってからじゃないとそんな関係になれるわけないよね」


 ヒロインが帰った後、気の利かない魔族が漏らした苦言がこれだ。
 一理ある。いや、理しかない。


 しかしヒロインに償うとしても、何をすればいい。謝罪はしたが、たいしたことではないと言われた。ヒロインが求めているのは戦争の回避だが、どこをどうすれば回避できるのかすらわからない。
 雑談程度ではなく、長々と王太子を拘束すればいいのだろうか。




 次の日、朝食を食べ終えた私は王太子の元に乗り込んだ。正確には呼び出した。男子寮に女子は入れない。


「朝から珍しいな」


 気がはやってどうしても待てなかった。挨拶もそこそこに本題に切り込む。


「あの、次のお休みに一緒にお出かけしませんか?」


 ものすごく微妙な顔をされた。


「えぇと、それは俺を誘っているのか?」
「はい」


 むしろ他に誰を誘えと言うのだろうか。この場には私と王太子しかいない。


 王太子の休みを潰せば、お姫様と過ごすことはできなくなる。そうすればきっとヒロインも助かるはずだ。
 そしてゆくゆくはお友達に――


「いや、うぅん……しかし……」


 だけどどうも王太子の反応が芳しくない。ものすごく困った顔で首を捻っている。これはあれか、私とお出かけしたくないということか。
 考えてみれば、別に私と王太子は仲良しというわけではない。後期に入ってから話す機会は増えたが、元は日記を持ってくるだけの間柄だ。
 しまった、ヒロインのことで頭がいっぱいで距離の詰め方を間違えた。


「あの、申し訳ございません。つい……」


 つい言い訳しかけたが、内容が思いつかない。
 ヒロインで頭がいっぱいでとか言ったら、絶対に何言ってんだこいつという顔をされる。かといって、他に王太子を誘う理由が思いつかない。
 仕方ないから王太子の想像力で補ってもらおう。
 私はそれ以上言葉を続けることなく、王太子を見上げることにした。


「……誘いは嬉しいが、弟の婚約者と二人で出かけることはできない」
「あ、そうですよね」


 そういえばそうだった。王太子はいつも二人きりにはならないように配慮して、人目のある場所を選んでいた。お出かけの場合も人目があるとはいえ、そこらへんで雑談するのとではわけが違う。
 リューゲを外に引っ張りだすこともできないし、クラリスたちは王太子と交流があるのかわからないし、ヒロインは王太子のストーカーだ。私の手札が少なすぎて、大人数でのお出かけが提案できない。


「だから、弟と一緒でもいいか?」
「え、ええ。じゃあ、それでお願いします」


 しまった詰んだ、と落ちこんでいたところだったので思わず頷き、自室に戻ってからようやく王太子の言葉の意味を理解して、頭を抱えた。
 おかしい。王太子を誘ったのに、王子様が付いてきた。いや、王太子からすれば至極真っ当な申し出だ。普通に考えたら何もおかしくない。


 王太子は王太子だから、これまで辛辣な――悪役らしい台詞はあまり使わないできた。下手なことをして不敬罪で問われたくないという理由だったが、今となっては羞恥に駆られることなく話せる数少ない相手だ。


「いや、王子相手でも不敬罪だよね」
「私声に出てた?」
「断片的にだけどね。それで、何があったの?」


 私を落ち着かせるためか、リューゲはお茶を淹れてソファに腰かけた。ここ最近、リューゲは話をするときに横に座る。正面では駄目なのだろうか。横を向きながら話すのは少しだけ首が痛い。


「……殿下と王太子殿下と出かけることになったわ」
「なんでこの短時間でそんなことになってるの」


 朝食を終えたのが七時半、今は八時だ。ほんの三十分でとんでもない事態に陥ったものだと自分でも思う。授業開始が十時だから、まだまだ時間に余裕がある。
 そして時間に余裕があるのに朝から呼び出しを受けて、王太子にとってはとんだ災難だったことだろう。私のせいだけど。


「色々あったのよ」
「面倒だからって色々で片付けるのやめてくれる?」
「……王太子殿下の時間を潰そうと思って、お出かけに誘ったのよ。それで殿下と一緒ならと言われて、思わず頷いたの」
「で、今になって後悔してるんだ」
「だって……どんな顔をして会えばいいかわからないわ」


 これまで散々大根っぷりを見せつけて暖かい目で見られ、悪役をやめた今は、理想の令嬢になるのを諦めたんだと生暖かい目で見られるかもしれない。
 恋や愛とかを抜きにしても気まずいし、何を話せばいいのかもわからない。しかも六歳からの知り合いで、一番長く私の棒演技を見続けてきた相手だ。


「行かなければいいんじゃないの?」
「私から誘っておいて、やっぱりやめましたなんて言えないわよ」


 今になって断ったらまるで、王子様が来るから行かないと言っているようなものだ。実際そうだし、これまで逃げ続けてきたのだから今更といった感じはあるが、問題は間に王太子を挟んでいることだ。


 どうして王子様を避けるのかとか聞かれたら、上手く躱せる自信がない。悪役としてならいくらでも言い訳できるが、それをすると棒演技を披露することになる。
 演技なしで追及を躱す度胸が私にはない。私は小心者だ。


「じゃあもう諦めなよ」


 諦めるしかないことはわかっている。わかっているが、考えることはやめられない。だって人間だもの。




 そして待ちに待っていない休日。前に王子様と騎士様と出かけたときのような簡素なワンピースではなく、襟に刺繍がされていたり、裾にフリルがついていたりと少しお洒落なワンピースを選んだ。
 地味にあのときの場違い感が心に棘を刺していた。しかも今回は騎士様ではなく王太子だ。絶対にきらきらした服を着てくる。
 そしてついでに、リューゲに髪をハーフアップに編み込んでもらうことにした。これれならそこまで見劣りしないはず、多分。


「変じゃない? 変じゃない?」
「はいはい。可愛い可愛い。――ほら、できたからさっさと行けば」


 金銭価値のありそうな服に囲まれてもおかしくないか真剣に聞いているのに、リューゲはおざなりな態度で流して、仕上がり次第私を放り出した。ひどい。


 仕方なく憩いの場にそのまま向かう。何故か寮での呼び出しではなく、待ち合わせの場所を指定されたからだ。


「……兄上は来れなくなった」


 そしてそこで、私は王子様から衝撃的な事実を聞かされて固まった。
 これが漫画だったらカチコンという擬音が付きそうなぐらに固まった。


「その……兄上経由とはいえ、誘ってくれて嬉しいよ」


 どうしよう。どうしよう。王子様と二人とか考えてもいなかった。
 理想の令嬢像に近づこうと頑張ってるって思って暖かい目で見ていた筆頭じゃないか。
 しかもこうして言葉を交わすのはあの、王子様が怒りでおかしくなって以来だ。


「レティシアが護衛を気にして兄上も、と言ったのはわかるけど……兄上は来れなくなったから、だから、私と二人でもいいかな」


 しかもどうしてそんな話に。私が誘ったのは王太子だったはずだ。
 もしや婚約者がその兄を誘うというのは外聞が悪いということで、そういうことにしたのか。王太子の気遣い屋さんめ。
 そして王太子を護衛扱いっておかしいってことに気付いて王子様。


「レティシア……?」
「え、あ、はい」


 何も言わない私を不審に思ったのか、王子様が顔を覗き込んできた。
 この間みたいな冷たい目ではない。いつもの王子様だ。思わずほっと胸を撫で下ろす。


「私と二人は嫌?」
「いえ、そんなことは」


 そんな寂しそうに言われて首を横に振れるわけがない。
 どうしたんだろう。もう怒っていないのだろうか。この間のである程度留飲を下げてくれたのか。
 それなら大丈夫かもしれない。生暖かい目とかを気にしなければ。


「……でもよかった」
「え?」
「今日のレティシアは可愛いから、兄上に見られなくて」


 いつもの私は可愛くないということか。
 思わず減らず口を叩きかけ、声に出す前に飲むこむ。完全に条件反射になっている。
 今日の王子様は別の意味でおかしい。なんでそんな、まるで私に好意があるみたいな、甘い台詞を吐く。
 恋とか愛とか考えないようにしていたのに、そんなことを言われたら嫌でも思い出してしまう。駄目だ、考えるな。王子様は王子様だから、女の子に気障な台詞の一つや二つぐらい吐いてもおかしくない。だって王子様だ。
 私が変に意識してしまっているから、そう聞こえるだけで、本当はなんの意図もない台詞なんだ。そうに決まっている。


「それじゃあ、行こうか」
「あ、ああの、殿下」
「殿下じゃなくて、名前で呼んで?」


 そういえば王子様は名前で呼んでほしい人だった。やはり王妃様が名前で呼んでいたからだろうか。自分の子どもを名前で呼ばない親もそういないだろうし、きっとそうなのだろう。
 いや、今重要なのはそこじゃない。そもそも名前で呼ばれたくない人なんてそういない。そんなの私の部屋で悠々と過ごしている偽名魔族ぐらいじゃないか。本名で呼ばれたいのかどうか聞いたことないけど。


「あの、ルシアン、様……手が、手を……」
「ああ、これ? はぐれたら危ないからね」


 なんてことのないように言われて、繋がれた手を振りほどくとことができなくなった。きっとこれも特別な意味があるわけではなくて、子どもの手を引くような気軽さなだけで、だからきっと、私が意識しすぎているだけだ。

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