悪役令嬢を目指します!
第四十五話 『素晴らしいと喜ぶべきか否か』
「振り……?」
リューゲの質問に首をかしげたのはヒロインだった。
「半分無意識なのかもしれないけど、目を背けてるよね」
射抜くような視線で居心地が悪い。ヒロインまで私を凝視して私が答えるのを待っている。
「……なんの話?」
「普通さ、あそこまでされて気付かないわけないよね」
リューゲが会話をしてくれない。追及する手を止めるつもりはないようだ。
「何もされてないわ」
「数年間に渡る日記でのやり取りに、お土産の数々、屋敷にも頻繁に来てたよね」
「婚約者だもの。本意はどうあれ、そのぐらいはするでしょう」
「しないよ」
言い切られた。婚約者という立場上無下に扱えないのだから、私の主張も間違っていないはずなのに。
「まあ、少しぐらいはするかもしれないよ? でもさ、普通転移魔法を使ってまでやらないよ」
「魔力が有り余っていたんじゃないかしら」
「魔力は余るものではないですよ」
逃げたいが、ここは私の部屋だ。これ以上の逃げ場となると寝室しかない。だが少しでも腰を上げようものならリューゲが厳しく睨みつけてくるので、仕方なく座り直す。
「だからさ、気付いてないってのはあまりにも不自然すぎるでしょ」
そこまではっきりと言わなくてもいいのに。リューゲのにやにや顔が憎い。
逃げ場はない。何か言ったところで絶対に言い返される。
「……だって、間違ってるもの」
正直に白状するしかない状況に、渋々と口を開く。
「殿下は私に王妃様を重ねているだけよ」
手癖として書くには多すぎるほど書きこまれた日記。
王太子すら使って届くお土産。
そこに好意がないとは思うのは、リューゲの言う通り無理がある。だけど、それを認めることはできなかった。
王妃様が亡くなられた後、小屋の中で彼は私の目を見て縋り付いてきた。そしていまだに引きずっているだけだ。
王妃様大好きな王子様だから、王妃様の決めた婚約者であり、王妃様を重ねた私を無下に扱えない。だけどそんなのは間違っている。
「私はヒロインのように真実の愛に変えることはできないわ。だから殿下は他の人を見るべきよ。王妃様を重ねずに好きになれる人の方がいいに決まっているもの」
それでも、王子妃という道があるとヒロインに教えてもらったときには少し揺らいだ。もしかしたらと少しだけ期待して、彼との未来も考えてみようかと、そう思った。
だけどヒロインと嬉しそうに話す王子様を見て、また彼の優しさに甘えようとしていたことに気付いた。
私はただ王妃様と同じ青い目をしていただけにすぎない。そんな女性はこの国にはいくらでもいる。その中には私よりも優秀で、王子様を支えて笑わせることができる人もいるだろう。
青い目をしていて、王妃様と重ねることができた相手――その程度の理由では王子様を縛ることはできない。
私と王妃様はあまりにも違いすぎる。
王子様は私を前にしても困ったように笑ったり、呆れたように笑う。王妃様と私の違いを目の当たりにすればするほど、王子様は私に失望するだけだ。
ゲームでの王子様とヒロインの恋は、王妃様を重ねたところから始まった。
始まりは同じでも、私にはその思い込みを真実に変えることはできない。
「それに、私は引きこもる予定だったから……いつか離れていく人を想うことほど無駄なことはないでしょう」
リューゲが呆れたような目で私を見て、ヒロインは頭を抱えている。
おかしなことを言った覚えはないのに、空気がおかしい。
「……ああ、そうか……ハッピーエンドしかしてないから……」
「言いたいことはわかるけどさぁ……」
これでも決死の覚悟で話したというのに微妙な空気が流れている。
何故だ。何がおかしかった。いくら考えても答えは出てこない。
リューゲとヒロインがどっちから言う? みたいに目配せしあっている。
「……一つ、言っておきます。ゲームでは真実の愛になっていませんよ」
どうやらヒロインになったらしい。
「彼のルートでは、選択肢を一つでも間違えたら好感度が急落します。そして母上はこうだったとかああだったとかを語りはじめます。で、隠しキャラルートで彼の光源氏計画が暴露される仕様です。……同い年ですけどね」
「ひかる? 何、それ」
「ゲームでの彼は徹頭徹尾王妃様しか見ていません。選択肢を間違えなかった……つまり、王妃様そっくりなヒロインを愛するだけです」
ヒロインに無視されたリューゲに「童女を自分好みの女性に育てあげる男性のこと」と教えてあげた。
「……ヒロインでも無理なら、なおさらどうにもできないわ」
性格も能力も、すべてにおいて私はゲームのヒロインに負けている。王子様から王妃様の話を聞くたびに私には無理だと思っていたぐらいだ。
「今の殿下はゲームとは違っています。私と話しているときに王妃様の話が混ざりはしますけど、あなたのことも話しているんですよ」
「私の……?」
「甘いものが好きとかの好みについて話すこともありましたよ。それに猫を飼ってみたいと言ったあなたのために、どうしたら大人しい猫を手に入れることができるだろうかと悩んだりもしていました。他にも理想の令嬢像があるのはわかってるけど普通に話したいとぼやりたりとか――まだまだありますよ」
何を話しているんだ。想う相手にするような話ではない。他の女性の話をするなんて悪手すぎる。
「殿下はあなたが王妃様と違うことなんてわかっていますよ」
「ならやっぱり私は見切りをつけられたのね」
王妃様と違う私を見る理由なんてない。ああ、そうか。だから王子様は私に怒ったんだ。王妃様とは違いすぎるから、失望して冷たい目で私を見るようになった。
そう考えれば辻褄が合う。
「……どうしてそういうとこだけ自分を責める形で思い込むんですか」
呆れたような声に落としかけた視線を上げると、困った顔をしたヒロインが私の顔を覗き込むように見ていた。
「殿下はあなたのことがちゃんと好きですよ」
「好かれるようなことをした覚えはないわ」
私はただひたすら逃げただけだ。交換日記も嘘ばかり書いて、リューゲに注意されるまで日常についてすら嘘を書いていた。
ろくに会話をしようともしない、棒演技で接するような相手を好きになるはずがない。
「あなたが何をしたのかなんて私は知りません。だけど、殿下があなたを見ていることは知っています」
「……あなたと話しているときの殿下は嬉しそうだったわ。殿下も楽しく話せる人の方がいいはずよ」
誰だって悪役よりもヒロインを選ぶ。ゲームとは違っていても、ヒロインはいい子だ。可愛いし、あっさりばっさりとした性格を好む人も多いはず。
だけど私には何もない。類まれな才能もないし、前世の知識を活かすことすらできない。演技の才能すらない人間だ。
ヒロイン相手では無理でも、青い目の女性はたくさんいるから王子様のお眼鏡にかなう、王妃様に似た人だっていると思う。
「それでも殿下はあなたを選んでいます」
「そんなの、おかしいわ」
「恋というものは人をおかしくさせるんですよ」
じゃあ結局、恋が冷めたときには見放されるということか。
それならやはり、最初から気付かない方がいい。それで王子様は他の人と結ばれて、私は悠々と引きこもろう。
「お話を聞いて、今日の殿下の暴挙にも説明がつきました。気付いてもらえていないと思ったから……手の平にキスすることの意味を知っていますか?」
「いえ、知らないわ」
「懇願と求愛ですよ」
あのときキスされたのは手の平だけではない。ヒロインが目撃したのが手の平というだけだ。だから、ヒロインの説が合ってるとは思えない。
でも――
「……将来どうなるかなんて、私にもわかりません。それでも今の殿下はあなたのことが好きなんですよ。だから少しぐらい目を向けてはどうですか」
それは王子様に謝罪する前にヒロインに言おうと思っていた言葉だ。王子様に目を向けてほしいとヒロインにお願いするつもりだった。
まさか立場が入れ替わるとは。
「その上であなたが殿下を好きになれないのでしたら、それは仕方のないことです。だけど最初からありえないと決め付けていては、殿下が可哀相です」
胸が締め付けられる。
王子様を悲しませたいわけではない。でも私は王妃様のようにはなれないし、どうせ失望させるだけだ。
でもすでに王妃様と違うとわかっていて、それでも私を好きだとヒロインは言っている。
王子様は王妃様を重ねているだけだとずっと思っていた。だから誕生日の贈り物も王妃様の生まれ故郷の星空だったし、私は王妃様の色をした万年筆を返した。
ヒロインの話が本当だという保証はない。だけど、嘘だとも言い切れない。
「何も今すぐ答えを出せとは言いません。今日の殿下の様子を考えると、少し距離を取った方がいいかもしれませんしね」
「そうなの……?」
「あのままでは、その、ことに及んでいた可能性もありましたから。……言いにくいのですが、婚前交渉を行った上で婚約を解消するのは難しくなるので……婚約を絶対的なものにするために今日以上の暴挙に出るかもしれません」
それはさすがに考えすぎだと思う。
「まあ、よく考えておいてください」
そう言ってヒロインは帰った。必死に引き留めたけど、朝早いのでとか言って普通に帰った。
私がリューゲの質問に答えたのは完全に無駄になった。
「じゃあキミは寝支度を整えておいで」
二人だけになった部屋の中で、リューゲがお風呂に入るための道具を私に投げ渡してくる。これはあれだ、寝る寸前まで説教するつもりだ。
お風呂を出るとリューゲがいなかった。自分用の部屋で何かしているのだろうか。私はどうしよう。説教を受けるなら正座している方が真剣に聞いている風に見えるかもしれない。でも、土足文化だから床には座りたくない。
ソファで正座するのも間抜けな図だ。
「……キミはさぁ」
寝台の上で正座していた私を見つけたリューゲが呆れた声でため息をついた。床もソファもどうかと思ったし、ここなら説教が終わり次第眠れると思ったのだが、どうやら失敗したらしい。
「異性に対しての危機感が足りないよね」
「リューゲは何もしないでしょ」
何かするつもりなら、これまでの数年間でいくらでも機会はあった。だけど甘い空気になったりとか、そういう展開になったことはない。
そういう意味ではリューゲのことを信頼している。
「……まぁいいけど」
そう言うと私の横に腰かけて、本格的に説教が始まった。
悪役を目指すのは好きにすればいいけど手を出すのは駄目だとか、倫理観に欠けている魔族とは思えないほど真っ当な説教に、私は頷くことしかできない。
少しでも反論すると十倍ぐらいになって返ってくるのは経験済みだ。リューゲは教えるということについてだけは厳しい従者だった。
「それに婚約者だからって異性と二人だけになるのは迂闊すぎるよ」
「……殿下は不埒なことなんてしないもの」
「されたんでしょ」
たしかに少し不埒だったけど、あれは怒りすぎておかしくなっていただけだ。ヒロインはああ言っていたけど、そういう意図があってのものではないと思う。
か弱い令嬢相手だったら、あんなことをされてはおいそれと近づくけなくなる。想いを伝えるためと考えるには、あまりにも悪手だ。
「殿下は優しい人よ。無理矢理どうこうなんてしないわ」
「まだそんなこと言ってるの」
苛立ち混じりの声と共に、リューゲは私の肩を押して寝台に倒した。
「キミは本当に、もう少し危機感を持ったほうがいいよ」
覆いかぶさるようにして、リューゲが私の上に乗ってくる。髪を結っている紐をほどき、白く長い髪を無造作に散らした。
「リューゲ……?」
「そこにあるのが好意だろうと悪意だろうと、本気で手に入れたいと思ってる人間は手段を選ばないってことを知ったほうがいいんじゃないかな」
そう言って自分のボタンを外していくと、私の首元に顔を埋めてきた。
押し返そうとしてもびくともしない。王子様以上に頑丈な魔族だ。私ごときが抵抗できる相手ではない。
蹴り飛ばそうとした足は早々に押さえられた。
「だって、そんなことしないって」
「ボクは何も言ってないけど? それに一応男性体だから、しようと思えばできるよ」
吐息が首にかかり、ぞわりとした寒気が全身を襲う。鳥肌が立っているというのに、リューゲは構うことなく私のボタンに手をかけた。
「ねえ、ちょっと、冗談でしょう」
だけど返事をすることなくゆっくりと丁寧にボタンを一つ一つ外していく。どうしよう、怖い。返事をしてくれたなら意地悪をしているだけだとか、馬鹿にしているだけだとか、からかっているだけだとか、色々と言い訳できるのに、何も言わない。
「リューゲ……やだ、やだぁ」
心細さからか思わず情けない声が出る。そこでようやくリューゲの動きが止まり、体を起こして髪をかき上げながら私を見下ろした。
「言われてやめてくれる奴ばかりじゃないんだから、異性と二人になるってのがどういうことか、よく考えときなよ」
そう言って、髪を結び直すとひらひらと手を振って部屋から出て行った。他にも直すべきところがあると思う。ボタンとか。
外されたボタンを留めなおして寝台に潜り込み、リューゲへの悪態をつきながら眠りについた。
そして朝、リューゲは普通にカーテンを開けて、普通に私を起こした。
「どうして昨日の今日で部屋に入ってくるのよ」
「なんでボクがキミの都合を考えないといけないの」
私が異性関係に疎いのは絶対にリューゲのせいだと思う。遠慮のない従者が身近にいて、異性を意識しろというのは無理がある。
ということを訴えたら、ため息を返された。
「じゃあ何も世話しないけど、それでいい?」
「ごめんなさい」
従者という立場を傘にきた言葉の前にひれ伏すことしかできなかった。
リューゲの質問に首をかしげたのはヒロインだった。
「半分無意識なのかもしれないけど、目を背けてるよね」
射抜くような視線で居心地が悪い。ヒロインまで私を凝視して私が答えるのを待っている。
「……なんの話?」
「普通さ、あそこまでされて気付かないわけないよね」
リューゲが会話をしてくれない。追及する手を止めるつもりはないようだ。
「何もされてないわ」
「数年間に渡る日記でのやり取りに、お土産の数々、屋敷にも頻繁に来てたよね」
「婚約者だもの。本意はどうあれ、そのぐらいはするでしょう」
「しないよ」
言い切られた。婚約者という立場上無下に扱えないのだから、私の主張も間違っていないはずなのに。
「まあ、少しぐらいはするかもしれないよ? でもさ、普通転移魔法を使ってまでやらないよ」
「魔力が有り余っていたんじゃないかしら」
「魔力は余るものではないですよ」
逃げたいが、ここは私の部屋だ。これ以上の逃げ場となると寝室しかない。だが少しでも腰を上げようものならリューゲが厳しく睨みつけてくるので、仕方なく座り直す。
「だからさ、気付いてないってのはあまりにも不自然すぎるでしょ」
そこまではっきりと言わなくてもいいのに。リューゲのにやにや顔が憎い。
逃げ場はない。何か言ったところで絶対に言い返される。
「……だって、間違ってるもの」
正直に白状するしかない状況に、渋々と口を開く。
「殿下は私に王妃様を重ねているだけよ」
手癖として書くには多すぎるほど書きこまれた日記。
王太子すら使って届くお土産。
そこに好意がないとは思うのは、リューゲの言う通り無理がある。だけど、それを認めることはできなかった。
王妃様が亡くなられた後、小屋の中で彼は私の目を見て縋り付いてきた。そしていまだに引きずっているだけだ。
王妃様大好きな王子様だから、王妃様の決めた婚約者であり、王妃様を重ねた私を無下に扱えない。だけどそんなのは間違っている。
「私はヒロインのように真実の愛に変えることはできないわ。だから殿下は他の人を見るべきよ。王妃様を重ねずに好きになれる人の方がいいに決まっているもの」
それでも、王子妃という道があるとヒロインに教えてもらったときには少し揺らいだ。もしかしたらと少しだけ期待して、彼との未来も考えてみようかと、そう思った。
だけどヒロインと嬉しそうに話す王子様を見て、また彼の優しさに甘えようとしていたことに気付いた。
私はただ王妃様と同じ青い目をしていただけにすぎない。そんな女性はこの国にはいくらでもいる。その中には私よりも優秀で、王子様を支えて笑わせることができる人もいるだろう。
青い目をしていて、王妃様と重ねることができた相手――その程度の理由では王子様を縛ることはできない。
私と王妃様はあまりにも違いすぎる。
王子様は私を前にしても困ったように笑ったり、呆れたように笑う。王妃様と私の違いを目の当たりにすればするほど、王子様は私に失望するだけだ。
ゲームでの王子様とヒロインの恋は、王妃様を重ねたところから始まった。
始まりは同じでも、私にはその思い込みを真実に変えることはできない。
「それに、私は引きこもる予定だったから……いつか離れていく人を想うことほど無駄なことはないでしょう」
リューゲが呆れたような目で私を見て、ヒロインは頭を抱えている。
おかしなことを言った覚えはないのに、空気がおかしい。
「……ああ、そうか……ハッピーエンドしかしてないから……」
「言いたいことはわかるけどさぁ……」
これでも決死の覚悟で話したというのに微妙な空気が流れている。
何故だ。何がおかしかった。いくら考えても答えは出てこない。
リューゲとヒロインがどっちから言う? みたいに目配せしあっている。
「……一つ、言っておきます。ゲームでは真実の愛になっていませんよ」
どうやらヒロインになったらしい。
「彼のルートでは、選択肢を一つでも間違えたら好感度が急落します。そして母上はこうだったとかああだったとかを語りはじめます。で、隠しキャラルートで彼の光源氏計画が暴露される仕様です。……同い年ですけどね」
「ひかる? 何、それ」
「ゲームでの彼は徹頭徹尾王妃様しか見ていません。選択肢を間違えなかった……つまり、王妃様そっくりなヒロインを愛するだけです」
ヒロインに無視されたリューゲに「童女を自分好みの女性に育てあげる男性のこと」と教えてあげた。
「……ヒロインでも無理なら、なおさらどうにもできないわ」
性格も能力も、すべてにおいて私はゲームのヒロインに負けている。王子様から王妃様の話を聞くたびに私には無理だと思っていたぐらいだ。
「今の殿下はゲームとは違っています。私と話しているときに王妃様の話が混ざりはしますけど、あなたのことも話しているんですよ」
「私の……?」
「甘いものが好きとかの好みについて話すこともありましたよ。それに猫を飼ってみたいと言ったあなたのために、どうしたら大人しい猫を手に入れることができるだろうかと悩んだりもしていました。他にも理想の令嬢像があるのはわかってるけど普通に話したいとぼやりたりとか――まだまだありますよ」
何を話しているんだ。想う相手にするような話ではない。他の女性の話をするなんて悪手すぎる。
「殿下はあなたが王妃様と違うことなんてわかっていますよ」
「ならやっぱり私は見切りをつけられたのね」
王妃様と違う私を見る理由なんてない。ああ、そうか。だから王子様は私に怒ったんだ。王妃様とは違いすぎるから、失望して冷たい目で私を見るようになった。
そう考えれば辻褄が合う。
「……どうしてそういうとこだけ自分を責める形で思い込むんですか」
呆れたような声に落としかけた視線を上げると、困った顔をしたヒロインが私の顔を覗き込むように見ていた。
「殿下はあなたのことがちゃんと好きですよ」
「好かれるようなことをした覚えはないわ」
私はただひたすら逃げただけだ。交換日記も嘘ばかり書いて、リューゲに注意されるまで日常についてすら嘘を書いていた。
ろくに会話をしようともしない、棒演技で接するような相手を好きになるはずがない。
「あなたが何をしたのかなんて私は知りません。だけど、殿下があなたを見ていることは知っています」
「……あなたと話しているときの殿下は嬉しそうだったわ。殿下も楽しく話せる人の方がいいはずよ」
誰だって悪役よりもヒロインを選ぶ。ゲームとは違っていても、ヒロインはいい子だ。可愛いし、あっさりばっさりとした性格を好む人も多いはず。
だけど私には何もない。類まれな才能もないし、前世の知識を活かすことすらできない。演技の才能すらない人間だ。
ヒロイン相手では無理でも、青い目の女性はたくさんいるから王子様のお眼鏡にかなう、王妃様に似た人だっていると思う。
「それでも殿下はあなたを選んでいます」
「そんなの、おかしいわ」
「恋というものは人をおかしくさせるんですよ」
じゃあ結局、恋が冷めたときには見放されるということか。
それならやはり、最初から気付かない方がいい。それで王子様は他の人と結ばれて、私は悠々と引きこもろう。
「お話を聞いて、今日の殿下の暴挙にも説明がつきました。気付いてもらえていないと思ったから……手の平にキスすることの意味を知っていますか?」
「いえ、知らないわ」
「懇願と求愛ですよ」
あのときキスされたのは手の平だけではない。ヒロインが目撃したのが手の平というだけだ。だから、ヒロインの説が合ってるとは思えない。
でも――
「……将来どうなるかなんて、私にもわかりません。それでも今の殿下はあなたのことが好きなんですよ。だから少しぐらい目を向けてはどうですか」
それは王子様に謝罪する前にヒロインに言おうと思っていた言葉だ。王子様に目を向けてほしいとヒロインにお願いするつもりだった。
まさか立場が入れ替わるとは。
「その上であなたが殿下を好きになれないのでしたら、それは仕方のないことです。だけど最初からありえないと決め付けていては、殿下が可哀相です」
胸が締め付けられる。
王子様を悲しませたいわけではない。でも私は王妃様のようにはなれないし、どうせ失望させるだけだ。
でもすでに王妃様と違うとわかっていて、それでも私を好きだとヒロインは言っている。
王子様は王妃様を重ねているだけだとずっと思っていた。だから誕生日の贈り物も王妃様の生まれ故郷の星空だったし、私は王妃様の色をした万年筆を返した。
ヒロインの話が本当だという保証はない。だけど、嘘だとも言い切れない。
「何も今すぐ答えを出せとは言いません。今日の殿下の様子を考えると、少し距離を取った方がいいかもしれませんしね」
「そうなの……?」
「あのままでは、その、ことに及んでいた可能性もありましたから。……言いにくいのですが、婚前交渉を行った上で婚約を解消するのは難しくなるので……婚約を絶対的なものにするために今日以上の暴挙に出るかもしれません」
それはさすがに考えすぎだと思う。
「まあ、よく考えておいてください」
そう言ってヒロインは帰った。必死に引き留めたけど、朝早いのでとか言って普通に帰った。
私がリューゲの質問に答えたのは完全に無駄になった。
「じゃあキミは寝支度を整えておいで」
二人だけになった部屋の中で、リューゲがお風呂に入るための道具を私に投げ渡してくる。これはあれだ、寝る寸前まで説教するつもりだ。
お風呂を出るとリューゲがいなかった。自分用の部屋で何かしているのだろうか。私はどうしよう。説教を受けるなら正座している方が真剣に聞いている風に見えるかもしれない。でも、土足文化だから床には座りたくない。
ソファで正座するのも間抜けな図だ。
「……キミはさぁ」
寝台の上で正座していた私を見つけたリューゲが呆れた声でため息をついた。床もソファもどうかと思ったし、ここなら説教が終わり次第眠れると思ったのだが、どうやら失敗したらしい。
「異性に対しての危機感が足りないよね」
「リューゲは何もしないでしょ」
何かするつもりなら、これまでの数年間でいくらでも機会はあった。だけど甘い空気になったりとか、そういう展開になったことはない。
そういう意味ではリューゲのことを信頼している。
「……まぁいいけど」
そう言うと私の横に腰かけて、本格的に説教が始まった。
悪役を目指すのは好きにすればいいけど手を出すのは駄目だとか、倫理観に欠けている魔族とは思えないほど真っ当な説教に、私は頷くことしかできない。
少しでも反論すると十倍ぐらいになって返ってくるのは経験済みだ。リューゲは教えるということについてだけは厳しい従者だった。
「それに婚約者だからって異性と二人だけになるのは迂闊すぎるよ」
「……殿下は不埒なことなんてしないもの」
「されたんでしょ」
たしかに少し不埒だったけど、あれは怒りすぎておかしくなっていただけだ。ヒロインはああ言っていたけど、そういう意図があってのものではないと思う。
か弱い令嬢相手だったら、あんなことをされてはおいそれと近づくけなくなる。想いを伝えるためと考えるには、あまりにも悪手だ。
「殿下は優しい人よ。無理矢理どうこうなんてしないわ」
「まだそんなこと言ってるの」
苛立ち混じりの声と共に、リューゲは私の肩を押して寝台に倒した。
「キミは本当に、もう少し危機感を持ったほうがいいよ」
覆いかぶさるようにして、リューゲが私の上に乗ってくる。髪を結っている紐をほどき、白く長い髪を無造作に散らした。
「リューゲ……?」
「そこにあるのが好意だろうと悪意だろうと、本気で手に入れたいと思ってる人間は手段を選ばないってことを知ったほうがいいんじゃないかな」
そう言って自分のボタンを外していくと、私の首元に顔を埋めてきた。
押し返そうとしてもびくともしない。王子様以上に頑丈な魔族だ。私ごときが抵抗できる相手ではない。
蹴り飛ばそうとした足は早々に押さえられた。
「だって、そんなことしないって」
「ボクは何も言ってないけど? それに一応男性体だから、しようと思えばできるよ」
吐息が首にかかり、ぞわりとした寒気が全身を襲う。鳥肌が立っているというのに、リューゲは構うことなく私のボタンに手をかけた。
「ねえ、ちょっと、冗談でしょう」
だけど返事をすることなくゆっくりと丁寧にボタンを一つ一つ外していく。どうしよう、怖い。返事をしてくれたなら意地悪をしているだけだとか、馬鹿にしているだけだとか、からかっているだけだとか、色々と言い訳できるのに、何も言わない。
「リューゲ……やだ、やだぁ」
心細さからか思わず情けない声が出る。そこでようやくリューゲの動きが止まり、体を起こして髪をかき上げながら私を見下ろした。
「言われてやめてくれる奴ばかりじゃないんだから、異性と二人になるってのがどういうことか、よく考えときなよ」
そう言って、髪を結び直すとひらひらと手を振って部屋から出て行った。他にも直すべきところがあると思う。ボタンとか。
外されたボタンを留めなおして寝台に潜り込み、リューゲへの悪態をつきながら眠りについた。
そして朝、リューゲは普通にカーテンを開けて、普通に私を起こした。
「どうして昨日の今日で部屋に入ってくるのよ」
「なんでボクがキミの都合を考えないといけないの」
私が異性関係に疎いのは絶対にリューゲのせいだと思う。遠慮のない従者が身近にいて、異性を意識しろというのは無理がある。
ということを訴えたら、ため息を返された。
「じゃあ何も世話しないけど、それでいい?」
「ごめんなさい」
従者という立場を傘にきた言葉の前にひれ伏すことしかできなかった。
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