悪役令嬢を目指します!
第三十七話 【ロレンツィを名乗ったのは失敗だったか】
金の髪と紫の瞳。初代国王が持っていたとされる色を守るために、代々近しい色をした者を娶ってきた。
ヒロインにその話を聞いてから、私も自分なりに調べてみた――とは言っても、リューゲに話を聞いただけだが。
紫の瞳を持つ者は稀で、大抵の場合は髪の色だけが重視されてきた。その中で真逆と言ってもいいぐらいな銀髪を選んだのは、今の王様だけらしい。
「――だから、私とフレデリク様はそういう関係にはなれませんわ」
薄く微笑むお姫様は隣に座る王太子を見上げてから、私の横に座るリューゲに視線を移した。
「そちらの方は珍しい色をしておりますが、どちらの国の方なのでしょうか?」
リューゲの髪はほんの少し青さを残した白い髪と、赤い瞳。たしかに珍しい色をしている。
元が水色だったから、こうして言われるまでまったく気にしていなかった。
「……どこだったかしら」
しかも私はリューゲがどこの出身だとか、どこの家の生まれだとか、そういった設定を忘れている。さて困った。
魔族ですよとは言えないし、どうやって誤魔化せばいいのだろうか。
「従者の身ですが、話す許可をいただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんよ。どうぞお話になって」
「ボクはアドルナート国の出身です。そちらでも、ボクと同じような髪と目の色をした者はおりませんでしたが……おそらくは、先祖にこのような色をしていた者がいて、ボクの代で出てきたのではないかと思われます」
隔世遺伝という設定か。今度は忘れないようにしておこう。
「まあ、そうですのね――あら、そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたわ。なんとおっしゃるのかしら」
「これは失礼いたしました。ボクはリューゲ・ロレンツィと申します」
そういえばそんな名前だった。宰相子息にもリューゲの詳細を聞かれたことがあるから、せめて姓ぐらいは覚えておかないといけない。
ロレンツィ、ロレンツィ、と頭の中で繰り返していたらお姫様が大仰な素振りで手を打ち鳴らした。
「まあ! ロレンツィ家の方ですのね。それでしたらディートリヒにはもうお会いになって? まだでしたら是非とも会っていただけないかしら。きっと喜びますわ」
にこにこ上機嫌な様子に、思わず首をかしげる。どうしてここで隣国の王子の名前が出てくるのだろうか。
ちらりとリューゲを見上げるが、いつもと変わらず微笑んでいるだけでその内心まではうかがえない。
「ディートリヒ様というのは……ローデンヴァルトの第十八王子でよろしかったでしょうか?」
「ええ、ディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルトのことですわ」
「どうして、ディートリヒ様がお喜びになるのでしょう?」
「あら、ご存じありませんでしたの? ロレンツィ家の奥方様はディートリヒの伯母様でしたでしょう? ローデンヴァルト以外ではあまり知られていない話だったかしら……」
リューゲの笑顔がわずかに引き攣った。これはあれだ。絶対親戚まで調べずに名乗っていた奴だ。
「……ええ、そうですね。ディートリヒ様がローデンヴァルト王のご子息になっているとは、思いもしませんでしたので……気付きませんでした」
「そうでしたの。ディートリヒが我が家に来たのもだいぶ前のことですものね。ずいぶんと成長しているから、見たらきっと驚きますわ。ディートリヒもトレンツィ家で生きている方がいるとわかれば、慰めにもなるでしょうし会っていただけないかしら」
「いえ、従者の身である私が一国の王子と気安く会うことはできません」
会えるはずがない。リューゲは経歴を詐称しているだけだ。
だけどそんなことを知らないお姫様は強気だ。それが一番良いことだと信じて疑わない勢いで、ぐいぐいとリューゲに迫っている。
「そんなことお気になさらないで。ロレンツィ家の惨劇はディートリヒの心に影を落としておりますもの。その傷が癒えるのでしたら、責任は私が負いますわ」
「いえ、ですが……」
有無を言わせぬ勢いにさすがのリューゲも若干体を引いている。
惨劇と生き残りとか物騒な単語も聞こえるし、私はどうすればいいのだろうか。
「今日お時間があるのでしたら、今すぐにでも会っていただきたいですけれど……それはさすがに急すぎますわね。どちらにお住まいになっていらっしゃるのかしら。休みの日に馬を走らせますわ」
「リューゲは私の部屋にいるから、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ」
「あら……」
お姫様の勢いがぴたりと止まる。
あまりの剣幕に思わず口を挟んでしまったが大丈夫だろうか。
「……女子寮にいらっしゃいますの? 男子禁制ですのに?」
駄目だったかもしれない。
いや、でも実際いるし、寮の使用人だってリューゲを見ている。だから私の回答に何も間違えはないはずだ。
これはどうなのか。駄目なのか、駄目じゃないのか教えてほしい。
そう思ってリューゲと王太子を見ると二人共険しい顔をしていた。
「もしも、女子寮に男性を入れているのなら……シルヴェストル家に詳しい話を聞かないといけなくなる」
「え? でも、寮の方は何もおっしゃっていませんよ?」
「だからこそだ。騒ぎになっていないということは、無理を通して黙らせた者がいるということになる」
その険しい顔は、咎めているようにも責めているようにも見える。私が悪いことをしていると、そう思っている顔だ。
私はただ、お姫様の剣幕に圧されただけだ。それが悪いことだとも思っていなかっただけで、悪いことをしているつもりなんてなかった。
「……いいえ、無理などしていませんよ。普通に書類を出してそれが受理されただけです。事情があれば男性でも大丈夫だと、そう決まっているんですよ」
深いため息と共に、リューゲが静かに語る。なるほどと納得してしまうような声色に、お姫様と王太子の表情が一変した。
「ああ、そういえばそうだったな。俺としたことが忘れていた」
「事情があるのでしたら仕方ないですわね」
先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように解け、穏やかに微笑んでいる。
「ああ、もうこんな時間だ。申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます。お茶はまたの機会にでも」
立ち上がり私を引っ張るリューゲを止める者は誰もいなかった。
「ねえ、ねえ! どういうこと?」
私の手を引きながらどんどん歩いて行くリューゲの背中に声をかける。
今のは一体なんなのか。何をしたのか。私には何もわからない。
「どうって、聞いてたでしょ? あの二人が勘違いしていただけだよ」
「だって、あんなのおかしいわ。あんな簡単に納得するなんて」
「ああもう、めんどくさいなぁ。ボクは早く帰ろうって言ったよね? ああなったのは誰のせいだと思ってるの?」
足を止めて振り返ったリューゲは、不快そうに私を見下ろした。
「あ、それは……ごめんなさい」
さっさと帰っていればお姫様と会うことも、あんな話になることもなっていなかった。
だから、誰のせいかと言われたら、それはきっと私のせいだ。
リューゲから漏れるため息に体が震える。
「……いや、説明しなかったボクも悪かったよ。男子禁制なのは本当。だけどボクはここに来たかったから、書類をいじっただけだよ。書類上はキミについてきたのは女性ということになってる」
「じゃあ、さっきのは……?」
「前に話したよね? 催眠魔法は思考を操れるって」
いつの間にか魔法を使っていたらしい。全然気付かなかった。
「でも、前に聞いたときはあまり使えないって言ってたわ」
「そうだっけ? 得意ではないから使いたくないけど、別に使えないわけじゃないよ」
適当に嘘をつく癖は治した方がいいと思う。
「王太子とお姫様を、洗脳したの?」
「だってあれ以上つつかれたら面倒だからね。あれが一番楽だし簡単だよ」
楽だから、簡単だから。そんな理由で簡単に洗脳するリューゲは――やはり倫理観も常識も破綻している。
「じゃあ納得できたなら帰ろうか。また変なのに捕まったら困るし」
お菓子を買えていないのが心残りだったが、駄々をこねられる状況ではないこともわかっている。
私は大人しく頷いて、リューゲと一緒に寮に戻った。
「今度からボクを無理に連れ出そうとしない、出かけたときはちゃんとボクの言うことを聞くこと。いいね?」
そして新しい取り決めにも、反論することなく頷いた。
ヒロインにその話を聞いてから、私も自分なりに調べてみた――とは言っても、リューゲに話を聞いただけだが。
紫の瞳を持つ者は稀で、大抵の場合は髪の色だけが重視されてきた。その中で真逆と言ってもいいぐらいな銀髪を選んだのは、今の王様だけらしい。
「――だから、私とフレデリク様はそういう関係にはなれませんわ」
薄く微笑むお姫様は隣に座る王太子を見上げてから、私の横に座るリューゲに視線を移した。
「そちらの方は珍しい色をしておりますが、どちらの国の方なのでしょうか?」
リューゲの髪はほんの少し青さを残した白い髪と、赤い瞳。たしかに珍しい色をしている。
元が水色だったから、こうして言われるまでまったく気にしていなかった。
「……どこだったかしら」
しかも私はリューゲがどこの出身だとか、どこの家の生まれだとか、そういった設定を忘れている。さて困った。
魔族ですよとは言えないし、どうやって誤魔化せばいいのだろうか。
「従者の身ですが、話す許可をいただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんよ。どうぞお話になって」
「ボクはアドルナート国の出身です。そちらでも、ボクと同じような髪と目の色をした者はおりませんでしたが……おそらくは、先祖にこのような色をしていた者がいて、ボクの代で出てきたのではないかと思われます」
隔世遺伝という設定か。今度は忘れないようにしておこう。
「まあ、そうですのね――あら、そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたわ。なんとおっしゃるのかしら」
「これは失礼いたしました。ボクはリューゲ・ロレンツィと申します」
そういえばそんな名前だった。宰相子息にもリューゲの詳細を聞かれたことがあるから、せめて姓ぐらいは覚えておかないといけない。
ロレンツィ、ロレンツィ、と頭の中で繰り返していたらお姫様が大仰な素振りで手を打ち鳴らした。
「まあ! ロレンツィ家の方ですのね。それでしたらディートリヒにはもうお会いになって? まだでしたら是非とも会っていただけないかしら。きっと喜びますわ」
にこにこ上機嫌な様子に、思わず首をかしげる。どうしてここで隣国の王子の名前が出てくるのだろうか。
ちらりとリューゲを見上げるが、いつもと変わらず微笑んでいるだけでその内心まではうかがえない。
「ディートリヒ様というのは……ローデンヴァルトの第十八王子でよろしかったでしょうか?」
「ええ、ディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルトのことですわ」
「どうして、ディートリヒ様がお喜びになるのでしょう?」
「あら、ご存じありませんでしたの? ロレンツィ家の奥方様はディートリヒの伯母様でしたでしょう? ローデンヴァルト以外ではあまり知られていない話だったかしら……」
リューゲの笑顔がわずかに引き攣った。これはあれだ。絶対親戚まで調べずに名乗っていた奴だ。
「……ええ、そうですね。ディートリヒ様がローデンヴァルト王のご子息になっているとは、思いもしませんでしたので……気付きませんでした」
「そうでしたの。ディートリヒが我が家に来たのもだいぶ前のことですものね。ずいぶんと成長しているから、見たらきっと驚きますわ。ディートリヒもトレンツィ家で生きている方がいるとわかれば、慰めにもなるでしょうし会っていただけないかしら」
「いえ、従者の身である私が一国の王子と気安く会うことはできません」
会えるはずがない。リューゲは経歴を詐称しているだけだ。
だけどそんなことを知らないお姫様は強気だ。それが一番良いことだと信じて疑わない勢いで、ぐいぐいとリューゲに迫っている。
「そんなことお気になさらないで。ロレンツィ家の惨劇はディートリヒの心に影を落としておりますもの。その傷が癒えるのでしたら、責任は私が負いますわ」
「いえ、ですが……」
有無を言わせぬ勢いにさすがのリューゲも若干体を引いている。
惨劇と生き残りとか物騒な単語も聞こえるし、私はどうすればいいのだろうか。
「今日お時間があるのでしたら、今すぐにでも会っていただきたいですけれど……それはさすがに急すぎますわね。どちらにお住まいになっていらっしゃるのかしら。休みの日に馬を走らせますわ」
「リューゲは私の部屋にいるから、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ」
「あら……」
お姫様の勢いがぴたりと止まる。
あまりの剣幕に思わず口を挟んでしまったが大丈夫だろうか。
「……女子寮にいらっしゃいますの? 男子禁制ですのに?」
駄目だったかもしれない。
いや、でも実際いるし、寮の使用人だってリューゲを見ている。だから私の回答に何も間違えはないはずだ。
これはどうなのか。駄目なのか、駄目じゃないのか教えてほしい。
そう思ってリューゲと王太子を見ると二人共険しい顔をしていた。
「もしも、女子寮に男性を入れているのなら……シルヴェストル家に詳しい話を聞かないといけなくなる」
「え? でも、寮の方は何もおっしゃっていませんよ?」
「だからこそだ。騒ぎになっていないということは、無理を通して黙らせた者がいるということになる」
その険しい顔は、咎めているようにも責めているようにも見える。私が悪いことをしていると、そう思っている顔だ。
私はただ、お姫様の剣幕に圧されただけだ。それが悪いことだとも思っていなかっただけで、悪いことをしているつもりなんてなかった。
「……いいえ、無理などしていませんよ。普通に書類を出してそれが受理されただけです。事情があれば男性でも大丈夫だと、そう決まっているんですよ」
深いため息と共に、リューゲが静かに語る。なるほどと納得してしまうような声色に、お姫様と王太子の表情が一変した。
「ああ、そういえばそうだったな。俺としたことが忘れていた」
「事情があるのでしたら仕方ないですわね」
先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように解け、穏やかに微笑んでいる。
「ああ、もうこんな時間だ。申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます。お茶はまたの機会にでも」
立ち上がり私を引っ張るリューゲを止める者は誰もいなかった。
「ねえ、ねえ! どういうこと?」
私の手を引きながらどんどん歩いて行くリューゲの背中に声をかける。
今のは一体なんなのか。何をしたのか。私には何もわからない。
「どうって、聞いてたでしょ? あの二人が勘違いしていただけだよ」
「だって、あんなのおかしいわ。あんな簡単に納得するなんて」
「ああもう、めんどくさいなぁ。ボクは早く帰ろうって言ったよね? ああなったのは誰のせいだと思ってるの?」
足を止めて振り返ったリューゲは、不快そうに私を見下ろした。
「あ、それは……ごめんなさい」
さっさと帰っていればお姫様と会うことも、あんな話になることもなっていなかった。
だから、誰のせいかと言われたら、それはきっと私のせいだ。
リューゲから漏れるため息に体が震える。
「……いや、説明しなかったボクも悪かったよ。男子禁制なのは本当。だけどボクはここに来たかったから、書類をいじっただけだよ。書類上はキミについてきたのは女性ということになってる」
「じゃあ、さっきのは……?」
「前に話したよね? 催眠魔法は思考を操れるって」
いつの間にか魔法を使っていたらしい。全然気付かなかった。
「でも、前に聞いたときはあまり使えないって言ってたわ」
「そうだっけ? 得意ではないから使いたくないけど、別に使えないわけじゃないよ」
適当に嘘をつく癖は治した方がいいと思う。
「王太子とお姫様を、洗脳したの?」
「だってあれ以上つつかれたら面倒だからね。あれが一番楽だし簡単だよ」
楽だから、簡単だから。そんな理由で簡単に洗脳するリューゲは――やはり倫理観も常識も破綻している。
「じゃあ納得できたなら帰ろうか。また変なのに捕まったら困るし」
お菓子を買えていないのが心残りだったが、駄々をこねられる状況ではないこともわかっている。
私は大人しく頷いて、リューゲと一緒に寮に戻った。
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そして新しい取り決めにも、反論することなく頷いた。
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