悪役令嬢を目指します!

木崎優

第三十三話 『だから本気でやらせてもらおう』

 前世の記憶があること、一作目は序盤で投げたこと、二作目はハッピーエンドを最短で終えたこと、のんびり暮らすために悪役になることを受け入れたことを話した。
 最後のひとつは言おうかどうか悩んだけど、行動の整合性が取れていない点を指摘されたので白状せざるを得なかった。
 話し終えると、ヒロインはこめかみを押さえて苦悶の表情を浮かべていた。


「ハッピーエンドだけとはいえ、最後までやったんですよね?」
「そうよ。ひどい目にあったりとかはなかったもの」


 死骸が詰めこまれたりとかはあったが、人が死んだりとかはなかった。もしも途中で誰かが死ぬような話だったら一作目同様投げ出していたと思う。


「どうしてそれでのんびり暮らせると思えたのかがわかりません」
「死んでないし、放り出されたわけでもなさそうだったからに決まってるじゃない。誰も見てないってだけなら、屋敷にこもってても不思議じゃないわ」
「不思議ですよ!? 姿を見た人がいないって行方不明の常套句じゃないですか!」


 いや、そんなことはないはずだ。世俗から離れのんびり暮らしている可能性だって捨てきれない。
 話の途中で私の横に座りのんびりとお茶を飲んでいるリューゲに援護を頼もうと見上げたら、可哀相な子を見る目を向けられた。


「あのさ、すこーし考えてみようか。あの屋敷には使用人もいるし、キミの家族だっているよね?」
「そりゃあいるわよ。当たり前でしょう?」
「それなのに誰も見てないって、おかしいよね」


 朝になればリューゲに起こされ、朝食は家族と一緒に食べている。リューゲが来る前はいつもマリーと一緒だった。
 私の側にはいつも誰かしらいた。それなのに誰も見ていないということは――


「あらやだ、皆いなくなっちゃうのかしら」
「レティシア・シルヴェストルがいなくなってるんですよ!」


 公爵家の人が全員いなくなるのは大事件で、一文で済ますような話ではないらしい。公爵家の娘がいなくなるのも一文で済ませられるような話でもないと思うけど、公爵家全員消失するよりはありえる話だそうだ。
 私からしてみたらありえてほしくない話だ。


「生きているのか死んでいるのかも――いえ、死んでいる可能性の方が高いかもしれません。生きていれば誰かしらの目にとまるはずですから」
「それは、困るわね」
「困るどころの話じゃないと思うんですけど」


 ヒロインが疲れ切った顔でソファに背中を預けた。お疲れ様ですと労をねぎらおうと思ったけど、それはそれでヒロインの心労が積み重なるだけに思えたのでやめておこう。


「どうしてそんなに落ちついていられるんですか……」
「事態が飲みこめてないだけだと思うよ」


 ぐったりとしたヒロインに答えたのはリューゲだった。
 リューゲは苦笑いを浮かべてから真剣な眼差しを私に向けてくる。珍しく真面目な顔をしているのに圧倒され、思わずのけぞりかけた。


「死に様も何も描かれてないってことは、悲惨な最期を迎えるかもしれないよね。生きていたとしても世話をしてくれる人は誰もいない。もしかしたらキミだとわからないぐらいに変貌しているかもしれないし、あるいは悪い奴に監禁されてる可能性もある。――それで、キミはそういう最期を迎えたいのかな?」


 ひとつひとつ丁寧に、ありえる可能性が羅列されていく。
 悠々自適に屋敷で暮らすという可能性はすでに否定されているから、そんなことにはならないとは言い切れない。
 だけど、もしもそれに頷いてしまったら、私のこれまではどうなる。悪役になろうと決めて十年。のんびり暮らすことを夢見て頑張ってきた。


「キミのしてきたことは無駄だったってことだよ」
「お前、少しは言葉を選ぶということを――」


 リューゲを諫めるヒロインの声が遠くに聞こえる。
 悪役になろうと決めて、王子様と婚約して、婚約をなくすためにヒロインに嫌がらせをして、王子様とヒロインの間を邪魔して、いまだ日の目を見ていない高笑いの練習もしたし、悪役っぽい口調を必死に考えた。


 ――そのすべてが無駄だった?




「あ、あの、そんなに落ちこまないでください。あくまでも今のは本来のレティシア・シルヴェストルの話です。彼女には前世の記憶なんてありませんでしたから、もしかしたら魂すら違う可能性もあるので必ずそうなると決まったわけではありません。現に殿下はゲームで見たのとは少し――いえ、だいぶ違いましたし」


 ゲームでの王子様は慇懃無礼な俺様で、ひょろっとしていた。今の王子様は慇懃でも無礼でもなければ俺様でもないし、体を鍛えたからか筋肉もついている。
 確かに、こうして違いを並べてみるとまるで別人だ。


「レティシアの死が描かれたのは戦争のときだけですので、それさえ解決できれば生きていられると思いますよ」
「……私はその戦争を知らないわ。どういう話なのかしら」
「戦争が起きるのは隠しキャラ――教皇のご子息のお話です。ご子息は学園で恋に落ち、想い人に近づく者のろくでもない思惑を暴きます」
「ろくでもない?」
「そのあたりは個人の問題ですので……それに事情が変わっている可能性もありますので私からは言えません。――戦争が起きるのは最終学年の後期です。王太子殿下の駆け落ちにより次代の王が殿下に決まったことに加え、ろくでもない噂のある殿下の即位を許さなかったローデンヴァルト国が戦争をしかけてきます」


 つい最近講和したばかりなのにまた戦争をしかけてくるのか。隣国の王子と王子様のように、国同士が相容れない関係なのかもしれない。


「その戦争の最中に、一作目の魔族が現れます。レティシア・シルヴェストルが死ぬのはバッドエンドですが、その場合は王都が完全に滅びます。ハッピーエンドとノーマルの場合は極少数の人だけを残して両国共に滅びます」


 何それ怖い。
 物騒すぎてどこがハッピーエンドなのかとか色々言いたくなる。


「それだと王太子殿下の駆け落ち阻止ではなく、殿下の噂が立たないようにするほうが簡単じゃないかしら」
「いえ、それは……多分もう無理でしょう。ゲームどおりの噂が流れることはないと思いますが、両国の関係が悪すぎます」


 なるほど、そういうものなのか。王子様のろくでもない噂というのは少し気になるけど、流れる可能性が低いのなら考えてもしかたない。


「戦争にならない、という可能性はないのね?」
「そうですね。私は誰とも結ばれるつもりはありませんが、万が一教皇のご子息以外の方と結ばれたとしても戦争は避けられないでしょう。今の状況で殿下が次代の王に決まればローデンヴァルト国は攻めてきます」
「それは……困った国ね。殿下はそう悪い王にはならないと思うのに」


 王子様は優しいから国民を虐げたりはしないだろう。悪政を敷くわけではないなら、隣国に口出しする権利はないように思える。


「あの国は狂信者の集まりだからね。女神の教えのためなら聖戦と謳って他国に攻め入ることぐらいはすると思うよ」
「物騒な国ね」


 呪いの女神様に傾倒しているだけでも物騒だ。


「じゃあ結局やることは変わらないのね。私が前世について話した意味あったのかしら」
「少なくともあなたの行動や言動の意味がわかりました」


 それは私の得にはなっていない。戦争が起きないのなら私は死なないし、消息不明になるかどうかは現段階では何もわからない。
 ヒロインが言ったように記憶の有無という違いがあるから、消息不明にならなかったかもしれない。


「それに、あなたが悪役になるのを止めることができました」
「あら、それは――」


 元々責任ある立場になりたくないから悪役を目指していた。
 話をしたところで、何も変わっていない。私は悠々自適に暮らしたい。


「王妃になりたくないのですよね? 王太子殿下が駆け落ちしないのならその心配はなくなります。殿下のことが、その、どうしても好きになれないのなら別ですが……そうでないのでしたら婚約を続けてもよろしいのではないでしょうか」


 王妃になるのが嫌だった。王子様の王妃像を聞いてもっと嫌になった。


 ――じゃあ王妃じゃないのなら?


 そんなことを考えたことはない。王妃にならないで、王子様と一緒に過ごす未来なんて思い描いたことすらない。


「殿下はあなたのことを大切にしてくれると思いますよ」


 王子様は優しい人だ。王妃様のことや聖女の血筋が必要なことを考えたら、きっと大切にしてはくれるだろう。


「――ええ、そうね。考えてみるわ」


 王でない王子様と結婚したらどうなるのか、どんな責任があるのか、私は何も知らない。
 王妃になるかならないかしかなかったから、何も聞いていないし何も調べていない。


 もう時間も遅いからとヒロインが帰り、リューゲと二人きりになる。


「ねえ、殿下と結婚したらどうなるのかしら」
「教えたはずなんだけど、聞いてなかったの?」


 呆れられた。
 多分私には関係ないからと聞き流していたのだろう。


「王妃よりは楽だよ。当たり前だけど」
「それは、そうでしょうね」
「他国はともかくとして、この国の場合はそこまで責任の重い立場にならないよ。公爵家は四つのみって決まってるから、王子が新しい爵位をもらうことはない。王弟として王家の持っている領地を管理したり、王の代わりに他国に行ったりとかはするけど、キミはそれについて行くぐらいかな。ああでも、今は世継ぎのいない公爵家があるからそこの養子になって王子が婿入りするかもしれないね」
「ラクロワ家の? でもそれだと血の繋がりが途切れるわよ」
「血が重要視されてるのなんて教会と王ぐらいだよ。それよりも公爵家が四つあることのほうが大切だからね。あの家は遠縁にも世継ぎにできそうなのがいないから困ってるはずだよ。それに、子どもの代で遠縁の者を嫁がせれば血の繋がりは生まれるし……まあでも、王子が王を支える立場なのは変わらないけど」
「ラクロワ家の領地と王家の領地両方を管理するって、大変そうね」
「普通なら養子になったキミがラクロワ家の管理をするんだろうけど……あの王子なら両方やってくれるんじゃないかな。だからキミがするのは王子を支えてあげるのと、他国や貴族との会食に王子と一緒に出席したりとかパートナーが必要な場に一緒に行ったりとか――王子の得になるように人との縁を繋ぐのが仕事だね」


 無理だ。
 友人が三人しかいない私が人との繋がりを作れると思わないでほしい。


「……それでも王妃よりはずいぶんと楽なんだけどね」
「それはわかってるわよ」
「キミが本気で王子との将来を考えるなら王子と話し合えばいいよ。王子の裁量次第ではひとりで背負ってくれるんじゃないかな」


 それは、あまりにも王子様が可哀相だ。
 色々な責務を背負った結果得られるのが、聖女の血筋という以外役に立たない娘ひとりでは割に合っていない。


「ボクはキミのしたいようにすればいいと思うけどね」


 私のしたいこと――そんなのは決まっている。
 悠々自適に暮らしたい。だけどそのために王子様を犠牲にするのは間違っている。




 結局その日のうちに結論が出ることはなかった。

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