悪役令嬢を目指します!
第三十二話 『――しかし見過ごすわけにはいかない』
王子様から逃げて部屋でお茶を飲みながらのんびり過ごしていたら、ヒロインが血相を変えて飛びこんできた。殴りこみかと驚いたが、よくよく話を聞いてみるといつも通り王太子をストーカーしていたら普通に話しかけられたということだった。
「ばれないように細心の注意を払ってはいたのですが、別のことに気を取られてしまい……不覚でした」
「それは、ご愁傷様ね」
がっくりと肩を落としているが、王太子はだいぶ前から気づいていた様子だった。
さすがにそれを教えるとより落ちこませそうなので黙っておくことにしよう。
「しかたないのでフレデリク殿下と一緒にあなた方の様子を拝見しておりました」
どうしてそうなった。
「すぐにその場はお開きになったのですが、ほどほどにと注意されてしまい――もはやどうすればいいのか……」
「えぇと、そうね。王女様を優先させればいいのではないかしら」
一度ばれた相手だ。ストーカーしていても、今もばれているのではないかと不安になるだろう。ずっとばれていたので、心配する必要はないのだが。
私も王太子への相談が空振りに終わってしまったので、もはやどうすればいいのやらという状態だ。
「それで、どうして私と殿下の様子を見ていたのかしら」
「それはその、フレデリク殿下に誘われたものでして――」
私たちのことに首を突っこむ気はなかったが、ストーカーがばれた衝撃と普通に誘われてしまったため素直に応じてしまったらしい。
しかも「あの二人どう思う?」と王太子に質問までされてしまったそうだ。
ここで羨ましいとか妬ましいとか言ってくれたら悪役冥利に尽きるのだが、ヒロインは普通に「拗れてますね」と返してしまったらしい。
「それだと私の相談した内容と齟齬が生まれてしまうわ」
「お話は聞いていたのですが、慕ってもいない相手を慕う振りはできません。それに、あなた方の邪魔をするつもりもありませんので」
真剣な眼差しで射抜かれ、こちらが悪いことを強要した気分になる。いや、していないはずだ。
協力関係なのだから、そこは嘘のひとつでもついて私の相談に信ぴょう性を持たせてくれてもいいはず。
「邪魔されるほどの関係でもないわ」
「そうなのですか? ずいぶんと仲がよさそうに見えましたが……」
ヒロインが言うには、学園初日に私と王子様のやり取り――ヒロインが王子様を転がしたときに私が王子様に寄り添ったのを見てそう勘違いしてしまったそうだ。そういえばあのとき仲よきことはなんとかとか言って飛んでいった気がする。
そういえば、どうしてあのときのヒロインは飛んでいたのだろうか。今は普通に歩いているし、速度も普通だ。噴射機がついていそうな勢いで走り去ったりしない。
「私はなんとも思っていない相手に触れるのも触れられるのも嫌です。だからあなたも殿下を憎からず思っているのかと思いました」
「それは、まあ、古くからの知り合いで婚約者だもの。親しみぐらいはあるわ」
多少の触れ合いぐらいなら許容範囲だ。幼馴染とも言える関係なのだから、嫌悪感をもつはずがない。
「殿下は邪魔されることを望まないでしょうし」
「あら、そうかしら。あなたに邪魔されるのなら本望だと思うわよ」
ヒロインからぐいぐい来てくれたら王子様も喜ぶと思う。王子様がどのくらいヒロインに傾倒しているかはわからないけど、可愛い女の子に口説かれて嬉しくない男性はいないだろう。
「ああ、なるほど――そういうことですか」
腑に落ちたように、頷かれた。
「少しだけ私の話をしましょうか。――私が以前勇者だったことはお話しましたね。世界でたったひとりの勇者で、私は長い間ひとりで旅をしていました。竜の退治に他の人は連れて行けませんでしたから。それで、道中で魔族を拾い……それでも私はひとりだけの勇者で、一緒に旅をしていた者の中でたったひとりの人間でした」
物みたいな扱いをされているがいいのだろうかとリューゲを見ると、苦笑いを浮かべていた。口を挟む気はないのか、大人しくヒロインの話を聞いている。
下手に口を挟むと辛辣な言葉が飛んでくるから控えているのかもしれない。
「だけど、ある日同じ人間を仲間に加えることができました。いえ、同じとは言えなかったかもしれませんが……それでも少しだけ孤独感を癒されもしたものです。私が死ぬまで彼女は一緒にいてくれましたしね」
「それは、大変だったわね」
「ようやく解放されたと思っていたのに、私はまたこの世界に戻されました。最後までいてくれた彼女はいなくて、勇者だったときの記憶と別の世界の記憶を持つ、世界でたったひとりだけの異物なのだと――そう思っていました」
それは本当に大変だったのだろう。私が持つ記憶はあまり長いものではなかったけど、それでも幼少期は他の人に迷惑をかけていた。
だけどヒロインはその記憶がふたつもある。世界も時代も違う記憶を持つというのがどういう感じなのか、想像もできない。
「だから、嬉しかったんですよ。少し違うかもしれないけど私と同じ他の世界の記憶を持つ人と出会えて、これでもはしゃいでいたんです。だけどライアーはいるし、あなたは白を切るし、私に殿下を勧めたかと思えば近づかないように牽制するし――あなたが何を考えているのかわからず、本当に悩みました」
だけど、と彼女は続ける。
「あなたは知らなかっただけなんですね」
――そんなことは、言われなくてもわかっている。
この世界の猫の気性が荒いことも知らなかったし、教会についても詳しくは知らなかった。
サミュエルが教皇と一緒に村とかを回ったりしてることも知らなかった。あれは偉いと思う。私にはできない。
「ああ、勘違いしないでください。私はあなたを責めているわけではありません。ただしっかりとお話したいだけです」
「お話、とはなんのことかしら。今も十分話してるわよ」
「あなたの持つ前世の記憶についてです。あなたがどこまで知っていて、どこから知らないのかを話しませんか」
「そんなことを言われても困るわ。私は何も知らないもの」
誤魔化せるのならどこまでも誤魔化す。まだ八方ふさがりではない。
どこかにきっと逃げ道はあるはずだ。
「フレデリク殿下がいつ駆け落ちするのか教えていないのに、あなたは来年だと断言しましたよね。それは先のことを知っていないとわからないことです」
「あら、言ったのを忘れてるだけじゃないかしら」
「――それでは、あなたが知らなさそうなことを話しましょうか」
ヒロインが勿体ぶるようにお茶を飲み、ひと息つく。
私の知らないことなんていくらでもある。もはや何を知っていて何を知らないのかがわからないぐらいだ。
「あなたは――いえ、レティシア・シルヴェストルはたったひとつの可能性を除いて、消息不明になることはご存じですか?」
それは――知らない。
「そしてたったひとつの可能性で、レティシア・シルヴェストルは死にます」
あっさりと告げられた言葉に、頭が真っ白になる。
「大丈夫ですよ。それは本来のレティシア・シルヴェストルの話で、あなたの話ではありません。だから何を知っていて、何を知らないのか共有しませんか? あなたが生きるために」
まっすぐに見つめてくる瞳に、私はただ沈黙を落とす。
消息不明? 死ぬ? そんなことを言われて受け入れられるはずがない。だってそんなことは考えもしていなかった。ただ悠々自適に家にこもって、そのうちどこかで働こうとか、その程度にしか考えていなかった。
「とりあえずお菓子でも食べたら?」
目の前に置かれたお菓子をかじると、口の中にほのかな甘みが広がった。美味しい。
「それで、ええと、そんな荒唐無稽なお話を信じると思ってるの?」
「信じなければ死ぬかもしれないとしても、聞く気はおきませんか?」
「それは……」
吟味するまでもない。普通なら話を聞くことを選ぶだろう。誰だって死にたくないし、私だって死にたくない。
だけど話してもいいのだろうか。だってここには、リューゲもいる。
常識知らずな魔族で、悪役のような聖女様に協力して、元勇者と名乗るヒロインの話を受け入れて――考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。
頭の中がしっちゃかめっちゃかで考えるのを放棄したわけではない。半分ぐらいはあるが、それだけではない。常識も倫理もどこかに置き忘れた魔族は荒唐無稽な話のひとつやふたつ聞いたとしても何も思わないだろう。
それに気づいた瞬間、肩の荷が下りたような、そんな気分になった。
「――そうね、認めるわ」
「ばれないように細心の注意を払ってはいたのですが、別のことに気を取られてしまい……不覚でした」
「それは、ご愁傷様ね」
がっくりと肩を落としているが、王太子はだいぶ前から気づいていた様子だった。
さすがにそれを教えるとより落ちこませそうなので黙っておくことにしよう。
「しかたないのでフレデリク殿下と一緒にあなた方の様子を拝見しておりました」
どうしてそうなった。
「すぐにその場はお開きになったのですが、ほどほどにと注意されてしまい――もはやどうすればいいのか……」
「えぇと、そうね。王女様を優先させればいいのではないかしら」
一度ばれた相手だ。ストーカーしていても、今もばれているのではないかと不安になるだろう。ずっとばれていたので、心配する必要はないのだが。
私も王太子への相談が空振りに終わってしまったので、もはやどうすればいいのやらという状態だ。
「それで、どうして私と殿下の様子を見ていたのかしら」
「それはその、フレデリク殿下に誘われたものでして――」
私たちのことに首を突っこむ気はなかったが、ストーカーがばれた衝撃と普通に誘われてしまったため素直に応じてしまったらしい。
しかも「あの二人どう思う?」と王太子に質問までされてしまったそうだ。
ここで羨ましいとか妬ましいとか言ってくれたら悪役冥利に尽きるのだが、ヒロインは普通に「拗れてますね」と返してしまったらしい。
「それだと私の相談した内容と齟齬が生まれてしまうわ」
「お話は聞いていたのですが、慕ってもいない相手を慕う振りはできません。それに、あなた方の邪魔をするつもりもありませんので」
真剣な眼差しで射抜かれ、こちらが悪いことを強要した気分になる。いや、していないはずだ。
協力関係なのだから、そこは嘘のひとつでもついて私の相談に信ぴょう性を持たせてくれてもいいはず。
「邪魔されるほどの関係でもないわ」
「そうなのですか? ずいぶんと仲がよさそうに見えましたが……」
ヒロインが言うには、学園初日に私と王子様のやり取り――ヒロインが王子様を転がしたときに私が王子様に寄り添ったのを見てそう勘違いしてしまったそうだ。そういえばあのとき仲よきことはなんとかとか言って飛んでいった気がする。
そういえば、どうしてあのときのヒロインは飛んでいたのだろうか。今は普通に歩いているし、速度も普通だ。噴射機がついていそうな勢いで走り去ったりしない。
「私はなんとも思っていない相手に触れるのも触れられるのも嫌です。だからあなたも殿下を憎からず思っているのかと思いました」
「それは、まあ、古くからの知り合いで婚約者だもの。親しみぐらいはあるわ」
多少の触れ合いぐらいなら許容範囲だ。幼馴染とも言える関係なのだから、嫌悪感をもつはずがない。
「殿下は邪魔されることを望まないでしょうし」
「あら、そうかしら。あなたに邪魔されるのなら本望だと思うわよ」
ヒロインからぐいぐい来てくれたら王子様も喜ぶと思う。王子様がどのくらいヒロインに傾倒しているかはわからないけど、可愛い女の子に口説かれて嬉しくない男性はいないだろう。
「ああ、なるほど――そういうことですか」
腑に落ちたように、頷かれた。
「少しだけ私の話をしましょうか。――私が以前勇者だったことはお話しましたね。世界でたったひとりの勇者で、私は長い間ひとりで旅をしていました。竜の退治に他の人は連れて行けませんでしたから。それで、道中で魔族を拾い……それでも私はひとりだけの勇者で、一緒に旅をしていた者の中でたったひとりの人間でした」
物みたいな扱いをされているがいいのだろうかとリューゲを見ると、苦笑いを浮かべていた。口を挟む気はないのか、大人しくヒロインの話を聞いている。
下手に口を挟むと辛辣な言葉が飛んでくるから控えているのかもしれない。
「だけど、ある日同じ人間を仲間に加えることができました。いえ、同じとは言えなかったかもしれませんが……それでも少しだけ孤独感を癒されもしたものです。私が死ぬまで彼女は一緒にいてくれましたしね」
「それは、大変だったわね」
「ようやく解放されたと思っていたのに、私はまたこの世界に戻されました。最後までいてくれた彼女はいなくて、勇者だったときの記憶と別の世界の記憶を持つ、世界でたったひとりだけの異物なのだと――そう思っていました」
それは本当に大変だったのだろう。私が持つ記憶はあまり長いものではなかったけど、それでも幼少期は他の人に迷惑をかけていた。
だけどヒロインはその記憶がふたつもある。世界も時代も違う記憶を持つというのがどういう感じなのか、想像もできない。
「だから、嬉しかったんですよ。少し違うかもしれないけど私と同じ他の世界の記憶を持つ人と出会えて、これでもはしゃいでいたんです。だけどライアーはいるし、あなたは白を切るし、私に殿下を勧めたかと思えば近づかないように牽制するし――あなたが何を考えているのかわからず、本当に悩みました」
だけど、と彼女は続ける。
「あなたは知らなかっただけなんですね」
――そんなことは、言われなくてもわかっている。
この世界の猫の気性が荒いことも知らなかったし、教会についても詳しくは知らなかった。
サミュエルが教皇と一緒に村とかを回ったりしてることも知らなかった。あれは偉いと思う。私にはできない。
「ああ、勘違いしないでください。私はあなたを責めているわけではありません。ただしっかりとお話したいだけです」
「お話、とはなんのことかしら。今も十分話してるわよ」
「あなたの持つ前世の記憶についてです。あなたがどこまで知っていて、どこから知らないのかを話しませんか」
「そんなことを言われても困るわ。私は何も知らないもの」
誤魔化せるのならどこまでも誤魔化す。まだ八方ふさがりではない。
どこかにきっと逃げ道はあるはずだ。
「フレデリク殿下がいつ駆け落ちするのか教えていないのに、あなたは来年だと断言しましたよね。それは先のことを知っていないとわからないことです」
「あら、言ったのを忘れてるだけじゃないかしら」
「――それでは、あなたが知らなさそうなことを話しましょうか」
ヒロインが勿体ぶるようにお茶を飲み、ひと息つく。
私の知らないことなんていくらでもある。もはや何を知っていて何を知らないのかがわからないぐらいだ。
「あなたは――いえ、レティシア・シルヴェストルはたったひとつの可能性を除いて、消息不明になることはご存じですか?」
それは――知らない。
「そしてたったひとつの可能性で、レティシア・シルヴェストルは死にます」
あっさりと告げられた言葉に、頭が真っ白になる。
「大丈夫ですよ。それは本来のレティシア・シルヴェストルの話で、あなたの話ではありません。だから何を知っていて、何を知らないのか共有しませんか? あなたが生きるために」
まっすぐに見つめてくる瞳に、私はただ沈黙を落とす。
消息不明? 死ぬ? そんなことを言われて受け入れられるはずがない。だってそんなことは考えもしていなかった。ただ悠々自適に家にこもって、そのうちどこかで働こうとか、その程度にしか考えていなかった。
「とりあえずお菓子でも食べたら?」
目の前に置かれたお菓子をかじると、口の中にほのかな甘みが広がった。美味しい。
「それで、ええと、そんな荒唐無稽なお話を信じると思ってるの?」
「信じなければ死ぬかもしれないとしても、聞く気はおきませんか?」
「それは……」
吟味するまでもない。普通なら話を聞くことを選ぶだろう。誰だって死にたくないし、私だって死にたくない。
だけど話してもいいのだろうか。だってここには、リューゲもいる。
常識知らずな魔族で、悪役のような聖女様に協力して、元勇者と名乗るヒロインの話を受け入れて――考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。
頭の中がしっちゃかめっちゃかで考えるのを放棄したわけではない。半分ぐらいはあるが、それだけではない。常識も倫理もどこかに置き忘れた魔族は荒唐無稽な話のひとつやふたつ聞いたとしても何も思わないだろう。
それに気づいた瞬間、肩の荷が下りたような、そんな気分になった。
「――そうね、認めるわ」
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