悪役令嬢を目指します!

木崎優

第二十四話 『ああ、駄目だ。駄目だ。そうじゃないだろう?』

「こんなところで何をしているのかしら」


 リューゲに教えてもらい向かった中庭で、朗らかな笑みを浮かべる王子様と笑顔を張り付けたヒロインを見つけた。
 そんなふたりに冷え切った声を叩きつけると、王子様の肩がぴくりと跳ねゆっくりと私を見た。笑顔を凍らせた王子様は何か言おうとして、口を閉じ、視線を右に左にとさまよわせている。
 私は煮え切らない王子様から視線を外し、おろおろとした素振りをしているヒロインと向き合った。


「殿下をたぶらかすだなんて、平民というものは浅ましいのね」


 多分何を言ってもヒロインには届かない。たくましすぎる彼女は嫌味に負けるような女性ではない。
 だけど、この瞬間、この場所でなら私の嫌味が威力を発揮する。


「わ、私、そんなつもりでは……! ごめんなさい!」


 そう言ってこれ幸いとばかりにヒロインが逃げ出した。走り去る彼女は振り向こうともしない。王子様の相手をするのは嫌だと、彼女の背中が語っていた。


 なんの力もないちっぽけな女の子だと思わせるために、ヒロインは私とリューゲの前以外では猫を被っている。
 だから本当は何も思っていなくても、その場に合わせた口上で逃げることは予想できた。ヒロイン自身に私の嫌味が届かなくても問題はない。ヒロイン以外の皆が私を悪役だと判断すれば、それでいい。


「さて、殿下。あなたの想い人は行ってしまわれましたけど、追いかけませんの?」


 口の端を持ち上げて、嘲るような笑みを浮かべる。ここでヒロインを追いかけてくれたら満点だったのに、王子様はそうしなかった。
 今回は怖くても逃げないと決めていたのに、王子様は何もしなかった ただ顔を青くさせて、口を何度も開閉させ、結局何も言わないまま。嫌味のひとつ吐いてからヒロインを追いかけろと必死に念じたけど、通じない。


「――ちが、違う」


 念じ続けた結果引き出せたのは、否定の言葉だった。
 眉を下げ苦悩するかのような表情に、傾げかけた首を頬に手を当てることで必死に固定させる。


「違う、違うんだ」
「あら、何が違うとおっしゃるのでしょうか。現に仲睦まじそうにお話されていたではありませんか」


 仲よく話しているだけで想い人認定されるのなら、私の想い人はリューゲになってしまう。筋の通らない論なのに、王子様は違うと繰り返すだけだった。


「違うとおっしゃるのでしたら、しっかりと説明されてみてはいかが? ただ違うとおっしゃるだけで頷けるわけがないでしょう」
「私は、私はこんなこと――どうか、お願いだから、私に近づかないでくれ。私は君を傷つけたくないんだ」


 そして、王子様まで逃げ出した。ヒロインが向かったのとは逆の方向に。
 ただひとり、私だけが中庭に取り残された。




 近づくなと言われて、はいそうですかと引き下がるはず私ではない。


 あるときは学び舎で。
 あるときは食堂に続く廊下で。
 あるときは憩いの場で。


 私は何度もヒロインを逃がし続けた。王子様の私を見る目は段々と冷えこみ、だけど何も言わずに立ち去った。


 そうして、空の月も残すところ後二日となり、帰るための準備をしていた私のもとに客が来た。正確には、客が来たと使用人が教えに来た。
 珍しいこともあるものだと私はそれに応じ、憩いの場で私を呼び出した騎士様と対峙する。


「最近、よくない噂が流れていることを知っているか?」


 訝しげな表情で私を見る騎士様は普段とは違い、砕けた口調で話している。交換日記を届けたりしているうちにこうなった。騎士様曰く、私相手に気を遣うだけ無駄だと悟ったらしい。失礼な話だ。
 とはいっても、ふたりきりでないときは敬語を使ってくるので、今の今まで騎士様が失礼だということを忘れていた。騎士様とふたりになる機会なんてそうないのだからしかたない。


「あら、どんな噂かしら」
「俺の口からは、言いにくいのだが……」
「あなたから聞かなかったら誰から聞けと言うのかしら。よくない噂を流している方とか?」


 それが誰かも知らないけど、おそらくヒロインとのやり取りを見ていた誰かだろう。ヒロインは人目のある場所にあまり寄りつかないが、それでも零ではない。誰かしら目撃した人がいて、ありのままを誰かに話したのだろう。


「……殿下を、お前と下級クラスの者が取り合っていると聞いた」
「まあ、その程度なの?」


 もっとこう、性格悪そうだったとかヒロインが可哀相だとか、そういった噂はないのか。期待外れにもほどがある。


「その程度って……お前、今の状況がわかってるのか?」
「もちろんわかっているつもりよ」


 実際には取り合っていない。押しつけ合ってすらいない。私は押しつけたいが、ヒロインは押しつけるのではなく逃げている。状況は誰よりもわかっているつもりだ。
 胸を張って答えた私に、騎士様はがっくりと肩を落とした。


「いや、絶対わかっていないだろ。いいか、よく聞け。お前は堂々としていろ。殿下のお相手はお前しかいないんだから、取り合う必要なんてないんだ。無様な姿をさらせばさらすほど、お前がただの阿呆だということが他の奴にばれる」
「まあ、失礼ね」
「話は終わってないから大人しく聞け。聖女の血を継ぐ娘がただの阿呆だとわかれば、つけいろうとする奴が出てくる。というか、すでにいるんだから下手に隙を見せるな。殿下のためにも、お前は堂々としていろ」


 こそこそする悪役など、ただの小悪党だ。私はいつだって悠然と立ち塞がる悪役として、堂々としている。
 そもそも、騎士様の前提が間違っている。王子様はヒロインを選んだのだから、私が何をしようと王子様は関係ない。


「おかしなことをおっしゃるのね。殿下が下級クラスの方を選ぶかもしれないでしょう?」
「ありえない。確かにお前は阿呆だし抜けているし、令嬢とは思えない振る舞いをするが、それでも殿下のお相手はお前だ」


 どこまでも失礼な男だ。私を貶めて何が楽しいんだ。まあでも、王子様の相手が私しかいないと言う騎士様の言い分もわかる。聖女の血は銀髪の王子様には欠かせないものなので、だからこそ王妃様は私を望み、お父様はそこにつけこんだ。
 だから私と王子様は婚約して、今にいたる。


「殿下に聖女の血が必要だということはわかっているわ。それでも、よりよいお相手がいたら話は別よね」


 王子様とヒロインが結ばれるためには、それだけの説得力がいることはよくわかった。屋敷に帰ったらサミュエルにでも治癒魔法のやり方を聞いておくことにしよう。私の治癒魔法はクラリス以来使っていないし、魔族仕様のものだったら困る。正当な治癒魔法をヒロインに授ければ、第二の聖女として祭り上げることができるかもしれない。


「お前……本当に何もわかってないのか?」
「あら、私はしっかりとわかっているつもりよ。それで、話はこれで終わりかしら。荷物をまとめたりしないといけないから、そろそろ戻りたいわ」
「……いや、俺の口から言うべきことではないか……」


 頭を振って苦虫を噛み潰したような顔になる騎士様。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいのに。
 じれている私を見て、騎士様はすべてを諦めたように溜息を落とした。


「話は終わりだ。後、これを……誕生日の贈り物だ」
「え、あなたから? 何か悪いものでも食べたの? 熱でもあるの?」
「違う。殿下からだ」


 差し出されたのは手の平から少しはみ出る大きさの木箱だった。装飾も何もない。王子様にしてはずいぶんと質素なものを選んだようだ。屋敷の自室に並ぶ土産物の数々に比べればの話だけど。
 それに私の誕生日は先週だ。木箱を受け取り、首を傾げる。


「渡し忘れていたようだったからな。引き出しにしまわれていたのを見つけたから持ってきた」
「それって……受け取れないわ」


 それは忘れたのではなく渡す気が失せたのだと思う。受け取ってしまった盗品を突き返そうとしたが、騎士様両手を体の後ろで組み、受け取りを拒否した。


「主人の意を汲むのが騎士の仕事だ。殿下もお前の手に渡ったとわかれば喜ぶはずだ」


 晴れ晴れとした顔で笑う騎士様の騎士像がひどい。自分の物を盗まれて喜ぶ人なんていない。
 返す、受け取れ、という問答を繰り返す私たちの耳に足音が聞こえてきた。やって来たのは、噂をすると現れる王子様だった。


「君たちは……」


 騎士様と私を見比べて顔を強張らせている。私も正直どういう顔をすればいいのかわからない。私の手の中には盗品がある。完全に現行犯だ。しかも王子様の騎士を使っての盗難だ。


「……セドリック、行くぞ」
「かしこまりました」


 先ほどまでの失礼さを微塵も感じさせないような佇まいで、騎士様は深々と騎士の礼をとった。ちらりとこちらを見た王子様の瞳が、私の手の中にある木箱に気づき揺らいだ。


「で、殿下! これは、その、お返ししますので――」
「……返さなくていい」


 盗人扱いはやめてくださいと訴えようとした私から視線を外した王子様は、消え入るような声で呟いた。
 たとえ贈る気が失せていたとしても、渡ってしまった物を取り返すほど野暮ではないということだろうか。こうなってはどうしようもない。当の本人から返すなと言われて返せるほど、私の神経は頑丈にできていない。








 寝室で開けた木箱の中には手の平ほどの石が入っていた。王子様にしてはずいぶんと大人しい贈り物だ。


「あれ? これって……」


 なんの石だろうかと手の平でこねくり回していたら、いくつもの穴が空いていることに気がついた。
 試しにと上下を掴みそれぞれを反対側に回してみたらあっさりと上下に分かれた。部屋の灯りを落とし、属性の入っていないただ光るだけの光石を入れて閉める。
 そして、真っ暗な部屋の中に星空が浮かんだ。


 それは昔、王子様と小屋の中で見た――王妃様の生まれ故郷の星空だった。


 どこまでも王妃様な王子様が少し面白かった。

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