悪役令嬢を目指します!
第二十話 『これはこれは、思わぬお客さんだ』
そして何故か王子様と一緒に街を回ることになった。どうしてこうなった。
いや、原因はわかっている。私の不用意な発言のせいだ。王子様に何をしているのかと聞かれて、咄嗟に王子様と同じ理由だと言ってしまった。そのせいで一緒に行くことになった。
「なんでもアーロン先生を家に招待した貴族がいたのがはじまりだったらしいよ。だけど彼はここから離れたくないからと辞退して、代わりにと言っていいのかはわからないけど、学園都市内で歌を披露することにしたんだって」
「まあ、そうなんですの」
そしてまったく興味のない話を聞いている。確かにあの教師の歌は上手だった。だけど、それだけだ。音が外れてるかどうかぐらいしかわからない私には、それ以上でもそれ以下でもない。
親の方針で幼少期から芸術作品に触れることが多かったのに、私の審美眼はまったく育っていない。
だから歌の内容がどうのとか、歌が忘れられずに来る貴族も多いとか、そういったことを聞かされても「そうなんですの」としか返せない。すでに四回ぐらい言ってる気がする。
なんでも芸術教師の歌は愛の歌ばかりで、紆余曲折があっても最後は絶対結ばれるそうだ。ハッピーエンド至上主義の私としてはいいことだと思う。だけど好みとは人それぞれで、戦いの歌とかを望む人もいるのだとか。それでも芸術教師は頑なに愛の歌しか歌わないらしい。招かれても行かなかったりするし、とんでもない頑固者だ。
それにしても、貴族お抱えになれそうなのに教師をやっているということは、教師の給料はだいぶいいのかもしれない。将来の職業候補に教師も入れておこう。
なんだかんだで将来どうするのかを決めないまま学園に来てしまった。ある程度落ち着くまで引きこもることを含めたとしても五、六年の間には進路を決めないといけない。
「着いたよ」
「塔……?」
進路から目の前に聳え立つ塔に思考を移す。歌うとか言っていたから、ドームのようなものを想像していたのにまったく違う。それなりの高さがある塔は上のほうに開けた空間があるようで金色に輝く鐘が見えた。どう考えても歌う場所ではない。鐘を鳴らす場所だ。
「最初は広場で歌っていたらしいけど、人の流れが悪くなったから塔の上で歌うことになったらしいよ」
「まあ、そうなんですの」
この世界にマイクとかスピーカーのたぐいはない。あんな高いところから歌ってここまで普通に聞こえるとしたら、恐ろしいほどの声量を持っていることになる。
私がひとりで戦々恐々としていたら、風魔法に歌を乗せているから大丈夫だと王子様が補足してくれた。風に歌を乗せるというのもよくわからないが、そういうことらしい。
そして、芸術教師が現れた。塔の上――つまり、屋根に。
演出の一環なのか教師はどこからともなく現れ、三角形の屋根の上で自然な動作で腰を下ろし、楽器を鳴らしはじめる。どう考えてもおかしいのに、つっこむ人はいない。確かに塔の上だ。文字通りすぎて何も間違っていない。でもおかしい。
普通は鐘のある場所で歌うものだと思う。間違っても不安定な屋根の上でなんて歌わない。危なすぎる。
私がひとりではらはらしている間に歌がはじまった。
貴族と町娘が恋に落ち、貴族が実は敵国の間者で町娘とはいえ敵国の者とは結ばれないと葛藤し、町娘は貴族の事情は露知らず高貴な相手との恋に足踏みする。そして最後は互いに手を取り合い誰も知らない場所へと旅立った。
一曲目が終わり、次の曲が始まる。
親の反対で離ればなれになりそうになった恋人が旅立ったり、魔物に村を襲われた恋人同士が安住の地を求めて旅立ったり、とりあえず旅立ったりする歌ばかりだった。
最後のあたりでは旅立ったというのは何かの隠語で、天の国に召されたのだろうかとすら邪推したくなった。本当にこれはハッピーエンドなのだろうか。
そして最後に芸術教師が一礼――よく見えないが多分一礼し――拍手の波が広がる。いつの間にか道を埋めつくさんばかりの人混みになっていた。
「どうだった?」
「思っていたよりもすごいですわね」
人混みが。芸術教師の歌にここまでの集客効果があったとは予想外だった。屋台とかがなかったから、小規模なものだと勝手に思っていた。
「二ヶ月に一度歌うらしいから、次も一緒にどうかな」
「私には少々刺激が強いので遠慮しておきますわ」
ほとんど人前に出ない生活をしていた私にこの人混みは辛い。酸素濃度が薄くなっているような錯覚すらしてくる。疲れたからと王子様を急かして、さっさと学園に帰ることにした。
王太子とヒロインがどうなったのかはわからないが、きっとうまくやってくれていることだろう。
寮に戻ってリューゲにお茶を淹れてもらい、遅い昼食を食べることにした。しっかり昼食の時間に用意してあったようで、冷めきっている。新しいものを持ってこいと訴えたが聞いてくれなかった。
「今日はずいぶんと長く出かけてたけど、面白いことでもあった?」
「まあ、面白いといえば面白かったわね。思っていたよりもずっとたくましかったし」
冷めたスープだけど、これはこれでおいしいかもしれない。冷製スープだと思えば食べられる。パスタも伸び切っているけど、これはこれで――まずい。さすがにパスタは騙せなかった。
「普通出かけている相手にパスタを用意するものかしら」
「戻ると言われてたからね」
さっきからこれだ。食事にケチをつけると私のせいにしてくる。遅くなったのは事実だから何も言い返せない。
「私のせいじゃないわ。殿下が芸術を担当している教師が歌を披露すると誘ってきたのが悪いのよ」
「途中で抜けたり、断ることだってキミならできたでしょ」
「殿下の誘いを断れるわけないじゃない」
冷ややかな目で見られた。やはり言い返さず黙っているのが正解だった。
「それで、殿下とのお出かけはどうだったの?」
「どうということもないわ。ただ歌を聞いただけだもの。旅立つ歌は私には合わないということだけはわかったわね」
一曲だけならともかく、何曲も聞かされたら嫌になってくる。戦いの歌を望む人の気持ちがよくわかる。毎回毎回愛の歌ばかりでは、食傷気味になってもしかたない。
「旅立つ? 冒険譚かなんかだったの? 冒険譚を嫌う人は少ないと思ってたけど」
「冒険譚が旅立ちで終わるとかどんな打ち切りよ。そうじゃなくて、愛の歌よ。結ばれない運命の二人が結ばれるために旅立つ歌ばかりだったわ」
「ああ、なるほど。確かにそれは好みの別れる歌だね」
よかった。どうやら私の感性はこの世界から外れているものではなかったようだ。旅立ちは円満解決とは言えない。問題をほっぽりだしているだけだ。私の思うハッピーエンドは、幸せに暮らしましたで終わるものだ。
空になった食器をリューゲに押しつける。
「ああ、そうだ。これから出かけるから帰りは遅くなるよ」
珍しいこともあるもんだ。食器は片付けてくれるらしいので、私は快く見送ることにした。
夕食まで戻らず、食堂で食べないといけなくなったのは誤算だった。
少しは侍従らしく食事を持ってきなさいと駄々をこねてから数日、久しぶりに訪れた食堂はやはり人が多く、今後は夕食までに戻ってくるように命じようと心に決めた。
それから一週間ほど経ち、事件が起きた。
ヒロインの机に死骸が詰めこまれるという事件が。
いや、原因はわかっている。私の不用意な発言のせいだ。王子様に何をしているのかと聞かれて、咄嗟に王子様と同じ理由だと言ってしまった。そのせいで一緒に行くことになった。
「なんでもアーロン先生を家に招待した貴族がいたのがはじまりだったらしいよ。だけど彼はここから離れたくないからと辞退して、代わりにと言っていいのかはわからないけど、学園都市内で歌を披露することにしたんだって」
「まあ、そうなんですの」
そしてまったく興味のない話を聞いている。確かにあの教師の歌は上手だった。だけど、それだけだ。音が外れてるかどうかぐらいしかわからない私には、それ以上でもそれ以下でもない。
親の方針で幼少期から芸術作品に触れることが多かったのに、私の審美眼はまったく育っていない。
だから歌の内容がどうのとか、歌が忘れられずに来る貴族も多いとか、そういったことを聞かされても「そうなんですの」としか返せない。すでに四回ぐらい言ってる気がする。
なんでも芸術教師の歌は愛の歌ばかりで、紆余曲折があっても最後は絶対結ばれるそうだ。ハッピーエンド至上主義の私としてはいいことだと思う。だけど好みとは人それぞれで、戦いの歌とかを望む人もいるのだとか。それでも芸術教師は頑なに愛の歌しか歌わないらしい。招かれても行かなかったりするし、とんでもない頑固者だ。
それにしても、貴族お抱えになれそうなのに教師をやっているということは、教師の給料はだいぶいいのかもしれない。将来の職業候補に教師も入れておこう。
なんだかんだで将来どうするのかを決めないまま学園に来てしまった。ある程度落ち着くまで引きこもることを含めたとしても五、六年の間には進路を決めないといけない。
「着いたよ」
「塔……?」
進路から目の前に聳え立つ塔に思考を移す。歌うとか言っていたから、ドームのようなものを想像していたのにまったく違う。それなりの高さがある塔は上のほうに開けた空間があるようで金色に輝く鐘が見えた。どう考えても歌う場所ではない。鐘を鳴らす場所だ。
「最初は広場で歌っていたらしいけど、人の流れが悪くなったから塔の上で歌うことになったらしいよ」
「まあ、そうなんですの」
この世界にマイクとかスピーカーのたぐいはない。あんな高いところから歌ってここまで普通に聞こえるとしたら、恐ろしいほどの声量を持っていることになる。
私がひとりで戦々恐々としていたら、風魔法に歌を乗せているから大丈夫だと王子様が補足してくれた。風に歌を乗せるというのもよくわからないが、そういうことらしい。
そして、芸術教師が現れた。塔の上――つまり、屋根に。
演出の一環なのか教師はどこからともなく現れ、三角形の屋根の上で自然な動作で腰を下ろし、楽器を鳴らしはじめる。どう考えてもおかしいのに、つっこむ人はいない。確かに塔の上だ。文字通りすぎて何も間違っていない。でもおかしい。
普通は鐘のある場所で歌うものだと思う。間違っても不安定な屋根の上でなんて歌わない。危なすぎる。
私がひとりではらはらしている間に歌がはじまった。
貴族と町娘が恋に落ち、貴族が実は敵国の間者で町娘とはいえ敵国の者とは結ばれないと葛藤し、町娘は貴族の事情は露知らず高貴な相手との恋に足踏みする。そして最後は互いに手を取り合い誰も知らない場所へと旅立った。
一曲目が終わり、次の曲が始まる。
親の反対で離ればなれになりそうになった恋人が旅立ったり、魔物に村を襲われた恋人同士が安住の地を求めて旅立ったり、とりあえず旅立ったりする歌ばかりだった。
最後のあたりでは旅立ったというのは何かの隠語で、天の国に召されたのだろうかとすら邪推したくなった。本当にこれはハッピーエンドなのだろうか。
そして最後に芸術教師が一礼――よく見えないが多分一礼し――拍手の波が広がる。いつの間にか道を埋めつくさんばかりの人混みになっていた。
「どうだった?」
「思っていたよりもすごいですわね」
人混みが。芸術教師の歌にここまでの集客効果があったとは予想外だった。屋台とかがなかったから、小規模なものだと勝手に思っていた。
「二ヶ月に一度歌うらしいから、次も一緒にどうかな」
「私には少々刺激が強いので遠慮しておきますわ」
ほとんど人前に出ない生活をしていた私にこの人混みは辛い。酸素濃度が薄くなっているような錯覚すらしてくる。疲れたからと王子様を急かして、さっさと学園に帰ることにした。
王太子とヒロインがどうなったのかはわからないが、きっとうまくやってくれていることだろう。
寮に戻ってリューゲにお茶を淹れてもらい、遅い昼食を食べることにした。しっかり昼食の時間に用意してあったようで、冷めきっている。新しいものを持ってこいと訴えたが聞いてくれなかった。
「今日はずいぶんと長く出かけてたけど、面白いことでもあった?」
「まあ、面白いといえば面白かったわね。思っていたよりもずっとたくましかったし」
冷めたスープだけど、これはこれでおいしいかもしれない。冷製スープだと思えば食べられる。パスタも伸び切っているけど、これはこれで――まずい。さすがにパスタは騙せなかった。
「普通出かけている相手にパスタを用意するものかしら」
「戻ると言われてたからね」
さっきからこれだ。食事にケチをつけると私のせいにしてくる。遅くなったのは事実だから何も言い返せない。
「私のせいじゃないわ。殿下が芸術を担当している教師が歌を披露すると誘ってきたのが悪いのよ」
「途中で抜けたり、断ることだってキミならできたでしょ」
「殿下の誘いを断れるわけないじゃない」
冷ややかな目で見られた。やはり言い返さず黙っているのが正解だった。
「それで、殿下とのお出かけはどうだったの?」
「どうということもないわ。ただ歌を聞いただけだもの。旅立つ歌は私には合わないということだけはわかったわね」
一曲だけならともかく、何曲も聞かされたら嫌になってくる。戦いの歌を望む人の気持ちがよくわかる。毎回毎回愛の歌ばかりでは、食傷気味になってもしかたない。
「旅立つ? 冒険譚かなんかだったの? 冒険譚を嫌う人は少ないと思ってたけど」
「冒険譚が旅立ちで終わるとかどんな打ち切りよ。そうじゃなくて、愛の歌よ。結ばれない運命の二人が結ばれるために旅立つ歌ばかりだったわ」
「ああ、なるほど。確かにそれは好みの別れる歌だね」
よかった。どうやら私の感性はこの世界から外れているものではなかったようだ。旅立ちは円満解決とは言えない。問題をほっぽりだしているだけだ。私の思うハッピーエンドは、幸せに暮らしましたで終わるものだ。
空になった食器をリューゲに押しつける。
「ああ、そうだ。これから出かけるから帰りは遅くなるよ」
珍しいこともあるもんだ。食器は片付けてくれるらしいので、私は快く見送ることにした。
夕食まで戻らず、食堂で食べないといけなくなったのは誤算だった。
少しは侍従らしく食事を持ってきなさいと駄々をこねてから数日、久しぶりに訪れた食堂はやはり人が多く、今後は夕食までに戻ってくるように命じようと心に決めた。
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