悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十九話 『さあ、今日も**について語ろう!』

「何考えてるんですか!」


 勢いよく開けられたとびらの向こうから怒号が飛び込んでくる。部屋の中には顔をしかめた男性がふたりと呆けた表情の少女がふたり。
 そして苛立った靴音を響かせながら部屋に入ってきたのは、十かそこらの幼女だった。


「女の子を拉致監禁だなんて、主人が主人なら部下も部下ですね!」
「あー、いや、別にそういうわけじゃ……というか、生きてたんだ」
「そんなことはどうでもいいです! こっちが隠居生活決めこもうとしてるってのに、何やってるんだって言ってるんですよ!」
「隠居生活とやらの詳細を俺たちは聞かされていない。ならばこちらが何をしようと、お前らには関係ないことだ」


 凍てつくような視線を幼女に投げる男性には見覚えがあった。一作目の主人公の村を襲って、その妹をさらった魔族だ。そしてその横にいるのは、私の従者である魔族。
 今と違って、初めて会ったときと同じ水色の髪をしている。


 ということは、ソファに腰かけて呆然としながら幼女と魔族を眺めている少女二人は一作目の主人公とその妹と考えてよさそうだ。
 それにしても今回の夢はいやにはっきりしている。映像が、ではなく私の意識が。いつもはぼんやりと眺めるだけだったのに、今回はこうやって考察できている。これはあれか。明晰夢というやつか。


 リューゲに盆踊りをさせようと真剣に願ってみたが、踊りだす気配はない。意識がはっきりしているだけで、明晰夢ではないらしい。もしかしたら明晰夢は夢を好きに操れる、というのが私の思い違いなのかもしれない。
 どちらにしても、私は夢に干渉できなさそうだ。


「ゆうしゃ、さま……?」


 呆然としていた少女が震える唇で声を紡ぐ。顔の片側を長い前髪で隠しているから、表情が読み取りにくい。それでも見えている目が幼女の首元に釘づけになっていることはわかった。
 つられるように幼女の首元に意識を向けると、細い首に何重にも巻かれた蔦のような、謎の模様のようなものが描かれているのがわかった。


「生きて、いらっしゃったのですね」


 ぽろぽろと涙がこぼれ、手で顔を覆った。髪ごと。あれだけ伸ばしていると邪魔そうだ。前髪の長い少女、もとい一作目の主人公の横に座る主人公の妹は泣いている主人公とゆうしゃと呼ばれた幼女を交互に見ている。


「えぇと、たしか……私たちと同じぐらいの年齢、でしたよね」


 幼女が静かに、頷いた。








◆◆◆◆






 またもや変な夢を見た。ヒロインに負けまいと、寝る寸前まで歴史書を読みこんでいたせいかもしれない。ぐっと体を伸ばして朝日を取りこむためにカーテンを開けるリューゲを見る。




「なんで私の部屋にいるのよ」
「キミが中々起きないから、起こしに来たんだよ」


 当たり前のことを語るような口振りに私は溜息を零す。リューゲに何を言っても無駄だということはよくわかっている。それでも私はリューゲに文句を言うことをやめない。
 リューゲにせっつかれながら朝食を食べ、寝衣から私服に着替える。今日は授業がお休みなので、制服に着替える必要はない。だけど行くところがあるから、楽な部屋着ではなく外に出ても大丈夫そうなワンピースを選んだ。


「昼食には戻るから、用意しておいてちょうだい」
「はいはい」


 気のない返事をするリューゲを部屋に置いて、私は一目散にヒロインの部屋に向かった。昨日帰る間際にヒロインから聞き出しておいてよかった。




「どうされましたか?」


 学校では中々捕まらないヒロインだけど、休日だからか部屋にいた。朝食はすでに終えているのだろう。寝衣のたぐいではなく普通の服を着ている。もしかしたら出かけようとしていたのかもしれない。


「昨日の件について話そうと思ったのよ。入ってもいいかしら」
「はい、そういうことでしたら」


 部屋の中に案内される。私の部屋とは違い、ヒロインの部屋は一室しかないようだった。机と椅子、それからベッドと箪笥が置かれているだけの、簡素な部屋。爵位によって部屋のランクが違うとは聞いていたが、結構な違いだ。
 本来平民用の部屋はないはずなので、これは男爵あるいは子爵用の部屋なのかもしれない。使用人を連れてきた場合、どこで寝泊まりさせるつもりなのだろう。


「それでしたら、使用人用の部屋が別に用意されていますよ。四人部屋だそうで、寝るぐらいのことしかできないらしいですが」


 ヒロインに聞いてみたら教えてくれた。聞いておいてなんだけど、私よりも学園事情に詳しいということに対抗意識が生まれる。とりあえず早朝には騎士様と女騎士様が中庭で鍛錬しているという情報で張り合ってみた。


「あ、はい。そうなんですか」


 興味なさそうだった。


「昨日の件とのことですが、何か気になることでもございましたか?」


 お茶を用意しながら話を変えてきた。私も朝の鍛錬についてこれ以上掘り下げる気はなかったので、それに乗っかることにした。


「殿下の駆け落ちを阻止したいとの話だったけど、恋人の仲を引き裂くのは無粋ではないかしら」
「快く引き受けてくれたと思っていたのですが……」
「一晩考えて気が変わったのよ」


 不敬罪かもしれないと気づいたので、ころっと変えた。お茶をかけたり嫌味を言ったりというのは、こちらに歯向かえない相手にやるもので格上にやるようなことではない。悪役らしくふたりの仲を引き裂くと痛い目にあうことはわかりきっている。


「ご心配にはおよびません。あくまで駆け落ちさせないだけで、引き裂く必要はございませんので」
「あら、引き裂かないと駆け落ちするのでしょう?」
「恋に落ちたからといって駆け落ちする必要性はどこにもないはずです。伝統を無視して愛する女性を娶った王が息子の恋の邪魔をするとは思えません」


 言われてみればそれもそうだ。ローデンヴァルト王も後妻に自分の娘を勧めているのだから、王太子とお姫様の結婚に反対するとは思えない。


「それなのにどうして駆け落ちするのか……それがわからないのであなたに探っていただきたいのです」
「あら、そういう話だったの」


 昨日はもう遅いからということで解散したけど、これならもう少し話を聞いておけばよかった。悪役っぽいということで引き受けて満足して、ヒロインを帰らせたのは間違いだった。まだ話したそうなヒロインを部屋から追い出したのは私だけど。
 歴史書を読みたかったし、眠かったのだから仕方ない。


「原因がわからないと、それを排除することはできませんので」


 ヒロインのはずなのに、怖い。ヒロインは優しくて善良で穏やかなんじゃなかったのか。そもそも昨日のリューゲに対する扱いからしてヒロインらしくなかった気がする。ヒロインなら過去のことは水に流して、優しさから許してくれそうなものなのに。
 さすがにこれについてヒロインに聞くことはできない。前世について誤魔化しまくったので、変なところでボロを出したくない。


「それでは、そろそろ行かないといけないのでお話の続きはまた今度でもよろしいでしょうか」
「あら、どこに行くつもりなのかしら」


 ヒロインの動向は管理しておきたい。普段の過ごし方がわかれば王子様をけしかけることができる。


「フレデリク殿下は休みの日には外に出かけるそうなので、それを見張りに行きます」
「あ、あら、そうなの」


 王子様が出くわしたらまずそうな用事だった。


「一緒に行きますか?」




 面白そうなのでついて行くことにした。






 王太子はいつも護衛をつけずに出かけるらしい。ヒロインは学園に入ってからずっと地道な情報収集をしていたようだ。その美貌をフルに使って上級生から少しずつ情報をかき集めたとかなんとか。私の思い描くヒロイン像からかけ離れていく。


「それは、その、色仕掛けというのは卑しいのではないかしら」
「有効に使えるものを使っているだけです」


 たくましい。せっかくの嫌味が流された。


 王太子の背中から目を離さないようにしているヒロインの横で、私はこの間とは違って大人しい街並みを眺める。新入生歓迎という名目がないからか、屋台の数はぐっと減り、木々の間にあった飾りも撤去されている。それでもそれなりに人の流れがあるのはこの都市が栄えているからだろう。


 学園内には許可のある人しか出入りできないけど、観光名所のひとつになっているので旅人などがよく訪れるらしい。門の外から学園を見上げるだけの何が楽しいのかはわからない。


「殿下と王女が恋仲かどうかを知る者は誰もいませんでした。しっかり隠しているのか、まだそういった関係ではないのかはわかりませんが」


 王太子とこの間会ったときにそれとなく聞いてみたが、あの様子からするとそういった関係ではないのだろう。動揺を隠しているようにも見えなかった。


「まだ恋仲ではないと考えていいと思うわ」
「そうですか」


 私なら最初から恋に落ちないように動くが、ヒロインはどうするのだろう。ヒロインの性格が掴めないので、ここは様子見することにしよう。優しく穏やかな、私の想像していたヒロインはもういない。前世の記憶ひとつでここまで様変わりするとは、記憶というものは恐ろしい。
 実際、私自身ゲームのレティシアとはかけ離れている。目指そうとしている時点で別物だ。


「そういえば、あなたはルシアン殿下をどう思っているのかしら」


 ヒロインが快く王子様を引き受けてくれるか心配になったので、とりあえず聞いてみることにした。


「どう、とは……?」
「勉強会では仲睦まじい様子だったもの。ふたり並んで、仲良くしていたでしょう?」
「教わるためには横に並ばないといけませんから。対面に座るには少々大きい机でしたので……そもそも、提案したのはあなたですよね」
「え、まあ、そうだけど、ほら、殿下はいい人だし、顔もいいし、一緒にいたらときめいたりとか」


 しどろもどろになりながら弁解していたら、肩を叩かれた。


「何をしてるのかな」


 噂をすれば影とはこのことか。


「あ、あら、殿下、ごきげんよう」


 突然現れた王子様に顔が引きつる。ヒロインと一緒にいるところを見られたら、仲よしだと勘違いされるかもしれない。と思ってヒロインを見ると――いなかった。
 ついさっきまでいたはずのヒロインは影すら残さず消えている。王太子もいなくなっているので、後を追ったのだろう。私の弁解は聞き流されていたということになるが、今だけは感謝しよう。


「一人でぶつぶつと何か言ってるみたいだったけど、何かあったの?」
「いえ、何もありませんわ。ルシアン殿下こそ、どうしておひとりでいらっしゃるのかしら」


 騎士様はいない。完全に王子様だけだ。


「アーロン先生が街で歌うと聞いたから、どんな感じなのか様子を見に来たんだよ」


 アーロンというのは芸術の教師だ。元は吟遊詩人だったとかなんとか。上級クラスを受け持っている教師はそれなりの家の出のはずだから、彼も魔法学の教師同様三男か何かで自由に育ったのかもしれない。


「そうでしたの。でも、わざわざルシアン殿下が足を運ぶほどのことですの?」
「彼はここでしか歌わないと決めているそうでね。彼の歌を聞くために地方から人が来ることもあるそうだから、気になったんだよ」


 なるほど。あの教師も観光名所の一つになっているのか。

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