悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十六話 【無理無理無理無理】

 ――おかしい。
 ぐるりとあたりを見回し、そこに連なる面々に思わず顔が引きつる。


 当初の予定では王子様とヒロインのふたりだけにするはずだった。それについてふんわりと王子様に説明したら、異性とふたりにはなれないと断られ、私も同伴することになった。
 そこまでは、まあいい。


 おかしくなったのは、それを聞いた他の人も参加すると挙手したせいだ。今私の目の前にいるのは、王子様、ヒロイン、隣国の王子に宰相子息と焼き菓子ちゃんの五人。騎士様は自主鍛錬があるからと辞退し、女騎士様も同様に。クラリスには大人数での勉強など不要と切り捨てられた。
 その結果がこの面子だ。ヒロインと王子様の急接近を狙ったのに、どうしてこうなった。


「それで、当時の王は――」


 王子様がヒロインに算術を教え、宰相子息が焼き菓子ちゃんに地理を教え、余った隣国の王子が何故か私に歴史を教えている。
 歴史が苦手だと言っていないはずなのに。


「あの、私は自分で勉強できますので、ご自身の勉強をされてよろしいのですよ」
「女の子に勉強を教える機会なんてそうないからね。遠慮しなくていいよ」


 遠慮などしていない。心の底から一人で勉強してくれないかなと思っている。
 だけど爽やかな笑顔の隣国の王子には私の思いは通じない。どんどん歴史書を読み解いている。


「それでアドロフ国の王女がこの国に嫁いだ当時は結構な騒ぎだったらしいよ」
「はあ、そうなんですか」


 アドロフ国の王女というのは、今は亡き王妃様のことで、王子様と王太子と顔も見たことない第三王子の母親だ。
 第三王子のお披露目会などはあったらしいが、そのとき私は謹慎中で屋敷に閉じこもっていた。伝え聞いた話では、金の髪に紫の目をしていて王様によく似ているとかなんとか。仮にも王子様の婚約者なのにその弟に会わなくてもいいのだろうかと疑問に思ったものだ。
 これといって王家から何も言われていないから、問題ないのだろうけど。


「その責任の一端をレティシア嬢が担わないといけないのだから嘆かわしいことだよね」
「はあ、そうなんですか」


 私が右から左に聞き流しながら気のない返事を返していると、チリと肌が焼けるような感覚を覚える。恐る恐る視線を反対側に座る王子様に巡らせると、今にも噛みつきそうな鋭い視線を隣国の王子に向けていた。


「何が言いたいんですか」
「事実を言っているだけだろう。気の短い男だなぁ」


 一触即発とはまさにこのことだろうか。隣国の王子を睨みつける王子様に、その視線を馬鹿にした笑みで受け流す隣国の王子。このふたりは本当に仲が悪い。
 普段はほとんど会話せず、視線すらも合わせない。それでもこうして距離が近くなると嫌味の応酬をはじめる。


「お言葉ですが!」


 そんなふたりを見て声を荒げたのは、意外にも焼き菓子ちゃんだった。


「今のおふたりはとても仲睦まじく、最初の目的はともかくとしても、嘆かわしいなどと言われるような、そんな関係ではございません!」


 焼き菓子ちゃんの目は正常に見えているのだろうか。謎のフィルターがかかっているに違いない。私と王子様を見て仲睦まじいと思えるなら、脳の異常も疑ったほうがいいだろう。


「この国で選ぶ自由が与えられなかったのは嘆かわしいことだよ」
「それをおっしゃるのでしたら、ディートリヒ殿下のお国はどうなのですか。今年もまた新たな奥方を娶るそうですが、そこに当人同士のお気持ちはありますか?」
「そりゃあ俺の国は恋愛結婚は二の次だからね。でもこの国は違うだろ?」
「この国がどうだろうと、それこそあなたには関係のないことですよ。他国について口を出す暇があるのでしたら、自国について学ばれてはいかがですか」


 言い合っている内容がまったくわからない。わかるのはローデンヴァルト王の奥さんがたくさんいることだけだ。
 困ったなぁと視線をさまよわせていたら、退屈そうに頬杖をついているヒロインと目が合った。
 数秒見つめ合い、ヒロインはおもむろに紙に何かを書きはじめる。ヒートアップしている隣国の王子と焼き菓子ちゃんと王子様を横目に、私はヒロインの挙動を見守ることにした。


 書き終わったのかペンを置いたヒロインは、丁寧に紙を折って机の下にその紙を放り投げた。ゴミはゴミ箱にと考えた私は机の下を覗きこもうとして、膝の上に乗せられている、丁寧にたたまれた紙を見つけた。
 いつの間に。魔法を使ったのだろうか。でもヒロインが呪文を唱えるような素振りは見ていない。


 とりあえず紙を広げ、その中に目を通すことにした。授業中に手紙のやり取りをする女子っぽさに少し胸がときめく。だけど書かれていたのまったく女子っぽくないものだった。


 そこにはミストラル国初代王は金髪で紫の瞳の持ち主だったこと。その色に近い王妃を娶っていたのに、今代の王がそれを無視してかけ離れた色の王妃を娶ったこと。案の定生まれた銀髪の子どもに様々な国が反発し、それがより顕著だったのがローデンヴァルト国だったこと。
 そして、それを黙らせるために聖女の子孫である私が選ばれたこと――そんなことが簡潔に書かれていた。


 いや、待って、私そんなこと知らない。


 王妃様が遠い国から嫁いだことしか知らなかったし、ローデンヴァルト国と戦争していたことは本で読んだがその詳細までは調べていなかった。興味のないことは聞き流したり読み流したりしていた弊害か。


 勉強が苦手だというヒロインよりも歴史関連が疎いという事実と、なまじっかなことでは王子様との婚約を解消できなさそうな内容に、めまいがしてくる。


「そもそも私と彼女の関係はあなたが口を出すようなことではありません。ローデンヴァルト王とは昨年お会いしたが、納得してくれましたよ」
「保守派のあいつがそんな簡単に納得するはずがないだろ。そもそも隣の国なのに後回しにしたのは不作法だろ」
「他の国の説得をしてからではないと、それこそ納得しないでしょうね。ローデンヴァルト王が頑ななのはあなたも知っていますよね」


 戦争を仕掛けたり、ゲームでとはいえ王子様の命を狙う人が保守派だと。
 しかしそういった事情があったからこそ、王子様は命を狙われたのかもしれない。銀髪の王子様が玉座に座るなんてとんでもない的なとんでも理論で。


「ここは図書室です。騒がれるのでしたら自室にでも帰ってからにしてください」


 うんざりとした表情の宰相子息が隣国の王子と王子様を止めに入った。焼き菓子ちゃんは宰相子息が不機嫌オーラを出したあたりで喋るのをやめ、お淑やかに椅子に座っている。
 今の時間学び舎側の図書室は私たちしかいないとはいえ、喧嘩するのに適した場所ではないとわかったのか王子様と隣国の王子は渋々といった様子で座り直した。


「そもそも殿下の婚約について話すのでしたら、当事者であるレティシア嬢が納得されているのかどうかを聞くのが先決ではないでしょうか」


 宰相子息の余計な発言で、私に視線が集まる。
 とりあえず笑って誤魔化すことにした。






「夕食後お部屋にお邪魔してもいいですか」


 約束の一時間が経ち、それぞれ荷物を持って図書室を出て行く。私も出ようとしていたらヒロインに声をかけられた。


「え、それは、どういう風の吹きまわしかしら」
「あなたと話さないといけないと思いましたので」


 反射的に断りそうになったのをぐっとこらえる。
 いつものおどおどした様子は微塵もなく、凛とした姿勢で立つヒロインに違和感を抱きながら私は頷いた。








「それで今日の魔法学は大丈夫だったの?」
「なんとかなったわ」


 部屋に帰り、リューゲが運んでおいてくれた夕食を食べながら軽い雑談を楽しむ。昨日魔術について学んだ私は面倒臭いと言わんばかりのリューゲにぐちぐちと不満をたらした。不満を言われ続けるほうが面倒だと思ったのか、光石の扱い方について懇切丁寧に教えてくれ、三つ目の光石でようやく属性のみをこめることに成功したのだった。
 今日の魔法学では火属性をこめたのだが、これもなんとか成功。一年の終わりに大規模魔術を行うから、これからの授業でもちょこちょこ光石作りに励むことになるらしい。


「ああ、そうだわ。今日はこの後お客さんが来るからお茶でも用意してちょうだい」
「へえ、珍しいこともあるもんだね。キミに遊びに来るような友達がいたなんて知らなかったよ」
「失礼ね。友達なら三人いるわ」


 遊びには来ていないけど。


「ああ、そうだったね。キミにとっては友達だったね。忘れてたよ」
「だから、その言葉が失礼だってわかってる?」


 もちろんわかって言っているはずだ。こいつはそういう奴だ。


「でも今日来るのはその三人じゃないわ」


 リューゲの目が極限にまで見開かれる。珍しい表情に私は胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべた。来るのは友達ではないけど。


「平民――と言ってもわからないよわね。初日に殿下に激突した――」
「おっと、しまった。ボクとしたことが用事を忘れてたよ」


 言い終わる前にソファから立ち上がるリューゲ、その顔には珍しく焦りが浮かんでいる。


「あなたにどんな用事があるっていうのよ。それよりも食器を片付けてお茶を――って、そこ窓! どこから出てこうとしてるの!」
「ああ、大丈夫。空ぐらいなら飛べるから」
「そういう問題じゃないでしょ!」


 空になった食器を置き去りに、今にも窓から飛び出そうなリューゲを捕まえる。自分でお茶の用意とか食器を下げたりしたくないから私も必死だ。


 そしてノックの音が響いた。

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