悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十三話 『よく来てくれた』

 さてどうしたものかと悩んでいたら、お腹が空腹を訴えてきた。遊戯棟の食堂は六時から解放されているが、今は五時半。まだ三十分もある。
 寝室を出ると、いつ寝てるのかわからないリューゲがソファでくつろいでいる姿を見つけ小さく溜息をつく。


「ここは私の部屋のはずよね」
「そうだね」


 寮の部屋は私室、寝室、従者用の部屋の三部屋で構成されている。つまり、リューゲが私の私室である場所でくつろぐ理由なんてない。
 なのに、この男はいつ見てもソファで寝そべるか本を読んでいるかだ。クラリスが連れてきた侍女は授業のない時間帯は食堂から食事を運んでくれたりするらしいし、焼き菓子ちゃんの侍女は必要以上に私室に足を踏み入れないらしい。
 クラスの違うアドリーヌとも遊戯棟の食堂でたまに顔を合わせることがあるが、アドリーヌの横にはいつだって侍女がいる。ひとりで食堂に赴く令嬢なんて私ぐらいな気がする。


 男子もいる食堂はともかくとして、女子寮には侍女しかいない。その中でリューゲを連れて歩く勇気もないから、ついてきてくれないことに不満があるわけではない。
 それでも、侍従は侍従らしくしてほしいものだ。


「自分の部屋で休めばいいじゃない」
「狭いんだよ」


 屋敷にいたときのリューゲの部屋はそれなりの広さがあった。でもここは寮で、屋敷同様の部屋が与えられるはずがない。
 悪びれた様子のないリューゲに、私は再度溜息を零す。


「屋敷にいたときと同様の扱いができるわけがないでしょう。それに、あなたいつもそこにいるけど外には出てるの? 食事とかはどうしてるのかしら」
「あれ? 言ってなかったっけ」


 きょとんとした表情のリューゲにつられて私も目を瞬かせる。


「ボクたちに食事はいらないよ」
「――それって、人体構造どうなってるの」


 屋敷では他の使用人と一緒に食べているものとばかり思っていたのに、まさかの食事がいらない体だったとは。
 考えてみたら、暗い場所で見た魔族の誕生がそもそも人体を無視したものだった。


 いや、それでもお茶を飲んだりお菓子を食べたりはしていた。


「じゃあ、いらないのに私のお菓子をとってたの?」
「味はわかるからね」
「足りないときとかあったのに……」


 最後の一枚をリューゲに取られたことだってあった。恨みがましく見る私を無視して食べていたのに、必要なかったなんて。


「もうお菓子あげない」
「拗ねない拗ねない。今日は茶菓子を用意してあげるからさ」


 学園に来てからは茶菓子をあまり食べていない。屋敷と同じ頻度では無理になったのだろうと思っていたけど、リューゲの口振りからするとそういうわけではなさそうだ。


「これから毎日用意しなさい。でないと許さないわ」
「はいはい。仰せのままに」


 飄飄とした態度のリューゲに再度念を押して、私は朝食を食べるために食堂に向かうことにした。




 多少早いので、散歩でもしよう。今はリューゲと一緒にいたくない。食べ物の恨みはそう簡単に忘れることはできない。
 食堂には寮のすぐ隣にある建物に入ればすぐなので、私はそちらとは反対方向に足を運ぶことにした。建物の周辺をうろついて他の生徒と出くわしたくなかった。


 寮の裏手には花壇や噴水があるので、憩いの場になっている。とりあえずはそこを目指そうと歩いていたら、何かがぶつかるような鋭い音が聞こえてきた。
 何事かとこっそりと建物の陰から顔を覗かせると、まったく憩っていないふたりを見つけた。


 女騎士様と騎士様が何故か剣の打ち合いをしている。朝日を反射する刀身はどう見ても、練習用の木の剣ではない。


「だから、何度言えばわかるんだ!」
「それはこちらの台詞だ。私の腕前は中々のものだろう」


 そう言って騎士様の剣を受け止める女騎士様。朝っぱらから元気だ。


 私はそっとその場を離れることにした。








 さて、憩いの場がふさがっていたからどこで時間をつぶそうか。


「早朝から入れるのは、図書室ぐらいかしら」


 食堂と同じ建物に入っている図書室はいつでも入れるようになっている。貸出しは司書さんがいる朝八時から消灯の時間までしかできないらしいけど、読むだけならできるとかなんとか。これは焼き菓子ちゃんから聞いた話だ。


 幸い誰とも遭遇することなく図書室に侵入することができた。誰かと会って困ることはしていないが、挨拶だけでなく雑談までする羽目になるかもしれないと思うと、どうしても避けてしまう。どの程度悪役然とすればいいのかとか、嫌味とか、色々と考えて気疲れする。
 私がまともに会話できる相手は王子様とリューゲぐらいだ。王子様は付き合いが長いし、リューゲはリューゲで彼自身が悪役みたいなものなので気負う必要がない。


 だから必要以上の会話をしなくてもいいように図書室を選んだはずなのに――


「――なんでこうなるかなぁ」
「何か言いましたか?」


 ぽそりと呟いた声は相手の耳には入らなかったようだ。何故か私の前には宰相子息がいる。


 どうして焼き菓子ちゃんが入ったばかりの学園の図書室事情に詳しいのか。そこを疑問に思えれば、勉強大好きな宰相子息が図書室に入り浸っていることなんてすぐにわかることだった。


 ひとりでのんびりと本を読んでいたら、私を見つけた宰相子息が何故か近づいて来た。教室では影も形もないぐらい影が薄いのに、こういうときだけ近づいて来るなんて予想外だ。
 宰相子息は、王子様がどうすれば女子寮に入れるかの会議にも参加していなかった。真剣に教師の話を聞いて、真剣に学んでいるだけの、本当にそれしかしていないような立ち位置で、二日間だけとはいえ教室で誰かと話しているところを見たことがない。


「えーと、私に何かご用でしょうか」
「そうですね。ええ、いくつか聞きたいことが」


 私の前に座ってから数分。こちらを見てくるだけで本も読まず、何も言わない宰相子息にしびれを切らして私から話しかけることにした。




「――どう、聞けばいいのか悩んでいました」


 神妙な面持ちで口を開く宰相子息。私はちらりと壁にかけられている時計を見る。


「人目のあるところでできる話ではありませんし、あなたとは中々ふたりになれませんから」


 他の人たちがいくらでもいる教室でふたりになるのは難しいだろう。それ以外でも、移動するときには宰相子息の近くには焼き菓子ちゃんがいるし、食堂では私のほうががお友達と一緒にいる。
 こうして考えると、屋敷にいたときからは考えられないほど私の周りには人がいる。屋敷ではリューゲぐらいしかいなかったから、ずいぶんと進歩したものだ。


「このさい、単刀直入に聞きます――あなたの従者は、なんですか?」
「何と言われましても、従者は従者ですわ。お父様が選んでくれた方で、愛妻家だとしか」


 どこかの国とどこかの国の人同士の間に産まれたとか、そんな設定もあった気がするけど思い出せない。リューゲの姓すら覚えていない私が覚えている設定は愛妻家だけだ。あれは衝撃的だった。


「そうではなく――」
「ああ、申し訳ございません。食堂の開く時間ですので、そろそろ行きますわ」


 言い募ろうとする宰相子息を制して、私は素早く立ち上がった。
 これ以上話しているとぼろが出そうだ。異端者にはなりたくない。


「―――わかりました。また、お昼にでも」






 その日の昼に私が宰相子息と話すことはなかった。
 昼は昼食の時間だ。魔族と違って私には食事をとる必要がある。

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