悪役令嬢を目指します!
第十二話 (ごめんなさいごめんなさい)
隠れてなさい――そう言った女性の顔は見えない。
聞こえてくる叫び声と、獣の唸り声。手と手を取り合いながら、部屋の隅で震えている少女がふたり。
どれぐらいそうしていたのだろう。何かが爆発すような音が聞こえ、少女たちが隠れている小屋が揺れる。
逃げよう――そう言ったのがどちらなのかはわからない。ふたりは身長、瞳の色、髪の長さから服装にいたるまで、すべてがそっくりだった。
先に立ち上がったほうが、もう片方の手を引いて小屋を出た。
少女たちが小屋を出て一番最初に目にしたのは、地面に転がる二人の男女だった。体の近くにあった手にはペーパーナイフと包丁が握られ、下半身は近くにないのか見つからない。
星ひとつない夜空だというのに、いたるところで上がる火が少女たちの住む村を照らしていた。
地面に広がる赤黒い染み、剥き出しの体内。そのすべてを、照らしている。
少女が叫ぶよりも早く、獣の吠える声が聞こえた。真っ青な顔をした少女は慌てて口元を押さえて、叫び声を噛み殺している。
じっと男女を見つめていた少女が行こう、と短く告げると今にも座り込みそうな片割れの手を引いた。
どこまでも歩いても、最初に見た男女と同じようなものが転がっていた。体の一部がないもの、体の一部しかないもの、半分だけあるものもいた。
轟と吹く風が火を揺らすが、火は消えるどころか勢いを増している。
少女たちは何からも見つからないように、慎重に歩いていた。獣の声が近くに聞こえれば迂回し、うめき声が聞こえれば引き返した。
しかし、焦る気もちがあったのだろう。隠れられそうな森が後少しというところで少女たちは隠れるのを止めてしまい――結果、見つかった。
少女たちを見つけたのは片腕を失った男だった。残っている手には、草を刈るための鎌が握られている。
最初は茫然としていた男だったが、次第に怒りから目を吊り上がらせ、少女たちを怒鳴りつけた。
互いに身を寄せ合う少女たちに鎌を振り上げ――男は残っていた腕すらも失った。
地面に鎌が落ちるのと同時に、男の首も地面に転がった。
男の命を刈り取ったそれは――燃え盛る村の中で、五体すべてが揃っているそれは――楽しそうに愉しそうに笑っていた。
場面が切り替わる。
板の上に布が敷かれただけの寝台の上に少女たちはいた。もうふたりは似ていない。
逃げていた少女たちは成長し、私のよく知る姿になっている。
少女たちは将来について話していた。お嫁さんになりたいとか、そんなたわいもない話をしている。
でも、と長く伸ばした前髪で顔の片側を隠している少女が言いよどみ、もう片方の少女が困ったように笑う。
私は知っている。この後、落ち込んだ少女を励ますことを。
ほら、笑おうよ。お姉ちゃんは笑ってるほうが可愛いよ――こんな感じのことを言っていた。
「じゃあ、冒険者になろう」
そう言って、少女は元気よく立ち上がった。
―――あれ?
◆◆◆◆
「変な夢見たなぁ」
起き上がり、固くなっていた体を伸ばす。枕元に置かれている時計を見ると、まだ早朝だった。
授業がはじまるまでだいぶ時間があるけど、寝直す気にはなれない。
「それにしても、なんであんな夢見たんだろ」
見るならせめて、現在が舞台の夢を見たかった。
なんでよりにもよって、私が序盤で投げた一作目――ハートフルなゲームの夢を見ないといけないんだ。
「しかもゲームとも違ったし」
ゲームでは、妹が姉――ゲームでの主人公を励ましたりする、姉妹の仲良しエピソードだったはず。ちなみにこの後、あのふたりが暮らしていた町が魔物に襲われ、主人公の相手役である魔族のひとりに妹が攫われる。
魔族によってけしかけられた魔物にもぐもぐされているところで、別の魔族――今は私の従者をやっている魔族が現れるという流れだったはず。
そもそも、ゲームではあんなシーンなかった。少女たちはすでに成長していたし、ハートフルなゲームだったけどあそこまでグロいシーンもなかった。
「それに、あれじゃあまるで」
――双子みたいじゃないか。
この世界に双子は生まれない。体内に宿す命は一度にひとつだけと決まっている。
人間だろうと動物だろうと――たとえそれが私の知る限り多胎の動物だろうと一度にひとつしか生み出さない。
 だから、私はあの二人を双子だと考えたことはなかった。そもそも考えるほどの思い入れもない。主人公の見た目すら今の今まで忘れていたぐらいだ。
「まあ、考えてもしかたないか」
何せあれは百年も前の出来事だ。生き証人みたいなのがいるにはいるけど、私にはなんの関係もない。
それよりも考えないといけないことがある。ヒロインのこととか、ヒロインのこととか。
ゲームと違って勉強が苦手らしいヒロイン。だから下級クラスにいるのだろう。学年二位だったからこそゲームでは上級クラスになれた。
一年生の間は魔法学だけ同じクラスでも問題ないが、二年生からは教室での場面が増えてくる。
一年生のうちにとまでは言わない。でも二年生に上がる時には上級クラスに来てもらわないと困る。
そのための解決方法はいたってシンプル。
ヒロインに勉強を教えるだけだ――王子様が。
そんなイベントはなかったけど、今さらイベントのひとつやふたつあってもなくても同じだろう。
私は考えないといけない。王子様がヒロインに勉強を教えるシチュエーションをどうやって作るかを。
「隣国の王子パターンも考えておこうかな」
宰相子息は自分の勉強で忙しいだろうし、騎士様はどうせ剣の練習でもしてるだろうから論外。隣国の王子ならそれとなく言っておけば乗ってくれそうだ。
夢にまで気を回す余裕なんて私にはない。
聞こえてくる叫び声と、獣の唸り声。手と手を取り合いながら、部屋の隅で震えている少女がふたり。
どれぐらいそうしていたのだろう。何かが爆発すような音が聞こえ、少女たちが隠れている小屋が揺れる。
逃げよう――そう言ったのがどちらなのかはわからない。ふたりは身長、瞳の色、髪の長さから服装にいたるまで、すべてがそっくりだった。
先に立ち上がったほうが、もう片方の手を引いて小屋を出た。
少女たちが小屋を出て一番最初に目にしたのは、地面に転がる二人の男女だった。体の近くにあった手にはペーパーナイフと包丁が握られ、下半身は近くにないのか見つからない。
星ひとつない夜空だというのに、いたるところで上がる火が少女たちの住む村を照らしていた。
地面に広がる赤黒い染み、剥き出しの体内。そのすべてを、照らしている。
少女が叫ぶよりも早く、獣の吠える声が聞こえた。真っ青な顔をした少女は慌てて口元を押さえて、叫び声を噛み殺している。
じっと男女を見つめていた少女が行こう、と短く告げると今にも座り込みそうな片割れの手を引いた。
どこまでも歩いても、最初に見た男女と同じようなものが転がっていた。体の一部がないもの、体の一部しかないもの、半分だけあるものもいた。
轟と吹く風が火を揺らすが、火は消えるどころか勢いを増している。
少女たちは何からも見つからないように、慎重に歩いていた。獣の声が近くに聞こえれば迂回し、うめき声が聞こえれば引き返した。
しかし、焦る気もちがあったのだろう。隠れられそうな森が後少しというところで少女たちは隠れるのを止めてしまい――結果、見つかった。
少女たちを見つけたのは片腕を失った男だった。残っている手には、草を刈るための鎌が握られている。
最初は茫然としていた男だったが、次第に怒りから目を吊り上がらせ、少女たちを怒鳴りつけた。
互いに身を寄せ合う少女たちに鎌を振り上げ――男は残っていた腕すらも失った。
地面に鎌が落ちるのと同時に、男の首も地面に転がった。
男の命を刈り取ったそれは――燃え盛る村の中で、五体すべてが揃っているそれは――楽しそうに愉しそうに笑っていた。
場面が切り替わる。
板の上に布が敷かれただけの寝台の上に少女たちはいた。もうふたりは似ていない。
逃げていた少女たちは成長し、私のよく知る姿になっている。
少女たちは将来について話していた。お嫁さんになりたいとか、そんなたわいもない話をしている。
でも、と長く伸ばした前髪で顔の片側を隠している少女が言いよどみ、もう片方の少女が困ったように笑う。
私は知っている。この後、落ち込んだ少女を励ますことを。
ほら、笑おうよ。お姉ちゃんは笑ってるほうが可愛いよ――こんな感じのことを言っていた。
「じゃあ、冒険者になろう」
そう言って、少女は元気よく立ち上がった。
―――あれ?
◆◆◆◆
「変な夢見たなぁ」
起き上がり、固くなっていた体を伸ばす。枕元に置かれている時計を見ると、まだ早朝だった。
授業がはじまるまでだいぶ時間があるけど、寝直す気にはなれない。
「それにしても、なんであんな夢見たんだろ」
見るならせめて、現在が舞台の夢を見たかった。
なんでよりにもよって、私が序盤で投げた一作目――ハートフルなゲームの夢を見ないといけないんだ。
「しかもゲームとも違ったし」
ゲームでは、妹が姉――ゲームでの主人公を励ましたりする、姉妹の仲良しエピソードだったはず。ちなみにこの後、あのふたりが暮らしていた町が魔物に襲われ、主人公の相手役である魔族のひとりに妹が攫われる。
魔族によってけしかけられた魔物にもぐもぐされているところで、別の魔族――今は私の従者をやっている魔族が現れるという流れだったはず。
そもそも、ゲームではあんなシーンなかった。少女たちはすでに成長していたし、ハートフルなゲームだったけどあそこまでグロいシーンもなかった。
「それに、あれじゃあまるで」
――双子みたいじゃないか。
この世界に双子は生まれない。体内に宿す命は一度にひとつだけと決まっている。
人間だろうと動物だろうと――たとえそれが私の知る限り多胎の動物だろうと一度にひとつしか生み出さない。
 だから、私はあの二人を双子だと考えたことはなかった。そもそも考えるほどの思い入れもない。主人公の見た目すら今の今まで忘れていたぐらいだ。
「まあ、考えてもしかたないか」
何せあれは百年も前の出来事だ。生き証人みたいなのがいるにはいるけど、私にはなんの関係もない。
それよりも考えないといけないことがある。ヒロインのこととか、ヒロインのこととか。
ゲームと違って勉強が苦手らしいヒロイン。だから下級クラスにいるのだろう。学年二位だったからこそゲームでは上級クラスになれた。
一年生の間は魔法学だけ同じクラスでも問題ないが、二年生からは教室での場面が増えてくる。
一年生のうちにとまでは言わない。でも二年生に上がる時には上級クラスに来てもらわないと困る。
そのための解決方法はいたってシンプル。
ヒロインに勉強を教えるだけだ――王子様が。
そんなイベントはなかったけど、今さらイベントのひとつやふたつあってもなくても同じだろう。
私は考えないといけない。王子様がヒロインに勉強を教えるシチュエーションをどうやって作るかを。
「隣国の王子パターンも考えておこうかな」
宰相子息は自分の勉強で忙しいだろうし、騎士様はどうせ剣の練習でもしてるだろうから論外。隣国の王子ならそれとなく言っておけば乗ってくれそうだ。
夢にまで気を回す余裕なんて私にはない。
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