悪役令嬢を目指します!
第七話 『俺にできることはただひとつ。**にまみれた生を彼女に――』
外着用の服に袖を通しながら、今日しないといけないことを考える。まず、王子様と騎士様と一緒に街をぶらつきながらヒロインを探す。そしてヒロインの後をつけながら、危ない場面がきたら騎士様をけしかける。
言葉にすれば簡単そうだが、無理がすぎるような気がしてくる。まずヒロインを見つけ出せるかどうか。
「――頑張るしかないか」
拳を握りしめて気合を入れる。無理だろうとなんだろうと、やるしかない。隣国の王子様とのイベントはよくわからないまま失敗したから、騎士様との出会いはなんとしても成功させないと。私の将来のために。
「留守は任せたわよ」
我が物顔でソファに座るリューゲ。この部屋の主は一体誰だと思っているのか聞きたくなる。
「よくわかんないけど、まあ頑張っておいで」
そう言いながらリューゲは湯気を立てているカップに口をつけた。おかしい。私の分のお茶は用意されていない。もうすぐ出かけるとはいえ、主人の分も用意するのが普通じゃないのか。
「寂しかったら寂しいと言ってもいいのよ」
「ボクはボクでやることがあるから、寂しくもなんともないよ」
「つまらないわね。泣いて縋ってきたら、殿下にお願いしてあげてもよかったのに」
「あんまり邪魔すると可哀相だからね」
リューゲが一緒だったら、不思議な魔族パワーでヒロインを探してもらおうと思ったのに。でも私から一緒に来てとお願いするのは癪なので、ここは私だけで頑張るとしよう。
コンコンとノックの音が聞こえた。
男子が女子寮に入ることは許されていない。もちろん、女子が男子寮に入ることもできない。だから代わりに、寮仕えの使用人に伝言を頼むことになっている。
案の定扉を開けると、楚々とした侍女が立っていた。
「レティシア・シルヴェストル様。ルシアン・ミストラル様とセドリック・ヴィクス様がお呼びです」
「それじゃあ、行ってくるわね」
再度リューゲに挨拶して、私は侍女に連れられながら玄関に向かった。
「君の普段着というのも、新鮮だね」
「ルシアン殿下も、えーと、お似合いですわ」
にこにこと上機嫌な王子様。普段よりも控えめだけど、いいとこのお坊ちゃんというのが一目でわかるぐらいには手のこんだものを着ている。王子様の横に並ぶ騎士様の装いも細かい刺繍が施されていて、金銭価値がそれなりにありそうだ。
それに対して、私の服は飾り気なしのただのワンピース。私の手持ちの中でも一番簡素なもの。場違い感が凄まじい。
「その、着替えてきたほうがよろしいでしょうか」
街中に行くからあまり華美なものもどうかと思ってこの服選んだけど、王子様と一緒に歩くならもう少し身分にあったものを着てくるべきだったか。
「そのままでいいと思うよ。動きやすそうだし、よく似合ってる」
それは褒め言葉と受け取ってもいいのだろうか。
騎士様にちらりと目をやると、わずかに引きつった顔を逸らされた。
「……俺はただの護衛なので、空気のように扱ってください」
それでもじっと見つめ続けたら、ぼそぼそと消え入りそうな声が聞こえてきた。さすがに、空気として扱うには存在感がありすぎる。
王子様よりも身長があるし、鍛えているせいもあって、でかい。見上げないといけない相手を空気と思うのは無理だ。
十五歳ってこんなに男女差があるものだったろうか。駄目だ、思い出せない。
「せっかくご一緒するのですから、ヴィクス様にも楽しんでいただきたいですわ」
「いや、しかし――わかりました」
不承不承といった様子で頷かれた。騎士様の私に対する扱いはわりとぞんざいだ。いまだに王子様失踪事件のことを根に持っているのかもしれない。交換日記の受け渡し時にも必要最低限のことしか喋らなかった。
「そうそう、今日は色々な催しが行われるらしいよ。毎年この日は新入生を祝ってるんだって」
「まあ、そうなんですの。それは楽しみですわ」
重要な任務はあるが、それはそれ、これはこれとして楽しむことにしよう。
門を抜け一番最初に目に入ったのは、大通りに建ち並ぶ屋台だった。木々の隙間を埋めるように、色とりどりの屋台が並んでいる。売っているのは装飾品だったり文具だったりと多岐に渡り、謎の肉を焼いている店もあった。
「あれはマクベスだね。ここでないと食べられない珍しいものだよ」
謎肉屋台を見つめていたら、王子様が教えてくれた。どこかの悲劇の王様を思い出して一気に食欲が失せる。
「マクベス、ですか」
「うん。リフィーネ周辺にしか生息していない植物を主食にしていてね、他のところだと育てられないんだ」
リフィーネというのはこの学園都市の名前だ。聖女様の名前からつけたとかなんとか。
「気になるなら、マクベスを出すお店を探してみようか?」
「いえ、そんなわざわざ……大丈夫ですわ」
ヒロインを探さないといけないから、お店に入るつもりはない。屋台を見て回るだけで十分だ。食欲もないし。
それにしても、目の前で焼いているのにお店を探そうと言い出すとは。よくよく見てみれば、食べ物を提供している屋台は観光客目当てのようで学園の生徒と思わしき若い子には声をかけていない。育ちの違いが身に染みる。私の場合は前世の育ちだけど。
「それよりも、いろいろ見て回りたいですわ」
「そう? なら文具とかを見るのもいいかもね。面白いものがあるかもしれないし」
文具に求めるのは面白さよりも利便性だ。
王子様の感性はともかくとして、私たちは屋台を一軒一軒丁寧に見て回ることにした。
そして夕暮れどき――いまだにヒロインは見つかっていない。
そろそろ帰らないとね、と言う王子様を制しながら必死にヒロインを探すこと一時間。姿どころか影すら見つからない。
前半は楽しんでいたし、聖女様を主役とした演劇とかも見たけど、それでも熱中しすぎないように注意して探していた。そもそも、あんな浮いている子を見逃すはずがない。
なのに、どこにもいない。
「日が落ちきる前に帰らないと怒られるよ」
「わか、ってはいますわ。でも、後少しだけ……ほら、私あまり外に出ないから、楽しいんですの」
「楽しんでいるようには見えないけど……」
困ったなぁと言うように眉を下げる王子様。騎士様もそわそわとした様子で夕日を眺めている。
「ほら、そこの若人たち。帰る時間だ」
快活な声がかけられた。おちょくるような声色に視線を巡らせると、爽やかな笑顔を浮かべる――王太子がいた。
しかも何故か一人で。
「王太子、殿下?」
「兄上……何をしているんですか」
王太子が学園に行ってからは会う機会がなかった。久しぶりに会う王太子は、どこも変わった様子がない。
「何と言われても困るな。君たち同様出かけていただけだ」
「まあ、それはわかりますが……その、おひとりで?」
「そりゃあそうだろう。レティシア嬢のような可愛い女の子と一緒に出歩ければよかったのだが、将来のことを考えると下手にご令嬢に近づくわけにはいかないからな」
王太子はそう言いながら肩をすくめた。
「あの、護衛とかはつけていませんの? おひとりでは、危ないと思いますわよ」
「何度かひとりで来てはいるが、今のところ困ったことにはなっていないな」
王子様と王太子といい、この国の王族はおかしいと思う。
護衛云々はこの際置いておいても、王太子にはお相手がいたはずだ。卒業と共に駆け落ちする相手が。
「それに……ローデンヴァルト国の王女様は……?」
「ローデンヴァルトの? ああ、エミーリア王女のことか。共に出かけるような仲でもないし、彼女は彼女で楽しんでいると思うが……。なぜ彼女のことが?」
本当に、心底不思議そうに、聞かれた。
「いえ……えーと、昨日ローデンヴァルト国の方に助力を求められましたので、王太子殿下も王女様をお助けしているのかと、そう思っただけですわ」
「助力を乞われたことはないな。エミーリア王女も異性よりは同性のほうが頼りにできるだろうし、俺から何かしようと思ったこともない、が……。しかし、エミーリア王女以外のローデンヴァルトの者というと――ああ、第十八位のディートリヒ王子か」
なるほど、隣国の王子は十八番目だったのか。いや、それは今はどうでもいい。
王太子の口振りは駆け落ちするような相手との距離感とは思えない。これからの一年で急接近するような何かがあるのだろうか。
「ディートリヒ王子は確か――いや、そんなことよりも、そろそろ帰らないといけない時間だ。あまり遅くなると、罰則があるから急いだほうがいい」
結局ヒロインには会えないまま、私は学園に強制的に帰らされた。
言葉にすれば簡単そうだが、無理がすぎるような気がしてくる。まずヒロインを見つけ出せるかどうか。
「――頑張るしかないか」
拳を握りしめて気合を入れる。無理だろうとなんだろうと、やるしかない。隣国の王子様とのイベントはよくわからないまま失敗したから、騎士様との出会いはなんとしても成功させないと。私の将来のために。
「留守は任せたわよ」
我が物顔でソファに座るリューゲ。この部屋の主は一体誰だと思っているのか聞きたくなる。
「よくわかんないけど、まあ頑張っておいで」
そう言いながらリューゲは湯気を立てているカップに口をつけた。おかしい。私の分のお茶は用意されていない。もうすぐ出かけるとはいえ、主人の分も用意するのが普通じゃないのか。
「寂しかったら寂しいと言ってもいいのよ」
「ボクはボクでやることがあるから、寂しくもなんともないよ」
「つまらないわね。泣いて縋ってきたら、殿下にお願いしてあげてもよかったのに」
「あんまり邪魔すると可哀相だからね」
リューゲが一緒だったら、不思議な魔族パワーでヒロインを探してもらおうと思ったのに。でも私から一緒に来てとお願いするのは癪なので、ここは私だけで頑張るとしよう。
コンコンとノックの音が聞こえた。
男子が女子寮に入ることは許されていない。もちろん、女子が男子寮に入ることもできない。だから代わりに、寮仕えの使用人に伝言を頼むことになっている。
案の定扉を開けると、楚々とした侍女が立っていた。
「レティシア・シルヴェストル様。ルシアン・ミストラル様とセドリック・ヴィクス様がお呼びです」
「それじゃあ、行ってくるわね」
再度リューゲに挨拶して、私は侍女に連れられながら玄関に向かった。
「君の普段着というのも、新鮮だね」
「ルシアン殿下も、えーと、お似合いですわ」
にこにこと上機嫌な王子様。普段よりも控えめだけど、いいとこのお坊ちゃんというのが一目でわかるぐらいには手のこんだものを着ている。王子様の横に並ぶ騎士様の装いも細かい刺繍が施されていて、金銭価値がそれなりにありそうだ。
それに対して、私の服は飾り気なしのただのワンピース。私の手持ちの中でも一番簡素なもの。場違い感が凄まじい。
「その、着替えてきたほうがよろしいでしょうか」
街中に行くからあまり華美なものもどうかと思ってこの服選んだけど、王子様と一緒に歩くならもう少し身分にあったものを着てくるべきだったか。
「そのままでいいと思うよ。動きやすそうだし、よく似合ってる」
それは褒め言葉と受け取ってもいいのだろうか。
騎士様にちらりと目をやると、わずかに引きつった顔を逸らされた。
「……俺はただの護衛なので、空気のように扱ってください」
それでもじっと見つめ続けたら、ぼそぼそと消え入りそうな声が聞こえてきた。さすがに、空気として扱うには存在感がありすぎる。
王子様よりも身長があるし、鍛えているせいもあって、でかい。見上げないといけない相手を空気と思うのは無理だ。
十五歳ってこんなに男女差があるものだったろうか。駄目だ、思い出せない。
「せっかくご一緒するのですから、ヴィクス様にも楽しんでいただきたいですわ」
「いや、しかし――わかりました」
不承不承といった様子で頷かれた。騎士様の私に対する扱いはわりとぞんざいだ。いまだに王子様失踪事件のことを根に持っているのかもしれない。交換日記の受け渡し時にも必要最低限のことしか喋らなかった。
「そうそう、今日は色々な催しが行われるらしいよ。毎年この日は新入生を祝ってるんだって」
「まあ、そうなんですの。それは楽しみですわ」
重要な任務はあるが、それはそれ、これはこれとして楽しむことにしよう。
門を抜け一番最初に目に入ったのは、大通りに建ち並ぶ屋台だった。木々の隙間を埋めるように、色とりどりの屋台が並んでいる。売っているのは装飾品だったり文具だったりと多岐に渡り、謎の肉を焼いている店もあった。
「あれはマクベスだね。ここでないと食べられない珍しいものだよ」
謎肉屋台を見つめていたら、王子様が教えてくれた。どこかの悲劇の王様を思い出して一気に食欲が失せる。
「マクベス、ですか」
「うん。リフィーネ周辺にしか生息していない植物を主食にしていてね、他のところだと育てられないんだ」
リフィーネというのはこの学園都市の名前だ。聖女様の名前からつけたとかなんとか。
「気になるなら、マクベスを出すお店を探してみようか?」
「いえ、そんなわざわざ……大丈夫ですわ」
ヒロインを探さないといけないから、お店に入るつもりはない。屋台を見て回るだけで十分だ。食欲もないし。
それにしても、目の前で焼いているのにお店を探そうと言い出すとは。よくよく見てみれば、食べ物を提供している屋台は観光客目当てのようで学園の生徒と思わしき若い子には声をかけていない。育ちの違いが身に染みる。私の場合は前世の育ちだけど。
「それよりも、いろいろ見て回りたいですわ」
「そう? なら文具とかを見るのもいいかもね。面白いものがあるかもしれないし」
文具に求めるのは面白さよりも利便性だ。
王子様の感性はともかくとして、私たちは屋台を一軒一軒丁寧に見て回ることにした。
そして夕暮れどき――いまだにヒロインは見つかっていない。
そろそろ帰らないとね、と言う王子様を制しながら必死にヒロインを探すこと一時間。姿どころか影すら見つからない。
前半は楽しんでいたし、聖女様を主役とした演劇とかも見たけど、それでも熱中しすぎないように注意して探していた。そもそも、あんな浮いている子を見逃すはずがない。
なのに、どこにもいない。
「日が落ちきる前に帰らないと怒られるよ」
「わか、ってはいますわ。でも、後少しだけ……ほら、私あまり外に出ないから、楽しいんですの」
「楽しんでいるようには見えないけど……」
困ったなぁと言うように眉を下げる王子様。騎士様もそわそわとした様子で夕日を眺めている。
「ほら、そこの若人たち。帰る時間だ」
快活な声がかけられた。おちょくるような声色に視線を巡らせると、爽やかな笑顔を浮かべる――王太子がいた。
しかも何故か一人で。
「王太子、殿下?」
「兄上……何をしているんですか」
王太子が学園に行ってからは会う機会がなかった。久しぶりに会う王太子は、どこも変わった様子がない。
「何と言われても困るな。君たち同様出かけていただけだ」
「まあ、それはわかりますが……その、おひとりで?」
「そりゃあそうだろう。レティシア嬢のような可愛い女の子と一緒に出歩ければよかったのだが、将来のことを考えると下手にご令嬢に近づくわけにはいかないからな」
王太子はそう言いながら肩をすくめた。
「あの、護衛とかはつけていませんの? おひとりでは、危ないと思いますわよ」
「何度かひとりで来てはいるが、今のところ困ったことにはなっていないな」
王子様と王太子といい、この国の王族はおかしいと思う。
護衛云々はこの際置いておいても、王太子にはお相手がいたはずだ。卒業と共に駆け落ちする相手が。
「それに……ローデンヴァルト国の王女様は……?」
「ローデンヴァルトの? ああ、エミーリア王女のことか。共に出かけるような仲でもないし、彼女は彼女で楽しんでいると思うが……。なぜ彼女のことが?」
本当に、心底不思議そうに、聞かれた。
「いえ……えーと、昨日ローデンヴァルト国の方に助力を求められましたので、王太子殿下も王女様をお助けしているのかと、そう思っただけですわ」
「助力を乞われたことはないな。エミーリア王女も異性よりは同性のほうが頼りにできるだろうし、俺から何かしようと思ったこともない、が……。しかし、エミーリア王女以外のローデンヴァルトの者というと――ああ、第十八位のディートリヒ王子か」
なるほど、隣国の王子は十八番目だったのか。いや、それは今はどうでもいい。
王太子の口振りは駆け落ちするような相手との距離感とは思えない。これからの一年で急接近するような何かがあるのだろうか。
「ディートリヒ王子は確か――いや、そんなことよりも、そろそろ帰らないといけない時間だ。あまり遅くなると、罰則があるから急いだほうがいい」
結局ヒロインには会えないまま、私は学園に強制的に帰らされた。
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