悪役令嬢を目指します!
第五話 『さてさて、どうするべきか』
王子様が驚くのも無理はない。私だって王子様と同じ立場だったら、驚くを通り越してなんだこいつと思う自信がある。
しかし私は悪役だ。王子様が驚こうと引こうと、こればかりは譲れない。恋における悪役とは、愛する相手との間にある障害。つまりは恋物語におけるひとつまみのスパイスのようなもの。
――それなのに、ヒロインの態度がおかしい。こういうときは傷ついたような顔をしたり、目を伏せて悲しみに肩を震わせたりするものなのではないだろうか。
そこまで考えて――私はようやくひとつの結論に辿りついた。
王子様とヒロインはまだ出会ったばかり。愛するもなにも、ただの他人だ。他人が目の前でいちゃつこうと、傷つくはずがない。
諦めていた出会いイベントが起きて舞い上がった私は、そのあたりを失念していた。
「それではで――ルシアン殿下、私はお部屋に帰らせていただきますわ」
名前で呼ぶのはどうにも慣れない。普通に殿下、とだけ呼びそうになる。
私は絡めていた手をほどいて、後ろで控えているリューゲに視線を送った後、立ち去ろうと足を動かそうとし――手を掴まれた。
「いや、レティシア。まだ話は終わってないよ」
「あら、私と話すようなことがございますの?」
「むしろ、なんでないと思えるのかがわからないよ」
呆れたというように溜息をつかれる。
王子様と話すことなんてあっただろうか。ヒロインと王子様が衝突する前に話していたのは食事についてだが、それについては断ったはずだ。
「まあ、詳しい話は食事をしながらにでもしようか」
「ルシアン殿下。あのように盛大に倒れられたのですから、どうぞ私のことなど忘れてご養生なさってくださいな」
やんわりと手をほどき、私は脱兎の如く逃げ出した。
後ろから王子様の制止の声が聞こえるが、止まる気はない。明日とかに追及されたらお手洗いに急いでいたとでも言うことにしよう。
王子様と食事なんてとんでもない。注目されながらの食事なんて、耐えられない。私はノミのように小さな心臓の持ち主だ。
部屋にこもりつつリューゲに食事を運んでもらったおかげでその後は誰に会うこともなく、平和に初日が終わった。次の日、問題なく午前の学力試験を終えた私は、学舎にある食堂に足を運んだ。
学力試験の後の昼食でヒロインと私――ゲームのレティシアとの出会いが起きる。すでに出会ってしまっているが、このイベントはレティシアだけでなく隣国の王子との出会いも兼ねているため外すわけにはいかない。
私はぬるくなった紅茶を眺めながらヒロインが来るのを今か今かと待ち続けている。
お腹を空かせたヒロインが食堂に来ると、食堂は人でごった返し、唯一空いていたレティシアのテーブルに相席を頼むところからイベントが始まる。
詳細は忘れたが、ヒロインはレティシアに粗相をして紅茶をかけられ、そこを隣国の王子に助けてもらう――というのが一連の流れだ。
冷たくなってしまった紅茶を眺めながら、私がこれからしないといけないことについてじっくりと考える。
ヒロインが相席を願い出たら快く受け入れ、ヒロインの一挙一動を見逃さないようにして、ちょっとした落ち度でも鬼の首をとったかのようにあげつらい紅茶をぶっかける。
そして隣国の王子が来たら――どうすればいいのだろう。レティシアがどう対応していたのか、よく覚えていない。持ち歩いている手記にも、詳細は書いていなかった。
こんなイベントがあるということだけを簡単に書いた過去の自分が憎らしい。
おそらく、自分の記憶力を過信しすぎていたのだろう。
とりあえず、捨て台詞でも吐いて退散することにしよう。三下っぽいが、悪役らしいといえば悪役らしい気もしてくる。
「……遅い」
熱い紅茶では火傷するかもしれないと考えて、最初からぬるめの紅茶を用意していたが、その必要がなかったぐらいに紅茶は冷めきってしまっている。
食事を終えて食堂を出ていく生徒がちらほらいるというのに、ヒロインは来ない。
午後にも学力試験の続きがあるから学舎から出ることは禁止されている。遊戯棟の食堂を利用できないから、ここで食事をする以外に方法はないはずなのに――ヒロインが来ない。
「――ねぇ」
中々来ないヒロインにじれはじめていた頃、声をかけられた。
待ち望んでいたヒロイン、ではない。声の主は明らかに男だった。
顔を上げると、そこには整った顔立ちの男性が立っていた。金色の髪に緑の目、長い髪をゆるくひとつに結んでいる――隣国の王子だ。
第十、いくつだったが忘れたが王位継承権からほど遠い産まれの王子で、友好の証として留学してきている。王太子が駆け落ちする相手の弟でもあり、駆け落ち後は王子様の命を狙う国の王子でもある。
隣国――色々ときな臭いローデンヴァルト国の王子が、とてもいい笑顔を私に向けていた。
「誰か待ってるのかな?」
「いえ、もう出るところですわ」
ヒロインよりも先に隣国の王子に会うのは予定外だ。王子様との出会いイベント同様、今回も少し変化していると考えたほうがよさそうだ。
隣国の王子とヒロインの出会いイベントは別に起きると考えて、私はさっさとここから退散することにしよう。
「そうか。それは残念だな――ああ、挨拶が遅れてしまったね。俺はディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルト……君の名前も教えてもらえると嬉しいな」
「私はレティシア・シルヴェストルと申します。ローデンヴァルト国の方にお会いできて光栄ですわ」
「俺は今年この国に来たばかりでね。不慣れなこともあると思うから、色々と助けてくれるかな」
「私も学園都市には詳しくありませんので、他の方に頼まれてはいかがでしょう」
こんな所に長いする理由はない。さっさと午後の準備に取り掛かろう。
ぬるくなった紅茶も片づけないといけないし、従者を学舎に連れてきてはいけないという規則は地味に面倒だ。
「これも何かの縁だろうし……俺は君に助けて欲しいんだけど」
そう言って、立ち上がった私の手を掴んだ。
しかし私は悪役だ。王子様が驚こうと引こうと、こればかりは譲れない。恋における悪役とは、愛する相手との間にある障害。つまりは恋物語におけるひとつまみのスパイスのようなもの。
――それなのに、ヒロインの態度がおかしい。こういうときは傷ついたような顔をしたり、目を伏せて悲しみに肩を震わせたりするものなのではないだろうか。
そこまで考えて――私はようやくひとつの結論に辿りついた。
王子様とヒロインはまだ出会ったばかり。愛するもなにも、ただの他人だ。他人が目の前でいちゃつこうと、傷つくはずがない。
諦めていた出会いイベントが起きて舞い上がった私は、そのあたりを失念していた。
「それではで――ルシアン殿下、私はお部屋に帰らせていただきますわ」
名前で呼ぶのはどうにも慣れない。普通に殿下、とだけ呼びそうになる。
私は絡めていた手をほどいて、後ろで控えているリューゲに視線を送った後、立ち去ろうと足を動かそうとし――手を掴まれた。
「いや、レティシア。まだ話は終わってないよ」
「あら、私と話すようなことがございますの?」
「むしろ、なんでないと思えるのかがわからないよ」
呆れたというように溜息をつかれる。
王子様と話すことなんてあっただろうか。ヒロインと王子様が衝突する前に話していたのは食事についてだが、それについては断ったはずだ。
「まあ、詳しい話は食事をしながらにでもしようか」
「ルシアン殿下。あのように盛大に倒れられたのですから、どうぞ私のことなど忘れてご養生なさってくださいな」
やんわりと手をほどき、私は脱兎の如く逃げ出した。
後ろから王子様の制止の声が聞こえるが、止まる気はない。明日とかに追及されたらお手洗いに急いでいたとでも言うことにしよう。
王子様と食事なんてとんでもない。注目されながらの食事なんて、耐えられない。私はノミのように小さな心臓の持ち主だ。
部屋にこもりつつリューゲに食事を運んでもらったおかげでその後は誰に会うこともなく、平和に初日が終わった。次の日、問題なく午前の学力試験を終えた私は、学舎にある食堂に足を運んだ。
学力試験の後の昼食でヒロインと私――ゲームのレティシアとの出会いが起きる。すでに出会ってしまっているが、このイベントはレティシアだけでなく隣国の王子との出会いも兼ねているため外すわけにはいかない。
私はぬるくなった紅茶を眺めながらヒロインが来るのを今か今かと待ち続けている。
お腹を空かせたヒロインが食堂に来ると、食堂は人でごった返し、唯一空いていたレティシアのテーブルに相席を頼むところからイベントが始まる。
詳細は忘れたが、ヒロインはレティシアに粗相をして紅茶をかけられ、そこを隣国の王子に助けてもらう――というのが一連の流れだ。
冷たくなってしまった紅茶を眺めながら、私がこれからしないといけないことについてじっくりと考える。
ヒロインが相席を願い出たら快く受け入れ、ヒロインの一挙一動を見逃さないようにして、ちょっとした落ち度でも鬼の首をとったかのようにあげつらい紅茶をぶっかける。
そして隣国の王子が来たら――どうすればいいのだろう。レティシアがどう対応していたのか、よく覚えていない。持ち歩いている手記にも、詳細は書いていなかった。
こんなイベントがあるということだけを簡単に書いた過去の自分が憎らしい。
おそらく、自分の記憶力を過信しすぎていたのだろう。
とりあえず、捨て台詞でも吐いて退散することにしよう。三下っぽいが、悪役らしいといえば悪役らしい気もしてくる。
「……遅い」
熱い紅茶では火傷するかもしれないと考えて、最初からぬるめの紅茶を用意していたが、その必要がなかったぐらいに紅茶は冷めきってしまっている。
食事を終えて食堂を出ていく生徒がちらほらいるというのに、ヒロインは来ない。
午後にも学力試験の続きがあるから学舎から出ることは禁止されている。遊戯棟の食堂を利用できないから、ここで食事をする以外に方法はないはずなのに――ヒロインが来ない。
「――ねぇ」
中々来ないヒロインにじれはじめていた頃、声をかけられた。
待ち望んでいたヒロイン、ではない。声の主は明らかに男だった。
顔を上げると、そこには整った顔立ちの男性が立っていた。金色の髪に緑の目、長い髪をゆるくひとつに結んでいる――隣国の王子だ。
第十、いくつだったが忘れたが王位継承権からほど遠い産まれの王子で、友好の証として留学してきている。王太子が駆け落ちする相手の弟でもあり、駆け落ち後は王子様の命を狙う国の王子でもある。
隣国――色々ときな臭いローデンヴァルト国の王子が、とてもいい笑顔を私に向けていた。
「誰か待ってるのかな?」
「いえ、もう出るところですわ」
ヒロインよりも先に隣国の王子に会うのは予定外だ。王子様との出会いイベント同様、今回も少し変化していると考えたほうがよさそうだ。
隣国の王子とヒロインの出会いイベントは別に起きると考えて、私はさっさとここから退散することにしよう。
「そうか。それは残念だな――ああ、挨拶が遅れてしまったね。俺はディートリヒ・グレーデン・ローデンヴァルト……君の名前も教えてもらえると嬉しいな」
「私はレティシア・シルヴェストルと申します。ローデンヴァルト国の方にお会いできて光栄ですわ」
「俺は今年この国に来たばかりでね。不慣れなこともあると思うから、色々と助けてくれるかな」
「私も学園都市には詳しくありませんので、他の方に頼まれてはいかがでしょう」
こんな所に長いする理由はない。さっさと午後の準備に取り掛かろう。
ぬるくなった紅茶も片づけないといけないし、従者を学舎に連れてきてはいけないという規則は地味に面倒だ。
「これも何かの縁だろうし……俺は君に助けて欲しいんだけど」
そう言って、立ち上がった私の手を掴んだ。
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