悪役令嬢を目指します!
第二十三話 地震4
魔王――百年以上前にいたと言われている存在。前作ハートフル・ラヴァ―にも紹介文に少しだけ載っていた。消えたと書かれていたのに、本当はまだ生きていたということだろうか。
あるいは世襲とか継承的なもので、昔の魔王とは別人なのかもしれない。
「そう、魔王なのね。本にはあまり載っていなかったけど、まだ生きていたなんて驚いたわ」
とりあえず、生存説で進めてみよう。
魔族が百年以上生きているなら、魔王だってそれぐらい生きていてもおかしくないし、死んだとか滅ぼされたという風には書かれていなかった。
もしも違っていたら訂正ぐらいはしてくれるだろう。
「まあ、別に何か悪さするわけじゃないし気にしなくていいよ。そうそう会うものじゃないから、忘れたほうがキミのためだよ」
「あら、魔王だなんて聞いて忘れられるわけないじゃない」
先ほどの不思議体験も合わさって忘れられない思い出だ。魔王とはもう二度と会うことはないかもしれないけど、覚えておいて損することはないだろう。
いると知っているのといないと勘違いしているのとではうっかり遭遇した時の心構えが違う。
「それで、地上ということはここってアンペール領なの? それとも王都に帰ってきたのかしら」
きょろきょろとあたりを見回す。倒れている木がいくつかあるけど、しっかりと立っている木がたくさんあるので多分どこかの森の中だろう。私の知っている森は王都から出たところだけだ、あまり散策しなかったからここがどこそこだと断言できない。
「アンペール領だよ。とりあえず地上に出ただけだからね」
「そう……」
倒れている木は地震の影響によるものだろう。地下にいたときの揺れから考えても、相当な震度だったはずだ。
「町に行きたいわ」
私にできることがあるとは思えないが、それでも少しぐらいは助けになるかもしれない。何もできないからといってさっさと帰るのは私の性分には合わない。
悪役を目指しているとはいえ、災害に襲われた人を無視することはできない。
「まあ、別にいいけど。ここから一番近いところだと――領都かな」
領都はそれぞれの領地で一番栄えているところで、領主の屋敷とかもある場所だと教わったことがある。
クラリスの顔が一瞬脳裏を過る。領地に帰るという話は聞いたことないし、さすがに会うことはないと思うけど、ここは用心したほうがいいかもしれない。うっかり誰かに見咎められて勝手に出歩いていたことが家族にばれると、まだ外出禁止になってしまう。
「何か仮面とかないかしら」
貴族階級以外の人は私の顔を知らないとは思うけど、念には念を入れたほうがいいだろう。
そうして思いついた策は、嫌そうな顔をしたリューゲに一蹴された。
「ここはティエンだよ。まあ、これといって特色のないところだね」
領都には行きたくないと我儘を言った結果、領地のはずれにある村に連れてきてもらえた。リューゲは転移魔法が使えるそうで、一度行ったことのある場所ならどこにでも行けるらしい。
一度も行ったことのない場所は軸を合わせるのが難しいからあまりやらないとか。ちなみに、私は魔力量が足りないからまず使えないと言われてしまった。
それはともかくとして、村は大惨事だった。村に直接出るのはどうかと思って少し離れた場所に転移してもらったけど、遠目からでも中々悲惨なことになっていそうだとわかる。
本来は柵に囲われていくつも家が建っていたのだろう。だけど今は家がひとつも見えない。すべて倒壊している。
「よし、じゃあ乗りこむわよ」
意気揚々と足を踏み入れたが、ある程度救出や消火を終えた後だったようだ。柵だったものを越えて、生存者を探している人に声をかけたらそう教えてもらえた。
親切そうなお兄さんで、私を近隣の子どもだと勘違いしたみたいだったから友達を心配して様子を見に来たと説明しておいた。
助け出された人は教会跡地に集められているらしい。もしもそこにいなかったら、と言葉を区切り沈痛な表情を浮かべたお兄さんは、きっとすごくいい人だ。
生存者を助ける作業は、私の細腕ではできない。瓦礫をどかすことすらままならないので、今は教会跡地に向かうことにしよう。水を出したりするだけでも助けにはなるはずだ。
正確には、教会だった場所から少しずれたところにある空地に怪我をした人たちが寝転がされていた。そしてその周りを、修道服に身を包んだ人や、比較的軽傷の人が忙しそうに動き回っている。
「あの、何かできることはありますか? 隣の領地から派遣されてきました」
隣の領地がどこかは知らない。隣の領主の爵位もわからないから、そのあたりはぼかすことにしよう。
「え? あ、ああ。じゃあそれぞれの傷の度合いを調べてもらえる? すぐにでも治癒魔法が必要な人がいたら教えてちょうだい」
「はい、わかりました」
猫の手も借りたい状況のようで、これといって深く突っこまれることはなかった。
私は言われたとおり、ひとりひとりじっくりと観察していく。幸い、体の一部が潰された人とかはいなかった。目に見えて重症な人はすでに治癒魔法のお世話になっているのだろう。
今寝転がされているのは、潰れたり欠損したりはしていないがどこかしらに怪我を負っている人達だけのようだ。
そこまで広範囲ではないが火傷を負っている人を修道女に伝えたりを繰り返し、怪我人の間を何度も行き来する。血の匂いやうめき声で気持ち悪くなりそうだ。
悪役を目指すからにはこの程度でめげてはいけないと自分を鼓舞する。
なにせ、宰相子息ルートだとヒロインの机に動物の死骸が詰めこまれる。ヒロインは私と同じクラスになるから、その死骸を直視する可能性だってある。そのときに気絶でもしようものなら、無様にもほどがある。
頭から血を流している人も優先的に修道女に伝えにいく。頭は危ない。
そうやって、ひとりひとり見ていると――見覚えのある、縦ロールになりきれていない金髪を見つけた。
あるいは世襲とか継承的なもので、昔の魔王とは別人なのかもしれない。
「そう、魔王なのね。本にはあまり載っていなかったけど、まだ生きていたなんて驚いたわ」
とりあえず、生存説で進めてみよう。
魔族が百年以上生きているなら、魔王だってそれぐらい生きていてもおかしくないし、死んだとか滅ぼされたという風には書かれていなかった。
もしも違っていたら訂正ぐらいはしてくれるだろう。
「まあ、別に何か悪さするわけじゃないし気にしなくていいよ。そうそう会うものじゃないから、忘れたほうがキミのためだよ」
「あら、魔王だなんて聞いて忘れられるわけないじゃない」
先ほどの不思議体験も合わさって忘れられない思い出だ。魔王とはもう二度と会うことはないかもしれないけど、覚えておいて損することはないだろう。
いると知っているのといないと勘違いしているのとではうっかり遭遇した時の心構えが違う。
「それで、地上ということはここってアンペール領なの? それとも王都に帰ってきたのかしら」
きょろきょろとあたりを見回す。倒れている木がいくつかあるけど、しっかりと立っている木がたくさんあるので多分どこかの森の中だろう。私の知っている森は王都から出たところだけだ、あまり散策しなかったからここがどこそこだと断言できない。
「アンペール領だよ。とりあえず地上に出ただけだからね」
「そう……」
倒れている木は地震の影響によるものだろう。地下にいたときの揺れから考えても、相当な震度だったはずだ。
「町に行きたいわ」
私にできることがあるとは思えないが、それでも少しぐらいは助けになるかもしれない。何もできないからといってさっさと帰るのは私の性分には合わない。
悪役を目指しているとはいえ、災害に襲われた人を無視することはできない。
「まあ、別にいいけど。ここから一番近いところだと――領都かな」
領都はそれぞれの領地で一番栄えているところで、領主の屋敷とかもある場所だと教わったことがある。
クラリスの顔が一瞬脳裏を過る。領地に帰るという話は聞いたことないし、さすがに会うことはないと思うけど、ここは用心したほうがいいかもしれない。うっかり誰かに見咎められて勝手に出歩いていたことが家族にばれると、まだ外出禁止になってしまう。
「何か仮面とかないかしら」
貴族階級以外の人は私の顔を知らないとは思うけど、念には念を入れたほうがいいだろう。
そうして思いついた策は、嫌そうな顔をしたリューゲに一蹴された。
「ここはティエンだよ。まあ、これといって特色のないところだね」
領都には行きたくないと我儘を言った結果、領地のはずれにある村に連れてきてもらえた。リューゲは転移魔法が使えるそうで、一度行ったことのある場所ならどこにでも行けるらしい。
一度も行ったことのない場所は軸を合わせるのが難しいからあまりやらないとか。ちなみに、私は魔力量が足りないからまず使えないと言われてしまった。
それはともかくとして、村は大惨事だった。村に直接出るのはどうかと思って少し離れた場所に転移してもらったけど、遠目からでも中々悲惨なことになっていそうだとわかる。
本来は柵に囲われていくつも家が建っていたのだろう。だけど今は家がひとつも見えない。すべて倒壊している。
「よし、じゃあ乗りこむわよ」
意気揚々と足を踏み入れたが、ある程度救出や消火を終えた後だったようだ。柵だったものを越えて、生存者を探している人に声をかけたらそう教えてもらえた。
親切そうなお兄さんで、私を近隣の子どもだと勘違いしたみたいだったから友達を心配して様子を見に来たと説明しておいた。
助け出された人は教会跡地に集められているらしい。もしもそこにいなかったら、と言葉を区切り沈痛な表情を浮かべたお兄さんは、きっとすごくいい人だ。
生存者を助ける作業は、私の細腕ではできない。瓦礫をどかすことすらままならないので、今は教会跡地に向かうことにしよう。水を出したりするだけでも助けにはなるはずだ。
正確には、教会だった場所から少しずれたところにある空地に怪我をした人たちが寝転がされていた。そしてその周りを、修道服に身を包んだ人や、比較的軽傷の人が忙しそうに動き回っている。
「あの、何かできることはありますか? 隣の領地から派遣されてきました」
隣の領地がどこかは知らない。隣の領主の爵位もわからないから、そのあたりはぼかすことにしよう。
「え? あ、ああ。じゃあそれぞれの傷の度合いを調べてもらえる? すぐにでも治癒魔法が必要な人がいたら教えてちょうだい」
「はい、わかりました」
猫の手も借りたい状況のようで、これといって深く突っこまれることはなかった。
私は言われたとおり、ひとりひとりじっくりと観察していく。幸い、体の一部が潰された人とかはいなかった。目に見えて重症な人はすでに治癒魔法のお世話になっているのだろう。
今寝転がされているのは、潰れたり欠損したりはしていないがどこかしらに怪我を負っている人達だけのようだ。
そこまで広範囲ではないが火傷を負っている人を修道女に伝えたりを繰り返し、怪我人の間を何度も行き来する。血の匂いやうめき声で気持ち悪くなりそうだ。
悪役を目指すからにはこの程度でめげてはいけないと自分を鼓舞する。
なにせ、宰相子息ルートだとヒロインの机に動物の死骸が詰めこまれる。ヒロインは私と同じクラスになるから、その死骸を直視する可能性だってある。そのときに気絶でもしようものなら、無様にもほどがある。
頭から血を流している人も優先的に修道女に伝えにいく。頭は危ない。
そうやって、ひとりひとり見ていると――見覚えのある、縦ロールになりきれていない金髪を見つけた。
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