悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十八話 密談

 宰相子息とクラリスの言い合いが気になったけど、特に誰かに聞くことはせず大人しく寝台に潜りこんだ。
 サミュエルとクラリスのときにはリューゲは知らないと言っていたし、お兄様は言葉を濁していたので、教えてくれる人はいなさそうだった。
 クラリス本人に聞いても、教えてはくれないだろう。


 だから気にするだけ無駄だと思って、私は頭の隅に今日のことを追いやることにした。


 ちなみに、リューゲが続き部屋に来てから高笑いの練習はやめた。初日に練習していたらリューゲに爆笑されたからだ。
 いつも微笑んでいるリューゲが声を出して笑って、枕とかをぶつけても笑い続けていたから、もう二度と練習しないと心に決めた。












「――すればいいんだな」


 少しずつ夢の世界に誘われていたとき、聞き慣れない声が聞こえてきた。
 不審者という単語が頭に浮かび、一瞬で夢の世界が遠のく。


「本当にあの家はろくなことを考えないよ」


 そっと寝室の扉を開けると、リューゲの声もした。


「お前も似たようなもんだろ」
「一緒にしないでくれるかな」
「どの口が言ってんだ」


 声の出所は離れ部屋だった。気安い口調からすると、リューゲの知り合いか何かが遊びに来ているのだろう。
 とりあえず不審者のたぐいではなかったことに胸を撫で下ろす。


「それで、大空洞のほうはどう?」
「あれは駄目だな。地属性のほうが多すぎる」
「やっぱりそうなるかぁ。まあ、こっちはこっちで試してみるよ」


 リューゲの知り合いということは、魔族でも遊びに来たのだろうか。こんな深夜に来るような客人がまともな人間とは思えない。そうすると、これは魔族同士の密談ということになる。
 扉の外をうかがうと、離れ部屋から漏れる明かりが見えた。


「他には特に変わったことはない?」
「そうだな。あちこち放浪してやがる」


 私が知る魔族は前作に登場した、ヒロインの声を奪いつつ妹をさらった冷酷な魔族とリューゲだけだ。今回遊びに来ている魔族は多分だけど私の知らない人だろう。どちらも口は悪くなかった。
 リューゲは水色で、冷酷な魔族は深紫色の髪をしていた。ならこの魔族は何色の髪をしているのか――好奇心に従いながら私は寝室を出る。私室を音を立てないように歩き、少しだけ空いている続き部屋の扉から中の様子をうかがった。


 隙間から寝台に腰かけるリューゲが見えた。残念なことに、角度の関係かもう一人の魔族が見えない。
 どうにかしてちらりとでも見れないかと考えていたら、一気に扉が開かれた。




「駄目だよ。こんな時間まで起きてたら」


 緩く微笑みながら、リューゲが寝台から降りる。扉の前で立ちつくす私のほうに、一歩一歩ゆっくりと近づいてきた。


「え、ええと……起きちゃっただけよ」
「そう。じゃあまた寝ないとね」


 ぽんと頭の上に手を置かれた。扉を開けたであろうまだ見ぬ魔族を見ようと、視線を巡らせ――。


「キミは何も見ていないし、聞いていない。ただ夢を見ただけ――起きれば忘れてしまう夢をね」


 ――優しい声色に誘われるように、私は眠りに落ちた。












「ほら、朝だよ」


 カーテンが一気に引かれ、朝日が突き刺さる。眩しさで覚醒した私は、ゆっくりと目を開けて窓辺に立つリューゲを見た。


「おはようー」
「うん、おはよう。もうすぐ朝食だから、早く起きなよ」


 布団からもぞもぞと這い出ながら、目をこする。しっかり寝たはずなのに、まだ眠い。ぼんやりとした頭のまま、寝台の上に座り続けているとリューゲが呆れたような苦笑を浮かべた。


「朝食が終わったらまた寝ればいいよ。今日は何の予定も入ってないからね」
「んー……わかった」


 こくりと頷いて、寝台から降りる。とりあえず寝衣から着替えないといけない。予定がないなら、部屋着程度のものでいいはずだ。


「あのさぁ、着替えるのはいいけどボクが出てからにしてくれるかな」


 寝衣を脱ごうとボタンに手をかけたら、リューゲに待ったをかけられた。
 どうやら完全に寝惚けているようで、頭があまり働かない。私はじっとリューゲを見て、部屋から出ていくのを待つことにした。


「それじゃあ、早めにね」
「はーい」


 こくこくと頷いて、しっかりと扉が閉まるのを確認してから私は着替えた。






「――今の醜態は忘れなさい!」


 着替えたことによって眠気の消えた私は、顔を真っ赤にさせながら寝室を飛び出した。私室で長椅子にゆったりと腰かけていたリューゲは、はいはいと軽い返事をする。
 寝惚けるなんて、悪役として失格だ。いついかなるときでも気丈に優雅でいなければいけないというのに、なんたる失態。


「それで、もう平気なのかな」
「もう大丈夫よ。あんな醜態、もう二度と晒すつもりはないわ」
「ならいいけどね」


 にやにやと笑っているから、絶対忘れていない。
 私が歯噛みしながら睨みつけると、リューゲがぽんぽんと軽く頭を叩いて宥めてきた。誤魔化されるものか。


「私のたぐいまれな悪役っぷりで記憶を塗り替えてやるわ」
「その思考が醜態じゃないと思ってることに驚くよ」


 危ない、考えていることが口に出てしまった。悪役だと自称するのは悪役らしくないので、思考は思考のうちに留めないといけない。
 固く口を結び、しっかりとした足取りで食堂に向かう私を、リューゲが微笑みながら見下ろしていた。





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