悪役令嬢を目指します!
第二十一話 最後の三週間1
最後の三週間がはじまる。
眠りの週のために薪と食料が屋敷に運びこまれたりした。光石が埋めこまれている暖房器具はあるが、基本的には火を消さないといけない夜間にしか使われない。なので空き部屋がいっぱいになるほどの薪が積まれている。
毎年見てはいるが、この量は圧巻だ。崩れてきたらひとたまりもない。
この光景を見ることで、私は毎年眠りの週がはじまるのだと実感している。
「何しようかしら」
眠りの週がはじまると家庭教師は来なくなる。屋敷には住みこみの侍従と家族しか残らない。そのうえ今年はお兄様は領地だし、お父様はたまっている執務を整理するし、お母様は来年に向けての準備で忙しい。
これといってなんの役割もない私は、毎年毎年暇を持て余している。戦いの週になったら出歩くことができるとはいえ、眠りの週の間は絶対に出られない。
「魔法の練習も、室内だと難しいし……」
火を起こして燃え移ったら危ないし、水を出したらびしょ濡れになる。寒い時期にそれはをするのは自殺行為でしかない。
風を吹かせたら部屋の中がぐちゃぐちゃになりそうだから、これも駄目。
「後は……光」
雷も却下、氷も却下、土も却下、闇はそもそも存在しない。
そうなると残されたのは光の魔法だけだった。
とはいっても、何か実用性があるわけではない。少しの間だけ光の玉を生み出せる程度の、ランプの代わりにもならない代物だ。
「やらないよりはマシよね」
明るいとちゃんと発動したのかわからなくなるから、しっかり準備しないといけない。
幸い吹雪のおかげで外は暗い。ランプを消すと、あっさりと室内は暗闇に閉ざされた。
「女神様の名のもとに、すべてのはじまりである奇跡を我が手に」
習った通りの呪文を唱えると、体の中から何かが絞り出されるような感覚に襲われる。血が急激に巡りはじめたように熱くなり、ぽわんという情けない音がしそうなほどか弱い光が手の平の上に浮かんだ。
大きさは豆電球程度。気を抜くとすぐに霧散してしまう光を見ながら、何に使えるだろうかと考える。
「……どう考えても使い道ないわよね」
手の平を振るとふんわりとした緩やかな動きで光が動く。手を上下に動かせば光も上下に動く。仰ぐようにしたら前に進むので、綿で遊んでいるような気分になってくる。
やはり使い道は思いつかない。
考えている間に光は消えていた。少しでも気を抜くと消えてしまうのだから、本当に使えない。
「そもそも、魔法なのになんで女神様なのよ。女神様の力を借りてるなら神術とかでもいいのに」
どうしようもない現状の苛立ちをあらぬ方向にぶつける。
精霊という概念はないので、精霊術みたいなものはない。女神様はいるのに神術という言葉もない。呪術はないくせに呪いはあったりする。
術繋がりのものがないのかと思ったけど、魔術や武術はあったりするのだから、ちんぷんかんぷんだ。
「言葉狩りにあってる気分」
何があって何がないのか。今はある程度わかってきたけど、五つになるまでの私が理解できなくて奇異の目で見られてたのもしかたないと思えるぐらい、似通っていながら何か違ったりする。
「女神様とか魔王とか魔族とか、ゲームにそんな記述あったかしら」
首を捻りながら考えてみたが、思い出せない。魔物はいたが、それ以外についてはこれといって書いていなかったように思える。呪文に関しても、ゲームでは描写されていなかったような気がする。
とはいっても、前世の記憶は月日と共に薄れている。ゲームの画面も印象が強かったもの以外はほとんど覚えていない。私が忘れた中に女神様ぐらいは載っていたのかもしれないけど、今さら確かめようがない。
大まかな設定とかは手記に書いておいてよかったと胸を撫でお下ろす。
悪役令嬢の台詞だけは練習したから覚えているけど、それ以外全部忘れましたとか、目も当てられない。
折角だから改めて見直してみようかと思い、私はランプに火を灯し直して手記を取り出した。
一頁目にはヒロインについてが載っている。
クロエ。平民出身のため姓はない。
母親と二人暮らしをしている。多分父親はいない。
金髪に青い目をしている。入学式に遅刻してきて王子様と出会う。最初の学力テストで二位を取る。膨大な魔力は王族に匹敵するレベル。
穏やかで優しい性格をしているけど、やるときはやるタイプで王子様の暗殺未遂を阻止したりするぐらいのバイタリティを持っている。
王子様ルートでは街中にお忍びで遊びに出かけているエピローグが入り、宰相子息ルートも同様。騎士様ルートでは何故か一緒に魔物を狩っている。
隣国の王子ルートでは一緒に隣国に行くところで終わる。
頭が良くて武芸にも長けて魔法も扱える、万能人間すぎる。
万能人間以外の情報があまり書いていないのは、ゲームでヒロインの掘り下げがそこまでされていなかったせいだ。そのため学園に入ってからの行動ぐらいしか書くものがなかった。
宰相子息や騎士様ルートだと婚約破棄される人が出てきてしまうので、できたら王子様のお相手になって欲しい。だけどどう誘導すればいいのかは思いつかない。
私とヒロインの接点は、嫌がらせ以外になかった。
暇だから学園に入った後の対策でも練ろうかと思ったけど、これではお手上げだ。私にできることなんて、いかに悪役令嬢らしく振る舞えるかぐらいしかない。
「お嬢様、就寝のお時間ですよ」
「わかったわ」
ノックの音と共に声がかけられる。私は手記を元あった場所に戻して、マリーが部屋に入ってくるのを待った。
白い柔らかな生地をしたワンピースに着替えさせてもらって、寝台に潜りこむ。おやすみなさいとマリーに言って、私は眠りにつこうと瞼を閉じた。
まどろんだ意識の中でカツン、と何かが窓に当たる音が聞こえた。
うっすらと目を開けて窓に視線を向けてみるが、薄暗い外と猛威を振るっている雪しか見えなかった。
「小枝でもぶつかったかしら」
大きいものがぶつかって窓が割れないといいけど。
眠りの週のために薪と食料が屋敷に運びこまれたりした。光石が埋めこまれている暖房器具はあるが、基本的には火を消さないといけない夜間にしか使われない。なので空き部屋がいっぱいになるほどの薪が積まれている。
毎年見てはいるが、この量は圧巻だ。崩れてきたらひとたまりもない。
この光景を見ることで、私は毎年眠りの週がはじまるのだと実感している。
「何しようかしら」
眠りの週がはじまると家庭教師は来なくなる。屋敷には住みこみの侍従と家族しか残らない。そのうえ今年はお兄様は領地だし、お父様はたまっている執務を整理するし、お母様は来年に向けての準備で忙しい。
これといってなんの役割もない私は、毎年毎年暇を持て余している。戦いの週になったら出歩くことができるとはいえ、眠りの週の間は絶対に出られない。
「魔法の練習も、室内だと難しいし……」
火を起こして燃え移ったら危ないし、水を出したらびしょ濡れになる。寒い時期にそれはをするのは自殺行為でしかない。
風を吹かせたら部屋の中がぐちゃぐちゃになりそうだから、これも駄目。
「後は……光」
雷も却下、氷も却下、土も却下、闇はそもそも存在しない。
そうなると残されたのは光の魔法だけだった。
とはいっても、何か実用性があるわけではない。少しの間だけ光の玉を生み出せる程度の、ランプの代わりにもならない代物だ。
「やらないよりはマシよね」
明るいとちゃんと発動したのかわからなくなるから、しっかり準備しないといけない。
幸い吹雪のおかげで外は暗い。ランプを消すと、あっさりと室内は暗闇に閉ざされた。
「女神様の名のもとに、すべてのはじまりである奇跡を我が手に」
習った通りの呪文を唱えると、体の中から何かが絞り出されるような感覚に襲われる。血が急激に巡りはじめたように熱くなり、ぽわんという情けない音がしそうなほどか弱い光が手の平の上に浮かんだ。
大きさは豆電球程度。気を抜くとすぐに霧散してしまう光を見ながら、何に使えるだろうかと考える。
「……どう考えても使い道ないわよね」
手の平を振るとふんわりとした緩やかな動きで光が動く。手を上下に動かせば光も上下に動く。仰ぐようにしたら前に進むので、綿で遊んでいるような気分になってくる。
やはり使い道は思いつかない。
考えている間に光は消えていた。少しでも気を抜くと消えてしまうのだから、本当に使えない。
「そもそも、魔法なのになんで女神様なのよ。女神様の力を借りてるなら神術とかでもいいのに」
どうしようもない現状の苛立ちをあらぬ方向にぶつける。
精霊という概念はないので、精霊術みたいなものはない。女神様はいるのに神術という言葉もない。呪術はないくせに呪いはあったりする。
術繋がりのものがないのかと思ったけど、魔術や武術はあったりするのだから、ちんぷんかんぷんだ。
「言葉狩りにあってる気分」
何があって何がないのか。今はある程度わかってきたけど、五つになるまでの私が理解できなくて奇異の目で見られてたのもしかたないと思えるぐらい、似通っていながら何か違ったりする。
「女神様とか魔王とか魔族とか、ゲームにそんな記述あったかしら」
首を捻りながら考えてみたが、思い出せない。魔物はいたが、それ以外についてはこれといって書いていなかったように思える。呪文に関しても、ゲームでは描写されていなかったような気がする。
とはいっても、前世の記憶は月日と共に薄れている。ゲームの画面も印象が強かったもの以外はほとんど覚えていない。私が忘れた中に女神様ぐらいは載っていたのかもしれないけど、今さら確かめようがない。
大まかな設定とかは手記に書いておいてよかったと胸を撫でお下ろす。
悪役令嬢の台詞だけは練習したから覚えているけど、それ以外全部忘れましたとか、目も当てられない。
折角だから改めて見直してみようかと思い、私はランプに火を灯し直して手記を取り出した。
一頁目にはヒロインについてが載っている。
クロエ。平民出身のため姓はない。
母親と二人暮らしをしている。多分父親はいない。
金髪に青い目をしている。入学式に遅刻してきて王子様と出会う。最初の学力テストで二位を取る。膨大な魔力は王族に匹敵するレベル。
穏やかで優しい性格をしているけど、やるときはやるタイプで王子様の暗殺未遂を阻止したりするぐらいのバイタリティを持っている。
王子様ルートでは街中にお忍びで遊びに出かけているエピローグが入り、宰相子息ルートも同様。騎士様ルートでは何故か一緒に魔物を狩っている。
隣国の王子ルートでは一緒に隣国に行くところで終わる。
頭が良くて武芸にも長けて魔法も扱える、万能人間すぎる。
万能人間以外の情報があまり書いていないのは、ゲームでヒロインの掘り下げがそこまでされていなかったせいだ。そのため学園に入ってからの行動ぐらいしか書くものがなかった。
宰相子息や騎士様ルートだと婚約破棄される人が出てきてしまうので、できたら王子様のお相手になって欲しい。だけどどう誘導すればいいのかは思いつかない。
私とヒロインの接点は、嫌がらせ以外になかった。
暇だから学園に入った後の対策でも練ろうかと思ったけど、これではお手上げだ。私にできることなんて、いかに悪役令嬢らしく振る舞えるかぐらいしかない。
「お嬢様、就寝のお時間ですよ」
「わかったわ」
ノックの音と共に声がかけられる。私は手記を元あった場所に戻して、マリーが部屋に入ってくるのを待った。
白い柔らかな生地をしたワンピースに着替えさせてもらって、寝台に潜りこむ。おやすみなさいとマリーに言って、私は眠りにつこうと瞼を閉じた。
まどろんだ意識の中でカツン、と何かが窓に当たる音が聞こえた。
うっすらと目を開けて窓に視線を向けてみるが、薄暗い外と猛威を振るっている雪しか見えなかった。
「小枝でもぶつかったかしら」
大きいものがぶつかって窓が割れないといいけど。
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