悪役令嬢を目指します!
第六話 お兄様
王子様はそれからも何度か遊びに来た。最初のうちはいつ来るのかわからずはらはらしていたが、二ヶ月もしたらある程度法則があることに気づいた。
王子様はお父様が屋敷にいるとこない。そして、少なくとも三日は間が空く。
前回が二日前なので、今日は絶対にこないという確信があった。
なので私は、最近足が遠のいていた書庫にいる。王子様が来ることもないから、ゆっくりと優雅な読書タイムを満喫していた。
マリーに淹れてもらった紅茶片手に本をめくる至福の時間。
「レティ、今いいかい?」
なのに折角のリラックスタイムを邪魔する声がした。
本から顔を上げると、にこにこと笑っているお兄様と目が合った。茶色い髪に緑の目をしているお兄様はお父様によく似ているが、穏やかで優しいお母様の性格を受け継いだので、お父様が絶対しない顔をする。
邪魔だなんて思ってしまってごめんなさいと、心の中だけで謝罪する。
「お兄様が書庫に来るなんて珍しいですわね」
「今日はレティに用があってね」
穏やかなお兄様と本は似合いそうなのに、これまで書庫で会ったことがない。
私の中でシルヴェストル邸七不思議のひとつに数えている。ちなみに一番目は減る気配のない執務室の書類だ。
「お兄様が私に?」
「家族なんだから、普段どおりに話してもいいんだよ?」
はてと首を傾げたのだがお兄様は質問に答えることなく、私の顔を覗きこんで微笑んだ。
口調を作っていることがばれている。つい一年前まで砕けた喋り方をしていたのだからばれるも何もないのだが、悪役令嬢はこういう口調だろうと考えて頑張っている私としては自然体で喋れるようになりたい。
「シルヴェストル家に相応しくあろうと頑張っているので、お気になさらず」
「僕としては少し寂しいけど、レティが頑張りたいなら応援するよ」
「それでお兄様、今日はどうしましたの?」
「ほら、来年から僕は学園に行かないといけないからね。その前にレティと過ごす時間を作ろうかと思っただけだよ」
そういえばお兄様は今年で十五になった。
ゲームの舞台にもなっている学園は、十六になる年に通うことになっている。
正確には、高い魔力を有する者は十六になる前に学園に通わないといけない、と定められている。貴族階級は総じて高い魔力を持っているので、お兄様も例外ではない。
ちなみに平民の生まれでありながら高い魔力を持ったヒロインも通うことになったりする。
「そういえばそうでしたね……寂しくなりますわ」
学園のある場所は、朝出てすぐに着くという距離ではないため全寮制だ。一番近い王都ですら馬車で数時間はかかる。
それに学園の周りには店とかも並び、ひとつの都市として成り立っているので、一日二日程度の休みでわざわざ帰る人はいない。
帰るにしても長期休暇のときぐらいだろう。
「どうだろうね。レティにも婚約者ができたし、色々と忙しくなるんじゃないかな。最近よく遊びにきてるみたいだし」
「それでもお兄様と会えなくなることは変わらないもの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕はよい兄じゃなかっただろうからね」
奇怪なことばかり言う妹を遠巻きにしていたのは、責められることではないだろう。
それにお兄様はしっかり私に注意してくれていたし、よい妹じゃなかったのは私のほうだ。
「お兄様はどこに出しても恥ずかしくない、自慢の兄ですわ」
にっこりとお兄様が微笑んだ。邪気のないその笑顔に胸が暖かくなる。
「僕が学園に行く前にレティに婚約者ができてよかったよ。父上が悪い人をつけるはずがないとは思っていたけど、冷や冷やしていたからね」
「殿下もあまり人がよいとは言えませんけど」
「レティに胸の内を曝け出してくれている証拠だろう。忌憚ない意見を言い合えるということは、それだけよい関係を築けるということだからね」
その言い合いで関係が崩れる可能性は十分あると思う。実際ゲームにおいて、嫌味ったらしいレティシアは王子様に嫌われていた。
だけど嬉しそうに笑っているお兄様を見てると否定する気にもなれず、真剣に聞いている風を装って神妙に頷いてみせた。
「さすがにあの年で不埒なこともしないだろうし、本当によい婚約者ができたと思っているよ」
王子様でなくても六歳の子どもに手を出す輩はいないだろう。婚姻を結んでいるならともかく、婚約者相手にそこまでの暴挙に出られる人はいないと思う。
お兄様はずいぶんと過保護な人だったようだ。お父様は私が思っているよりも野心家だったし、この流れでいくとお母様も私が思っている以上の何かがあるのかもしれない。
「いいかいレティ、僕が学園に行った後は知らない人についていったりしたら駄目だからね」
「今でもついていきませんわ。お兄様は私をなんだと思ってますの」
「レティは結構抜けてるから心配になるんだよ。口の上手い相手を信用したらいけないよ」
子ども扱いに口を尖らせる。いや、子どもであることに間違いはないのだけど、さすがにそこまで馬鹿じゃない。
ボールを追いかけて道路に出てもいけないし、お菓子をくれると言う人についていってはいけないことも知っている。
「大丈夫ですわよ。お兄様が学園から帰られる頃には立派な淑女になっていますわ」
「それは楽しみだね。学園を卒業するときが今から待ち遠しいよ」
くすくすとふたりで笑いあう。そんな穏やかなひとときだった。
王子様はお父様が屋敷にいるとこない。そして、少なくとも三日は間が空く。
前回が二日前なので、今日は絶対にこないという確信があった。
なので私は、最近足が遠のいていた書庫にいる。王子様が来ることもないから、ゆっくりと優雅な読書タイムを満喫していた。
マリーに淹れてもらった紅茶片手に本をめくる至福の時間。
「レティ、今いいかい?」
なのに折角のリラックスタイムを邪魔する声がした。
本から顔を上げると、にこにこと笑っているお兄様と目が合った。茶色い髪に緑の目をしているお兄様はお父様によく似ているが、穏やかで優しいお母様の性格を受け継いだので、お父様が絶対しない顔をする。
邪魔だなんて思ってしまってごめんなさいと、心の中だけで謝罪する。
「お兄様が書庫に来るなんて珍しいですわね」
「今日はレティに用があってね」
穏やかなお兄様と本は似合いそうなのに、これまで書庫で会ったことがない。
私の中でシルヴェストル邸七不思議のひとつに数えている。ちなみに一番目は減る気配のない執務室の書類だ。
「お兄様が私に?」
「家族なんだから、普段どおりに話してもいいんだよ?」
はてと首を傾げたのだがお兄様は質問に答えることなく、私の顔を覗きこんで微笑んだ。
口調を作っていることがばれている。つい一年前まで砕けた喋り方をしていたのだからばれるも何もないのだが、悪役令嬢はこういう口調だろうと考えて頑張っている私としては自然体で喋れるようになりたい。
「シルヴェストル家に相応しくあろうと頑張っているので、お気になさらず」
「僕としては少し寂しいけど、レティが頑張りたいなら応援するよ」
「それでお兄様、今日はどうしましたの?」
「ほら、来年から僕は学園に行かないといけないからね。その前にレティと過ごす時間を作ろうかと思っただけだよ」
そういえばお兄様は今年で十五になった。
ゲームの舞台にもなっている学園は、十六になる年に通うことになっている。
正確には、高い魔力を有する者は十六になる前に学園に通わないといけない、と定められている。貴族階級は総じて高い魔力を持っているので、お兄様も例外ではない。
ちなみに平民の生まれでありながら高い魔力を持ったヒロインも通うことになったりする。
「そういえばそうでしたね……寂しくなりますわ」
学園のある場所は、朝出てすぐに着くという距離ではないため全寮制だ。一番近い王都ですら馬車で数時間はかかる。
それに学園の周りには店とかも並び、ひとつの都市として成り立っているので、一日二日程度の休みでわざわざ帰る人はいない。
帰るにしても長期休暇のときぐらいだろう。
「どうだろうね。レティにも婚約者ができたし、色々と忙しくなるんじゃないかな。最近よく遊びにきてるみたいだし」
「それでもお兄様と会えなくなることは変わらないもの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕はよい兄じゃなかっただろうからね」
奇怪なことばかり言う妹を遠巻きにしていたのは、責められることではないだろう。
それにお兄様はしっかり私に注意してくれていたし、よい妹じゃなかったのは私のほうだ。
「お兄様はどこに出しても恥ずかしくない、自慢の兄ですわ」
にっこりとお兄様が微笑んだ。邪気のないその笑顔に胸が暖かくなる。
「僕が学園に行く前にレティに婚約者ができてよかったよ。父上が悪い人をつけるはずがないとは思っていたけど、冷や冷やしていたからね」
「殿下もあまり人がよいとは言えませんけど」
「レティに胸の内を曝け出してくれている証拠だろう。忌憚ない意見を言い合えるということは、それだけよい関係を築けるということだからね」
その言い合いで関係が崩れる可能性は十分あると思う。実際ゲームにおいて、嫌味ったらしいレティシアは王子様に嫌われていた。
だけど嬉しそうに笑っているお兄様を見てると否定する気にもなれず、真剣に聞いている風を装って神妙に頷いてみせた。
「さすがにあの年で不埒なこともしないだろうし、本当によい婚約者ができたと思っているよ」
王子様でなくても六歳の子どもに手を出す輩はいないだろう。婚姻を結んでいるならともかく、婚約者相手にそこまでの暴挙に出られる人はいないと思う。
お兄様はずいぶんと過保護な人だったようだ。お父様は私が思っているよりも野心家だったし、この流れでいくとお母様も私が思っている以上の何かがあるのかもしれない。
「いいかいレティ、僕が学園に行った後は知らない人についていったりしたら駄目だからね」
「今でもついていきませんわ。お兄様は私をなんだと思ってますの」
「レティは結構抜けてるから心配になるんだよ。口の上手い相手を信用したらいけないよ」
子ども扱いに口を尖らせる。いや、子どもであることに間違いはないのだけど、さすがにそこまで馬鹿じゃない。
ボールを追いかけて道路に出てもいけないし、お菓子をくれると言う人についていってはいけないことも知っている。
「大丈夫ですわよ。お兄様が学園から帰られる頃には立派な淑女になっていますわ」
「それは楽しみだね。学園を卒業するときが今から待ち遠しいよ」
くすくすとふたりで笑いあう。そんな穏やかなひとときだった。
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