悪役令嬢を目指します! 番外編集
聖女の記憶3
「最近、少し話してくれるようになったの」
二ヶ月が経ち、姉の方では少しだけ変化が起きたようだ。私はいまだにライアーに話を聞かせる係をやっている。
「話って?」
「相槌を打ったり、質問してきたり、かな」
それは普通のことだ。でもくだらんと一蹴したルースレスのことを考えると、ずいぶんと進歩したように思えるから不思議だ。
「リリアの方は大丈夫?」
「うん。話すことが尽きそうだけど、今のところは」
話が尽きたら、私はどうなるのだろう。退屈だからと傍に置かれているだけだから、退屈凌ぎにならなくなったら放っておかれるのかもしれない。
それならそれでいいか。死ななければ姉と一緒にいられる。
「そろそろ話すことがないんだけど」
長椅子に寝そべるライアーの前に座って、いつものようにお伽話とかを語って聞かせた後、意を決してそう告げた。
最初の一ヶ月は敬語を使っていたけど、ルースレスに啖呵を切ってから敬語はいらないと言われたので、そうしている。
「話すことがなくなったら、私はどうすればいい? ここってライアーの部屋だし、他の部屋を貸してもらえるの?」
私がこの部屋に居座るようになってから、寝台を私が、長椅子をライアーが使うようになっている。姉の場合はどちらも姉のもので、ルースレスは揺り椅子を陣取っているらしい。
「なんで? ここにいればいいんじゃないの?」
「でも、話すことないよ」
仰向けに寝転んでいたライアーが体勢を横向きに変え、自分の腕に頭を預けるようにしながら私の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、キミの世界の文字でも教えてよ」
「……別にいいけど、じゃあ私にも文字を教えてくれる?」
私と姉は字を習ったことがない。冒険者組合でも何が書いてあるのかとかは、字の読める人に頼んでいた。もしもここから出るときがきたら、字を読めるかどうかは結構重要になる。
「いいよ」
そして、私たちは互いに教えあうことになった。
「だからさぁ、なんでそこがそうなるの? 形が崩れてるんだから気付こうよ」
「それならライアーだって、止めるところが跳ねてるよ」
問題はお互いに短気だったということだ。まさしく売り言葉に買い言葉で、互いの書いた字をけなしあう。字を教えあうことにしてからすでに四か月が経過しているのに、どちらも引く気がない。
「お姉ちゃん! どっちの字が綺麗だと思う?」
そして判定を姉に任せようということで、姉の部屋に乱入して――目を疑った。
「お、お姉ちゃん?」
長椅子の上に座る姉の膝に、ルースレスが乗っていた。正確には頭を乗せていて、いわゆる膝枕といわれることをしていた。
ライアーまで絶句して立ちつくしている。
「……私、どっちも読めないからわからないよ」
姉はちょっと困った顔をして、当たり前のことを口にした。
「ちょっと、ルースレス、何やってるの!? お姉ちゃんに、そんな! いかがわしいことを!」
「……うるさい」
「ええと、私がいいよって言っただけだから……リリア、落ち着いて」
この屋敷に攫われてきてからたったの六か月だ。ちなみにこの世界の一年は七か月で巡るから、ほぼ一年を過ごしている。でも、まさか、たった一年で姉とルースレスの仲が進展すると誰が思う。
心の中に宿る思いを誤魔化そうと、必死に言葉を練る。
「なんで!? お姉ちゃん、私とその男、どっちがいいの!?」
「え、それはリリアだけど」
「よし、勝った!」
握りこぶしを高く掲げたら、ものすごく冷たい目でルースレスに見られた。
「くだらんことを」
すごい、ルースレスが成長している。前はくだらんで終わっていたのに、言葉が伸びている。思わず尊敬の眼差しを姉に向けてしまった。
「うん、まあ、仲良くなったならそれでいいんじゃない? ほら、邪魔したら悪いから帰るよ」
「え!? やだ、ここにいる! お姉ちゃんがとられる!」
私の意見はこの屋敷において塵より軽い。やだああという絶叫が廊下に木霊するだけで見向きもされない。引き摺られながら部屋に戻る羽目になった。
どうして姉がルースレスに心を開いてきているのか、だってあれは魔族だ。村を焼いて、親を殺した――ああ、駄目だ。考えたら駄目。
姉は何も覚えていない。でもそれでも、攫ってきた相手だ。それなのに、どうして――
「ストックホルム症候群」
誘拐犯に情を寄せてしまうという心理現象。きっと、これが当てはまる。でないと説明がつかない。ほとんど部屋から出してもらえなくて、私と話せるのは週に数回しかない。気が狂ってもおかしくない状況なのに、心を開くなんてありえない。
「何?」
「……なんでもない」
私の呟きを拾ったライアーが訝しげな視線を向けてきた。ストックホルムなんて言葉はこの世界にないから、私が何を考えたのかライアーに知る術はない。
いつものように私を床に置いて長椅子に寝そべるライアーを見る。
そうだ、私は覚えている。ライアーが何をしたのか。それなのに私はここにいて、ライアーと過ごしている。
復讐を考えてはいけないと自制しているからだとしても、安穏とした生活を受け入れて、気安く話している。
私に姉を責める権利はない。
「……辛気臭い顔しないでくれる?」
「だって、お姉ちゃんが……」
はあ、と深い溜息が聞こえてきた。ライアーに私の気持ちはわからない。私と姉は二人で一人だった。私たちを一人ずつに分けたのはライアーなのに、わかろうともしてくれない。
ライアーの動く気配を感じて顔を上げると、座り直したライアーが私を見下ろしていた。
「ライアー?」
「座れば?」
「え、座れって、座ってるよ?」
「そこじゃなくて、こっち」
長椅子の片側に寄っているから、ライアーの横が不自然に空いている。その空いた場所をライアーがぽんぽんと叩いた。
私はこれまで長椅子に座ったことがない。文字を習ったりするときも床に座って、長椅子に寝転がるライアーを背後に置いて教わっていた。
元々部屋に置いてあった机は長椅子に揃えた高さだったので、足の短い机を別に用意するぐらい、私の定位置は床で徹底されていた。
「……いいの?」
「床が好きならそれでもいいけど?」
「いえ、床は好きじゃないです」
絨毯が敷かれているとはいえ、土足文化だから気分のよいものではない。ライアーの気が変わらないうちにと長椅子の上に腰を下ろす。
しかし、一体全体何があって長椅子の許可が出たのかわからない。座ってから考えても仕方ないけど、これは何かの罠だったのかもしれない。
「キミはもう少し自分の立場ってものを理解した方がいいんじゃない?」
肘置きを使って頬杖をつき、不快そうな目で私を見ている。立場、そんなものはわかっている。ルースレスに無理矢理連れてこられて、ライアーにペットのように飼われている。
「ルースレスに殺すなって言われたから殺さないけど、傷つけることならいくらでもできるんだよ」
「……そんなの、知ってるよ」
私の命は、この屋敷において埃よりも軽い。ルースレスがもういいと言ったら、それだけで吹き飛ぶ。だからルースレスの機嫌を損ねるようなことをしない方がいい、ということはわかっている。
だけどそれでも、姉をルースレスに捧げたくない。自分の命よりも、姉の方が大切だ。
「じゃあなんで、ボクの言うことに逆らったの」
「ん?」
逆らった? いつ? ライアーの言うことにはできるだけ従っているはずだ。
「キミはボクのものなんだから、ボクの言うことにはちゃんと従ってよね」
「ん? うん? 従ってると、思うけど」
「さっき帰るよって言ったのに逆らったの、もう忘れたの?」
「あれはほら、勢いというか、その……ごめんなさい」
そういえば逆らっていた。姉が取られると思って、条件反射でやだと言ってしまっていた。
あんなのはただの売り言葉に買い言葉とかいうやつで、そんなに目くじらたてないでほしい。あの程度のは、ただの戯れみたいなものだ。
――ライアーにとっては、たったそれだけのことでも、逆らったことになるのか。
「じゃあほら、もっとそっち寄って」
「わかった」
粛々と従って、長椅子の端に移動する。降りろと言われなかっただけマシだと思うべきなのか否か。
ストックホルム症候群とは実に厄介なものだ。まだ一年も経っていないのに、少しぐらいは情が沸いて、多少対等に扱ってくれるのではと期待していた。だけど結局、私とライアーは対等にはなれない。
ぽす、という軽い音と共に足の上に重量が置かれた。
「ライアー?」
嫌な予感に視線を恐る恐る落とすと、膝の上にライアーの頭が乗っていた。この光景はさっき、第三者の視点で見た。外を向くようにして横向きに寝転がり、水色の長い髪がさらりと流れている。
「何?」
「ちょっ、動かないで」
私が声をかけたせいか、ライアーが仰向けに寝転がりなおした。人の膝の上でもぞもぞと動かないでほしい。
いつも私を見下ろしている赤い目が下にある。ものすごい違和感と気恥ずかしさと、意味のわからなさで、顔を何色に変えればいいのかわからない。
「何がしたいの」
「何って、どんな感じなのか知らないから試しただけだよ」
ライアーは好奇心旺盛だ。他の世界の文字を習得しようとするぐらい、知的好奇心に溢れている。だからこれもその一環なのだと言われて、私はすぐに納得した。
そうだ、こいつらに羞恥心とか、そういった人並みなことを求めてはいけない。
「じゃあもういいよね? 私は床に座りなおすから、普通に寝ていいよ」
「なんで?」
「なんでって……もう試したでしょ?」
「そういえばキミ、髪伸びたよね。切ったりするなら刃物用意するけど」
物騒な響きに顔が引きつる。せめて鋏とか――もしかしたら、本当にナイフとかの刃物を用意するのかもしれない。微妙に常識知らずな魔族は何をしでかすかわからない。
「私の髪はこのままでいいよ。それよりも、いつまでこうしてればいいの?」
「気が済むまで」
さらりと言って、私の髪を弄りはじめた。束で持って毛先を広げたり閉じたり丸めたり――よし、心を無にしよう。
「何か話してよ」
無にできなかった。退屈嫌いなライアーは黙ることを許してくれない。
「もう話すことないって、前に言ったよね」
「じゃあキミの世界の言葉でも教えてよ」
夕食の時間まで、ライアーの頭を膝に乗せての日本語講座を開催する羽目になった。
ルースレス、この好奇心旺盛なライアーが暴走しないように、節度あるお付き合いをしてください。
二ヶ月が経ち、姉の方では少しだけ変化が起きたようだ。私はいまだにライアーに話を聞かせる係をやっている。
「話って?」
「相槌を打ったり、質問してきたり、かな」
それは普通のことだ。でもくだらんと一蹴したルースレスのことを考えると、ずいぶんと進歩したように思えるから不思議だ。
「リリアの方は大丈夫?」
「うん。話すことが尽きそうだけど、今のところは」
話が尽きたら、私はどうなるのだろう。退屈だからと傍に置かれているだけだから、退屈凌ぎにならなくなったら放っておかれるのかもしれない。
それならそれでいいか。死ななければ姉と一緒にいられる。
「そろそろ話すことがないんだけど」
長椅子に寝そべるライアーの前に座って、いつものようにお伽話とかを語って聞かせた後、意を決してそう告げた。
最初の一ヶ月は敬語を使っていたけど、ルースレスに啖呵を切ってから敬語はいらないと言われたので、そうしている。
「話すことがなくなったら、私はどうすればいい? ここってライアーの部屋だし、他の部屋を貸してもらえるの?」
私がこの部屋に居座るようになってから、寝台を私が、長椅子をライアーが使うようになっている。姉の場合はどちらも姉のもので、ルースレスは揺り椅子を陣取っているらしい。
「なんで? ここにいればいいんじゃないの?」
「でも、話すことないよ」
仰向けに寝転んでいたライアーが体勢を横向きに変え、自分の腕に頭を預けるようにしながら私の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、キミの世界の文字でも教えてよ」
「……別にいいけど、じゃあ私にも文字を教えてくれる?」
私と姉は字を習ったことがない。冒険者組合でも何が書いてあるのかとかは、字の読める人に頼んでいた。もしもここから出るときがきたら、字を読めるかどうかは結構重要になる。
「いいよ」
そして、私たちは互いに教えあうことになった。
「だからさぁ、なんでそこがそうなるの? 形が崩れてるんだから気付こうよ」
「それならライアーだって、止めるところが跳ねてるよ」
問題はお互いに短気だったということだ。まさしく売り言葉に買い言葉で、互いの書いた字をけなしあう。字を教えあうことにしてからすでに四か月が経過しているのに、どちらも引く気がない。
「お姉ちゃん! どっちの字が綺麗だと思う?」
そして判定を姉に任せようということで、姉の部屋に乱入して――目を疑った。
「お、お姉ちゃん?」
長椅子の上に座る姉の膝に、ルースレスが乗っていた。正確には頭を乗せていて、いわゆる膝枕といわれることをしていた。
ライアーまで絶句して立ちつくしている。
「……私、どっちも読めないからわからないよ」
姉はちょっと困った顔をして、当たり前のことを口にした。
「ちょっと、ルースレス、何やってるの!? お姉ちゃんに、そんな! いかがわしいことを!」
「……うるさい」
「ええと、私がいいよって言っただけだから……リリア、落ち着いて」
この屋敷に攫われてきてからたったの六か月だ。ちなみにこの世界の一年は七か月で巡るから、ほぼ一年を過ごしている。でも、まさか、たった一年で姉とルースレスの仲が進展すると誰が思う。
心の中に宿る思いを誤魔化そうと、必死に言葉を練る。
「なんで!? お姉ちゃん、私とその男、どっちがいいの!?」
「え、それはリリアだけど」
「よし、勝った!」
握りこぶしを高く掲げたら、ものすごく冷たい目でルースレスに見られた。
「くだらんことを」
すごい、ルースレスが成長している。前はくだらんで終わっていたのに、言葉が伸びている。思わず尊敬の眼差しを姉に向けてしまった。
「うん、まあ、仲良くなったならそれでいいんじゃない? ほら、邪魔したら悪いから帰るよ」
「え!? やだ、ここにいる! お姉ちゃんがとられる!」
私の意見はこの屋敷において塵より軽い。やだああという絶叫が廊下に木霊するだけで見向きもされない。引き摺られながら部屋に戻る羽目になった。
どうして姉がルースレスに心を開いてきているのか、だってあれは魔族だ。村を焼いて、親を殺した――ああ、駄目だ。考えたら駄目。
姉は何も覚えていない。でもそれでも、攫ってきた相手だ。それなのに、どうして――
「ストックホルム症候群」
誘拐犯に情を寄せてしまうという心理現象。きっと、これが当てはまる。でないと説明がつかない。ほとんど部屋から出してもらえなくて、私と話せるのは週に数回しかない。気が狂ってもおかしくない状況なのに、心を開くなんてありえない。
「何?」
「……なんでもない」
私の呟きを拾ったライアーが訝しげな視線を向けてきた。ストックホルムなんて言葉はこの世界にないから、私が何を考えたのかライアーに知る術はない。
いつものように私を床に置いて長椅子に寝そべるライアーを見る。
そうだ、私は覚えている。ライアーが何をしたのか。それなのに私はここにいて、ライアーと過ごしている。
復讐を考えてはいけないと自制しているからだとしても、安穏とした生活を受け入れて、気安く話している。
私に姉を責める権利はない。
「……辛気臭い顔しないでくれる?」
「だって、お姉ちゃんが……」
はあ、と深い溜息が聞こえてきた。ライアーに私の気持ちはわからない。私と姉は二人で一人だった。私たちを一人ずつに分けたのはライアーなのに、わかろうともしてくれない。
ライアーの動く気配を感じて顔を上げると、座り直したライアーが私を見下ろしていた。
「ライアー?」
「座れば?」
「え、座れって、座ってるよ?」
「そこじゃなくて、こっち」
長椅子の片側に寄っているから、ライアーの横が不自然に空いている。その空いた場所をライアーがぽんぽんと叩いた。
私はこれまで長椅子に座ったことがない。文字を習ったりするときも床に座って、長椅子に寝転がるライアーを背後に置いて教わっていた。
元々部屋に置いてあった机は長椅子に揃えた高さだったので、足の短い机を別に用意するぐらい、私の定位置は床で徹底されていた。
「……いいの?」
「床が好きならそれでもいいけど?」
「いえ、床は好きじゃないです」
絨毯が敷かれているとはいえ、土足文化だから気分のよいものではない。ライアーの気が変わらないうちにと長椅子の上に腰を下ろす。
しかし、一体全体何があって長椅子の許可が出たのかわからない。座ってから考えても仕方ないけど、これは何かの罠だったのかもしれない。
「キミはもう少し自分の立場ってものを理解した方がいいんじゃない?」
肘置きを使って頬杖をつき、不快そうな目で私を見ている。立場、そんなものはわかっている。ルースレスに無理矢理連れてこられて、ライアーにペットのように飼われている。
「ルースレスに殺すなって言われたから殺さないけど、傷つけることならいくらでもできるんだよ」
「……そんなの、知ってるよ」
私の命は、この屋敷において埃よりも軽い。ルースレスがもういいと言ったら、それだけで吹き飛ぶ。だからルースレスの機嫌を損ねるようなことをしない方がいい、ということはわかっている。
だけどそれでも、姉をルースレスに捧げたくない。自分の命よりも、姉の方が大切だ。
「じゃあなんで、ボクの言うことに逆らったの」
「ん?」
逆らった? いつ? ライアーの言うことにはできるだけ従っているはずだ。
「キミはボクのものなんだから、ボクの言うことにはちゃんと従ってよね」
「ん? うん? 従ってると、思うけど」
「さっき帰るよって言ったのに逆らったの、もう忘れたの?」
「あれはほら、勢いというか、その……ごめんなさい」
そういえば逆らっていた。姉が取られると思って、条件反射でやだと言ってしまっていた。
あんなのはただの売り言葉に買い言葉とかいうやつで、そんなに目くじらたてないでほしい。あの程度のは、ただの戯れみたいなものだ。
――ライアーにとっては、たったそれだけのことでも、逆らったことになるのか。
「じゃあほら、もっとそっち寄って」
「わかった」
粛々と従って、長椅子の端に移動する。降りろと言われなかっただけマシだと思うべきなのか否か。
ストックホルム症候群とは実に厄介なものだ。まだ一年も経っていないのに、少しぐらいは情が沸いて、多少対等に扱ってくれるのではと期待していた。だけど結局、私とライアーは対等にはなれない。
ぽす、という軽い音と共に足の上に重量が置かれた。
「ライアー?」
嫌な予感に視線を恐る恐る落とすと、膝の上にライアーの頭が乗っていた。この光景はさっき、第三者の視点で見た。外を向くようにして横向きに寝転がり、水色の長い髪がさらりと流れている。
「何?」
「ちょっ、動かないで」
私が声をかけたせいか、ライアーが仰向けに寝転がりなおした。人の膝の上でもぞもぞと動かないでほしい。
いつも私を見下ろしている赤い目が下にある。ものすごい違和感と気恥ずかしさと、意味のわからなさで、顔を何色に変えればいいのかわからない。
「何がしたいの」
「何って、どんな感じなのか知らないから試しただけだよ」
ライアーは好奇心旺盛だ。他の世界の文字を習得しようとするぐらい、知的好奇心に溢れている。だからこれもその一環なのだと言われて、私はすぐに納得した。
そうだ、こいつらに羞恥心とか、そういった人並みなことを求めてはいけない。
「じゃあもういいよね? 私は床に座りなおすから、普通に寝ていいよ」
「なんで?」
「なんでって……もう試したでしょ?」
「そういえばキミ、髪伸びたよね。切ったりするなら刃物用意するけど」
物騒な響きに顔が引きつる。せめて鋏とか――もしかしたら、本当にナイフとかの刃物を用意するのかもしれない。微妙に常識知らずな魔族は何をしでかすかわからない。
「私の髪はこのままでいいよ。それよりも、いつまでこうしてればいいの?」
「気が済むまで」
さらりと言って、私の髪を弄りはじめた。束で持って毛先を広げたり閉じたり丸めたり――よし、心を無にしよう。
「何か話してよ」
無にできなかった。退屈嫌いなライアーは黙ることを許してくれない。
「もう話すことないって、前に言ったよね」
「じゃあキミの世界の言葉でも教えてよ」
夕食の時間まで、ライアーの頭を膝に乗せての日本語講座を開催する羽目になった。
ルースレス、この好奇心旺盛なライアーが暴走しないように、節度あるお付き合いをしてください。
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