薬師無双〜ドーピングで異世界を楽しむ〜

蜂須賀 大河

リアラ

 私は子供の頃に、母を病気で亡くしている。
 当時、九歳になったばかりの私は、母が亡くなった辛さから、いつも泣いていた。
 そんな私に、父は微笑みながら『母さんは、いつもお空からリアラの事を見守ってくれているんだよ? リアラが泣いてばかりいると、母さんだってきっと、悲しくなっちゃうと思うんだ。だから、ほら、笑って』と言ってくれたのは、今では良い思い出だ。


 目には涙を浮かべながらも、私は出来る限りの笑顔を父に向けたのは、今でも覚えている。


 それからは、父と私の二人きりの生活が始まった。
 私達は【アズール】と呼ばれる、長閑な村で暮らしている。緑と自然が溢れ空気も澄んでおり、村の特産品である葡萄酒を目当てに訪れる観光客も、少なくはない。


 そんな村で父は旅商人の仕事をしている。
 二日以上家を空ける事が多かったが、母が亡くなって以降、まだ小さな私の面倒を見る為に、二日以上家を空ける事はなくなった。


 そんな父の負担を減らす為、小さいながらも私は炊事、掃除、洗濯などの家事を、不慣れながらにもやり始めた。
 母の代わりとはいかないが、私は母に近づく為にも日々努力をしていた。




 ☆




 それから、六年の月日が経った。
 私も十五の歳になり、家事も今ではかなり上達したと自負している。
 父は、毎日私の料理を食べると、とても幸せそうな顔で微笑み、いつも美味しいと褒めてくれる。
 これで少しは、お母さんに近づけたかな………?


 そして今日は、初めて父の仕事を手伝う日。
 馬車で六時間程度の距離にある、【要塞都市ガレリア】へと向かい、村の特産品であるアズール産の葡萄酒を売りに行くのだ。


 仕事を手伝うと言った当初は父に反対されたが、私が十五の歳になれば、手伝ってもいいと言う許可を得たのだ。


 そして、父と私はガレリアへと向かった。


 ──ガレリアに何事もなく到着した私達は、そのまま市場へと向かった。
 私は生まれて初めて村から出たので、全ての景色が新しく、馬車で移動している時は勿論、要塞都市に着いた時はまるで圧巻だった。
 街の中は、アズールの村とは違い大勢の人が行き交い、凄い活気に溢れていた市場を見て、私はつい子供のように、年甲斐もなくはしゃいでいた。


 村の特産品である葡萄酒は市場でも人気で、すぐ完売した。
 その後時間もあるので、街で食事をし、私は街の中をまるで仕事ではなく、旅行に来たかのように観光していた。


 そして、今日は宿で一泊し明日の朝村へと帰る事に。




 ☆




 翌日私達は、アズールへと帰路に着いていた。
 だが、帰路の途中そいつ等に私達は襲われ馬車を囲まれた。


 そう……。『盗賊』だ。


 盗賊に囲まれたた私は、馬車の中でただ震えていた。
 父は、『大丈夫。大丈夫だから』と私に言って頭を撫でる。
 その後、馬車を降りた父は、荷物と金は渡すので見逃して欲しいと盗賊達に伝える。
 しかし、その要求も受け入れられる事もなく、私達の馬車は襲われた。


「おっ! この女、すんげぇ美人っ!」


「かなりの上玉だぜ、これは!」


 私は何も抵抗出来ず、ただ怯えながらも呆気なく盗賊達に捕まってしまった。


「待ってくれっ! 頼むっ、娘だけは助けてくれっ!」


 父は、必死に盗賊達に懇願していた。


「ぁあんっ? お前なんか、売っても大した金にもなんねえし、用はねぇよ! 死ね!」


 ──ザシュッ
 その音と共に、鮮血が迸り、父は倒れる。
 私は、すぐさま盗賊の腕を振り払い、倒れた父の下へと向かった。


「お……おとうさん?」


声を掛けるが反応はなかった。


「ぅぅ……うぁぁぁああっ!」


 私は父の背中にしがみつき、叫ぶ様に泣いた。
 私のせいだ。
 私が我が儘を言って仕事を手伝うと言ったから。
 私が街を見たいと言って帰る時間が遅れたから。


 全て……私のせいだ…………。






「おらっ、こっちへ来いっ!」


 ……………


「ぎゃははははっ! おいっ、これ見てみろよ」


 …………


「んっ? ぉおおっ、すんげぇ大金じゃねえか」


 ………


「女の方も、かなりの上玉だしなっ!」


 ……


「おらっ、ちんたら歩いてんじゃねえ」




 その後私は、洞窟の中へと連れていかれ、牢の中へと入れられ、閉じ込められた。
 牢の中で、私はただひたすら泣いていた。
 母が亡くなってからは、泣かないと決めていたが、それでも涙が止まらなかった。




 ☆




 牢に入れられて一時間くらいが経った頃、ふと周りを見ても、見張りの一人もいなかった。
 私は、一頻り泣いた後、自分が牢に入れられたのだと改めて実感した。
 すると、先程まで悲しみで忘れていた筈の恐怖が今頃になり感じ始める。
 私はこの後、盗賊達の慰め者になり、奴隷として売られていくのだと。


 そんな事を考えていると、ふと松明に照らされ伸びる影が見える。
 恐怖で、怯えている私は動く事も出来なかった。
 すると、牢の前に男が立っていて、鉄格子を素手で壊したのだ。
 私は、怯えた声を出すが、男は私にこう言っていた。




「──もう大丈夫だよ。盗賊共は全て倒したから」


 声を掛けてくれた人は、歳は私と変わらない若い男の人だった。
 私が怯えていたので、精一杯優しい声で話し掛けてくれたのが伝わり、男の人の優しさにまた泣きそうにもなる。


「ぁ……あなたは一体?」


私はグッと堪え、名前を聞こうとした。


「ひとまず、ここを出よう」


 男の人は、私の手を優しく握り外へと連れ出してくれた。




 ☆






 外へ出ると、既に日も沈みきっていた。
 その後、男の人は森の中へと入っていき、焚き火などの準備をしだした。
 私は、切り株に腰を落とし座っていると、温かいスープが入ったコップを手渡された。
 それを、一口飲む。


(……おいしい)


「ぁ……ぁの……たすけてくれて…ありがとう」


 私は、ここで初めて男の人にお礼を言い、頭を下げた。


「いえいえ。俺の名前は、アラン。偶々、旅をしている途中、盗賊共を見つけたんで。運良く助けられ良かった」


(運良くか……。
確かに、私は運良かったのかな。
アランさんが来てくれなきゃ今頃……)


 そう考えてた私は、助かった安心感と父を亡くした悲しみが一気に押し寄せてきた。


「私は……リアラっていいます……ぅぅっ……ほんとうにっ、ありがとう……」


 なんとか、自己紹介をした私は、押し寄せて来た安心感と悲しみに抗えず、アランさんの胸で泣き崩れててしまった。
 彼は、優しく私の背中を摩る。
 一頻り泣いた私は疲れのせいか、いつの間にか彼の胸の中で眠りについていた。

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