楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜
第23夜 退魔の力
ーー楓の身体は、全身を黒い影が覆う。
「楓の力が強いんだ。だから憑き神も必死だ。瘴気で、楓を覆ってる。」
鎮音は楓の側にしゃがみ込みどんどん蒼白くなっていく顔を、見下ろしていた。
瘴気とは………あやかしの独特の力である。人間がコレに当たるとたちまち気分が悪くなり、身体のあちこちに異変が起きる。
場合によっては死に至る。体内を侵していくガスの様なものである。
「どうしたらいい?」
葉霧は楓の手を掴み握っていた。
「よせ。お前まで取り込まれる」
鎮音は葉霧の手を楓から離させた。
「鎮音さん。楓は俺を何度も助けてくれた。今度は俺の番だ。助けたい。」
葉霧は楓の手を掴むと握る。黒い影は葉霧の手までも覆い始めた。
灯馬は何が起きてるかはわからないが、側にいた。葉霧の後ろにいた。その肩に、手を置いた。
「お前だけじゃねー。」
葉霧が灯馬を見るとそこには笑う顔。いつものやんちゃ感がまだ残る灯馬の笑顔があった。
肩に置かれた手は離れない。葉霧が、楓の手を離さないのと同じ様に。
「わかってる。私は……その為に来たんだ。」
鎮音はそう言うと、着物の袖に手を突っ込んだ。取り出したのは“紅い勾玉”だった。
黒い紐のついた真紅の宝玉の様に煌めく勾玉だ。
「これは?」
鎮音は葉霧の首にその勾玉を掛けた。
「玖硫に継がれる勾玉だ。かつて……螢火の皇子も、それを常に持ち歩いていたとされている。彼が自分の力を封じ込めた宝玉。それが……この勾玉だ。」
鎮音はそう言うと葉霧の手に視線を向けた。葉霧は、鎮音の視線に楓の手に目を向けた。
黒い影は離れていた。
近寄ろうともしない。
「どうやら素質はある様だ。」
鎮音はそう言うと着物の袖を掴む。
右手を出した。
「いいか。葉霧。お前に力が無いんじゃない。腐っても玖硫一族の子孫だ。受け継いでいる。ただ、覚醒めて無いだけだ。」
葉霧の頭の上に鎮音は、右手を乗せた。白く光る。鎮音の右手は。
(……熱い……。鎮音さんの手が……熱を持ってる…。まるで……炎だ。)
葉霧は置かれた頭から感じるその熱に驚いていた。
「わかってると思うが……勝手に覚醒させる。眠ってる力を呼び起こすんだ。どんな負荷が、掛かるかはわからん。」
鎮音の手から発せられる白い光は更に強く放たれた。神々しく光輝く。
「構わない。楓を助けられるなら。俺はどうなっても構わない。」
葉霧は強く言い切った。それは決意と意志の強さが、滲む程だ。
(始まりはきっと……あの桜の下だ。楓……。お前に出逢った時に……もう始まっていた。予感は……していた。)
葉霧は楓を見つめていた。
(傍にいたいと……いて欲しい。と、思う。“運命”と言う言葉は好まないが……。今なら……思える。)
少しずつ窶れていくその顔をみつめていた。
「良かろう。その覚悟。後悔するでないぞ。」
鎮音の右手が一層光を強く放つ。
ブワッ!
葉霧の全身が白い光に包まれた。それはまるで漲る程の、強い発光だった。
炎の様なそんな光だ。
「葉霧。そのまま心を鎮めるんだ。そうすれば“退魔の力”は、お前のものになる。」
鎮音は手を離した。
その手は光が消えてゆく。
葉霧の身体は光を放つ。
静かに目を綴じる。
(身体が……熱い……。)
葉霧には全身に静かに流れ込んでいく様に感じていた。まるで、血の巡りの様に駆け回る様に身体の中を全身を、熱が巡って行くのを感じていた。
(俺はずっとお前が傷つく姿を見てるだけだった。これからは……一緒だ。)
ゆっくりと吸い込まれていく様な感覚を感じた時に葉霧を覆う白い光は、静かに消えてゆく。
【楓はきっと……鬼だからさ。自分が人間“あんた”の傍に居るべきじゃない。って思ってんだよな。だからあやかしが棲む世界に、興味持ってんだ。自分の居場所を、探してるんだ。アイツは彼奴なりに。】
次郎吉の声が聴こえる。
白い光は葉霧の心の中まで入ってきてるように感じた。
強く……強く願う気持ちの中にすぅぅと……浸透していく。
やがて……白い光は葉霧の中に吸い込まれていく様に消えてゆく。
(どうやら……無事に覚醒した様だな。皇子の、勾玉のお陰か……)
鎮音はホッと息を吐く。
葉霧は目を開けた。
(ああ。視える。楓の身体の中で蠢く黒い影がそうか。コレが憑き神か。)
葉霧の眼に映ったのは楓の身体の中でアメーバの様に拡がってゆく様子だった。
黒い影は、侵食している様だった。
葉霧は楓の身体の中心に右手を翳した。
「大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ。本能でわかっておる。」
灯馬の心配は、鎮音に打ち消された。
(葉霧は本能で力の使い方を、知っている。これならば……退魔師になれるだろう。それも……螢火の皇子の様な……)
鎮音は葉霧の後ろに淡紫色の装束を着た男の姿が見えた。その顔は見えないが、長い黒髪の高貴なその姿が。
葉霧の手は白く光る。
それは楓の身体をまるで炎の様に包む。
白い炎の様に覆う。
黒い影は光に包まれ広がることも出来ず出るしかなくなったのか……外に飛び出したのだ。
楓の身体から飛び出した影は葉霧の前に立ちはだかる。それでもその様子は弱々しく、消えかけている。
風も無いのに揺らぎうっすらとしていた。
葉霧は右手を翳す。
黒い影に。
白い光が黒い影を掻き消した。
それは一瞬だった。
カッ!!
波動の様に放たれた光が影を消したのだ。
鎮音は目を見開き……笑った。
(才能アリだな。)
ふぅ……。
葉霧は消えた光を前に息を吐いた。
右手の光も消えていた。
葉霧は右手を見つめた。
「大丈夫か? 葉霧?」
(何がなんだかさっぱりだけどな)
灯馬には葉霧の、光も黒い影も視えない。
なので、何が起きたかはわからない。それでも、一段落ついたのはわかった。
楓を見つめる葉霧の橫顏が何処と無く嬉しそうであったからだ。
「大丈夫だ」
葉霧は楓の頬を撫でた。
とても愛しそうに。
楓の顔も元に戻っていた。いつもの逞しい顔つきになっていた。
灯馬は、葉霧から離れると
ふぅ………
息を吐いた。
ソファーに腰掛けた。
膝に肘をつくと手を併せた。
顔に手をくっつけると…
「なんだかわかんねぇけど……。抱えんなよ」
そう言った。
葉霧は楓の側に座る。
きちんと腰を落ち着けたのだ。
「わかってる」
葉霧は微笑んでいた。
「楓の力が強いんだ。だから憑き神も必死だ。瘴気で、楓を覆ってる。」
鎮音は楓の側にしゃがみ込みどんどん蒼白くなっていく顔を、見下ろしていた。
瘴気とは………あやかしの独特の力である。人間がコレに当たるとたちまち気分が悪くなり、身体のあちこちに異変が起きる。
場合によっては死に至る。体内を侵していくガスの様なものである。
「どうしたらいい?」
葉霧は楓の手を掴み握っていた。
「よせ。お前まで取り込まれる」
鎮音は葉霧の手を楓から離させた。
「鎮音さん。楓は俺を何度も助けてくれた。今度は俺の番だ。助けたい。」
葉霧は楓の手を掴むと握る。黒い影は葉霧の手までも覆い始めた。
灯馬は何が起きてるかはわからないが、側にいた。葉霧の後ろにいた。その肩に、手を置いた。
「お前だけじゃねー。」
葉霧が灯馬を見るとそこには笑う顔。いつものやんちゃ感がまだ残る灯馬の笑顔があった。
肩に置かれた手は離れない。葉霧が、楓の手を離さないのと同じ様に。
「わかってる。私は……その為に来たんだ。」
鎮音はそう言うと、着物の袖に手を突っ込んだ。取り出したのは“紅い勾玉”だった。
黒い紐のついた真紅の宝玉の様に煌めく勾玉だ。
「これは?」
鎮音は葉霧の首にその勾玉を掛けた。
「玖硫に継がれる勾玉だ。かつて……螢火の皇子も、それを常に持ち歩いていたとされている。彼が自分の力を封じ込めた宝玉。それが……この勾玉だ。」
鎮音はそう言うと葉霧の手に視線を向けた。葉霧は、鎮音の視線に楓の手に目を向けた。
黒い影は離れていた。
近寄ろうともしない。
「どうやら素質はある様だ。」
鎮音はそう言うと着物の袖を掴む。
右手を出した。
「いいか。葉霧。お前に力が無いんじゃない。腐っても玖硫一族の子孫だ。受け継いでいる。ただ、覚醒めて無いだけだ。」
葉霧の頭の上に鎮音は、右手を乗せた。白く光る。鎮音の右手は。
(……熱い……。鎮音さんの手が……熱を持ってる…。まるで……炎だ。)
葉霧は置かれた頭から感じるその熱に驚いていた。
「わかってると思うが……勝手に覚醒させる。眠ってる力を呼び起こすんだ。どんな負荷が、掛かるかはわからん。」
鎮音の手から発せられる白い光は更に強く放たれた。神々しく光輝く。
「構わない。楓を助けられるなら。俺はどうなっても構わない。」
葉霧は強く言い切った。それは決意と意志の強さが、滲む程だ。
(始まりはきっと……あの桜の下だ。楓……。お前に出逢った時に……もう始まっていた。予感は……していた。)
葉霧は楓を見つめていた。
(傍にいたいと……いて欲しい。と、思う。“運命”と言う言葉は好まないが……。今なら……思える。)
少しずつ窶れていくその顔をみつめていた。
「良かろう。その覚悟。後悔するでないぞ。」
鎮音の右手が一層光を強く放つ。
ブワッ!
葉霧の全身が白い光に包まれた。それはまるで漲る程の、強い発光だった。
炎の様なそんな光だ。
「葉霧。そのまま心を鎮めるんだ。そうすれば“退魔の力”は、お前のものになる。」
鎮音は手を離した。
その手は光が消えてゆく。
葉霧の身体は光を放つ。
静かに目を綴じる。
(身体が……熱い……。)
葉霧には全身に静かに流れ込んでいく様に感じていた。まるで、血の巡りの様に駆け回る様に身体の中を全身を、熱が巡って行くのを感じていた。
(俺はずっとお前が傷つく姿を見てるだけだった。これからは……一緒だ。)
ゆっくりと吸い込まれていく様な感覚を感じた時に葉霧を覆う白い光は、静かに消えてゆく。
【楓はきっと……鬼だからさ。自分が人間“あんた”の傍に居るべきじゃない。って思ってんだよな。だからあやかしが棲む世界に、興味持ってんだ。自分の居場所を、探してるんだ。アイツは彼奴なりに。】
次郎吉の声が聴こえる。
白い光は葉霧の心の中まで入ってきてるように感じた。
強く……強く願う気持ちの中にすぅぅと……浸透していく。
やがて……白い光は葉霧の中に吸い込まれていく様に消えてゆく。
(どうやら……無事に覚醒した様だな。皇子の、勾玉のお陰か……)
鎮音はホッと息を吐く。
葉霧は目を開けた。
(ああ。視える。楓の身体の中で蠢く黒い影がそうか。コレが憑き神か。)
葉霧の眼に映ったのは楓の身体の中でアメーバの様に拡がってゆく様子だった。
黒い影は、侵食している様だった。
葉霧は楓の身体の中心に右手を翳した。
「大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ。本能でわかっておる。」
灯馬の心配は、鎮音に打ち消された。
(葉霧は本能で力の使い方を、知っている。これならば……退魔師になれるだろう。それも……螢火の皇子の様な……)
鎮音は葉霧の後ろに淡紫色の装束を着た男の姿が見えた。その顔は見えないが、長い黒髪の高貴なその姿が。
葉霧の手は白く光る。
それは楓の身体をまるで炎の様に包む。
白い炎の様に覆う。
黒い影は光に包まれ広がることも出来ず出るしかなくなったのか……外に飛び出したのだ。
楓の身体から飛び出した影は葉霧の前に立ちはだかる。それでもその様子は弱々しく、消えかけている。
風も無いのに揺らぎうっすらとしていた。
葉霧は右手を翳す。
黒い影に。
白い光が黒い影を掻き消した。
それは一瞬だった。
カッ!!
波動の様に放たれた光が影を消したのだ。
鎮音は目を見開き……笑った。
(才能アリだな。)
ふぅ……。
葉霧は消えた光を前に息を吐いた。
右手の光も消えていた。
葉霧は右手を見つめた。
「大丈夫か? 葉霧?」
(何がなんだかさっぱりだけどな)
灯馬には葉霧の、光も黒い影も視えない。
なので、何が起きたかはわからない。それでも、一段落ついたのはわかった。
楓を見つめる葉霧の橫顏が何処と無く嬉しそうであったからだ。
「大丈夫だ」
葉霧は楓の頬を撫でた。
とても愛しそうに。
楓の顔も元に戻っていた。いつもの逞しい顔つきになっていた。
灯馬は、葉霧から離れると
ふぅ………
息を吐いた。
ソファーに腰掛けた。
膝に肘をつくと手を併せた。
顔に手をくっつけると…
「なんだかわかんねぇけど……。抱えんなよ」
そう言った。
葉霧は楓の側に座る。
きちんと腰を落ち着けたのだ。
「わかってる」
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