楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第22夜  依り代


 ーー稽古場の後ろの方で唸るのは楓だ。

(ん~~~とは言うもののだ、葉霧はさっさと灯馬? とか言うヤツらと話してるし……なんかさー! もっとさ~!)

 葉霧とのはじめてのちゅー。の後で放置されっ放しの楓。

 稽古を始めた演劇部の稽古場で、ぽつんと
 その様子を眺めている。

「ああ……麗しきエスクード様! どうか! どうか………この私の命と引き換えに!!」

(すげぇなあのオンナ………。迫力が違う他のヤツらと、ただ……台本を読んでるだけなのに……)

 ヒロイン役の女子部員は、男子部員と念入りに話をしながら何度も、何度もその場面の練習をさっきから繰り返している。

 台本を持ちお互いに読み合わせているのだが……その女子部員の、鬼気迫る迫力は他の部員とは全く違うものであった。

「さぁ! 今すぐ! その銀色の刃を!」

 女子部員がそう叫んだ時だった。

 ビシィ………

 その奇っ怪な音と共に電気が消えた。

 急に消えたのだ。一斉に。

 更に……ビシィ!と、稽古場に置かれている姿見の鏡に亀裂が走ったのだ。

「きゃっ!」
「え? なに??」

 稽古場の雰囲気は一瞬にして凍りつく。

 稽古をしていた部員達も動きを止めた。
 練習風景を、写すための鏡は亀裂が走り歪んでいた。割れてはいないが、斜めに大きくヒビが入った。

 その事で、鏡は一面歪んだ。

 映り込む部員達の姿も歪んでいる。それに亀裂が入った部分が、彼女たちの姿を真っ二つにしているかの様で……不気味であった。


「また?」
「なんなの?」
「怪我は? ケガしてる人いない?」
「離れて!」

 部員たちは驚いていた。

 騒然とする。
 稽古場は。
 さっきまでの和やかな雰囲気とは異なってしまった。

「まじかよ?」
「電気も消えたままね……」

 驚いているのは、部員たちだけではない。
 ここに来ていた生徒会メンバーもだ。

 灯馬と水月は、葉霧の側で鏡や天井の照明を見上げていた。
 葉霧もまた……亀裂の入った鏡に視線を向けている。

 その中で……その場を眺めているのは
 楓とヒロイン役の女子部員だった。

(………あのオンナ………)

 楓の眼はその女子部員に向いていた。

「休憩にしませんか?」
「そうね。」
「そうしよう。」

 ヒロイン役の女子部員の声だ。
 その声に周りにいた部員たちは同意した。

 ただ、他の部員たちは険しい表情をしている。その視線の先には一人……みんなから離れた女子の背中がある

 女子は壁の所に行くと、座った。

 楓はその女子に近寄る。

「?」

 タオルで汗を拭っていた女子部員は顔をあげた。楓が立っていたからだ。

「ちょっといいか?」

 楓はそう声を掛けた。
 女子部員は、フッ…………と、笑う。
 楓を冷たい眼で睨みつけた。

「カレシとイチャつきたくて来ただけの女が
 何の用? あ、“恋人”だっけ?バカじゃないの?」

 楓は固まった。

 そのバカにした様な口調に。

(な………なんだ? ムカつくのもそうだが……… 、恋人って言われる事の方がすげぇ……ズキッと来るんだけど?? なんかハズくてたまんねーんだけど??)

「用が無いなら退いて、休憩したいの。」

 女子部員は床に置いてあるペットボトルに手を伸ばした。ミネラルウォーターのペットボトルだ。それを、掴むとキャップを開ける。

(あ……“震えてる”)

 楓はキャップを開けるその手が、震えていたのを見ると手を伸ばした。

「え? なに?」

 女子部員の顔は酷く驚いていたが、
 楓はキャップを空けたのだ。

 スッ………ペットボトルを差し出した。

「なんなのよ。」

 怪訝そうでいて、迷惑そうな表情で楓を見上げる。だが、その瞳は何処か暗く沈んでいた。

 手を出そうとしない女子部員に、楓は足元にペットボトルを、置いた。

 ジャージを履いたその女子部員の足元に。

「聴きてぇことあんだけど? アンタのその肩のヤツ……それ、なんだ?」

 楓は女子部員の右肩を、指差したのだ。

「え…………?」

 女子部員は驚いた様に自分の右肩に視線を向けた。

 ピンクのTシャツと白い壁。
 それが女子部員の右肩周辺の映像だ。

「なによ? 何にもないでしょ?」

 女子部員は顔を引き攣らせながら楓に視線を向ける。口調は少し強めだが、声は些か震えている。

「いやあるよ、アンタの右肩に乗っかって
 何か喰ってるその黒いネズミ。」

 楓は見下ろしていた。
 彼女の右肩に乗っかる紅い眼をした黒い影を。

「ネズミ??」
「に、似た黒いヤツだな。実体がねぇから何とも言えねぇけど。」

 形はネズミに似ている。
 だが、黒い影なのだ。ぼやけている。
 掌サイズの小型ネズミだ。

「変なこと言わないでよ!」

 女子部員は立ち上がろうとしたが

(え………? なんで? 肩が……右肩が重くて……立てない……)

 動けなかった。

 楓は女子部員の右肩に右手を伸ばすと

 ぴんっ!

 指で弾いた。

 デコピンをする様に。

 ブワッ……

 まるで煙の様に影はカタチを不変にする。

 楓は女子部員の腕を掴むと立たせた。

「あ………」

 女子部員は立てた事に驚いたのか目を丸くした。

(……右肩が……軽い………。え? なに? なにしたの? この人……)

 右肩を擦りながらその顔は、強張っていた。
 少し震えている。

(消えたか………)

 女子部員の右肩に乗っていた黒いネズミの様な影は消えていた。

「なんなの?」
「オレが聞きてぇよ。」
「は??」

 聞き返されて女子部員は驚いていた。

「さっきのはちょっと見た事ねぇな。」

 楓はそう言うと腕を組む。
 う~ん。と、唸りながら。

「は~い。じゃあ。簡単な打ち合わせして今日は、このまま終わりにしましょう。」

 眼鏡を掛けた女子の声だ。
 先程から声をかけたり、進行したりしているのはこの女子だ。

「杉本さ~ん。はじめるわよ~」

 そう呼ばれると楓の前に居た女子はぐびっと
 水を飲んだ。

 ゴクゴクと。

 ペットボトルを床に置くとそのまま立ち去った。

 楓はしゃがむ。

(………半分以上……飲み干した。一気に……)

 楓は立ち去った杉本の後ろ姿を視線で追った。

「楓。何かあったのか?杉本と居たみたいだが」

 葉霧が、近寄ってくる。
 楓はペットボトルを持ったまま見つめていた。

(………どっかで……聴いた事がある。確か……。異様な喉の渇き。)

 ぎゅう。

「いっ!!」

 右頬を抓られていた。
 それも思いっきり。

「え?? なに?? え??」

 楓は驚いて葉霧を見上げた。
 葉霧は手を離す。
 真っ赤になった楓の頬から。

「聞いてるんだが?」

 葉霧の眼はとてつもなく冷たく鋭い。

(え?? こーゆう感じなの?? この人!)

 楓は頬を擦っていた。

「楓」

 更に声まで低くなった。
 楓は渋々と口を開く。

「あー。水だよ。一気に半分まで飲み干したんだ」
「水? 稽古の後だからじゃないのか?」

 楓は床に落ちてるキャップを拾う。
 フタを閉めた。

「そう言われると……そーかもしんねぇんだけど…」

 床にペットボトルを置く。

「楓。何か知ってるんなら話せ。」

 葉霧の声は楓の頭の上から響く。
 何しろ身長の差が激しい。
 凡そ三十センチ弱はある。完全に見下されている様なものだ。

 楓は、う~ん。と、考え込む。暫く。
 だが、その口を開く。

「前にさ・・憑き神ツキガミって言うあやかしに取り憑かれた奴を、見た事があんだよ。」
「憑き神?」

 楓は記憶を辿る。何しろ彼女の記憶は遥か遠くだ。
 それもつい最近まで、眠っていた様なものだ。

「ああ。ソイツらは“依り代”にした奴に憑いて最後には、取り込むんだ。完全に。
 自分のモノにするんだ。」

 憑依ではく寄生面倒である。
 最初はただ取り憑くだけだが、そのうちに身体は乗っ取られ立場は逆転する。

「杉本が・・その依り代だと言う事か?」
「まだ。わかんねぇよ。けど。依り代にされた人間は異常に、喉の渇きを訴えるんだ。」

 楓の視線は、杉本が飲んだペットボトルに向けられている。
 葉霧は、打ち合わせをしている部員達といる杉本に視線を向けた。

 何ら変わることなく周りの部員たちと話をしている。

「依り代になった人間はどうなるんだ?」

 葉霧は楓に視線を向けた。

「身体は乗っ取られて生きてるけどソイツの精神は殺されて、全く別の人間になる。
 乗っ取られた時点で、意識はない。死んだ状態になる。」

 楓は少しだけ遠い目をしていた。
 壁を見つめている様にも見えるが・・何かを考えているかの様にも見える。

「そうなる前に・・どうにかする事は出来ないのか?」

 葉霧は楓を強く見つめるとそう言った。

「その憑き神を、殺すしかねぇよ。けど・・どっちかって言うと……影みたいなモンだからさ。憑き神自体は・・本体じゃねぇんだよな」

 楓は酷く困惑した様に葉霧を見上げた。
 そして、とても言いにくそうに

「オレの力じゃムリだ。依り代ごと殺すしかねぇ。」

 そう言った。

「どうゆう事だ?」
「退魔師じゃなきゃムリだ。
 お前らは……闇を葬れる。」

 楓はとても言いにくそうに答えた。
 葉霧はそれを聞くと、頭を抑えた。

「なるほど。それは困ったな。」

(ホントに困ってんのか? コイツは・・)

 楓は葉霧の涼し気な表情に、疑いの眼差しを向けていた。
 灯馬の言う人間味の無さである。

(俺にはそんな力は無い……。あ。鎮音さんか)

 葉霧は顔をあげた。
 楓を見つめると

「鎮音さんに聴いてみよう。あの人なら何か解決策を教えてくれるかもしれない。」

 そう言ったのだ。

「あー。ばーさんか。そうだな。」

 楓は頷いた。

(退魔師の力か・・・。)

 楓は灯馬たちの方に歩いて行った葉霧の背中を見つめて
 いた。


            ✢

 葉霧は、廊下に出ると奥の方で電話を掛けた。
 楓はその様子を遠目で見ている。

 何しろ・・杉本から目を離すな。と、葉霧に念を押されたからだ。

(なんか面白くねぇな~……)

 廊下から稽古場にいる杉本の様子を眺めつつも釈然としない感が、残る。

 杉本は未だ、部員たちと打ち合わせをしている。周りの部員たちは小道具などを調べたり、衣装などを調べたりしている。

 灯馬たちもそんな様子を眺めている。


「依り代とな?」

 葉霧の耳元に聞こえてくるのは、鎮音の声だ。

「ええ。人間がその依り代として狙われるとか」

 葉霧はそう言った。

「そうだな。人間の肉体を奪い魂を喰らうのが目的だ。そうか。憑き神か。」

 鎮音の声は、溜息交じりだった。
 葉霧はスマホを握りしめた。

「楓は憑き神に乗っ取られた本体じゃないと
 殺せないそうだ。」


 鎮音の声は聞こえなかった。
 一時の間が空いた。

「わかった。今からそっちへ行くから待っておれ」
「え?」

 葉霧が聞き返した時には、鎮音は既に通話を切っていた

(来る・・ってここにか?)

 葉霧はスマホを見つめていた。

「きゃー!!」
「杉本さんっ!」

 葉霧は戻りながらその声を聴いて廊下を走った。稽古場から聞こえてくる。

 楓は既に廊下にはいない。

 葉霧は、稽古場に入る。

「杉本さん!」

 杉本は床に倒れていた。
 女子部員にその身体を、揺すられている。

「触るな。頭を打ってる」

 楓がしゃがみながらそう言ったのは、倒れている杉本の額から血が滲んでいたからだ。

 倒れた時に、床にぶつけたのだろう。

「楓・・」

 葉霧が心配そうに見下ろした。

「大丈夫だ。気を失ってるだけだ。」

(クソ・・。わかんねぇな。何処にいんのか。さっきみたいに姿を出して貰わねぇと、視えねぇ。)


 倒れている杉本の身体からは何の反応も無い。禍々しい気配すらも感じない。
 楓は、ただ蒼白い杉本の顔を見つめていた。

「大丈夫か? 運ぶか?」

 灯馬が近寄ってきた。

「そうだな。寝かせてあげた方が良さそうだな」

 葉霧は頷いた。
 そのまま杉本を抱き抱えた。

(え?? 葉霧が運ぶのかよ!! オレだってまだやって貰ったことねぇんだぞ! お姫様抱っこ!)

 逆パターンに近いのは何度かある。

 楓はむうっとしていた。
 葉霧は杉本を抱きかかえて稽古場のドアに向かう。

「何処に連れてくんだ?」
「俺の部屋でいいだろう。」

 灯馬が付き添っている。
 葉霧は振り返ると

「楓。行くよ」

 声を掛けた。

(フンッ!! そんなご機嫌とろうとしてもムダだよ!)

 楓は鼻息荒くそっぽ向く。

「置いてくからな」

 葉霧のその声に楓は駆け出した。

「置いてくってなんだ! ふざけんな!」
「それなら呼んだら来てくれるか?」

 葉霧は、溜息つく。
 結局、楓は憑いて行く。

(コイツら・・いいコンビだな。葉霧が素だ。)

 灯馬は深く納得した。


 葉霧は、自分の泊まる部屋に杉本を運んだ。
 ベッドに寝かせる。

「保健医とかいねぇからな。」

 灯馬はベッドの下方で、そう言った。

 楓は葉霧の近くにあるソファーに座っている。

「休ませておけば大丈夫だろう。少し・・様子を見るから、灯馬は戻っていいよ。」
「ん? あー。了解。なんか持ってくるか? 
 水とか。」

(すげ。この状況で、嫉妬全開とか。どんだけ葉霧にガチ惚れだよ・・)

 灯馬は不貞腐れてる楓に視線を向けた。
 楓の嫉妬はわかり易い。

 顔から何から全部、溢れだしている。
 我慢と言う言葉を知らないし、節度もない。
 そして・・世間の常識を知らない。

 彼女は、そんな言葉を、知らない。
 欲に従うまで。そして・・貪欲だ。

 葉霧は灯馬を送り出すと溜息ついた。

「楓。病人だ。彼女は。」

 部屋に戻ってくると葉霧はそう説明した。
 正そうとはしない。ただ、説明はする。
 言い聞かせる。きちんと。
 生きてきた環境も教育も違うからだ。

「だから何だよ? オレだってして貰ってねーのに!」
「何を?」
「お姫様抱っこだよ! テレビでやってたんだ! 恋人に、して貰うモンだろ!?」

 葉霧は余りにも嫉妬剥き出しで怒りを顕にしている楓に

 はぁぁ・・・

 溜息ついた。

(観点が違うんだな。コレは。まあ。叱った所で意味の無い事だろうが・・)

 葉霧は楓の座っているソファーの肘掛けに腰を落とした

「楓。今みたいに誰かが倒れたら……俺は助けるよ。でも……楓が倒れたら俺が助ける。それは約束する。」

 葉霧は楓に小指を差し出した。

「なんだ?」
「指切り」

 楓は葉霧を見ていたが、同じ様に小指を差し出した。

 葉霧は楓の小指を結ぶ。

「約束だ。」

 葉霧はそう言った。
 楓は結ばれた小指を見つめると笑う。

(………約束……)

【約束だ。楓。】

 楓はハッとした。
 葉霧から小指を離した。

「どうした?」

 葉霧は、楓の顔が真っ青なのを見て心配そうにそう聞いた。

 楓は頭を抱えこんだ。

(約束………。今の声は……皇子《みこ》だ。なんだ?オレ……なにかを忘れてる……)

 ピーンポーン。

 部屋のチャイムが鳴ったのはそんな時だ。

「ああ。灯馬か?」
(楓……大丈夫か?)

 葉霧は頭を抱えた楓が心配ではあったが、
 ドアに向かった。

 ドアを開ける。

「そこで会った。」

 灯馬と鎮音がいたのだ。

「鎮音さん。早かったな。」
「タクシーで来た。」

 鎮音は、軽くピースサインをした。

 ハハ……。

 葉霧は軽く笑う。
 灯馬は、手にビニール袋を持っていた。
 水やアイスノンを入れてきたのだ。

 楓はその様子に、顔をあげた。

(考えても仕方ねぇな。それより……。このオンナ……)

 楓はソファーから立ち上がる。
 ベッド脇に行くと、寝ている杉本の顔を見つめていた。

 部屋には灯馬と葉霧。
 そして鎮音が入ってきたのだ。

「おや。居たのか。静かだからいないのかと思った。」

 ベッドの脇に立っている楓の姿を見ると、
 鎮音は目を丸くした。

「ばーさん。ちょっとやべぇかも。」

 楓は杉本の顔を見ながらそう言った。
 酷く、警戒している。その顔は。

 鎮音はそんな楓を見ると、側に近寄った。

「どれ?」
「この顔は……多分。取り憑かれてる。目元が黒ずんできた。」

 杉本の目元は、クマよりももっと酷い。
 目の下が黒く淀んでいる。
 まるでそこだけ黒のマジックで塗りつぶしたかの様に薄気味悪く、黒ずんでいた。

「こんなに痩せ細ってたのか?」
「いや。フツーの人間だった。さっきまでは。」


 鎮音は、更に杉本の顔つきが異常な程、痩せ細っているのを、見てそう言ったのだ。
 何よりも蒼白く生気が無い。
 骸骨に近くなっていた。

 灯馬と葉霧はベッドの下方からその様子を眺めていた。

「葉霧……。楓ってのはもしかして……そうゆう関係か?」

 灯馬は鎮音と話をしている楓を見ながらそう聞いた。

「ちゃんと説明するつもりで……連れて来たんだ。百聞より一見だと思ってね。」

 葉霧は灯馬の隣で静かにそう言った。

(まさかのカムアウトっすか……。ったく。何でも背負い込むな。この御方は。)

 灯馬は頭を掻いた。
 退魔師である事は、知っている。
 だが、灯馬は普通の人間としての葉霧しか
 知らない。自身も、何やら奇妙な体験をした事はない。

 話を聞いてはいても、現実味は無い。
 だから……これから何が起きるのかも想像もつかない。

 鎮音は杉本の顔の前に右手を翳した。

 ポゥ……

 鎮音の右手が、白く光る。

(ばーさんの手が……光ってる。ここでもわかる。熱い………)

 白い光を放った手を翳し始めると杉本の口から

「うっ………う………」

 と、苦しそうな声が響いた。

(なんだ? なんか苦しんでねー?)

 灯馬には鎮音の白い光は視えない。
 だから、杉本の声しか聞こえない。

「これはマズいな。」

 鎮音が、そう言った時だった。

 ブワッ!!

 辺りに風が舞った。

 カッ!!

 杉本の眼が見開く。
 身体から黒い影は現れたのだ。

 ベッドの上で寝ている杉本の身体の上に、その黒い影は現れた。

「デカい! あんなんじゃなかった!」

 楓はその大きさに驚いた。
 さっき視たのは、小型のネズミだった。
 今は人の様に大きい。
 それもカタチが無い。

 ただ、丸み帯びた長細い影だ。

 鎮音は、右手をその影に向けた。

「葉霧……何が起きてんだ?」

 灯馬はとにかく鎮音が、険しい表情をしているのしか見えない。

 葉霧の眼はいつの間にか碧に煌めいていた。

 ぶわっ!

 黒い影は天井に浮かんだ。
 鎮音は手を向ける。
 影を追う様に。

 だが、その影が一気に向かってきたのは鎮音では無かった。

 隣にいる楓にそのまま入り込んだのだ。

「!!」

 楓の身体に影が入り込んたのと

「楓!」

 葉霧が叫んだのは同時だった。

「しまった!」

(油断した)

 鎮音はぐらっと倒れ込む楓を、支えた。

「鎮音さん!」
「マズい。楓を取り込まれたらエラいことになる。此奴は、鬼だ。その力は計り知れない。」

 葉霧が駆けつけると鎮音は楓を支えながら一層。険しい表情になった。

(……なんだって? ……鬼? 鬼って言ったか?)

 灯馬は、現状が飲み込めない中で聞こえてきた言葉に更に、困惑していた。

 と、同時に葉霧に視線を向けた。

「楓!」

 葉霧は、カーペットの上で楓を寝かせると必死に呼んでいた。その身体を揺さぶる。

 黒く禍々しい影に包まれていくその身体を。

「お前……背負い過ぎだ。」

 灯馬はぼそっと呟いた。

 葉霧が抱えたモノを、はじめて知った。
 同時にそれは葉霧にとって大切なものである事を知った。








































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