楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第17夜  闇の影

 ーー楓はしっかりと背中に夜叉丸を背負っている。
 胸元にも忘れてならない勾玉だ。

 蒼月寺を出ると雨は止んでいた。

 月がうっすらと見える。
 雲が多いから翳っている。

「こんな時間まで、勉強か? 人間は大変だな。」
「今はそれが普通だ。」

 夜道を歩きながらの会話である。

「で? 塾ってなんだ?」
「ああ……覚えてたのか。塾は、学校で習った事をよりわかり易く習学する為の場所だ。予習と復習になる。」

 葉霧はなるべく車道側を歩く。
 この辺りの気遣いは欠かさない。

「よしゅー? ふくしゅー? 復讐すんのかっ?? おっかねぇな! べんきょー!」
「その復讐じゃない。“復習”だ。
 おさらいだ。」
「あー。おさらい。“おさらい”かー。」

 知らない事はヤマほどある。
 葉霧から聞いて取りこんで行く。

❨これを調教だとは露とも知らずな楓である❩

「楓は読み書きが出来たな。教わったのか?」
「あーうん。皇子みこにな。教わった。あと・・メシの食い方とかも教わった。」

(螢火の皇子が? 余程……“執着”していたんだな。一体何故だ。)

 葉霧は、怪訝な顔をしていた。

「後、魚の採り方も教わった。それから……少しだけどふみの書き方も。オレは下手くそで……いっつも笑われたな。」

 隣で少し恥しそうに嬉しそうに、話す楓。
 色々あるのか、思い出しつつ話を続けている。

(ん? 何だ? この“どす黒い”気持ちは? 何か……“面白くない”な)

 葉霧は、その隣で顔を顰めていた。

「ん? 葉霧? どうかしたか?」
「いや。別に。」

 楓は、隣できょとんとしている。

 ✣            


 城南進学塾は、駅前のビルにあった。

 五階建ての雑居ビル。
 そのビル全体がどうやら塾のものらしい。

「ここだな。」

 煌々と電気が窓から漏れている。
 ブラインドは下がっているが、蛍光灯の灯りは漏れていた

 葉霧はビルを見上げていた。

「葉霧。わかるか? “居るぞ”。」

 楓はビルを見上げるとそう言った。
 その表情は、険しくなる。

「その様だ。」

 葉霧にも視える。
ビル全体を禍々しく黒い渦が取り囲んでいた。それは、煙の様なものだ。

 葉霧の眼は碧に変わっていた。

 ビルの入口は閉まっている。
辺りは、通行人はいるが然程、騒ぎになってる様子もない。外観からすると進学塾そのもの。

 楓は入口の扉に手を掛けた。

 がちゃ……

 あっさりと開いた。
中は明るい。電気が点いていて白い壁と床が更に明るさを増していた。

 葉霧も楓の後に続く。

 部屋は広く、受付カウンターや談話の出来る椅子とテーブル仕切りのアクリル板があり、そこには簡易的な応接スペース。

「誰も……いねぇな。」

 入ってみたものの誰もいない。

 だが……

 がしゃーん。

 と、物音が聴こえた。

「上か?」

 葉霧はその物音のした方を見上げた。

 奥の方からしたのだ。
 だが、上からの様に聴こえた。

 楓と葉霧は人のいないフロアから奥に向かう。

 エレベーターと階段。
 トイレのあるフロアに出た。

「階段があったから上からの音が聴こえたんだな。」

 電気は点いている。
 二階に上がれる階段が、目に入った。

(エレベーターは三階で停まってる)

 葉霧はエレベーターの表情が③になっていたのを見ていた。そこで停止している様だ。

「階段で行ってみるか?」

 楓は言いつつも足は既に階段に向かっていた。それに、背中に背負っている夜叉丸を取った。

 腰元にベルトをしている。
そこに夜叉丸を突っ込むと準備万端なのか階段を登りはじめたのだ。

「気配は感じるな」

 葉霧も階段を登りながらそう言った。

 上の階からどす黒い、薄気味悪い空気が漂ってきている。葉霧はそれを“気配”と、称している。

「ああ。」
(血の臭いがしねぇだけマシか)

 楓は鼻が効く。
 血の臭いがわかる。

 二階に着くとフロアは真っ暗だった。
だが、教室があるのか廊下は電気が点いていた。エレベーターと階段のあるこの空間だけ暗い。

「覗いてみるか?」
「いや。ここにはいない」

 楓の声に葉霧は先を急ぐ。

(三階だ……。近くなってきたからわかる。気配が強い)

 階段を登りながら身体に纏わりつく様な空気を感じていたのだ。己の身体にくっついて剥がれない様な空気。

 気味の悪いものだ。

 楓は葉霧を追う。


 三階は電気が点いていた。

 と、同時に

「うわぁ~~~ん……」
「おかあさ~~~ん……」

 泣き声も聞こえてきたのだ。

 嗚咽混じりで泣く子供の声だった。
 廊下に響くほどだ。

 葉霧の表情は変わる。
 険しい表情だ。

 廊下は広く長い。

 教室は三つある。どこも電気が漏れていた。廊下から教室内が見える様に、窓がついているが今は、どの部屋もブラインドが降ろされていて、室内を覗く事が出来ない。

 子供達の声が聞こえてきたのは真ん中の部屋だった。

 ガチャ。

 葉霧はドアを開けた。

 楓と同時に踏み込んだのだ。

 教室の中は滅茶苦茶だった。
椅子や机は散乱し、何よりも黒板の前に居るのは、講師ではなく大きな蜘蛛であった。

 教室中に張り巡らされた蜘蛛の巣。
そこに、子供達が捕らえられている。
蜘蛛の巣に引っ掛かり、そこで見動き出来ぬまま泣いていたのだ。

 かなりの数の子供達だ。

 蜘蛛の足はちょうど、子供二人を掴んでいた。本当に幼い子供だ。

 小学生の低学年ぐらいであろう。

「おや? お客さんですか?」

 蜘蛛の眼は光る。
 蛍光色の黄色。発光していた。

 黒光りする硬そうな身体。
 長い脚。どれをとっても蜘蛛であった。

 ただ、巨大だ。

「そいつらを離せっ!!」

 怒鳴るのと、踏み込むのは同時であった。

 楓は刀を抜き蜘蛛に飛び掛かったのだ。

「楓!」

 葉霧がそう呼んだ時、蜘蛛の口から楓めがけて糸は放たれた。だが、楓は床を蹴りあげ糸を避ける。

(速いのか。楓の方が……)

 葉霧には見えた。
 糸が放たれた事を、楓は察し避けたのだ。

 刀は蜘蛛の脚を斬りつけていた。

 鮮やかであった。

 子供を捕まえていた脚を二本とも切り落としたのだ。

「うっうっ……」
「~~~~っっ!!」

 泣き声だけしか響かない子供を二人。
 抱え、楓は蜘蛛から離れた。

 ボト……ボト……

 蜘蛛は脚を切り落とされ床に落とした。
切り落ちた脚からは、どす黒い液体が流れていた。まるで人間の血の様であった。

(血が……黒い??)

 楓は葉霧の側まで子供を抱えて着地した。
 跳躍力は、空は飛べないがかなり高い。

「大丈夫か?」

 葉霧は子供を支えた。

「うん……うっ……」
「うわ……ひっ……」

 声にならならい声だ。
 泣きじゃくる子供。

 葉霧は二人を抱きしめると頭を撫でた。

「大丈夫だ。ここから出るんだ。」

 ぽんっ。

 子供たちの頭を優しく撫でた。

 楓は葉霧たちの前に立つ。
 蜘蛛の脚が、再生を始めた。

「!!」

 楓は蜘蛛の巣に捕まっていた子供が二人。
さっきまで泣いていたのが、ぴたっと泣き止んだ事に気がついたのだ。

(まさか……。傷つけると“再生”する為に、“喰う”のか?)

 子供の身体は、空気の萎んだ様になってしまった。まるで骸骨の様に、肉体は無くなってしまった。

 ぎゅっ。

 楓は刀を握り締めた。

「あ~……こんなに美味しい食事は久々です。やはり“魔都”は、最高ですね。わんさかと餌が転がっている。」

 蜘蛛の口から唾液が垂れる。

 恍惚の表情すら浮かべていた。

 葉霧は子供達が教室から出て行ったのを見てから立ち上がった。

「どうかしたのか? 楓」

 目の前で震える手で、刀を握る楓の様子に葉霧は一抹の不安を感じ取ったのかもしれない。その表情は、とても険しい。

「ガキを喰いやがった。」
「!」

 葉霧は蜘蛛の脚を見ると顔色を変えた。

(楓に切り落とされいる脚が……元に戻っている。)

 葉霧は辺りを見回した。

 天井付近の蜘蛛の巣に捕らえられている子供達の中に服を着た骸骨が二体。

 糸に捕らえられていた。

「まさか……」
「ああ。アイツ……厄介だ。」

 楓は刀を強く握り締めた。

「さて。今度はこちらの番ですよ。」

 蜘蛛は脚を動かし向かってくる。
 それも機敏に。

 長いトゲのついた脚を槍の様に突き刺してくる。

「葉霧!」

 楓は葉霧の身体を掴みその脚から避ける。

 床に二人が倒れこむと蜘蛛は更に違う脚で葉霧を貫こうとしてきた。

「!!」

 楓は葉霧を抱え、とんっ!

 床を蹴りあげ飛んだ。
 後ろに。

「楓!」

 肩に担がれた葉霧は驚いてしまった。

(ちょ……軽々?? どんだけだ。)

 とん。

 楓は床に着地すると葉霧を降ろした。

 楓の右腕から血は流れ落ちる。
 蜘蛛の脚につくトゲで斬りつけられたのだ。

「大丈夫か?」
「ああ。それよりも“急所”だ。このまんまじゃアイツを、斬りつけらんねぇ」

 蜘蛛は二人めがけ接近しつつ脚で貫こうと攻撃してくる。

 楓は葉霧の襟首掴み脚を避ける。

(これだけ……動かれていると……)

 葉霧は楓に抱えられながら、蜘蛛の身体に目を凝らす。蒼く光る結晶を探すのだ。

「ほらほら! 逃げてばかりではどうにもなりませんよ!」

 ドスッ!

 楓と葉霧が避けると黒板や壁に脚は突き刺さる。だが、それを抜き素早く方向転換すると更に突き刺そうと脚を伸ばす。

 四方八方から機敏に脚を動かし、二人を狙う。

「……」

 楓は教室の中を葉霧の腰を抱き抱えながら動き回る。

 ブシュッ……

「くっ!」

 右肩に脚が接触したのは天井付近に飛んだ時だ。

「楓!」

 葉霧は楓が右肩から血を吹き出したのを知って叫んでいた。

「降ろせ! 俺は大丈夫だ!」
「うるせぇよ! 気が散る! 喋んな!」

 楓は床に着地。
すると後ろから糸の切れた蜘蛛の巣から子供たちが床に落ちてきたのだ。

「ふははははっ!! ほらほら! 踊りなさい!!」

 楓は血を流しながらも天井や床。
 壁。葉霧を抱えながら駆け回る。

(教室の中をまるで一周するかの様に……)

 葉霧は楓が飛び回り、その身体に傷を負いつつも、串刺しだけは避けているのを見ていた。

 楓は教室中を駆けずり回り蜘蛛の脚を避けていた。

 床に壁に天井に、蜘蛛の脚は突き刺さり抜かれ、また楓に向かって伸びてくる。

 その間にもトゲは辺りを切り裂く。
 これが、脚を避けても楓の身体を切り裂く刃物になる。

 たんっ!

 楓はようやく教室の中央に飛び降りた。

「葉霧……。ガキを頼む」

 楓は葉霧の耳元でそう囁くと、腰から手を離した。
 葉霧は床に降ろされる。

(子供……? そうか……。なるほどな。)

 葉霧は辺りを見回し口元を緩めた。

 そしてそれは蜘蛛も同じだったのか、脚を止めたのだ。

「お前……」

 発光している眼は楓を睨みつけた。

「ああ。良く動く“脚”で助かったよ。お陰で全員。奪還済みだ。」

 教室中に張り巡らされていた蜘蛛の巣。
捕らえられていた子供たちは、解放されていた。

 蜘蛛が脚で突き刺し、貫き蜘蛛の巣を破ったのだ。そのお陰で、子供たちは解放された。

 葉霧は子供達を集め誘導する。

「ここから出るんだ。大丈夫だから。」

 泣き止まない子供達を必死に立たせ、教室から連れ出す。

 廊下に連れ出してまた舞い戻り、教室から子供達がいなくなるまで、彼は献身的に救出する。

「貴様っ!! よくも! よくも~~~っ!!」

 楓は刀を握り怒り狂った蜘蛛の突進を難なく避ける。蜘蛛は、脚を避けた楓に伸ばした。

 貫こうとしてくるその脚を楓は斬り落とす。

「ぐぅっ!!」

 一気に切り落とされた脚は床に落ちる。

「餌がねぇと再生出来ねぇのか? それならお前はズタズタにしてやるよ。」

 楓の眼は蒼く光る。
 ニイッ……と、口元が歪む。
 不気味な笑みだ。

「死に晒せ~~~っっ!!」

 蜘蛛は楓に激突してくるかの様に向かってくる。楓は脚を次々と切り落としてゆく。

 その動きはまるで“修羅”の様であった。
刀を振り上げ振り下ろし、血を降らせ脚を切り落とし。

 髪を振乱し身体を俊敏に動かし、活き活きと動くその様は、“血を求め惨殺する”為に生きる修羅。
 
 正に……“鬼”の様であった。


「楓……」

 葉霧は子供達を下まで送り届け戻ってきた。外に出すのは危ないので一階だ。

 そこで警察に通報してからここに戻ってきた。

 目の前に広がるのはどす黒い蜘蛛の血を頭から被った楓と胴体をひっくり返し、ピクピクと動く蜘蛛の姿だった。

 脚はすべて斬り落とされている。

 動けなくなった蜘蛛は身体を支えられず
 ひっくり返ったのだ。

 それでもその胴体は、まだピクピク……動いていた。

「……」


『俺はこの時……始めて楓を、“鬼”だと理解した。紅く無いが……どす黒いその血を、全身に浴びて刀を持つ。その姿は鬼だった。人間では……無い。』


「葉霧。急所は視えるか?」

 眼元まで垂れ流れている血で、楓の顔はまるで墨汁でも掛けられたかの様になっていた。

 服で拭う。
 その眼元を。
 眼に掛かる黒い血を。

 余計に不気味であり悍ましい化身になった。

「ああ。口だ。喉元だ。」

 葉霧は教室に入りながらそう言った。

「そうか。“食欲塗れの下衆”には丁度いい。“冥府”へ逝け。」

 ドスッ!!

 楓は蜘蛛の口に刀を突き刺した。
 開いた口から喉元まで。

 刀が突き刺した事でやはり、蜘蛛の身体は閃光が走り爆破した。

 木っ端微塵に。

「!!」

 その爆風と閃光に葉霧は腕で目を庇う。

 楓は吹っ飛ぶ瞬間もただ笑っていた。
 冷たい笑みを浮かべていた。

















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