楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第14夜  葉霧の学校

 ーー春の桜も見頃咲頃を終え、散りゆきやがて葉に変わる。

 蒼月寺の桜は“満開”。
 ここだけまるで……時が止まったかの様に見事に花を咲かせていた。

 この御神木は、“奇っ”怪で、1年中。桜の花を散らせる事は無い。
 曰くつきの桜なのだ。


 蒼月寺の和室では……穏やかな食卓風景が広がっていた。

 味噌汁の汲まれたお椀から湯気が立ち、香りが仄かに広がっていく様。

 炊きたてのご飯の湯気が並べられたお茶碗から立ち上る。


「いただきます。」

 葉霧は、学園の制服姿。
蒼の混じった紺のブレザーではなく、本日はグレーのVネックセーター。
ワイシャツとネクタイが襟元に見える。

 手を併せそう言うと箸を手にした。

 その隣には鮭の乗ったお皿。
 ピンクの桜の絵柄のついたお茶碗。
 臙脂色のお椀が伏せてある。
 そして……ピンクの陶器の箸置き。
 置かれたピンクの箸。

 一人分……の食事の支度がされている。
 きちんと、畳には座布団まで敷かれている。
 だがここに、その食事をする者の姿は無い。

「葉霧。楓はどうした?」

  冒頭の話は・・ここの話である。

 鎮音は穏やかに食事がされる中で口を開く。

 食器を置く音。
 味噌汁を啜る音。
 食卓は静かにその時を刻んでいた。

 優梨と夏芽も静かに食事を進めている。

「さあ? “監視”してる訳じゃないからね。俺は。」

 葉霧は、茶碗を持ちながらまだ湯気の立つ鮭を箸で切り分けていた。

「ニ週間……って、あっとゆう間ね~。なんかずっとここに居るみたいな気がするわ。」

 優梨は空席の場を見つめている。

「“存在感”だけは人一倍あるからな。」

 葉霧は箸で切った鮭を口に運ぶ。
 姿勢正しく・・胡座はかいているが。
 その食事作法も、綺麗で摂食の仕方も綺麗だ。

「何処ぞで何かしておらんといいが……」

 考え込みながらの鎮音の言葉だ。

「まさか。朝早くからウロウロはしないでしょう。」

 夏芽は鎮音に、笑いながらそう言った。

(爆睡してるだけだ)

 葉霧は黙々と食事を勧めた。


 蒼月寺は今、居候中の鬼娘の楓を加え五人。暮らしている。

 玖硫鎮音は現当主❨住職❩であり、所謂。
 大黒柱だ。この家を取り仕切る家長である。

 鎮音は、玖硫の姓を引継ぎこの寺も継いだ。婿を取り子を授かり育て、敷地内にある墓地と寺の管理をしている。


 鎮音には子が三人。
 長男、次男、長女。
 何れも独立し生活している。

 葉霧は長男の息子である。

 滝川 夏芽は、葉霧の父親の後妻の“連子”であり、中学二年生の時にこの寺に、やってきた。
 
 葉霧は当時、小学三年生であった。
 それ以後ここで暮らしている。

 現在は、ミステリー小説の作家として売出し中ではあるが、細々と執筆中。

 サラサラの黒髪は少し長めで、綺麗な顔立ちなのにモサッと見える。
葉霧と同じ明るめのブラウンの瞳。
執筆のために眼鏡を掛けている。

 その嫁が、優梨だ。鳴かず飛ばずの作家を支える嫁である。

 優梨は、週に三回。
街にあるスーバーのレジで、パート勤務をしている。

 ふわっとしたパーマ掛かったセミロングより少し長めの髪を……いつもシュシュで纏めた可愛らしい人。
 
 黒い瞳は大きくぱっちりとしている。

 祖母と孫兄弟。そして嫁。
 これが、蒼月寺の暮らしの全般であった。
 ニ週間前までは。

 そこに突如。
 鬼娘が出現し、穏やかで静かな一家の暮らしは変わりつつあったのだ。


 ーー二階。

 広い洋室。
 ベランダのある窓のカーテンは開けてある。
 
 葉霧が今朝、覗いた時に開けたのだ。

 セミダブルのベッドの上で大の字。
布団もお腹周りには掛かっているが蹴っ飛ばしたのか足は飛び出している。

 鼾を掻いて爆睡しているのが、かえでだ。
 
 枕は頭を乗せておらず置いてあるだけ。
 豪快な寝相である。

 枕元には……数冊の本が散らばる。読み掛けで寝落ちしたのか、ページも開きっ放し。


 “安土桃山文化” “ザ☆江戸幕府” 
“明治維新と時代の幕開け”など、歴史の本が散らばっていた。


「行ってきます」

 窓も少し開いている。

 この辺りは静けさに包まれているので家内の声も響く。

「ん……あ……?」

 涎、垂れた口と目を開けた。

(……葉霧か……。また出掛けんのか……)

 直ぐにその瞼はくっつく。
 眠りに誘われたのか鼾も音を立て始めた。


 ✣           



 葉霧が、通う高校はこの街にある。
 寺のある住宅街を抜け、商店街のある街中を抜けて、更に坂を登った高台。

 街を見下ろすかの様にその学園はある。

「おはよー」
「おはよ。ねー。観た??」
「観たみた! ドラマでてたねー。」


 坂道を登る途中で生徒たちの声も響く。
 登校時間は生徒たちでいっぱいだ。

 この坂を登ると……
“私立各務かがみ学園高校”が、出てくるのだ。

「おはよ。葉霧くん」

 葉霧は後ろから声を掛けられた。
 振り向くとそこには女子生徒がいた。

「ああ。立川。おはよ。」

 眼鏡を掛けた女子が隣に並ぶ。
 はにかむその可愛いらしい顔。

「相変わらずね。」
「え?」

 葉霧は女子立川の、声に聞き返す。
 立川は顔を横に向けた。


「玖硫くん。今日もカッコいい!」
「あ~。ほんとキレ~~よね。」
「てか。隣の娘だれ??」

 すぐ近くにいる女子数名。
 葉霧の方を見ていた。
 立川はその女子達に視線を向けたのだ。

「ああ……」

 葉霧はこちらをちらちらと見てる女子の姿を見て前を向く。

 その女子たちだけではない。

 坂道を同じ様に歩く女子生徒達は、葉霧の姿を見ては目を輝かせ頬を紅く染め・・熱視線を向けている。

「生徒会会長になるぐらいだもんね。
 それも。二年生で。」
「あれは“理事長の強制“だ。」


 隣でくすくすと笑われるが、葉霧は至って自然体。

 校門を潜ると“ソレ”は、起こる。

「玖硫く~ん!」
「葉霧く~ん! おはよー」

 あっとゆう間だ。
 葉霧の周りは女子生徒達で囲まれる。

 一緒に来た立川も、葉霧の隣から追い遣られる。必然的に。

 どん。

 その身体を追い遣られたのだ。

(相変わらずね~……)

 立川は慣れた様子。
女のコたちに囲まれて歩いて行く葉霧の背中を見ていた。

 わらわらと集ってくる女子たちは葉霧を囲み集団で校舎までの並木道を包囲するかの様に歩く。葉霧はその中心で、涼し気な表情。

 日常生活の一部である。

「葉霧くん。今日のランチ一緒にどぉ??」
「あたし達も!」
「お弁当作ってきたのよ~。」

 葉霧の腕を掴む訳ではないが、寄り添う様に両脇を固めていた女子たちの視線は、葉霧に向かう。

「今日は……生徒会の仕事があった気がする。」

 葉霧は、何てことはない。
 そんな表情で返す。

「あら。それならあたし。手伝うわ。」
「勿論! あたしも!!」

 食い入る様な女子たちの声と視線。
 上目遣いで葉霧を見ている。

「いや。生徒会だからね。それはちょっと」
「それなら。今週末はどうかしら? 空いてる?」

 やんわりと断ったつもりが、別の事を提案されて葉霧は少し驚いた表情をするが、直ぐにポーカーフェイスだ。

微笑みを浮かべた。


「今週末?」
「ええ。たまには映画でもどう?」
「新しく出来たカフェでも行かない??」

 タッグを組んでいるのかは定かではないが、女子たちは葉霧に仕切りに今週末の予定を聞き始めたのだ。口々に。

「今週末は予定があるんだ。」

「ええ??」
「そうなの?? 先週も言ってなかった??」
「春休みの“イベント”も、結局、花見で終わっちゃったわよね?」
「葉霧くん! 最近……冷たいわよ~~」

 一言返せば直ぐに何人からも不満は返ってくる。責め立てられる様な口調で。

 葉霧はそれでも微笑みは崩さず。

「ごめんね。ちょっと色々あって。」

(楓を“図書館”に連れて行く約束をしているからな。)

 躱しつつ校舎に向かう。
心做しか速歩きになるが、女子生徒達も追ってくる。

「何かあったの? お家で?」
「大丈夫?? 何かあったら言ってね。」
「そうよ~……玖硫くん。相談して。」

 集団は、下駄箱に向かう。
 葉霧と同じクラスで無い娘たちは別の下駄箱に向かうがそれ以外の娘たちは、葉霧の傍にいる。

 がた……

 下駄箱の扉を開ける葉霧に視線を向けている。

 どささ……

 開けた瞬間だ。
雪崩の如く下駄箱から、手紙。
そしてラッピングされた箱や、袋が落ちてきたのだ。


「も~! またぁ??」
「“ファンクラブ”通してくんないと困るのよね!」
「最近、多くない??」

 
床に散らばるそれらを見て文句を言うのは葉霧ではなく女子生徒たちだ。

 葉霧は……

 ふぅ。

 と、息を吐くとしゃがむ。

 床に散らばった手紙やラッピングされた箱。それに袋。それらを、前に鞄を開けた。

 女子生徒たちは“手は出さない”。
 廻りで眺めているだけだ。
 とても不満気な表情で。

 葉霧は鞄から袋を取り出すと、床に落ちた箱に手を伸ばした

(MELTのチョコか。楓にあげよう)

 高級ブランドのチョコレートの箱だ。
 それを、袋に入れる。

 手紙を、手にすると。

 じ~~~っと見つめる女子生徒達の視線に葉霧はさっさと袋にしまう。

(面倒だな。こんな時……楓がいれば、一蹴してくれそうだ。)

 ささっと袋にしまっていく。

 床に散らばった貢ぎ物を、しまうと葉霧は
 立ち上がる。

「葉霧くん。その手紙……“ラブレター”よね?」
「今時。どうかと思うけど。玖硫くんは、IDとか教えないから。」
「それはあたり前よ! ファンクラブに入らないと聴けない“掟”に、なってるでしょ!」
「そうだけど。こうやって勝手なことされるの困るじゃん。」

 葉霧は、女子生徒たちが揉めだしたのを素知らぬ顔でさっさと室内履きに、履き替えると下駄箱をあとにした。

「あ! 葉霧くん!」
「待って! 一緒に行きましょ!」

 慌てた様に女子生徒たちは、室内履きに履き替える。

 葉霧は、この各務学園高校で
【薔薇の王子様】の異名を持つ人気者だ。

 異名の理由は……【薔薇のような微笑み】を持つからだ。まるで、アイドルのキャッチフレーズの様である。

 ファンクラブもあり、葉霧は学園の女子生徒たちから絶大な人気を誇っている。


ーー【2年7組】。


 女子生徒たちを引き連れ教室に入る葉霧。
同じクラスの娘たちは、葉霧の周りを取り囲み、まるでお供の様に、席まで同行する。


「ねぇ? 葉霧く~ん。いいでしょ?」
「週末がダメなら今日!」

 葉霧の席は、窓側の一番後ろ。

 がた……

 椅子を引くと机に鞄、貢ぎ物の入った袋を置いた。

「そうだな……。“見廻り”が終われば……。」

 葉霧は椅子に腰掛けた。

 見廻りとは、生徒会の仕事だ。
放課後に、戸締り確認の為に彷徨く。
用務員や宿直の職員室もいるが、葉霧たちは自主的に活動している。

 いじめ問題などの早期発見と、風紀の為だ。

「見廻り?」
「なぁに? それ?」

 必然的に席の周りに集まる女子生徒たち。

 と、そこに、

「葉霧。ちょっといいか?」

 声を掛けてきた少年がいる。

 女子生徒達の頭を一つ分。飛び抜けているブロンドの髪。
 キラキラと煌めく様な見事なブロンドだ。

 女子生徒たちが振り向き色めき立つ。

 それもその筈、彼もまたかなりのイケメンである。
 日本人離れした整った顔立ち。
 前髪から覗くグレー掛かった瞳。
 目元はスッとしていて、少し強気な眼差し。

 背も高く体格もそれなり。
 同級生たちよりガタイは良く目立つ。
 とにかく。


「ああ。“灯馬とうま”か。どうかしたか?」
「これなんだけど……頼まれた。」

 灯馬は、女子生徒たちの間を縫い、正面に立つ。

葉霧に一枚のプリントを渡した。

 女子生徒たちはその様子に席から離れてゆく。

雨宮灯馬あまみやとうま】の雰囲気が、無言の圧を与えていたのかもしれない。

 くすっと、葉霧は微笑む。

 がた。

 灯馬は斜め前の席の椅子を引き机の側に持ってくると座った。

「あ? なんだ? なんで笑う? おもしれーこと書いてねーぞ。それ。」

 葉霧の微笑みに怪訝そうな顔だ。

「いや。“助かった”よ。」

 葉霧はプリントに視線を落とした。
軽音部による、ホール貸出し申請の書類であった。

「あー……」

 灯馬は廊下側の席に集まりこちらをちらちらと見てる女子生徒達を横目、

「邪魔したか?」

 にやっと笑った。

「助かった。って言ったろ?」
「葉霧は“優しい”んだよ。ビシッと突っぱねろ。邪魔くせーって。」

 灯馬は机の上に置いてある袋に視線を向ける。途端に、その顔は呆れた様子になった。

「またか? すげーな。相変わらず。」
「いつもの事だ。」

 袋に指を引っ掛け、中を覗く。

「コレって毎回……食ったり読んだりしてんの?」
「いや。手紙はそれなりに、お菓子系は渡す。」
「ん? 誰に?」

 灯馬は葉霧に視線を向けた。
 少し強い眼差しだ。

 葉霧はプリントに視線を向けたままだ。

「あー最近。付き合い悪いのは……もしかして……ソッチ系?」

 灯馬は、涼し気な顔をしている葉霧を見る。

「まさか。ただの居候だ。」
「へ?? いやまじ?? オンナと住んでんの??」

 驚いた顔をした灯馬の様子に葉霧は視線をあげた。目の前で、とても驚いたのか目を見開く灯馬に。

「優梨さん。」
「いやいや。それは知ってるから! まじで?? どんな娘? 葉霧を落とすって興味あんな。」
「そんなんじゃない。」

 葉霧はプリントに視線を戻した。

(ふ~ん。満更でも無さそうだな。この“難攻不落の鉄壁”を突き破るとは。気になんな~……)


「ホール貸し切りでライブを演るのは構わないが……」

(何でこれを灯馬が頼まれてくるのかが、よくわからない)


 葉霧が視線をあげるとそこにはにやにや。と、笑う灯馬がいた。

「ん? 何? その顔。」
「べーつに。」

(明らかに“勘違い”しているな。)

 からかう様な目。にやつくその顔。
 葉霧は、溜息つく。


【雨宮灯馬】は、葉霧の幼稚園からの幼馴染み。二人は、幼稚園からこの各務学園だ。
 葉霧にとって、とても縁の深い友人である。

(今度、チラッと覗きに行ってやろ。)

 灯馬はにやにやと笑い、葉霧の少し困惑している表情を見ていた。
 とても愉しそうに。
          
 ✣
            


 ぼ~~~っとしている。
 ベッドの上で。

(寝過ぎたな……)

 ぼりぼり。

 首をかきながらアクビ。
 楓はベッドから降りた。

 ふわ。

 開いてる窓の側で揺れるカーテン。
 レースのカーテンだ。

(……雨の匂い……)

 風が運んだ湿った空気。
 空は晴れ間が覗き、陽も出てはいるが灰色の雲はどんよりと拡がり始めていた。

 陽が傾き始めている頃であった。

 コンコン……

 ドアがノックされる音が響く。

「楓ちゃ~ん? 起きてる??」

 優梨の声であった。

「起きた。」

 楓が返事をすると、ドアは開く。

「あ。今……起きたのね。」

 眠そうなその顔を見て優梨は少し苦笑いを浮かべた。わかり易すぎるその眠そうな顔。

「どーかしたのか?」
「パートに行かなきゃならないのよ。当欠が出ちゃったみたいで……」
「とーけつ???」

 優梨は部屋には、入らずドアの所から覗き込む様にしている。
 楓はぼりぼりと頭を掻いた。

「お休みした人がいるのよ。その代わり。」
「ふ~ん。大変そうだな。」
「でね。雨が降ったら……葉霧くんのお迎え、行って欲しいんだけど。」

         
 楓はその声に優梨の方に向かう。
 優梨はドアを全開にする。

「お迎え??」
「そうなの。折り畳み傘を持って行くのを忘れたみたい」
「いいよ。退屈だから。」

 優梨の顔は笑みが広がる。
 手を、ぽんっと叩く。

「良かったぁ~~」
「大変だな。」
「ん??」

 楓はこの家で優梨が皆の為に、いつも世話を焼いているのを見ている。
❨今は楓が特に世話を焼いて貰っている❩

心からの一言であった。

「コレね。」

 優梨が差し出したのは一枚の紙だ。
 B5サイズの紙である。

「ん?」
「葉霧くんの学校までの地図よ。書いてみたんだけど……わかる?」

 楓は地図に目を向ける。
 手書きで寺から各務学園高校までの道順を丁寧に書いてある。

「あ。この“公園”はわかる。あー。その道を真っ直ぐか。うんうん。わかるよ。」

 地図を眺めながら頷く。

 綺羅キラと、出会った公園だ。

「そ? 行けそう?」
「大丈夫だ。」

 こうして、楓は葉霧の学校まで迎えに行く事を頼まれたのだ。


            




 










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