楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第12夜  同調

 ーービルの中から出ると人が数人いた。

「お。大丈夫か? 揺れただろ?」
「なんで高校生がこんなとこに?」

 出てきた楓と葉霧を見ると話をしていた男性二人が声を掛けてきたのだ。

 スーツ姿の男性だった。
 髪型やそのピアスなどからしても飲み屋の従業員の様に見えた。

「ああ。知り合いがいるんですよ。」

(あの揺れは……現実なのか。)

 葉霧は困惑はしていたが男性二人の心配そうな様子にそう答えていた。

「いきなりだったものね~。」
「地震じゃないのかしら?」


 楓は近くにいる女性達の話し声に耳を傾けていた。コチラも少し派手な服装をした女性たちだ。

「そうか。ならいいが……」
「高校生が来る所じゃねーぞ。」

 男性二人は葉霧にそう言うとビルの中に入って行った。

「楓。帰ろう」

 葉霧は楓を促した。

「ああ。」

 楓も葉霧と一緒に歩きだした。


「爆発?」
「ドォォンって聞こえたとか。」
「何? でも火事になってないんでしょ?」
「地下だって。」
「配管とかある所よね?」

 ビルから離れる間にもそんな会話は聞こえてきた。

「何だったんだ? アレは」

 歩道を歩きながら楓がそう言ったのだ。

「楓と居るとわからない事だらけだな。」

 葉霧はそう言った。

「悪かったな! オレだってわかんねぇよ!」


 楓はムッとして葉霧を見たが隣で微笑んでいた。


「退屈はしない。」
「退屈だったのか?」


 余りにも微笑んでそう言った葉霧に楓は聞き返した。

 葉霧は何処か遠い目をしていた。

「あ。葉霧……眼が戻ってるぞ。」

 横顔を見つめた楓は、葉霧の瞳が茶系に戻っているのを見るとそう言った。


「そうか……」


 葉霧は頷いただけだった。
 だが、表情はとても穏やかであった。


「あの……ランタン持ってた男は何モンだったんだろうな? あやかしっちゃー……妖なんだろうけどさ」


 楓は少しズレたフードをあげた。


「あやかしの中にも色々いるのかもしれないな。人外を総称して呼んでいる、とも聴いた事があるし……人で無い者が化けた者とも、聴いた事もある。」


 葉霧は楓のフードを直した。
 角が見えない様に。


 暗くなった街中はネオンの発光で明るく煌めく。

 歩道はスーツ姿の男女達が溢れている。
 この辺りはオフィスビルなども多く、飲食店などに流れてゆく人達も多い通りだ。

 さっきの裏路地を少し歩いて行けば古くから営業しているバーやスナックなどが軒並み連なっている。

「オレらが知らねぇ……見た事ねぇ奴とかも
 いんのかもしんねぇよな。」
「そうだな。楓が千年近く生きたまま封印されるぐらいだからな。」

 葉霧は柔らかな笑みを零した。

「なぁ? それバカにしてねー?」
「してないよ。」
「してるよな?」
「してない。」

 この押し問答は終わらない。

 ✣

           
           

 ーー【蒼月寺】

 月明かりに照らされる母屋。
 そこに帰宅した葉霧と楓は、和室に向かった。
「お帰り。何か地震だか何だかあったんだって? それに……死体まで発見されたみたいだな。」

 和室では、夏芽はテレビを観ていた。
 報道番組か、テロップと女性アナウンサーが画面に映っている。


「何かあったのか?」


 鎮音は、入ってきた葉霧にそう聴いた。
 二人の入ってきたその顔は・・疲れた様子だった。


 楓は刀を畳の上に置くと座る。


「ああ。少し……」

 テレビは、夏芽の座る後ろにある。
 大画面だ。
 夏芽は身体をテレビに向けて座っていた。
 テーブルに背を向けている。

 だが、二人が帰ってきたことでその顔だけは後ろを向く。


 葉霧はビニール袋をテーブルの上に置いた。座布団に膝をつく。

「あ。お帰りなさい。ごめんね? 買い物たのんじゃって。」

 和室の奥にある台所から顔を出したのは優梨だ。物音と話し声に、出てきたのだろう。
 だが、顔色を変えた。

「何かあったの?」

 優梨がそう言うのと夏芽がリモコンで、テレビを消したのは、殆ど同時であった。

 並んで座った楓と葉霧に、優梨も腰を落とした。夏芽は身体を正面に向けた。
静けさが空間を包む。


「あやかしに遭遇した。」


 静寂を打ち消したのは葉霧であった。

「え?? もしかして……さっきのニュースは、そのせいなのかい?」

 夏芽は酷く驚いているのか、声も少し大きくなった。隣の優梨も固唾を飲む。

「死体が、発見されたと報道では言っていたが。それもその影響か?」

 鎮音は口調こそは穏やかであるが、険しい表情をしていた。

「死体?」
「警察が、大きな音のした揺れたビルに、入ってそこで見つけたらしい。かなり犠牲者が、いそうだと報道されてたよ。」


 ぎょっ。とした優梨に夏芽が報道番組で聴いた事を伝えた。


「その死体は……アイツの仕業だ。オレが仕留めた奴。」

 楓は少々・・得意気な顔をしている。

「食欲。そいつの仲間らしき奴がそう言っていた事も踏まえると……恐らく。死体はそのあやかしが喰い殺した。と、考えて間違いないだろう。」
「喰った。に決まってんだろ? 葉霧の事も喰う気マンマンだったじゃねぇか。」


 憶測の様な口振りの葉霧にまるで決定打を与えるかの様に、話す楓。
隣で葉霧は些か顔を顰めた。


「事実は見ていない。全て……男の話と推測だ。」
「細けぇなー。床にゴロゴロしてただろ。」

 顰めた表情を戻す。
 代わりに無表情になった。

「見ていないモノを恰も見た。と、断言するのは危険だ。先入観は人の思考を“束縛”する。」
「へ……??」
(なんのこっちゃ???)


 楓の顔はまるで疑問符が浮かびあがっているかの様にぽかーんとしている。
 夏芽は少しだけ口元を緩めた。

(おかしなコンビだな。まるでタイプが違う)


「それで? そのあやかしは?」
「ばーさん。話聞いてたか? オレが仕留めた。って言ってんだろ? あ!!」

 楓の表情はコロコロと変わる。鎮音を諭していたかと思えば、今度は口を開けて止まった。


「どうかしたの? 楓ちゃん。
 いきなり大きな声をだして……」

 びっくり。したのだろう。
 優梨は目を細めている。


「眼! だよ。“葉霧の眼”だ。」
「眼??」

 驚く優梨をそっちのけで、楓は鎮音に身体を半身向けるとテーブルに肘を乗せ軽く叩く。

「そうだ! 葉霧の眼が碧、だったんだ。しかも! 急所まで視えたんだ! な? 葉霧?」

 楓の顔は葉霧に向けられる。
興奮冷めやらぬ感じで、捲し立てる。

「碧の眼?」
「葉霧くんの眼が? いつもは茶色っぽいわよね?」


 夏芽と優梨は葉霧の眼をじ~っと見つめる。今はブラウンより明るめの茶系色である。長い睫毛が瞬きすると揺れる。


「葉霧。お前は……幼少の頃から何か良くない事は、感じ取れても……あやかしの実体を視る事は無かったな」

 鎮音の視線は葉霧に向けられる。
 その眼は少し鋭い。

「ああ。突然で俺も驚いた。普段。余りあやかしを見掛ける事が無いのに、今日は視えた。その姿を。その時に眼が碧色に変わっていたらしい。」


 自分を真っ直ぐと見据える葉霧のその眼を、鎮音も強く見据える。

(嘘はついてなさそうだね。)


「葉霧。急所が視えた。とは? よくわかったな。」

 鎮音は視線を反らす事なく口を開く。


「あやかしの体内で何かが光っていた。
 結晶みたいな光だ。それを視て咄嗟に……急所だと思ったのは……何となくだ。」
「ほぉ? 何となくか?」
「ええ。何となく。」


 葉霧もまた、鎮音から視線は逸らさない。

(退魔師としての眼が、働いたからそう思えたんだろう)

 鎮音は湯呑に視線を移すと手を伸ばした。
 静かに口につける。

 ずずっ……

 お茶を啜る音だけが響く。

(なんなんだ? この変な空気……)

 楓は緊張感が漂うこの空気に口を開いた。

「で。それをオレが突き刺したらしいんだ。
 オレは腹を突いたつもりだったんだけど。」

 コト……

 湯呑を置く音。
 鎮音の視線は葉霧に向けられた。

「その直後に……あやかしは死んだのか?」
「ああ。まるで……体内から爆破した様な死に方をした。死体すらも無く、木っ端微塵だった。」

 葉霧は頷いた。
 鎮音は二人を見つめると

「なるほど。」

 溢す。
 そのまま腕を組むと暫く押し黙った。

(鎮音さんが黙った……)

 夏芽にもじわり。と、伝わってくる。
 その緊張感。

 だが、鎮音は軽快に言葉を放ち始めた。

「それは同調シンクロしたのかもしれんな。葉霧と楓の力が……共鳴たのかもしれない」
同調シンクロ?」

 葉霧はそう聞き返した。
 鎮音の静かなその眼を見ながら。


「“退魔師”としての力と鬼である楓の力が共鳴して・・波長が合ったのかもしれん。あやかしの急所を的確に捕えた事で破壊した。つまり……魂を砕いた事で完全に消滅させた。」


 鎮音の言葉は強く響く。
 和室の中に。

 夏芽は少し首を傾げた。
 考え込むかの様に。

「幽霊で言う所の成仏と言う事かな?」

 その後でそう口を開く。

「そうだ。退魔師は、完全にあやかしを“冥府”に送り届ける力を持っている。完全に死滅させる事が出来る。魂を彷徨かせる事なくこの世に残さない為に。」

 鎮音の声に葉霧は少し、強い眼差しを向けた。

「つまり……あやかしは、殺されても冥府に
 魂が送られない限り生き続ける事が出来る。」

 鎮音は軽く頷く。

「だから退魔師が存在する。あやかしは、何度でも復活をする。魂が無くならない限り。」

(その為の……【眼】か。なるほどな。)

 葉霧は軽く視線を落とす。
 まるで納得するかの様に。

 少し何かを考え込むかの様にしながら黙っていた楓が、口を開いた。

「てことは……葉霧はオレを殺せるんだ。」

 葉霧は目を丸くした。

「何を言ってるんだ? 楓。」

 驚いてそう聞き返していたのは、楓の表情がまるで確信に迫った様であったからだ。

「いや。オレ達、鬼も死なねぇんだ。魂がなくなんねぇ限り。彷徨って復活する。魂を壊せるって事は……鬼も殺せるんだ。」

 楓はそう言ったのだ。

「葉霧があやかしの体内に視えたのは魂だ。本来ならそれを砕き死滅させるのは退魔師の力だが、お前達の力は共鳴し同調シンクロした。理由はわからんがその事で、今回のあやかしは身体も粉砕したのだろう。」

 鎮音は驚いた様な顔をしたままの葉霧を、見つめてそう言った。葉霧はただ目を見開いていた。

(俺が……楓を殺せる?)


 優梨は不穏に見えたのか口を開く。


「でもそれなら……どうして葉霧くんはその力を引き継がなかったのかしら? まだあやかしはいる訳だし」


 話を変えたのだ。
 それにより、葉霧も楓も表情は変わる。
 優梨の投げかけた問に興味を示した様に。


「それはきっと時代の流れと薄血だろう。
 長い年月の中で血は、薄まっていったのかもしれない。遺伝子は継がれてゆくが……それも世代を紡いでいけば薄れてゆくものだ。それが……力とも関係しているのかもしれない。」


 その問に興味を示したのは夏芽もだったのか、持論を展開した。


「玖硫の力も時の流れの中で自然と効力を、失っていったのかもしれないな。」


 夏芽は楓と葉霧を交互に見つめた。
 その瞳はとても穏やかであった。


 鎮音は目を閉じた。


「葉霧の眼は、確かに退魔師の力の一つだ。
 それが覚醒したと言う事も……傍に同調シンクロする楓が、居るからかもしれない。」

 静かにそう語った。

(問題なのは“私”だ。あやかしたちが何もしてこないと思っていたのは事実だ。私の力も老いている。それに気がつかなかったのは私の責任だ。)

 鎮音は静かに目を閉じた。
 その顔はとても険しいものだった。

 楓と葉霧は自然と顔を見合わせていた。
 お互いを見つめていた。












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