楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第8夜  易者と黒い奴

 ーー住宅街を抜けると坂道だ。
 優梨と登ってきたこの坂道を下ると街中に出る。一瞬で賑やかなビル群が広がる。

 高台にある寺と周辺の住宅地。
そこはひっそりとしていたがここに降りてくると雑踏の波に巻き込まれる。

(商店街……。)

 楓が足を向けたのは螢火商店街だった。
さっきよりも人通りが多く活気も増していた。

 焼き鳥屋の前を通り人にぶつからない様に通りを歩く。

 本当に店ばかりが建ち並ぶ。それもシャッターの閉まる店は殆ど無い。流行っているのがわかる。

(占い、こーゆうのが妖しいんだ。)

 易者、占い。と、書かれた看板があったのは雑居ビルの前だった。
 楓はそこで立ち止まるとビルを見上げた。

 窓のある4階建ての雑居ビルだ。
 入口付近にある看板。ピンク色の光を放つ電飾灯でくるくると回っている。

 運命、占い、易者、恋愛。と、くるくると回りながら表記していた。三面にそれらが分けて表記されている。

 楓は階段に向かった。

 壁には【占いの館→3階】

 そう書いてある紙が貼ってあった。剥がれない様にガムテープで四方を留めてある。


(絶対、妖しい。)

 そう思いながら楓は階段で三階に登ってゆく。手摺りを支える棒は所々錆びている。

 狭く急な階段だった。

 ピンクのドアが出迎えた。
【占いの館】ドアにはその看板が掛けてある。木製の安易なもの。

 ドアを開けると中はとても薄暗い。
 狭い通路が続く。

「ほぉ? 珍しいな。」

 嗄れた老人の声だった。

(え? ジジィ?? このノリだと厚化粧のおばばかと思ったんだけど。)

 奥の赤いサテンの暖簾を避けて、出てきたのは小柄な老人だった。

顎に白い髭の生えた黄色い角隠しの様な帽子を被っていた。全身を金糸雀色で統一されていた。作務衣の様なスタイルで、そこに立っていたのだ。

「こりゃまた……。」

 楓の方を見ると喉元を隠す様に生えた髭を手で解く。その口元は緩む。

 室内は窓に布地が掛けられていて光は少ししか入らない狭い部屋だった。丸いテーブルと椅子が2つ。部屋の中央に置かれていた。

 照明はついているがぼんやりとオレンジ色に光る。奥の方まではよく見えない。

「占って欲しいんだけど」

フォッフォッフォッ……。

 楓がそう言うと老人はそう笑う。
 嗄れた声で。

 椅子を引くと

「お座りなされ。」

 そう促した。
 自身は引いた椅子に座る。
 楓は椅子を引くと腰掛けた。

 クッションや座布団も無い硬い木製の椅子だ。だが、やけに背もたれは長い。

 楓の首まであった。

「占いとな?」

 老人がそう言うと楓はフードを下ろした。

「オレの勘もすげぇな、的中だ。」

 老人は楓の頭の上の角を見るとにんまり。と、表情を緩めた。しわくちゃになるほど笑ったのだ。

「鬼か、それも“新参者”、昨日から彷徨いているのはお主だったか。」

 老人はそう言うとテーブルの上のキャンドルに炎を灯す。手でキャンドルに翳すと火が灯ったのだ。紅くオレンジと混ざる炎ではない。

 蒼白く紫掛かった炎だった。

「そんなに多いのか? ココは。」
「昔から“魔都”などと呼ばれておったからな、今やあやかしはこの街周辺に屯っている、人間の多い都市だ、隠れ棲むには丁度いい。」

 老人は二つ。
キャンドルを灯した。テーブルの端と端で炎は揺れる。

 浮かび上がるお互いの顔。

「隠れ棲むってのは人に紛れて暮らしてるって事か?」
「左様、人里離れた土地は過疎化が進み……隠居暮らしをするには、良い所かもしれんがワシらの様な、ヒトの居ない土地で暮らす事の出来ぬ者達は、こうして都心に集まってくるのだ。」

 老人は髭を解きながらそう言った。
 楓はそれを聞くと

「喰うって事だよな?」

 そう言った。

 フォッフォッフォッ・・・
 老人は高らかに笑う。

「存在意義は個別だ、ワシも喰うが、人間の死んだ魂を喰らう、過疎化の進んだ土地では長生きが多くてな、合わんのだ。」

 その目は険しさを滲ませていた。

「それでここに棲んで喰いながら生きてるって事か。」
「そうだ、殺生してる訳ではない、勘違いするなよ。」

 老人の嗄れた声は所々で聞き取りづらく楓は顔を顰めた。

「まー、別にオレはそんなの気にしねぇ。」

 老人はそれを聞くと目を細めた。
眉間に皺が寄る。目つきが鋭くなった。

「聞いとるぞ、“玖琉一族”の元に居るとな、何の目的だ?」

 嗄れた声が低く響く。

「勘違いすんな、別にオレが何をどーしようと思ってるワケじゃねぇよ、ただその玖硫一族について、聞きてぇんだ。」

 楓は身を乗り出すと肘をテーブルに置いた。前のめりになり老人に顔を近付ける。


「騙すつもりか?」
「そこまで腐ったか? 老いぼれジジィ。」


 お互いにその視線は鋭く絡む。
 睨み合いだ。

「まあ良い、何が目的だ?」

 老人は背もたれに寄りかかると手を組む。

「退魔師の一族だってのは聴いてる、だが……たいした力は無さそうだ、ジジィみてぇのがこうして、生きてるって事がその理由なんだろうな。」

 老人は口角をあげた。
 にやり。と。


「繁栄してきた人間の血も何連は滅ぶ。何百年と続いてきた徳川家然り、鬼神を持つとされてきた豊臣然り、玖硫一族も同じじゃ、当主であった鎮音しずねが弱体し……その力は最早、空前の灯火。」


 老人は身体を起こすとテーブルの上に手をついた。そこで両手を組むと楓を見据えた。

「表立って人間を殺さなければ奴等は何もして来ない、したくても出来んがな、末裔とされる倅が、まさかの“力無し”、玖硫は鎮音で“終わった”んだ。」


 不敵な笑みを浮かべながら老人はそう言った。余りにも毒々しい眼をしていた。この暗がりの中でもわかる程、鮮明な悪意に、満ちた眼だった。

 楓は老人を見据えると

「なるほど、野放し状態って事か。」

 と、そう言った。

「言っておろう、無意味な殺生はしておらん。」

 老人は笑う。
 声をたてて。

(クソ……コイツじゃ螢火の皇子の事は聞けねぇ、余計な事を言いたくねぇな、仕方ねぇ他を当たるか。)

 楓はがたっ。
 椅子を引くと立ち上がる。

「小娘」

 老人が楓を見上げた。

「あ?」

 楓は老人を見下ろした。
 その鋭い眼光を見下ろしたのだ。

「“余計な事”はするな、これは秩序だ。」

 老人はそう言った。

 ✣

 一方ーーその頃。

【蒼月寺】

 葉霧は椅子の背もたれに寄りかかり伸びをした。

 身体を伸ばした。

(終わった……。)

 デスクの上にあるのは“祝辞”。と、書かれた文書。

 パソコンで打ち込みプリントアウトした文書を前に椅子から立ち上がる。

 電源を落とすと右肩を抑え回す。

(こう言う仕事が、1番面倒臭い。)

 文書の最後には

【各務学園高校 生徒会会長 玖硫葉霧】

 そう、書いてある。

 葉霧は生徒会会長に任命されたのだ。
 それも今日、突然。学園に行って驚いた。

(全く……あの理事長も困った時は俺だ。)

 葉霧はデスクの上に置いてあるお茶のペットボトルを取ると飲む。

(あ……楓、大人しいな、物音も聞こえない、寝てるのか?)

 葉霧はキャップをくるくると回して閉めるとデスクに置いた。

隣の部屋からは祝辞を書いてる間も、物音一つしなかった。お陰で捗った。

 物の30分程度で出来上がったのだ。

 葉霧は部屋を出る。

 二階には葉霧と楓の部屋の他に4つ。客間に使用している。とにかく広い家だ。

 優梨と夏芽は一階で生活している。鎮音は母屋の一番奥の部屋を、使用している。

 使われて居ない部屋の数は多いが、客人がそれなりに訪れるので、頻繁に活用されている。

 コンコン……。

 楓の部屋のドアをノックした。

 …………………。

 なんの反応も無い。

 再度、ノックした。

「楓」

 声を掛けて少し待つ。

 ……………………。

 やはり反応は無い。

 葉霧はドアを開けた。

 直ぐにわかる。

 カーテンが揺れていた。それも窓は開けっ放し。

「あのバカ女!!」

 葉霧の仏様の様な顔つきは一瞬にして般若の様になった。

 まさかの脱走であった。

 葉霧は直ぐに部屋を出ると楓の捜索に向かったのだ。

 ✣

            
 ーー楓は占いの館を後にした。

(あのジジィがなんのあやかしかはわかんねぇがまー、大したことはねぇだろ、魂を喰うか。)

 階段を降りながらそう思う。

あやかし】の歴史は古く。
 災いと禍いを起こす者だと言い伝えられ長く人間を苦しめてきた。

 時代は流れ……やがて妖も生きる場所を奪われ廃れていったのは、確かな事であった。

 だが、絶滅した訳ではない。人の世に紛れ込みその身を隠して棲んできたのだ。

 人間の姿に化けられる者達は人間として生きてきた。それ以外の者達は、細々と人里離れ暮らしている。

 昔の様に表立って活動する事も無くなったが……行きにくい世で彷徨い歩く妖たちは蔓延っている。

 人の世に隠れ棲んでいるのだ。

 ✣


 螢火商店街は、全長600メートル。そこに凡そ130からの商業施設が建ち並んでいる。

 楓は占いの館を後にすると、通りをぶらぶらと彷徨いていた。

 フード被って角は隠しているから、周りの人間も、然程、こちらを見る気配は無い。

【肉の花匠】というお店に目がいった。

 周りの店は古めかしい建物だが、この一軒だけは真新しいまるで新店だ。

 だが、楓が視線を向けたのはそれが理由では無い。

(あれは……。)

 店先で話す白い割烹着を着た女性。その前にはふくよかな女性がいる。元気そうな笑顔を見せながら笑う割烹着姿の女性の背後に、浮かぶ女のコが見えたのだ。

 日本人形の様な女のコだ。黒い着物姿におかっぱ頭。青白い顔をした無表情のちょっと病弱そうな女のコだ。

 楓はその女のコを見て立ち止まったのだ。

 にこ。

 と、女のコは楓の方を見ると微笑んだ。
微笑ましい笑顔では無い。ちょっと不気味さが漂うのは目元が変わらないからだろうか口角だけ上げた笑みだからだろうか。


(今度は座敷童子ざしきわらしか? ホントに多いな、この街。)

 楓も笑顔を返した。
 笑っているが引き攣った顔をしていた。

 あやかし遭遇頻度の多さに楓は驚いていた。

(ある意味、あやかし商店街だ。)


「?」

 楓はフードを被ったままだったがチラッと後ろに目線を向けた。

(憑けられてんな。)

 その気配は、後ろの方からした。

 ひたひた……と、憑いて来る気配だ。
 楓はその足音を聞きながら歩く。

(この世の者じゃねぇな、地面にべったり張り付く様な足音だ。)


 薄気味悪い足音であった。
 何よりも気配が禍々しい。

 楓は通りを曲がった。

 裏通りに入ったのだ。

 すると、目の前にバサッ……。
 黒いコートを着た男が立ち塞がったのだ。

 トレンチコートを着た細面で細身の男だった。オールバックのてかてかとした頭髪。白い手袋を両手に付けていた。

 何よりもその眼は紫色に光る。
 細い眼だった。

「何の用だ?」

 裏通りは古い民家も建っている。
 人通りが余り無い。

 楓はそう聴いた。

 チリンチリン……

 男性の後ろから自転車のベルを鳴らし女性が漕いでくる。男性は避けると女性は自転車で通り過ぎた。


「はじめまして新参者の貴女を、招待したくお声を掛けたまでです。」
「声を掛けられた覚えはねぇな。」

 楓はフードを少しだけ上げた。前髪から覗く蒼い眼は鋭く男を見据えている。


 ニイッ……
両の口端を上げて歯を見せて笑うその顔は不気味としか言い様が無い。

「今夜……十二の刻、この商店街にお出で下さい、お迎えにあがります。」

 男は右手を胸元に翳すとお辞儀をした。
 丁寧な社交の挨拶の様に。

「因みにお断り無き様に、玖硫一族に、災難が降り掛かります。」

 頭を上げることなく男はそう言うとたんっ。その場から飛び上がった。

 正にコートを羽の様に広げ舞う。
 その姿は鴉になった。

 ばさっばさっと、羽を羽ばたかせ鴉は飛んで行った。空高く、舞う様に。

 ひら……。

 楓の手元に漆黒の羽根が落ちてくる。
 舞う様に。

 ばしっ。

 楓は羽根を掴む。

 指で摘み眺めた。美しい漆黒の羽根だ。
 宝玉の様に煌めいていた。


(クソ……何なんだ? 葉霧の家は狙われてんのか? それともオレが居るからか?)

【玖硫の家は鎮音で終わったんだ。】

 さっき会った占いの館の老人の声が浮かぶ。


(鎮音で終わりつっても、あのババァがそう簡単に死ぬとは、思えねぇけどな。)

 楓は羽根をパーカーのポケットに突っ込んだ。

























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