これは、とある物語

まりもః

ミユキ


夢の中で私は五人兄弟だった。

「今日はハンバーグよ」
「ねーちゃん俺のサッカーボール隠しただろ!」
「おねえちゃん、おようふくえらんで」

面倒見のいい姉、少し生意気な弟、純粋な妹。


「・・・お兄ちゃん」

そしてその風景の中には本当の兄もいた。
本来私たちは二人兄妹。別に夢の中で兄弟が増えていたところで、夢だから、と納得すればいいだけの話であるとわかっている。でも、横にいる兄も、私も、なんだか不思議な空気に包まれていた。

《ただの夢ではない気がする》

口には出していないが、きっと兄もそう考えたに違いない。

「?二人とも、どうかした?」

不思議な感覚ではあったが嫌な気配はなにも無く、不思議そうに顔を向けてくる姉に胸の辺りが暖かくなるような気さえした。それは兄も同じだったらしく、一呼吸置いて「なんでもない」と笑い、食卓についた。



兄の気持ちはとてもわかった。現実逃避だ。私もそうである。現実世界には嫌なことが多い。人間関係、仕事、恋愛、金銭。なにも良いことがない。もちろん自分だけが不幸だと思っているわけじゃない。人生がうまくいかない人なんてたくさんいる。


私もそのうちの一人だったけど、嫌で嫌で嫌で嫌で苦しい現実から逃げられる場所が夢の中にはあった。暖かい空気がそこにはあった。優しい笑顔がそこにはあった。もう、夢の中だけで生きていきたいと思うほどに。


「今日はオムライスよ」
「俺のグローブどこー!」
「おねえちゃん、かみのけかわいいのして」
「・・・うん、こっちおいで」
「グローブ玄関になかったか?兄ちゃんとキャッチボールするか?オムライス食べた後にな」





そんな夢を何度も見て不思議だという感覚が薄れてきた頃、現実世界で兄と会う機会があった。お互い、今までわざわざ話すことでもないと連絡をとっていなかったが、いざ会うとなるとこの夢を意識してしまうこととなった。

最後にあった時よりやつれている兄は、話の切り出し方がわからず少し俯いて考える私に、「夢を見た」と切り出した。その一言だけで私は全てを悟ったかのようにバッと顔を上げ、こっちをジッと見る兄と目があった。


その日はただ同じ夢を見たということを共有しただけで家へ帰った。そしていつものようにその夢を見た。


「今日は肉じゃがよ」
「俺のユニフォームどこー!」
「おねえちゃん、このかばんかわいいね」
「でしょ。これは私のお気に入りなんだよ」
「おきにいり?」
「うん」
「わたしも、おおきくなったらおきにいるある?」
「・・・」

ドクンっと、心拍数が上がった気がした。こっちを見てくる淀みのない2つの目は答えを期待している。「きっとお気に入りが見つかるよ」と言ってあげないといけないのに、口が開かない。ドクンドクンと、心臓が騒ぐ。

「こら、お姉ちゃん困らせないの」

穏やかな姉の声にハッとする。妹は「ごめんなさい」と言いながら食卓について、姉は「ほら、あなたも早く」と私に声をかける。食卓につくと、会話を聞いていたのか兄が暗い顔をして座っていた。





「今日はみんなの大好きなカレーよ」
「兄ちゃん俺のラケットはー!」
「おねえちゃん、きょうはおねえちゃんとおそろいして」


どんどんと飲み込まれていく夢の中で、今日は私も兄も食卓にはつかなかった。

「どうしたの?」

心配そうに覗き込んでくる姉に、私は意を決して聞いた。



「お姉ちゃん、は・・・なんていう名前なの・・・?」


少し目を見開いて驚いた姉は、すぐに優しく微笑んで小さく口を開いた。




「ミユキ」









ハッと目が覚めた。見慣れた天井を見、体を起こす。いつもなら、穏やかな夢を見てこの1日を頑張ろうと思えていたのに、今日は胸がざわついて仕方がなかった。それでも仕事には行かないといけなくて、私はいつもと変わらず身支度をする。




その日から、もう夢を見ることはなかった。





数週間して、また兄と会うことになった。私が呼び出したのだ。なにをどう話し始めたらいいのかわからない私に、兄が切り出してくれた。

「母さんに会いに行こう」

たった一言そう言った。そして私も力強く頷いた。









私たちは1時間ほど電車を乗り継いで大きな病院へやってきた。母は昔から体が弱く父も数年前に亡くなっていた。前は頻繁にお見舞いに来ていたが、最近は自分たちも忙しいからとあまり来れていなかった。久しぶりに会った母は、以前よりかなりやつれていた。

「あら・・・雅之、瑞季、来てくれたのね」

力なく微笑む母に、私はなんで今までお見舞いに来てあげなかったのだろうと後悔した。兄もそう思ったのだろうけど、「聞きたいことがあるんだ」と続けた。

母は微笑んだまま、「座って」と近くの椅子に招いた。私たちはそこに腰掛ける。

「どうしたの?」
「・・・ミユキ、って・・・知ってる?」

兄が絞り出すように聞いた。母は少し驚いたようだったがすぐに優しい微笑みに戻り、考える仕草をしたのちにゆっくりと口を開いた。



「あなたたちにはね、他にも兄弟がいたの」



「でもね、お母さん昔から体が弱いでしょ?だからね・・・・・・産んであげられなかったの・・・」


微笑みながらも物悲しそうな母に私たちは口をつぐんだ。

「・・・じゃあ、ミユキっていうのは、」
「一番上の子がね、女の子だったの」


夢の中で名前を聞いた時に全て分かった気がしていた。私の名前は「ミズキ」で、兄の名前が「マサユキ」。きっと私たちの名前は「ミユキ」からとられたんじゃないかと。
もちろんそれだけで確信したわけじゃない。ただ、そう感じただけだ。あの暖かさは本当の家族だと。あの人たちは、本当の兄弟だと。



「・・・あらあら。どうしたの、そんなに泣いて。子供みたいね」

その言葉は、私と兄の二人に向けられた言葉だった。

つらかった。仕事もうまくいかなければ、友達とも疎遠になり、失恋をして、毎日生きていくのが嫌だった。不幸なのは私だけじゃない。人生がうまくいかない人なんてたくさんいる。

でも、他人が頑張っていようがそれが私の頑張る理由にはならない。しょうがなくなんかない。つらかったんだ。母に頼っちゃいけないとも思った。それで母のもとにもちゃんと来なくて寂しい思いをさせた。こうして、ただ頭を撫でてもらいに来ればよかっただけなのに。


「これじゃあ、お姉ちゃんたちも心配しちゃうわね」


母のその言葉に、「そうだね」と、あの暖かい空間を思い出す。




「今日はハンバーグよ」

と、優しい声が聞こえる気がする。


「ねーちゃん俺のサッカーボール隠しただろ!」

と、生意気な声が聞こえる気がする。


「おねえちゃん、おようふくえらんで」

と、かわいい声が聞こえる気がする。



これ以上心配をかけるわけにはいかないと、劇的に変化するわけではない日常を今日も生きていく。暖かい家族に背中を押されて。

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