これは、とある物語

まりもః

繰り返される愛の物語


僕には心がないから、嬉しいとか悲しいとか、そんなものはわからない。

「こんにちは」

・・・わからないはずだった。



僕はこの家の、お手伝い用アンドロイドとして派遣された家事をこなすだけの存在。人間のような思考回路や心など存在しなかった。

でもこの家の1人娘である君と出会って、僕の世界は変わってしまった。

「今日は初めて鶏が卵を産むところを見たわ!」

君の笑顔や、寂しそうな顔を見ると、とてもざわざわするんだ。くすぐったかったり、苦しかったり、胸のあたりをかきむしりたくなる。

「友達と、喧嘩したの・・・」

怒ったり、笑ったり、涙を流したり、照れたり、拗ねたり、戸惑ったり、君という1人の人間にたくさんの顔があることを知って、それを理解した。理解することができた。

「ねぇ、一緒にお菓子を作りましょう。お父さんとお母さんも喜ぶわ」

・・・君といると楽しいんだ。
そう思うようになってしまった。
"楽しい"という感情を知ってしまった。

「私ね、結婚することになったの。でも大丈夫よ!頻繁に帰ってくるわ」
「・・・頻繁には帰ってこないでください。嫁ぎ先ではもう少しおしとやかになさるように」

それと同時に、君との時間が永遠じゃないことも知った。
いつか終わりが来る。
今かもしれないし、明日かもしれないし、数年先かもしれない。

喧嘩別れかもしれないし、自然と疎遠になっていくのかもしれないし、死に別れかもしれない。

"怖い"という感情が芽生えた。
このままずっと一緒にいても、君との"楽しい"は永遠じゃない。

だから、もう一緒にいたくないと。

こんなことなら、感情なんか芽生えなければよかったのだ、と。




「それでも、貴方と過ごした思い出が残るじゃない」

出会ったころから随分変わってしまった彼女は、ベッドに横たわったまましわしわの手を差し伸べ、僕の頬を優しく撫でた。

嫁いだ先でも彼女はちゃんと愛されていた。子供にも恵まれ、この家へ帰ってくるたびに追いかけ回された。夫婦仲もよく、一昨年、旦那様のことも看取ったばかりだった。

彼女は幸せだったと思う。

じゃあ、残される僕は?


「人との別れは寂しいものよ。特に残される方なんか、何度経験しても慣れないわ。・・・それでも、人は人と関わるの。より別れがつらくなるとわかっているのに」
「・・・それが、わかっているのに、どうして・・・」
「それでも、その人のことが好きだからよ。一緒に居たいから。・・・厄介なものねぇ」


彼女は、消え入りそうな声で僕の名を呼び、


「愛してるわ」
「っ・・・」

小さく、でもはっきりとそう言い残し、僕の頬に触れていた手はパタリとベッドの上に落ちた。

周りにいた親族たちは、嗚咽を漏らし、涙を流す。



「・・・1人に、しないで・・・」


涙など出もしないこの体で、僕から出てきたのは絞り出すような声だけだった。








「ねぇ」
「・・・なんでしょう」
「あなたは、ひいおばあちゃんのお友達?」
「・・・えぇ、そうです」
「どうしてこんなところに一人でいるの?」
「少し、考え事をしていました」
「ふーん」
「貴女は、ひいおばあ様のことが好きでしたか?」
「うん!大好き!」
「そうですか」
「あなたも?」
「そう、ですね・・・」
「じゃあ一緒だね!わたしたちもお友達になれるね!」
「・・・」
「ひいおばあちゃんがね、お友達は大事にしなさいって。一緒にいた時の思い出は"ざいさん"になるからって言ってた!」
「・・・そう、ですか・・・」
「どうしたの?泣いてるの?」
「いえ、僕は、」
「大丈夫だよ!私がずーっと一緒にいてあげるからね!お友達は大事にしなきゃだもん!」
「・・・はい、ありがとうございます」



きっと、この先僕はまたつらい別れを経験するだろう。
でもそれ以上に、貴女と過ごした楽しい時間を思い出して、また人と関わることをやめないだろう。

つらくて、寂しくて、・・・とても暖かい大切な時間を、永遠と繰り返すのだろう。

僕が壊れるその日まで。 



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