ストレイ・ラム

Motoki-rhapsodos

第47話

「何処行ってたんだ?」

声をかけた俺を無視して再び部屋を歩き出した松岡は、突然しゃがみ込んだ。

「きったねぇ床だなぁ。でも、それが有難いんだがな……。資料室になったのは、ここ数年ってとこか」

膝をついて這うように歩き出した松岡は、所々で止まっては床をさすった。

「ほう、此処に理事長の机があったんだな。此処は――ソファに……。此処にサイドボードがあって……。なるほどね」

ガバッと勢いよく立ち上がった松岡は、パタパタとズボンの膝を掃った。こちらを振り返った顔には、あのいつもの笑みが浮かんでいる。

「判ったのか?」

「ああ。判った」

「何処にあるんだ? 宝」

「まあ、そう焦るな。お宝を見ようと思ったら、それなりの働きをしてもらわなきゃいけないぜ」

「働き?」

「ああ。まずは……そうだな」

顎に手をあてた松岡は、突き当たりにある四つの書棚の前に立った。

「この書棚の本を、全て抜き出してもらおうか」

向かって一番左端にある書棚を叩きながら言う。

「はぁ? なんで?」

「お宝を、見たいんだろう?」

眉をそびやかした松岡は、それ以上は教えてくれるつもりはない様子で、そっぽを向いた。

「やりゃ、いんだろ。やりゃあ」

一番上の段は、背伸びをしなければ届かない。其処に置かれた本をこまめに取り出して床に積み上げていく俺に、松岡が後ろから声をかけた。

「ああ、床に置くなら場所をずらしてくれ。書棚の前はマズい」

言われた通り本をずらした俺は、ドアに凭れるようにして立つ松岡をチロリと眇めた目で見遣った。

「ところで――なんで、俺一人でやってるワケ?」

「それはだな」

コホンと咳払いした松岡が、人差し指を振りながら諭すように言った。

「いいかい、山下君。――ああ、手は動かしたまま耳だけで聞いてくれ。登山の時と同じだよ。登る時はとてつもなくしんどい。しかし自分の足で登りきった時、言葉には出来ない程の『感動』が待っているんだ。乗り物を使ったりした時には、決して得られない感動がね。俺はね、君にその感動をお譲りしようかと、思っているのだよ」

「別にいい。俺、登山嫌いだし」

肩を竦めてみせた松岡は、それでも背中を剥がしてはくれなかった。

「出したぞ、全部」

俺の声に歩み寄って来た松岡は、「よいしょ」とカラの書棚を引っ張り出した。そしてその後ろに入り込み、壁をさすった。

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