ストレイ・ラム

Motoki-rhapsodos

第40話

微かな声で言った松岡が、ゆっくりと階段を下りて行く。それに続いた俺は、踊り場を二階側に回り込んだ所でやっと、二人の微かな足音を認識する事が出来た。

「まだ、八時過ぎだぞ」

俺の隣で腕時計を覗き込んだ松岡が、明らかに驚きを含んだ声を吐き出した。

段々と大きくなってくる二つの足音は、真っ直ぐ三階の廊下をこの中央階段に向かって来ている。中央階段の前を通り過ぎると、ガチャガチャと教室の鍵を開けた。

ガラリッとドアを開ける音が廊下に大きく響く。そして、すぐに閉まる音。

松岡は耳を澄まして二人が教室に入ったのを確認すると、俺の肩に手を置いた。「ついて来い」と身振りで示し、慎重に階段を上がって行く。しゃがんだままの状態で教室の前まで行くと、人差し指を立てて唇にあてた。ドアに耳を寄せて、聞き耳をたてる。

ボソボソと聞こえにくかった声は、段々と意味を成して耳に届き始め、もめているような気配が伝わってきた。必死に何かを訴えているのは、高科先輩か……。

「まだ意識が戻らないのよ! 私達の所為だわ!」

感情的な言葉を吐く高科先輩とは対照的に、相手の男は時折ボソリ、ボソリと応じるだけで、感情が窺えない。

「何故平気なの? このままだと、私達は二つの命を奪う事になる!」

叫び声が涙声に変わり、激しい感情の波がこちらにまで伝わってくる。

それはまるで、今まで必死に留めていたモノが、堰を切って溢れ出したかのようだった。

「私のお腹で死んだのに! 私が殺した! 私達が親だったが為に! 本当ならみんなに祝福されて、産まれてくる命なのに!」

「うぅっ」と微かに聞こえた呻き声と共に、松岡がスックと立ち上がった。

「買い被っていたのは、俺の方か……」

そう言うと同時に、ガラッと勢いよくドアを開ける。

当然の事ながら中にいた二人は驚いて、弾かれるようにこちらを振り返った。涙で濡れた顔に両手をあて、高科先輩はあり得ないモノを見たように俺達を凝視している。もう一人の男の方は、俺達が二人いる事には気付いたが、面識がないのと何故今此処に俺達がいるのかが把握出来ない様子で、交互に俺達の顔を見つめていた。

「な、なんだい、君達は――。どうしてこんな時間に、校舎内にいるんだ?」

先に反応を示したのは、男の方だった。敵意の籠った瞳と声で、俺達を威嚇してくる。

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