ストレイ・ラム
第21話
「何処かですれ違ったのかしら? そうね。昨夜は凄い雨でしたわ」
腰まである、真っ直ぐな黒髪を耳にかけながら、彼女は薄く微笑んだ。松岡は鋭い視線を彼女に向けながら、それでも口許には笑みを浮かべて言った。
「でも残念。その傘は、持ち主には返せませんよ。昨夜の交通事故で意識不明ですから」
「えっ!」
驚きの声をあげた彼女は、持っていた赤い傘を落としてしまった。一瞬にして蒼白になった彼女の動揺は激しく、目の前の俺達でさえ、見えなくなってしまったようだった。松岡は傘を拾うと、彼女の手を取ってしっかりと握らせた。
「いつもは車で送迎してもらうあなたが、何故昨夜に限って車を帰したんです?」
低く言った松岡に、彼女はゆっくりと顔を上げた。動揺した瞳が、縋るように松岡を見る。
「それは……」
言葉を途切らせる彼女の手を掴んだまま、松岡は自分で答えを出した。
「佐藤が、鎧武者を見たからですね。あなたは同じ塾に通う彼女と、話すキッカケを作る為にわざと傘も持たず、車も帰した。――言っておきますが、彼女の事故は偶然じゃない。誰かに追われていたそうですからね。ああ、そんな顔しないで下さい。あなたが追っていた訳じゃないのは承知してますから。只――あの鎧武者、あれはいったいなんなんです? 俺達も昨日見ましたが、あれは只の七不思議じゃない。何かの意図で創られたモノですね?」
松岡の言葉に、彼女はハッとした。信じられないというように驚愕に目を見開き、ゆっくりとその瞳が焦点を失う。
「――まさか……。本当に鎧武者を……?」
「あぁ?」
聞き取れない程小さな声で呟いた彼女を、松岡は目を剥いて見つめた。自分が握る彼女の手に視線を落とし、払いのけるようにサッと手を離す。
「あの、私――」
身を乗り出すようにした彼女は、ふと後ろを振り返った。だがすぐに俺達へと顔を戻し、何事もなかったように背筋を伸ばした。
「あなた方。一時限目をエスケープ出来ます?」
低く言った彼女に俺達が顔を見合わせて頷くと、彼女はニッコリと微笑んだ。
「では、理事長室でお話しましょう。父は今日、来る予定はありませんもの。私は鍵を職員室で手に入れてから向かいます」
「俺達は、先に行ってようぜ」
松岡はクルリと向きを変えると、少し足早に歩き出した。それを追いかけようとした俺を、高科先輩が呼び止めた。
腰まである、真っ直ぐな黒髪を耳にかけながら、彼女は薄く微笑んだ。松岡は鋭い視線を彼女に向けながら、それでも口許には笑みを浮かべて言った。
「でも残念。その傘は、持ち主には返せませんよ。昨夜の交通事故で意識不明ですから」
「えっ!」
驚きの声をあげた彼女は、持っていた赤い傘を落としてしまった。一瞬にして蒼白になった彼女の動揺は激しく、目の前の俺達でさえ、見えなくなってしまったようだった。松岡は傘を拾うと、彼女の手を取ってしっかりと握らせた。
「いつもは車で送迎してもらうあなたが、何故昨夜に限って車を帰したんです?」
低く言った松岡に、彼女はゆっくりと顔を上げた。動揺した瞳が、縋るように松岡を見る。
「それは……」
言葉を途切らせる彼女の手を掴んだまま、松岡は自分で答えを出した。
「佐藤が、鎧武者を見たからですね。あなたは同じ塾に通う彼女と、話すキッカケを作る為にわざと傘も持たず、車も帰した。――言っておきますが、彼女の事故は偶然じゃない。誰かに追われていたそうですからね。ああ、そんな顔しないで下さい。あなたが追っていた訳じゃないのは承知してますから。只――あの鎧武者、あれはいったいなんなんです? 俺達も昨日見ましたが、あれは只の七不思議じゃない。何かの意図で創られたモノですね?」
松岡の言葉に、彼女はハッとした。信じられないというように驚愕に目を見開き、ゆっくりとその瞳が焦点を失う。
「――まさか……。本当に鎧武者を……?」
「あぁ?」
聞き取れない程小さな声で呟いた彼女を、松岡は目を剥いて見つめた。自分が握る彼女の手に視線を落とし、払いのけるようにサッと手を離す。
「あの、私――」
身を乗り出すようにした彼女は、ふと後ろを振り返った。だがすぐに俺達へと顔を戻し、何事もなかったように背筋を伸ばした。
「あなた方。一時限目をエスケープ出来ます?」
低く言った彼女に俺達が顔を見合わせて頷くと、彼女はニッコリと微笑んだ。
「では、理事長室でお話しましょう。父は今日、来る予定はありませんもの。私は鍵を職員室で手に入れてから向かいます」
「俺達は、先に行ってようぜ」
松岡はクルリと向きを変えると、少し足早に歩き出した。それを追いかけようとした俺を、高科先輩が呼び止めた。
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