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ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

35. ストロボの少女

 暑苦しい夏の凪の間を、爽やかな秋の風が吹き抜けていった。綾野先輩の夢。教師になって困っている子どもたちを助けたいという夢。夢に向かってひたむきに頑張っていた先輩。志半ばで折れたその夢を、引き継いだ詩帆先生。高くなった空の下、僕と先生はいなくなってしまった綾野先輩に思いを馳せる。


「あの子がまだ生きているのなら、きっとどこかで困っている人を助けているんじゃないかな」


「そうですね、そんな気がします」


 二人の間に重たい沈黙が流れた。6年もの歳月が過ぎているのだ、普通に考えれば生きているわけがない。絶望に塗られていく僕の横で、詩帆先生は空を見つめながら続けた。


「私が晴れて教師になれた時、不思議な噂話を部活の生徒から聞いたの。困ったときに一瞬だけ現れる『ストロボの少女』の話。それは学校の七不思議のひとつとして、先輩から代々語り継がれているお話しだった」


「ストロボの少女ですか?」


「うん。ストロボ、つまりフラッシュのことだね。写真を撮る際に使うフラッシュのように、一瞬だけ現れてどこかへ消えてしまう。だからその少女の姿をはっきりと見たものはいないのだけど、うちの学校の制服を着ていて、必ず何か困っている時に現れる」


 なぜか綾野先輩ではなく、ヨスガの姿が僕の脳裏をかすめる。


「私はそのストロボの少女が夏帆じゃないのかなってずっと思ってるの。夏帆がまだこの世に未練があって、困っている人たちを助けるために姿を現してるんだって。馬鹿げてる話なんだけどね」


 頭の中で2つの噂と2つの事実が静かに繋がっていく。マグロが話した永遠に消えた少女の噂。綾野先輩の失踪とストロボの少女の話。そして砂時計の存在。


「馬鹿げてる話ではないと思います。僕、そのストロボの少女に会ってみたいです」


「ふふ、ありがとうソウタくん。私も会いたいな。会ったらなんて言おうかな。私をひとりぼっちにしてバカヤローかな……」


 静かに引いていく悲しい余韻に、僕は綾野先輩の荒廃した実家を思い出した。


「ひとりぼっちって、ご家族はもういないんですか?」


「うん。父は幼いころに、母も中学の時に亡くなってしまって、夏帆が唯一の家族だった。まあでも、家族は私だけでもひとりぼっちではないかな。友達にも、教え子にもこんなに恵まれてる。ごめんね、なんか暗い話になっちゃって」


「いえ、こちらこそなんかすみません」


「悔やんでも夏帆が戻ってくるわけではないんだし、残された私たちは今を生きなきゃだめね」


 詩帆先生は自分に言い聞かせるように呟く。


「さあ沙綾ちゃんのところに戻りましょ」


☆☆☆


 詩帆先生と二人で沙綾の病室に戻ると、沙綾は一人退屈そうにスマホをいじっていた。


「沙綾ちゃんごめんね、遅くなっちゃって」


 詩帆先生の申し訳なさそうな声に、沙綾は気づいて頭を上げた。


「あ、詩帆先生、それに兄貴もおかえりなさい。ちょうど一人になりたいところだったんで、大丈夫です」


「それならよかったわ。じゃあ沙綾ちゃん、ゆっくり休んで。また学校でね」


「はい、ありがとうございます」


 沙綾は笑顔になって答えた。僕も続けて頭を下げる。


「今日はいろいろとありがとうございました」


 いろいろとの内訳は沙綾の説得と綾野先輩の話だ。詩帆先生は僕のほうに向きなおって


「こちらこそ、久々に夏帆の話ができて嬉しかったわ。ソウタくんも何かあったら相談にのるから」


と声をかけてくれた。僕は詩帆先生をエレベーターホールまで見送る。ドアが閉まる直前、詩帆先生は僕にむけて手を振った。頬にできた笑窪は綾野先輩に似ていた。









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