ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

26. ルールを破った罰

 マグロと別れた後、僕はまずスマホを取り出し、ヨスガと撮った雨粒のトンネルの写真を開いた。ヨスガが言っていたように、砂時計が無ければどうやって撮ったかわからないような写真だ。本当に素晴らしい写真だったが、僕は少し眺めてスマホのアルバムを閉じた。インスタとTwitterにこの写真を載せるのはやめた。この写真だけはみんなと共有することなく僕とヨスガ、2人だけの思い出にしておきたい。
 僕とヨスガ、2人だけの思い出か。ヨスガは僕のことをどう思っているのだろうか。観察官としてのヨスガ。観察対象の僕。ヨスガにとって僕はそれ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。夏休みが終われば、彼女はまた別の人物の観察にあたることになる。僕の記憶は消えるが、ヨスガの記憶はおそらく消えない。出会いと別れを繰り返して、時間停止の思考実験の観察にあたっている。そんなことを考えていると、雨風が強くなってきた。汽笛が鳴ってホームに電車が入ってくる。


☆☆☆


 雨が降りしきる車窓を眺めながら、僕は電車の中で思惟に耽っていた。マグロの言っていた、突如として消えてしまった中学生の少女。その6年前の事件に時間停止の砂時計とヨスガが関わっている可能性は大いにある。唯一、気になる点は少女が最終的に永遠に消えてしまったということだ。だが少し考えを巡らすと、僕はそこにある一つの仮説を導き出すことができた。
 少女はペナルティを受けたのではないか。砂時計を受け取った時、僕はヨスガから3つの約束を守るよう忠告された。時間停止の能力者であると誰にも口外しないこと。観察官に対して危害を加えないこと。そして一日に一回は必ず能力を使うことである。この3つを1つでも破れば、重いペナルティが下るとヨスガは言っていた。少女は何かしらの理由で3つ約束のうちの1つを破り、罰をうけることになったのではないか。
 僕は人気の少ない車内で砂時計をポケットから取り出し、握りしめた。少女が受けた重い罰とはいったいどんなものだったのか。ヨスガもきっとその少女に会ったに違いない。もしかしたらその少女とも、ヨスガは僕と同じくらい親しくなっていたのかもしれない。僕はヨスガと初めて会った日、彼女に罰の内容について尋ねた際の生気のない瞳を思いだした。ヨスガはただの観察官であって、実際に罰を執行することはないのかもしれないが、あの瞳は罰を目の当たりにした者にしかできない瞳に思えた。僕は直接、ヨスガに会ってこの仮説を確かめることに決めた。


☆☆☆


 乗っている快速電車が○○駅を通過する。この駅は6年前の例の消えた少女の事件をはじめ、飛び込みや人身事故がよく起こる駅として都内では有名だ。ホームドアが無いにも関わらず、快速電車や特急列車が猛スピードで通過していく。しかも乗降客数が少ないため、駅員さんが常駐しておらず、飛び込みやすい環境であることも一因として挙げられる。僕は快速がホームを通過する中、砂時計をひっくり返す。あえてここを選んだわけではなかったが、ちょうど砂が溜まるタイミングがこの駅を通過する瞬間になった。茜色の光が漏れ、途端に電車が動きを止める。車内のわずかな乗客も動きを止め、窓ガラスに当たる雨粒も固まる。ドアは閉まったままであり、僕は通過する駅に停止しているような不思議な心地になった。


「電車の中、ですか?」


 僕の隣に座ったヨスガがスマホを抱えて言った。


「ちょっと緊急でね」


「どうしたんですか、ソウタさん?」


 ヨスガが僕を見上げる。瞳の奥に心配そうな影が宿っている気がする。


「さっきクラスメイトの前で時間を戻してしまって、超能力者であると疑われてしまった」


「気をつけてください!」


 初めて強い語気でヨスガが僕を咎めた。


「僕は大丈夫だろうか?」


「自分から能力者であると口外はしてませんか?」


「口外はしていない」


「じゃあ大丈夫です」


 ヨスガは胸を撫でおろすように言って、前を向いた。


「最初に言っていたとても重い罰っていうのも」


「今回はありません。罰を与えるかどうかの判断は私にはできないんです。その砂時計の開発者がどこかで私たちを見ていて、ルールを破った瞬間に自動的に罰が下ります」


「その罰っていうのは」


「それは言えません。ただ罰を受けた時点で実験は終了です」


「罰を受けて、元の世界に戻れるのか?」


 僕は仮説の核心に迫る質問をする。ヨスガは前を向いたまま答えた。


「戻れません」


 はっきりと、そしてあっさりヨスガは言い切った。例の少女が砂時計によって消えたという僕の仮説が証明されたといってもいい。


「そうなのか……」


 僕がそう言ってマグロから聞いた、消えた少女の話を切り出そうとした時だった。


「あれ」


とヨスガが窓の外を指さす。


「あれ、妹さんじゃないですか?」


 僕が窓の外を見つめると、反対側のホームに立つ制服姿の沙綾の姿があった。髪と顔中を雨と涙で濡らし、肩から一眼レフを抱えて固まっている。涙が枯れ果て、瞳に絶望の色を浮かべている妹は今にも線路へと飛び込もうとしていた――。



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