ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

24. マグロ再び

 迂闊だった。僕は時間を戻した瞬間、やはりダサい奴だと自覚した。普段は人目がないかきちんと確認して砂が落ちるのを待っているのだが、今日は人気の少ない雨の公園だったので油断していた。噴水のある広場のベンチに座って時間を戻そうとすると、通路を挟んだ反対側のベンチにも人が座っていることに気づいた。開いた傘を肩に乗せ、本を読んでいる。このままでは時間が戻った瞬間に僕が突然現れたように見えてしまう。焦って移動しようした途端、砂時計が茜色に輝いた。


☆☆☆


 噴水の水が音を立てて響き、雨音とリズムを奏で始めた。固まっていた雨粒が僕に降り始めて、僕は急いで傘をさす。目の前の人影が即座に僕を一瞥した。気にしていた僕は一瞥した彼女と目が合ってしまう。赤の他人なら何事もなくここで逃げ出して誤魔化すことができただろう。しかし長髪で少し隠れた目で僕を見つめ続ける人影は、僕の唯一のクラスメイトでのフォロワー、マグロだった。


「あ……」


「あっ」


 僕は弱弱しく、マグロは驚いた様子でつぶやいた。


「や、やあ麻倉さん。久しぶり、なにしてるの?」


「……読書。佐々良くんは?」


「えっと、散歩、かな」


 マグロの目に僕はいかにも怪しく映っているはずだ。突然目の前に現れた上に、こんな豪雨の日に二人分の傘を持って散歩だと。我ながら嘘が下手すぎる。マグロは本に栞を挟むと僕の目を見つめながら言った。


「へー散歩。てか佐々良くん今、私の目の前に突然現れなかった?」


「いやいやいや、そんなわけないよ。僕はさっきからずっとここにいたよ」


「傘もささずに?」


マグロは怪訝そうな面持ちで僕を見つめる。時間を戻した瞬間、慌てて傘を差したのが仇になった。


「ちょっと、濡れたい気分だったんだよ」


「そう。佐々良くん、全然濡れてないけど」


さっきまで時間を止めて雨粒を切り裂いていた僕が濡れているわけがない。


「私にはさ、佐々良くんが瞬間移動してきたみたいに見えたんだけど?」


 マグロの目が本気だ。よりにもよってなんでこいつなんだよと僕は思った。沙綾でも小林でも絵里香でも、普通の人なら目の前で瞬間移動なんていう不可思議な現象が起こったら、まず自分の目や頭を疑うはずだ。でもマグロは違う。瞬間移動なんていう超常現象を自分自身で目撃してしまった以上、徹底的に解明しようと質問攻めにしてくる。なぜなら彼女がそういったものを本気で信じているからである。


「いや、麻倉さんの気のせいだって、瞬間移動なんて現代の科学で普通に考えてできる訳ないじゃないか」


焦った僕は若干早口になる。


「確かに、現代の科学では解明できない超常現象ね。でも佐々良くんには前科がある」


 マグロは探偵かのごとく、詰め寄ってきた。傘を差しながら本をもって僕の隣に腰掛ける。マグロは黒いパーカーにジーンズを穿いていた。女っ気のない男子中学生みたいな私服だ。


「波野原さんから聞いた、佐々良くんが目の前で突然消えたんだって。終業式の日、放課後の教室で彼女が声高に叫んでた。もちろん誰も嘘だと思って取り合わなかったのだけど、私はちゃんとメモをとってある。面白い話だって」


 絵里香の奴、クラスで浮くのを覚悟で余計なことを言いふらしていたらしい。マグロはもうオカルトスイッチが入ったようだった。こうなると僕はもうなにも打つ手がない。彼女の傘に当たる雨粒を見つめながら、閉口してしまった。時間停止の能力者であると口外することはできない。ヨスガ曰くかなり重いペナルティが下る。


「ねえ佐々良くん、テレポーティングアニマルの伝説って知ってる?」


「いや、知らないけど」


「例えばイギリスの町中にライオンが現れたり、アメリカにはいないカンガルーが現れたりする現象のこと。空間の歪みが関係していると言われている」


 普段ならマグロの話を馬鹿らしいと受け流すところだが、砂時計の話を聞いた以上それも現実にあり得る現象なのかと思えてしまう。


「そしてね、この街にもあるの。テレポーティング伝説が」


「へえ、そうなんだ。どんな話?」


 いつも通りマグロのオカルト語りが始まる。僕は適当に流してテレポートということにしてしまおう、と考えた。


「消えたり現れたりを繰り返した末、最後は本当に消えてしまった中学生の少女の話」





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