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ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

20. 再会

 賑やかなショッピングモールで僕は砂が溜まるのを待っていた。しばらくベンチに腰掛けていたが、傍から見ると明らかに不審者なので、砂時計をポケットにしまって館内を回ってみることにした。ファッションに雑貨、家電屋に映画館、そしてゲームセンター。改めてみると何でも揃っている。冷房も効いていて家族ずれやカップルが集まるのも頷けた。ここでなら一日時間が潰せそうだ。こんな場所ですら僕は小学生時代に家族4人で来て以来だった。あの日は父さんがカメラを、母さんが着物を買いにきて、ついでに僕と沙綾はゲームを買ってもらったんだっけ……。あんなに仲の良かった頃が懐かしい。沙綾とは昨日の花火大会から一度も顔を合わせていない。
 一番端にあるフードコートまで歩くとお腹が鳴った。そういえば14時を過ぎていたが、まだ昼食を食べていない。今日は時間を何度も止めたので体感時間はいつもより長いはずだが、もう14時なのかと僕は思った。楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。時間の速度は0と100以外にも絶対にある。
せっかくだから砂が溜まったらヨスガと一緒に食べよう。そう思ってフードコート前のベンチに座ろうとすると、聞き覚えのある低い声が僕を呼び止めた。


「あれ? ソウタ?」


 声の主はすぐわかった。僕は昨日、花火大会で彼と会っていたからだ。


「……あ、小林くん」


「昨日は大丈夫だったか? 騒ぎの時に見失っちゃって、必死に探したんだけど」


 僕の顔を見るなり、小林は真っ先に事故の心配をした。僕が彼から逃げようとして、時を止めた結果起きた事故だとは知る由もない。


「ごめん、人の波に飲み込まれちゃって。怪我とかはなかったから大丈夫」


 僕は適当に嘘を繕う。不思議と、昨日の夜のように逃げ出したい気にはならなかった。ショッピングモールに一人でいるなんて惨めな姿には変わりなかったが、彼への申し訳なさと逃げ出した時のさらに惨めな気持ちが僕をここに留めていた。それにヨスガに会うためにチャージしている砂をこんな場面で使うわけにはいけない。僕は小林と「再会」を果たす決心を固めた。


「なんで謝るんだよ。とにかく無事でよかった」


 小林は白い歯を見せて笑った。素直に僕の無事を喜んでくれている笑顔だった。小林は本当に優しい奴だ。


「今日は、ちょっと妹の誕生日プレゼントを買いに来てて」


 僕は小林に聞かれてもいないのに答える。一人でいる理由にしては苦しい言い訳だった。


「お、ソウタも意外と妹思いだな。なんかいいの見つかった?」


「ううん。誕生日はまだ来週だから、地元の近くで探そうと思う」


 僕の嘘がバレていないと信じたい。小林はそんなこと気にする素振りもなく


「隣、座っていいか?」


と声をかける。


「うん」


 僕と小林は二人掛けのベンチに腰を掛けた。並んで座ると体格差が一回りくらい違った。あの頃よりも僕らの差は広がっている。


「小林くんは昨日大丈夫だった?」


 この様子だと小林は元気そうだったが、話すきっかけ作りに一応訊いてみた。


「俺は大丈夫だったんだけど、彼女が両足を捻っちゃって。今、お見舞いの帰り」


 僕はいたたまれなくなって口をつぐんだ。彼女いうのは昨日隣にいた女の子のことだろう。僕のせいで小林の彼女が怪我をしてしまった。罪悪感に胸が張り裂けそうになる。


「まあ本人も元気そうだったし、明日には退院できるらしいから心配いらないかな」


 僕の暗い顔に気づいたのか、小林は笑いながら答える。


「そういえばソウタは飯食った?」


「いや、まだだけど」


「一緒に食べようぜ」


☆☆☆


 フードコートの片隅で小林がハンバーガーにがっつく。昼食はヨスガと一緒に食べる気でいたが、今の僕は小林の誘いを断り切れなかった。罪悪感からだろうか。懐かしさからだろうかはわからない。小林が珍しく一人で、二人だけで話ができる状況だったのも大きいかもしれない。
 フライドポテトを片手に、僕と小林は中学時代の思い出話で盛り上がった。当時流行っていたゲーム。少し変わり者で学校の名物だった理科の先生。実は付き合っていたクラスメイトの男女。どれもありきたりな話題ばかりだったが、誰かと思い出を共有して盛り上がるなんて、僕にとっては初めての経験だった。こうやって思い返してみれば、僕の中学生活はそれなりに充実していた。少なくとも今の高校生活より悲惨なものじゃない。それはこの小林星士という男が、僕の傍にいてくれたおかげだ。
 僕は昨日、一人でいるのを見られて逃げ出したのが恥ずかしくなった。小林は僕を一人の友人として認めてくれている。僕に対して、フードコートでポテト片手に向かい合って話しあってくれる人がどれだけいるだろうか。小林以外なら綾野先輩しか思い浮かばない。


「ソウタは進路とかもう決まってるのか?」


 中学の話がひと段落すると、小林が尋ねた。高校最後の夏休み。就職するのか、進学するのか。将来をそろそろ決めなければならない。勉強は苦手だが、働くのはもっと嫌だった僕は進学で進路希望を出していた。適当な大学へ行ってそれから将来を決めようと思っている。


「一応、進学かな」


「おっ、俺と一緒だ」


 意外だった。野球が得意だった小林が大学を目指すなんて。中学時代はプロ野球選手になるなんて自慢気に話している姿が印象的だった。


「そうなんだ。志望校はやっぱり野球の強い大学?」


 僕の問いに小林は頬杖をついてポテトをかじる。


「野球か……野球は高2の春にやめちまった」


「え? なんで?」


 想定外の返答に僕は思わず声を漏らす。一瞬空気が重くなって、


「あ、ごめん」


と付け足した。申し訳なさそうな僕に、小林は初めて愛想笑いのような白い歯を見せる。


「なんでソウタが謝るんだよ。俺が辞めたくて辞めたんだ。別に怪我をしたとか、戦力外にされたとかそういうわけじゃない。
鳴り物入りで高校の野球部に入った時、俺は一年生からレギュラーになるつもりでいた。実際、俺は一年生の中でもかなり上手い方で監督からも期待されていたし、一年の秋には一軍で使ってもらえるまで成長した」


「すごい活躍だね。それなのにどうして?」


「俺さ、ヒーローになりたかったんだよな。4番バッターで、ピンチに逆転満塁打を放つヒーローに」


 僕ははっとして小林を見た。幼いころの僕と同じだ。小林は悔しそうに唇を噛んでいた。


「でも俺はヒーローにはなれなかった。チームの同期に完全に俺の上位互換の選手がいて、俺がどれだけ活躍しても、おいしい場面はいつもそいつに持っていかれた。努力しても絶対に敵わない天才的な選手だ。俺がこのチームで生き残るにはポジションを変えるしか選択肢がなかった。でも俺は嫌だったんだ。レギュラーになれても自分の思い描いたように野球ができないのなら、いっその事やめたほうがいいって思った」


 今まで完璧なヒーローだと思っていた小林の挫折話を聞いて、僕は初めて彼に親近感を覚えた。僕も小林と同じ境遇になったなら、同じ選択をしただろう。


「小林くんの気持ち、わかるかもしれない」


 かもしれない、が付いたのは否定されるのが怖かったからだ。だが小林は否定することなく、僕を見て笑った。


「ありがとうソウタ。人生ってなかなか思ったように進まないよな」


 笑いながらではあったが、小林からこんな一言が飛び出すなんて思いもしなかった。中学時代から小林に抱いていた妬みに似た感情はどこかへ消え去っていた。僕と小林に違いと言えば、こんな挫折話でも笑い飛ばしてしまえるくらい、小林は前向きな性格くらいだろう。その些細に見えた違いが、一番大きな違いだとは僕はこの時気付きもしなかった。


☆☆☆


 そのままその日は小林と遊んだ。小林は沙綾へのプレゼントを一緒になって考えてくれた。結局その日はなにも買わなかったが、高校に入って初めて友人と遊んだ充実感が僕を満たしていた。時々ヨスガのことが頭をよぎった。しかし横に小林がずっといたために時間を止めるタイミングが見つからなかった。そのまま最寄り駅まで一緒に帰って、改札で別れた。


「今日はありがとなソウタ。また遊ぼうぜ」


「うん、こちらこそありがとう」


 小林を見送ってから僕は砂時計を見つめた。ショッピングモールから一度も時間を止めていない。ヨスガはどんな顔をして僕の前に現れるのだろう。



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