ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

8. 時間停止のルール

 僕はそのまま胸の鼓動を抑えながら、夕食のためファミレスに寄った。手元にはまだあの砂時計がある。ファミレスに入るまでは手に握りしめていたが、普通の男子高校生が砂時計を持ち歩いているのも不自然なので、入店前に胸ポケットに入れる。


 二人掛けのテーブル席に案内され、僕はハンバーグセットを注文した。ライスを大盛りにする。事故にあう前、かなりの距離を彷徨い歩いたのだ。耐え難い空腹だった。


 人目につかないように砂時計をそっと取り出してみる。やはり特徴のあるデザインだ。手に乗るくらいの大きさなのに不思議と壮麗なのである。
 さっきとは違い、今は白い天板が上になっていた。ポケットに入れる際に無意識にひっくり返したのだろう。茜色の砂はもう少しで落ちきりそうだった。僕は透き通るガラス越しに砂粒の流れを見つめた。  
 どう見ても普通の砂時計ではない。そもそも砂時計をいつの間にか僕は握っていたのだろう。そんなことを考えている間に、茜色の砂粒が丸底へと落ち切る。
 僕は砂時計を再び動かそうと、黒い天板が上に来るようにひっくり返す。その瞬間、砂時計から茜色の光が漏れだした。


「うわっ!」


それはまるで地平に染みていく夕焼けのようだ。僕は思わず目を瞑る。目を瞑ると、一瞬のうちにファミレスが静謐な空間へと変わったのがわかった。


「え?」


 僕が目を開けると、再び世界は静止していた。僕の仮説通りこの砂時計こそが、時間停止の鍵だった。


☆☆☆


 ありえないくらい静かなファミレスで、いろいろと試してみていくつかのことがわかった。


 まず、砂時計の黒天板が上を向いている間は、本当に時間が停止する。
 人や動物はもちろんのこと、雲や風といった自然現象までもが鳴りを潜める。ドリンクバーのジュースは湧き出たまま硬直し、飛び散った水滴は空中に浮遊したままだ。
 車や電車、飛行機などの乗り物やテレビ、スマホ、パソコンなどといった機械類も例外ではない。車はアクセルが踏まれたまま停止し、テレビの液晶外面ではお天気お姉さんがいつまでも太平洋を指さしている。


 次にこの時間停止した世界で僕だけが自由に動くことが出来るということだ。
 ただし静止しているものなら何でも動かすことができ、隣の席のコーヒーを飲むことも、本のページをめくることも自由自在だ。
 ちょっと大変だが、さっきの女性のように持ち上げて運べば人や動物、物などの位置も動かせる。機械類だって操作すれば普通に動く。
 テレビのチャンネルを変えたり、他人のスマホの待ち受け画面を変えることもできた。(番組は流れないし、インターネットはできなかった) 乗り物は分からないがおそらく普通に動かすことができるだろう。


☆☆☆


 僕はファミレスで一通りの「実験」を終えて、砂時計の砂を眺めていた。
 僕の予想が正しければ、砂が丸底に落ち切った時、時間が動き出すはずだ。微かだが、はっきりと聞こえる音を立てて砂粒が流れていく。


「3、2、1……」


 その瞬間、砂時計の砂粒が再び光り出し、溢れんばかりの雑踏が耳に飛び込んだ。時間が動き出したのだ。午後9時台のファミレスが戻ってきた。


 僕が「実験」に用いた男(持ち上げて1メートルくらい運んだ)は何が起こったのか理解できていないらしく、あたりをキョロキョロ見回している。時間停止中の出来事は僕以外には認知できないらしい。「実験」がばれなかった安堵と確証を得た自信から大きく息を吐く。
 やっぱりこの砂時計が時間を止めているんだ。砂が満杯の状態で黒天板を上にすると時間が止まる。そしてその砂がなくなると時間が動き出す。止められる時間は体感にして約10分程度だろうか。
 僕は砂を貯めるため、今度は白天板が上になるようにひっくり返す。
 何かあるかもしれないと期待したが、やはり何も起こらない。


 なるほど……。砂時計こいつの使い方が何となく分かってきた。
 再び時間を止めるには白天板を上にして砂を「チャージ」する必要があるのだろう。チャージの時間はおそらく10分。チャージが満タンにならなければ能力は発動しない。
 好きな時に時間を止められない分、少々不便だなと僕は思った。それでもすごい能力だ。映画の中のヒーローにしかない「特殊能力」だ。
 そもそもどういう理論で時間を止めているのか、何もわからなかったが、僕にはこれが神様からの贈り物にしか思えない。


 次に満タンになるまでしばらく時間がかかる。そんな中ハンバーグセットが来た。ライス大盛りで。空腹などすっかり忘れていた僕だったが、いざ目の前にすると途端にお腹が空いてきた。
 店員さんが持ってきたハンバーグに気をとられていた僕は思わず砂時計をテーブルの下に落としてしまった。


「あっ、すみません」


 砂時計はころころと店員の女性の足元へ転がっていく。彼女は僕の目線をおって足元を見たが、すぐに僕を見て


「お客様、どうかされましたか?」


と不思議そうな顔で答えた。僕はすぐに


「いえ、なんでもありません」


と誤魔化す。すると店員は足元の砂時計を気にすることなく立ち去った。
 そうか。この砂時計は僕以外には見えないんだ。


☆☆☆


 家に帰ると11時を過ぎていた。沙綾も父さんも母さんも寝てしまったのだろうか。家の中は真っ暗で、玄関が若干お酒臭い。
 いつも通り「ただいま」と空虚に呟く。僕はそのままシャワーを浴びて、部屋に戻った。ベッドに寝そべって、左手に握った砂時計を見つめる。
 砂時計は「チャージ」が完了し、茜色の砂が丸底に溜まっていた。明日も学校がある。早く寝なきゃと僕は思った。時間停止能力を手に入れたまではいいが、だからと言って日常が変化するわけではない。
 僕は砂時計を枕元に置き、スマホに持ち替えた。なんとなく好奇心で


『時間停止 やってみたいこと』


と検索をかけてみる。いくつかサイトがヒットした。適当にページを開く。


『もしも時間を止められたら、やってみたいこと』


というタイトルで掲示板に書かれた意見がまとめられている。僕は画面をスクロールし、意見をみる。


『アイドルを全裸にして鑑賞』


 これは確かに興味ある。男なら一度はこんな妄想をするだろうなと僕は思った。


『お店の商品を好きなだけいただく』


 これもまあ興味はある。ただどれもだいたい犯罪絡みで、子供みたいな意見が多い。僕にはなかなか受け入れられなかった。どうせなら誰もが憧れるスーパーヒーローになりたい。ただ砂時計に制限がありすぎて難しいなとも思った。
 何をしてもバレないかもしれないが、だからと言って誰かを不幸にすることだけは避けたかった。


『勉強、筋トレ、睡眠、かな』


 時間を止めてまで勉強なんてしたくない。でも時間を止められる分、他の人間より使える時間が多いわけだから、その時間を有意義に使わない手はない。この砂時計とも長い付き合いになりそうだし。疲れていた僕はここまで見て、ブラウザを閉じた。そしてそのままいつの間にか寝てしまった。





コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品