遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

 バードとギイトは艦長室の有様をみて唖然とした。艦長をはじめとしたオペレータたちの姿がなく、床には大量の血が広がっていたからだ。艦は自動操縦に設定されているらしく、血の付いた操縦桿が上下左右に揺れている。ディスプレイの明かりが血の海に反射し、殺戮の瞬間を髣髴とさせる。さらに不気味なことに赤い靄が室内に広がっていた。
 一瞬、シラスナ大佐たちがこの惨劇を生み出したのかとバードは思った。はじめてこの艦に入った時に見た格納庫の様子を見れば、彼女たちが敵を惨殺しても何もおかしくはない。しかし宇宙へ向けて自動操縦がされている時点でその可能性はなくなった。シラスナ大佐なら艦を停止させ、皇帝を宇宙に帰さないはずだ。


「いったい、どうなってるんだ?」


 ギイトもバードと同じ結論に至った。シラスナがやったのではないとしたら、一体何があったのかさっぱり分からない。ただ目の前には事実があった。敵の艦長室が攻撃され、艦長とオペレータが全員殺された。そして自動操縦がもともと予定されていたルートで設定されている。このことから推察されることは一つしかない。敵内部での、裏切り。


「裏切りですかね」


 唖然とするギイトにバードは言った。もしそうだとしたら誰が、何のために裏切ったか。ということになる。二人は艦長室に入り、注意深くあたりを見回した。


「死体の数が足りない」


 ギイトが震える声で言った。バードは状況を整理していて気がつかなかったが確かにそうだ。通常、これくらいの大きな艦を動かすにはオペレータが10人以上は必要になる。しかしここにある死体は4体だけだった。そもそも壁一面に散らばった血やロボットの油は4体だけのものとは思えない。どこかへ逃げたか、隠れたかと考えることもできたがこんな傷を負ってこの狭い艦のどこへ逃げるというのだろうか。


「……死体が消えた、ということでしょうか」


バードが思慮に耽っているとギイトが口を開いた。


「敵の誰かが皇帝を殺そうと裏切りを計画している。誰だろうがこんな殺し方をする奴が善人のはずがない。悪魔かもしれない」


 あまりの惨劇を目の当たりにし怖気づいてしまったようだ。バードはあくまでも冷静に答えた。


「悪魔だとしても、存在はしています。倒せない相手ではありません」
「そ、そうだな」


 バードが表情一つ変えないのを見て、ギイトが自分を鼓舞した。いつも冷静で落ち着いているバード。アークやフダカが死んでも取り乱すことなく作戦にあたっている。自分もしっかりしないといけない。
 ギイトが自分を取り戻している間に、バードは別のことを考えていた。艦長室の壁にはまるで霧吹きで吹きかけたような赤いシミがある。バードは初めて見た時、なにかの装飾かと思っていたがどうやらそうではないらしい。そのシミは一定の感覚ではなくアトランダムに、形や大きさも不一致である。壁伝いに一周していくとどんどんその数が増えていっていることに気が付いた。さらにそのシミはどうやら艦長室全体を胞子のように飛び回っているらしく、バードやギイトの服や体に赤く付着する。手に着いたシミは模様とは違い、水っぽくてべたべたして生臭い。


「血……!」


 バードは固まってしまった。足元にも真上にもこの邪悪なシミは広がっている。


「どうしたんだバード?」
「自分の腕をなめてみてください」
「腕をか?」


 ギイトはバードの言っていることがよくわからなかったが、腕を見るとあの赤い粉がついていることに気づいた。それを恐る恐る舌を使って慎重になめる。


「血だ」


 唇を噛んだ時に感じるあの味がした。ギイトは驚愕して指を震わせる。この部屋に入った時から部屋を漂っていた赤い靄の正体は血だったのだ。普通に人を斬ったところであんな風に血で靄ができるなんてありえない。だとするとここにいた人々はまるでミキサーにかけられたように粉々に分解されたということになる。ありえない、人間やロボットをそんな風に粉々にする方法などあるはずがない。
 ギイトは震える腕から舌を話すことができず、バードもその場所から一歩も動けないまま残酷に時間だけが過ぎていった。



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