遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

邪気と生気

 シラスナは見えない剣を弾いた影の王を睨んだ。皿の山が割れ、地面に破片が飛び散った瞬間、動きが一瞬だけだったが速くなったのだ。やはり障害物があり、狭い部屋ではこの剣は不利になる。


「なるほど、そういうことか」


 影の王は「見えない剣」をしっかりと「見」た。インサイドステルス、つまり実際のステルス迷彩に加え、脳に妨害波を与えることによって視覚情報から剣の存在を抹消する。そのからくりを彼は見抜いてしまった。鍵となったのは、あの『羽音』だった。
 よくできた剣だ。影の王は見えない剣の仕組みを推察して、その剣の完成度に感心した。見えない剣は脳の視覚情報を抹消する妨害音波をその内部から出している。剣の居場所を探り当てる唯一の手掛かりは『羽音』であり、剣者は何とか音を聞き取ろうと必死になる。しかしそれこそが見えない剣をさらに見えなくする秘策だったのだ。『羽音』から耳に入った音波はやがて脳に達し視覚情報を操作してしまう。影の王はその細い剣で鼓膜を切りおとし、目を見開いた。耳を咲くようなノイズの後、何も聞こえない無音の世界に彼は誘われる。鼓膜の一つや二つどうだっていい、また再生できる。目を凝らすとうっすらと剣が動くさまが目視できるようになった。もはやただのステルス迷彩だけとなった剣は、ロボットの彼には容易に視認できる姿だ。


「ここだ」


 影の王は「見えない剣」の攻撃を待たずして、何もないはずの空中に剣を振り下ろす。だがそこにはシラスナの剣が浮いており、食堂の床に見えない剣は叩きつけられる。


「ちっ、見破られたわ」


 シラスナは驚きと悔しさを冷静に受け入れた。この剣が見破られたのは初めてのことだったが、影の王ならば見破ることくらいは想像の範囲内だったのだ。だからこそ今回は強い味方としてホージロも連れている。見破られたところでなにも恐れることはない。トリックに頼らない、純粋な剣の腕での対決がはじまるだけだ。


「もらった!」


 圧倒的なスピードでシラスナに襲いかかる影の王の攻撃をホージロが分裂した刃で防いだ。シラスナと同じくホージロもまた遠隔で剣を動かすことができる剣士だ。影の王にとっては戦いにくい相手だろう。分裂した刃たちを影の王がはじいている間に、シラスナが剣を浮き上がらせ影の王に斬りかかる。


「これでは近づくこともできないな」


 影の王は一度距離をとり、シラスナの剣を回避した。修行を積んできただけあってシラスナとホージロの息はぴったりだ。配膳カウンターから厨房の入り口まで影の王が戻ると、見えない剣を手元に引き寄せたシラスナが言った。


「もう見抜いてしまうとはさすがね」
「そちらこそ、よくできた素晴らしい剣だ」


 それは皮肉でもなんでもなかった。影の王はシラスナへの敬意をこめつつ、細い剣を構えた。一方でシラスナは見えない剣の柄を握ると剣先を鼻下にあてる。


「本当に素晴らしい剣だわ。まさに最強の私に相応しい」


 高飛車で傲慢な態度をとるシラスナに影の王は苦笑いの後、続けた。


「……最強は、一人でいい」


 ホージロが影の王の言葉を聞ききる前にシラスナは飛んでいた。これまでの彼女の動きとは比べ物にならないスピードだ。しかも剣をしっかりと握り、普通の剣士のように戦っている。その動きは影の王には及ばないが、共存軍のどの剣士をも凌ぐだろう。少なくともこれは人間の動きではない。


(スピードも力も、二倍以上だ)


 影の王もその変わりように驚いていた。細い剣を華麗に操り、シラスナの動きを流すように斬り合う。お互いに剣がぶつかり合うほどに、彼女の剣は力を増していった。まるで邪気のようだ。


(やはり、そうなのね。これは『覚醒』だわ)


 シラスナ自身もこの未知の力に驚きを隠せなかった。これまでも剣を持って戦ったことは幾度かあった。しかし弱い相手だったためか、戦闘中に力が上がっていったことはない。だが今回は明らかに違った。胸の奥、体の芯からみるみる力が湧いてくる。それは以前、レッドがシャドゥーとやり合った時に感じた感覚と似ていた。
生気せいき』の覚醒。邪気と相反する力。気合や精神力といったものだけでは説明ができない実体のない力。シラスナは独自に研究を重ねた末、その謎に迫ろうとしていた。邪気が憎しみや妬み、恨みから湧き上がるものであることはすでに分かっていたが、生気の存在については誰も知られていなかった。邪気とは異なり、相手に勝ちたい、打ち負かしたいという衝動。それを根源にし、与えられる特別な力。シラスナはついにその力を手に入れたのだ。


「これが生気の覚醒ね。素晴らしいわ」


 次第に影の王を追い詰めていくシラスナ。一斬りごとに強くなっていく攻撃に影の王は打つ手がない。


(なんて力だ!)


 信じられないほど強い一斬りを受けて、影の王は剣を構えることがついにできなくなった。


「終わりね」


 シラスナの一撃は影の王の顔面に直撃し、彼の目をつぶしてしまった。


「うっ、ぐおっ」


 小さく唸り声を上げた影の王は、そのまま厨房の奥まで飛ばされ、銀色の冷蔵庫の前で倒れこんだまま動かなくなった。

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