遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

インサイドステルス

 見えない剣の「羽音」が次第に大きくなっていく。シラスナは攻撃の手を緩めることなく影の王を追い詰める。防戦一方となってしまった影の王。ここまで苦戦した相手は初めてではあったものの、彼は戦いを楽しんでいた。


(あまり派手な戦い方は好きじゃないが、致し方ない)


 影の王は剣を弾きながら格納庫の戦闘機やヘリコプターの周りを飛び始めた。見えない剣や空を飛ぶ分裂した刃がそれらの燃焼タンクの上に亀裂を作り、中から燃料が漏れだす。そしてシラスナの剣やホージロの刃にかかった。


「発火したらまずいわ。一度引きましょう」


 シラスナが後退をホージロに促した瞬間、影の王が床面を剣で削って摩擦で火花を出させ、発火した燃料に一気に広がった。すぐに格納庫全体が炎に包まれる。


「派手なことしやがって」


 アルトは爆発から逃れながら影の王を探したが、燃え広がる炎のなかにその姿はない。彼はすでに火が及ばない格納庫の端まで退避していた。一方でシラスナは燃え盛る炎に飲まれまいと必死に走る。すぐにホージロが彼女をかばうように連れ出し、頬に火傷を負いながらも安全なエリアへと脱出を図った。火の手が格納庫全体にまで及んだところで上部のスプリンクラーから白い消火剤が撒かれ、あっという間に鎮火した。油と煤が混じった臭いに消火剤の白い泡が覆いかぶさる。


「シラスナさん大丈夫ですか?」


 焼け野原となった格納庫から離れて屈むシラスナの肩にホージロが手をかけて言った。その顔には黒い焼けた煤がかかっている。


「ええ。助かったわ、ホージロ」


 シラスナは頬にできた軽い火傷を撫でて言った。すぐに立ち上がると、胸ポケットから火傷用の医療テープを取り出し応急処置をする。迂闊だった、まさかこんな狭い格納庫で爆発を起こされるとは思わなかった。シラスナは右手を仰ぐように動かし、焼けた戦闘機の残骸の下にある見えない剣を呼び出した。とりあえず剣は無事なようだ。しかし影の王の思惑は別のところにあった。


「これで『見える』ようになった」


 影の王は黒焦げのプロペラの向こうから笑みを浮かべた。宙に浮くシラスナの見えない剣が白い泡で覆われている。火災を鎮火した際、白い消火剤がステルス塗装の上から剣にかかり、剣の形がはっきりと表れている。これでは見えない剣の意味を持たない。


「見えない剣、敗れたり……」


 勝利を確信しにやつく影の王にシラスナはすまし顔で言った。


「ふっ、甘いわね」


 シラスナの口角が上がっていくのと並行して、白い消火剤を浴びた「見えない剣」が再び透明になっていく。まるで画像加工でその場から存在を消したかのように。


「何だと? 一体どうやって」
「インサイドステルス。普通のステルス迷彩はただ物体の色を背景と同化させているだけだから、外部から色を塗られると、その色に染まってしまって形が浮き出てしまうの。でも戦場でたくさんの血や油を浴びる私の剣はそれだと使い物にならない。だから通常のステルス迷彩に加え、特殊な機能を付けてあるのよ。インサイドステルスといって、物体のそのものが存在しないと脳が錯覚を覚えるように、その剣からはある種の妨害電波のようなものが出ているの。だから私たち人間やロボットには、その剣は見えているんだけど見えない。カラーボールを投げつけたり消火剤をかけたくらいじゃこの剣は敗れないわ」


 シラスナの説明を聞いて影の王を驚愕した。じゃあこの女はどうやって剣を『見ている』んだ。彼女の言ったある種の妨害電波というものはおそらく音波か電磁波で、あの剣の内部から発せられているはずだ。当然ながら360度すべての方向に妨害電波を出していなければ複雑な動きをする剣をすべて見えなくすることは不可能だろう。となるとやはりシラスナにも見えていないと考えるのが妥当ではある。目を開いている以上、剣以外の視覚情報は得ているように思える。


「煙たいわね。それに油の臭いも、もう最悪だわ」


 シラスナは鼻を指すって影の王を見る。焦げた瓦礫を眺めていた影の王はゆっくりとシラスナの顔を見た。二人が一直線上に並び、お互いに剣を構える。


「やるねえ。どうするよ、影の王」


 焦げた戦闘機に座り込み、戦況を達観するアルトは頬杖をついて呟いた。その言葉はもう影の王には届いていないようだ。彼は目の前の敵に集中しきっている。ホージロは影の王の剣先が格納庫の出口を刺しているのを見つける。


「シラスナさん、あいつ動くつもりです。剣先が出口を向いています」


 小声で報告するホージロにシラスナは目で応えた。


「さすがね。しっかりついてきなさい」
「はい」


 ホージロは手元に戻ってきた刃を再び分裂させた。次の瞬間、影の王がシラスナに斬りかかるも、見えない剣がそれを受けとめ激しく火花が散る。影の王は反動で格納庫の出入り口まで飛ばされそのまま廊下へ抜ける。


「追うわよ!」
「はい!」


 アルトを無視して二人は全力で影の王を追いかけていく。ここでは分が悪いと思ったのだろうか。影の王はそのまま直進し、誰もいない戦艦の食堂で立ち止まった。均等に並べられた長机と椅子が二、三十列ほどできている。影の王は配膳カウンターのまえでじっとシラスナを待つ。
 するとしばらくして足音が止まり、あの『羽音』が聞こえてくる。右後方の死角から攻撃してきた見えない剣を影の王は細い剣で弾いた。まだシラスナは食堂には現れていない。やはり奴は見えていなくても攻撃ができるのか。戦いの衝撃で配膳カウンターにあった食器が割れ、甲高い音を立てて床に散らばる。その時、ほんの一瞬だけだったが白い消火剤に塗られた「見えない剣」が影の王の視界にはっきりと表れた。なるほど、そういうとか。今度こそ、見えない剣、敗れたり。

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