遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

分裂する刃

 研ぎ澄まされた沈黙が四人を包んでいた。シラスナは背中に担いだ剣に手をかけながら、影の王とアルトを順に見た。この狭い部屋では彼女の剣が圧倒的に有利だ。


(……一撃で決めてあげる)


 続けてシラスナとホージロは目を合わせ、ホージロも腰から剣を抜く。事前に打ち合わせておいた戦術を使う合図だ。


「終わりよ!」


 シラスナの掛け声とともに、彼女は背中にさげた剣を抜いた。その剣には刃も鍔も柄さえも存在しない。風を纏ったその剣を、シラスナは握ることなく操れるのだ。まさに「見えない剣」と呼ぶに相応しい愛刀だった。


「はああ」


 クールなホージロも声をあげ、アルトに向けて剣を構える。ひと振りしたその剣は空を切るが、刃がスライムのように分裂し、水のように飛び散ってアルトに襲い掛かった。


「なんだ、この剣は?!」


 アルトは驚きの表情を浮かべ、白い剣で飛び散った金属たちを振り払う。だがそれらはまるで意思があるかのように自由に空中を舞い、再びアルトの周りを飛びながら攻撃を続ける。


「アルト?!」


 影の王は思わぬ苦戦を強いられたアルトを心配して振り返ったが、それがシラスナに隙を与えてしまった。


「もらった!」


 シラスナは両手をただ前に伸ばすと、見えない剣が影の王に斬りかかる。


「何、消えた?!」


 勝利を確信したシラスナの目に影の王は消えたように見えた。しかし実際には足がなく宙に浮いた体でアルトを担ぎ上げ、彼を連れて狭い部屋から脱出したのだった。ホージロの分離した刃も彼女の剣に戻る。優れた動体視力を持つ二人にすら一瞬の出来事に映った。


(なんて速さなの)


 ホージロの目にも緊張が走る。シラスナと何度も練習してきた必勝パターンが初めて破られた。あの二人が相手では広いスペースに出られたら厳しい戦いになることは分かっている。何としても狭い室内で追いついて止めを刺さなければならなかった。でもあの速さ、どうやって追いつけというの。


「ホージロ、落ち着きなさい」


 混乱し始めているホージロを経験豊富なシラスナが落ち着かせる。


「あの二人は南方戦線でも戦ったことがある。宙に浮いている方はスピードがあるだけで攻撃はたいしたことないわ。腱を切って動きを止めさせるために細長い剣で手首や足首を狙ってくるから、距離をとって私の後ろにいなさい。もう一人も接近戦タイプだから広い場所に出たって勝機はある」


 シラスナは巻いた茶色い髪をヘアゴムで縛った。普段は余裕ぶっている彼女が本気の時だけみせる所作だ。


「で、でもあのスピード、速すぎます……」


 珍しく不安そうな顔をするホージロにシラスナは師匠の厳しさと母の慈しみをもった目で応えた。


「訓練を思い出すのよ、ホージロ少尉。大丈夫、あなたの索敵能力は優れている。私が背後をとられないようにしっかり守りなさい」


 こんなシラスナの目は初めてだ。ホージロは様々な感情が入り混じる腹の奥を強く抑えながら思った。確かにシラスナは傲慢で高飛車だが、世界で一番強い剣者となるためにひたむきに修行を積んできた。今のホージロにとってここまで頼もしい味方はいなかった。


「はい、シラスナさん。やってやりましょう!」
「その意気よ」


 シラスナは剣を鞘へ仕舞うことなく廊下へ駆け出した。ホージロも後に続く。皇帝の旗艦には狭い廊下が網の目のように張り巡らされており、それぞれが戦闘機などを収納しておく格納庫と繋がっている。影の王とアルトは高速で廊下を抜け、駄目もいない真っ暗な格納庫へひとまず退避した。


「危なかったな」


 アルトは戦闘機の上に立ちそう言うと、格納庫の扉を見つめている影の王に対して続けた。


「あの女、少しは戦術を学んだようだ。南方戦線でやり合った時にはただ闇雲に斬りかかるだけだったが。それにどういう訳か、今度はガキを連れている」
「……ガキじゃない。あいつはロボットで、たぶん俺たちと同じくらいの齢だ」
「なんだと?!」


 驚きを隠せないアルトを無視して、影の王は暗闇に中で話出した。


「女の剣はそれほど厄介ではない。距離をとって剣の『羽音』を聞き取れば容易に攻撃は回避できる。それよりもむしろあのガキのほうが危険だ」
「あいつの剣、刃が分裂しあがった。あれはいったいどういう仕組みなんだ?」
「わからない。だがあの程度の攻撃を食らったところで致命傷にはならない。おそらくそれはあいつらもわかっているはずだ。だとすれば『分裂剣の白髪あいつ』はあの女のサポートとして動くだろう」
「そうすると敵は二人で組んでかかるみたいだが、俺たちはどうする?」
「俺が殺る、お前は手を出すな」


 影の王は不気味な目を光らせ、シラスナの首を切り裂く瞬間を想像して興奮した。今すぐにでも殺しがしたい。
 やれやれとアルトが素振りを見せると、突然突風が吹き、見えない剣を影の王が受け止めて暗い格納庫に火花が散った。シラスナとホージロがそれぞれ二本ずつケミカルライトを格納庫に投げ込み、影の王の顔が不気味に浮き上がる。薄明かりではあるがしっかりと視認できる明るさだ。


「追ってこなければ死ななくても済んだのに」


 アルトの挑発にシラスナは答えた。


「逃げなければ死んでいたのは誰かしら?」


 アルトは何も言い返せず口ごもってしまった。そんな中でも影の王は細い剣を小刻みに震わせ、武者震いをやめなかった。



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