遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

光と闇の合流点

 バードが暗い顔でジェットヘリに乗り込むとまだ小隊のみんなは集まっていなかった。メカドがたった一人、剣を腰につけ発射装置とジェットパックを点検していた。


「どうしたバード。何かあったのか?」


 部下の様子を察したメカドはすぐに彼女に声をかける。


「いえ、何でもありません……」
「本当か? お前は真面目だから、顔を見ればいつもと違うことくらいわかる」


 コックピットへ向かおうとしていたバードは足を止める。メカド隊長にはなんでもお見通しなんだ。


「……私たちは何のために戦うのでしょうか? 平和のためにと司令官は仰いますが、本当にそうなんでしょうか。わからなくなってしまって」
「シラスナに何か言われたのか?」
「弱い兵士は強い英雄の引き立て役だって、私の命もそうなのでしょうか?」


 メカドはシラスナの正気を疑った。あの女、戦闘前にそんなこと言うなんて士気を下げるだけじゃないか。それにそもそもそんな考え方は許せない。


「心配するなバード。英雄の基準はどれだけ敵を殺したかじゃない、どれだけ仲間を護れたかだ。俺にとってこの小隊はかけがえのない仲間だ。誰一人おいて行ったりはしない」


 バードはメカドの言葉に励まされた。怖くて話難い人だと思っていたが、頼もしくて頼りになる隊長だ。バードは頷くと


「ありがとうございます」


と小さく頭を下げてコクピットへ入った。
 それと並行してレッドも艦の格納庫に姿を見せた。イメク、ギイト、アーク、フダカも一緒だ。ラークスとシラスナの小隊も出撃準備を始めている。レッドがヘリに乗り込む前にシラスナとホージロもそこへ現れた。


「ホージロ!」


 声を上げたレッドにホージロは久々の再会を喜んだ。クールな顔が少しだけ緩む。


「レッド」


「あら、あなたはあの時の」


横にいたシラスナが声をかける。


「メカド小隊のレッド・ドラクジです」
「ドラクジ? ってことはアロス司令官の」
「はい、息子です」


シラスナは目を大きく見開いてすまし顔をする。


「そうだったの。ならあなたにも期待はしておくわ」
「ありがとうございます」
「戦場で会いましょ」


シラスナは軽くウインクをするとヘリへと乗り込んでいった。その後を追うホージロが少し寂しそうな瞳をしていたのをレッドは見逃さなかった。


「もう行くのか」
「シラスナ大佐が待ってるから」


 引き留めたレッドにホージロは足を止める。シラスナはもうヘリの中におり、ここからは見えない。


「……死ぬなよ、ホージロ」
「レッドこそ。初陣なんでしょ?」
「やっとだ。うずうずして仕方ないぜ」
「気を付けて。サンガオーよりも強い敵がたくさんいるから。それに……」
『全部隊、出撃準備を急げ』


 ホージロが何か言いかけた時、艦長室からススの声が格納庫に響いた。


「それに? なんだよ?」
「何でもないわ。それじゃ、また戦場で」
「ああ」


 二人の剣士はまるで恋人のように手を振って別れた。もちろんレッドにもホージロにも特別な感情などはない。ただ同期であり、ライバルであり、戦友でもあり、お互いの身を案じているだけの間柄だった。しかし戦争というフィルターが二人の仲をドラマチックに描いていたことは言うまでもない。この時まではレッドもホージロもそのフィルターの色が放つ余韻に浸っていた。


☆☆☆


『全部隊、出撃!』


 アロスの合図で三機のジェットヘリは雲の上へと飛び出した。目指す皇帝の戦艦はもう真上である。バードは持ち前の操縦技術であっという間に戦艦の上に出た。新兵ながら他の二機よりもはるかに速い。


「メカド隊長! 目標地点に到達です!」
「よくやったぞバード」


メカドはバードを褒めたたえると


「総員、発射配置につけ!」


と大きな声で叫ぶ。レッド、イメク、アーク、ギイト、フダカそしてメカドの六人はジェットパックを背負い、酸素マスクをつけると勢いよくヘリの後方から空へと飛び込んだ。


「散会して戦艦のダストシュートを目指す! 訓練を思い出せ」
「はい! 隊長!」


 空の上で水平になったメカドの言葉にギイトが元気よく返事をする。
少し遅れて、シラスナ小隊やラークス小隊もヘリから空へと飛び込んできた。ホージロは身体よりも大きいジェットパックを背に刀を抜いた。その刃はジェットパックよりも長かったが、彼女が左手で剣先を握るとスライムのように分裂し二つの剣となった。


☆☆☆


『敵襲! 歩兵部隊は直ちに迎撃せよ』


 皇帝の旗艦で彼の部下、四小隊を預けられたシャドゥー、デス、影の王、アルトはならず者出身の寄せ集め小隊の前でその知らせを聞いた。


「敵が湧いたぜ」


 デスが嬉しそうに剣をなめると、シャドゥーが立ち上がった。


「私が出る。影の王とアルト、デスはここに残れ」


 シャドゥーは四小隊を引き連れ、ジェットパックをつけて空へと向かおうとしていた。


「あの女がいたら、必ず逃がせ。俺の獲物だ」


 影の王は細い剣を研ぎながらシャドゥーに言った。


「わかっている」


 シャドゥーは鉤爪を構えると部隊をつれて空へと飛びたった。


☆☆☆


「出てきちゃったよ、参ったな」


 ラークスはやれやれといった感じで戦艦から飛び出てくる皇帝軍の兵士を眺めた。光と闇の合流点ともいうべき地上から50キロも離れた大気圏で、史上類をみない白兵戦が始まろうとしていた。





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