遠未来でアラサー女剣士の弟子になりました

藤 夏燦

戦争は始まったばかり、チャンバラはまだ始まらない

 深い闇。それは途轍もなく広大な宇宙の原色だ。何もない暗闇では絶望が存在するが、眩い光があるおかげでその絶望に打ち勝つことができる。しかし時として光は、宇宙の暗闇をさらに深いものにもしてしまう。広い宇宙の片隅で一際目立つ美しい光がある。その光のほうへと目を向けてみることにしよう。
 灰色の都市にたくさんの車。青い海に緑の山。そして白い雲。すべてが渾然一体となってこの光は放たれている。青く、丸い地球の光。だがそれだけではない。さらに強い光がここにはある。
 すると突然、大きな宇宙艦が目の前を横切り、赤い光線が放たれる。戦争――人々は恐怖する。そう、ここには戦争が放つ強い光がある。
 今、一隻の宇宙艦が地球へ落ちていく。蝋燭が消える間際のような美しい色が一瞬現れて、炎を上げる。そして爆発が起こり兵士たちの亡骸が飛び散る。




――大気圏外――


 共存軍の司令官、アロス・ドラクジは冷静な軍人で今日も艦隊の指揮をとっていた。彼の目標は犠牲者を出さないこと。当然、目標が達成されることはない。だが作戦遂行よりも部下の命を重視する彼の姿勢に皆の信頼は篤い。そんなアロスの額に汗が滲んでいる。戦況は最悪だった。


「第七艦隊、大破! 第八艦隊も被害甚大です」


 女性オペレータのミサが声を荒げた。


「アロス艦長、撤退しますか?」


 アロスは迷っていた。彼は一度も敗戦をしたことがない。そんな自信が彼を油断させたのか。それともただ単に敵が強すぎたのか。ここまで無様に攻められたのは初めてのことだった。


「九と十艦隊はまだ動けるのか?」
「はい、被害は少なくまだ動けます」


 アロスには秘策があった。地球の軌道上での艦隊戦。太陽の光を背中につけることができれば相手の目がくらんでこちらに勝機が生まれる。しかしまだアロスたちの艦隊は夜のなかだ。太陽が昇るまで待たなければならない。
 ミサは不安そうにアロスを見つめた。並みの司令官ならオペレータの自分が強引でも撤退させるべきだと思った。しかし相手はアロスだ。ミサは自分の独断で作戦を失敗させてはならないと考えた。


「第八艦隊を後ろに下げて、第十艦隊を進軍させろ。勝機は必ず来る。それまでみんな持ちこたえるんだ!」
「わかりました」


 アロスに言われた通りミサは指示を送り、戦局は少しずつ動いていく。


(焦るな、まだチャンスはある)


 アロスは汗ばむ拳を握りしめた。一度も負けたことがないというプライドが彼の信念とぶつかっていた。それはまるで今、目の前で起きている戦争のようだった。


「第九艦隊、敵艦隊を撃破しました!」


 ミサの喜々とした声が艦内に響く。アロスの指示が功を奏し、敵の艦隊は大打撃を受けていた。それは同時にアロスの心の中でも起こり、失いかけた自信が蘇ってきた。


「その調子で前に進もう! いくぞ!」


 アロスが叫んだ時、指令室が光に包まれた。真っ白な光がすべてを包み込むと、彼は気を失ってしまった――。


☆☆☆


――共存軍作戦司令部――


 目覚めると安っぽいコンクリート天井の下だった。アロスは右足に火傷を負い、地球の基地に運び込まれたのだった。彼は軍病院の個室でベッドの上に寝かされていた。身体を起こしたところで、共存軍の上官メコ将軍が入ってきた。


「……艦隊は、無事なのですか?」


 アロスが尋ねた。メコ将軍を暗い雰囲気が包んでいた。


「全滅だ。第五艦隊から第十艦隊まですべて。ミサ以下、君の直属の部下も全員死んだ」


 アロスは言葉を失った。俺だけが、偶然レーザーの標的になって助かった。作戦は大失敗に終わり、アロスの信念も砕け散った。


「……すべて私の責任です」


 長い沈黙のあと、アロスは口を開いた。そのひとことを言うだけで精一杯だった。


「君が生き残ってくれただけで十分だ」


 メコ将軍はアロスを見つめたが、彼が目を合わすことはなかった。



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