透明JKと、シーグラスの幻

藤 夏燦

宵の渚

 渚はいろんな音がする。夜が間近に迫った9月の砂浜を、コヂカは制服のスカートを揺らしながら歩いていた。暗闇に目を凝らしてスニーカーの先を見つめる。


「コヂカあぁ、あんまり遠くに行かないでよ!」


 クラスメイトのカンナの声が波間に響いた。コヂカは振り向いて、遥か先で友人たちと砂浜にしゃがむカンナに頷いた。カンナとその取り巻きたちは、波打ち際でおしゃべりをしながら、打ち上げられた漂着物を拾い集めている。宵の静かなさざなみは彼女らのおしゃべりによってかき消された。コヂカは一刻も早くここから抜け出したい一心だった。


☆☆☆


「うわめっちゃ綺麗。すごい、かわいい」
「でしょでしょ」


 今日のお昼休み。机を寄せて4人でお弁当を食べながら、カンナのスマホをみんなで回し見た。ハンドメイドのドロップピアスをメルカリで見つけたらしい。紺青に染まったその色は、カンナ曰く世界に一つしかないものだという。


「いいなあ、カンナ似合いそう」


 スマホをカンナに返しながら、シオンが言った。二重の瞼に、黒くてさらさらの前髪がかかる。


「へへっ、そうかな。まあでもこれが欲しいってわけじゃなくて、うちらにも作れんじゃんって話」
「ハンドメイド?」


 マリが尋ねた。中学から水泳部の彼女の髪は色が抜けて光が透けている。


「そうそう。貝殻とかシーグラスってやつを拾ってさ」


 ビーチコーミングと言うらしい。飾り物や装飾を作るために海岸に行って、打ち上げられた漂着物を集める。シーグラスとはガラス片や割れた瓶が波にもまれて丸くなったもののことを指し、スマホのディスプレイに映ったそれは、まるで宝石のように様々な色を放っている。カンナはまとめサイトを開きながらそこに書いてある言葉を咀嚼していく。


「まあつまり、海に行って、綺麗なやつ拾って、洗って加工するだけだよ」
「めっちゃアバウト」


 マリが笑った。薄埃うすぼこりが輝く髪に付いていた。


「でもいいね、うちらだけのピアスって。なんか青春って感じ」


シオンの言葉にカンナは相槌を打った。


「さすがシオン、わかってるわーっ。ね、コヂカもそう思わない?」


 それまで卵焼きを箸で切ったり摘まんだりしながら、ぼんやりと話を聞いていたコヂカは、カンナの不意の問いかけに、


「あ、うん。そうだね。めっちゃっぽい」


とそこはかとなく同意した。


「じゃあさじゃあさ、今日部活終わったら早速行かない?」


 カンナがそういうとシオンとマリは


「いいねー」
「いこいこ」


と話に乗った。コヂカもすかさず


「うん、行こう」


と箸を止めて答えた。


「よっしゃ、決まり。やっぱうちらって海の近くに住んでて得してるわ」


 カンナが屈託のない笑顔で笑った。コヂカはその笑顔に胸が締め付けられた。


☆☆☆


「2組の片岡ってさあ、横顔だけほぼ菅田将暉だよね」
「いや、ないでしょ。なんで?」


 打ち付けられた波音に品のない会話が乗った。カンナとシオン、マリの三人は漂着物集めに飽きたらしく、いつも教室でしているようなおしゃべりに耽っていた。こういう時、一番綺麗で立派なシーグラスを見つけてくるのは『まじめで常識人』のコヂカの役目だった。誰よりも美しい色合いを見つけ出して、


「さすがコヂカだよね、うちなんて全然使えるやつないよ」


とかカンナに言われて、


「やっぱうちらとセンスが違うよね、コヂカは」


ってシオンに羨望なのか嫉妬なのかよくわからない目を向けられる。そして、集めた漂着物のクオリティの違いに


「いやコヂカとカンナの差よ」


とマリが茶化して


「あんたも変わんないじゃん」


とカンナが突っ込む。
 そんな目前にある未来を想像して、コヂカは誰にも聞こえない声で乾いた笑いを吐いた。こうやってカンナたちから背を向けて、暗闇の何もない砂浜を見つめていると心が安らいだ。本当の私はここにはいない。潮の匂いが涙を想起させるので、コヂカは黙って一番綺麗なシーグラスを探した。
 シオンはともかく、カンナとマリは友達思いで本当に良い子たちだと思う。カンナはおしゃれだし、思いやりがあって、裏表のないクラスの人気者だ。マリは口が悪くてやんちゃそうだけど、体調が悪いときには真っ先に心配してくれる。まあシオンもちょっと鼻に着くところはあるけれど、基本的には良い子だし、なによりクラス一の美人で男子から人気がある。3人は常に楽しいこと、面白いことを探していて、コヂカを飽きさせない。あの子たちと一緒にいるからこそ、コヂカは充実した高校生活を送れていると思っている。
 だけど、なんだろう。コヂカの心のグラスにはぽっかりと穴が開いていて、3人が精一杯に青春を注いでも、全部流れ出て行ってしまう。だから3人は決して悪くない。悪いのは楽しいことを、楽しいと感じられない私の方だ。
 うつむいたまま渚を歩いていたコヂカは、貝殻と貝殻の隙間から臙脂色えんじいろのシーグラスが顔を出しているのを見つけた。屈んで手にとってみると、コーラの瓶の欠片だろうか。いびつな形をしてところどころ尖っている。色も煤が抜けたみたいに疎らに透過して、ちぐはぐに汚れているようだ。コヂカはこのシーグラスがとても気に入った。ハンドメイドの材料にはなりそうにないけれど、見る角度によって装いが変化する趣が好きだ。でも3人に見せたらなんて言うだろう。


「え? なんか微妙じゃね」
「コヂカらしくない」
「ほかには? ほかには?」


 シーグラスの鬱屈とした行く末を案じて、コヂカはこっそりとそれを制服のポケットに入れた。哀切を極める橙色の空は、この時期はゆっくりと深く変化していく。3人を喜ばせるために、ありあわせで比較的綺麗なシーグラスや貝殻を集めて、コヂカはカンナたちの元へ戻った。



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