透明JKと、シーグラスの幻

藤 夏燦

黒い海

 コヂカの心にはズレがある。宵も更けた海岸からバスで家に帰る途中、コヂカは座席に腰掛けてポケットの上からシーグラスを撫でていた。黒い海の中を漁火が流れていく。隣の席にはマリ、一つ前の席にカンナとシオンがスマホ片手に話し込んでいる。今日も学校でいっぱい話して、それぞれ部活に行って、そのあとシーグラスを拾って、充実した一日になった。コヂカは4人のLINEグループに載せられたアルバムの写真をぼんやりと眺めながら、画面左上の時刻が変わるのを刻一刻と追っていた。


「うわ、片岡たち心スポ行ってる」


 マリが独り言のように呟いた。いつの間にか話はビーチコーミングの話題から逸れている。


「え? まじ、どこ?」


 カンナの声に、マリが喜々として他の3人に言う。


「ストーリー、ストーリー。早く見て」


 コヂカも一応、インスタを開いてホーム上のストーリーを開いた。2組の片岡君とその友達2人が、懐中電灯片手にスウェット姿で壊れたゴンドラに座っている。


「ここ、裏山のとこだよね?」


 シオンが尋ねるとマリはシオンの座席にもたれかかるようにして言った。


「うん、たぶん。あの廃遊園地」
「うわあ……。まじやめなって、あいつら」


 カンナは呆れたように投稿を見ている。


「怪我でもしたらどうするんだろう?」


 コヂカがそういうと、カンナも


「ほんとだよね……」


と同意した。そんな2人を見てマリは調子付いたのか、


「しかもここ。ほんとに出るらしいよ」


と小声で話はじめた。


「まじ?」


 一方、シオンは怖いもの見たさな一面もあり、興味津々だ。


「うん。昭和の時代に、小学生くらいの男の子が、あの遊園地であった事故で死んじゃったんだって」
「えぐ」


 シオンはため息を吐くように言った。


「でもよくこんなとこ行けるよね」
「ね」


 カンナの声に今度はコヂカが同意した。4人の中での役割はだいたい決まっている。カンナの長いまつげと跳ねた毛先を眺めながら、コヂカは胸に小さな安堵が湧いているのに気づいた。こうやって意見が合うと、少しだけ心のグラスにも水が満たされる。それでも心の大きなズレが、またその水を流しだしてしまう。マリたちが退屈しのぎのネタにするこの「心スポ」が、コヂカにとってよすがとなっていることを他の3人は知る由もない。


☆☆☆


 廃遊園地。『観音ワンダーランド』は、高校がある山麓とは反対側の裏山にひっそりと建ち続けるわりと大きめの遊園地の廃墟だ。コヂカが生まれた頃にはもう閉園していて、権利の関係で立て壊すことが難しい状況らしい。学校の教室からでも見える巨大な観音様が目印で、管理者を失って風雨にさらされたその御体は白いモルタルが溶けて火傷のようである。漆喰壁のようになった哀れな観音様のお顔が、誰もいない太平洋の彼方へ、今も向きつづけているだけだ。
 閉園後に生まれた現役時代を知らない若い世代にとって、ここは忘れられた空間か、最良の肝試しスポットでしかない。けれどもコヂカにはこの荒廃した空間が、なぜだか心地よいものに感じられた。コヂカは6限目の教室から見る、観音様越しの日没が大好きだった。それはどこか物悲しく、死の雰囲気を漂わせるものだからかもしれない。こんなことカンナたちに言ったら気味悪がられると思うけど、コジカにとって死の雰囲気は、晩夏の午後の縁側のような、安らかなくつろぎを担っていた。



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