先輩が守ってあ・げ・る

葵 希帆

 生徒会長 楠葵

「いてて……」
「ごめんね、大丈夫」

 どうやら雄二は誰かとぶつかってしまったようだ。
 しかも声を聞く限り女子生徒のようだ。

「立てる?」

 女子生徒は髪を耳にかけながら右手を差し伸べる。
 雄二はその手を掴み見上げた時、初めて女子生徒の顔を見た。

 その瞬間、心臓が激しく脈を打つ。

 とても綺麗だった。

 まず、雄二の語彙力ではこれが限界だった。

 そして、この顔は見たことある。

 入学式で在校生代表の挨拶をした、生徒会長の楠葵である。
 身長は雄二よりも大きい。
 多分百七十前半はあるだろう。
 そして腰まで長く青みかかっている黒髪も美しい。
 風に吹けば一本ずつ揺れ動くほどサラサラしているだろう。
 しかもよく手入れをされているおかげで枝毛一本も見当たらない。
 前髪は眉のところできっちりとそろえられている。
 柔和な目のおかげで身長が大きくてもあまり威圧感を感じられない。
 肌もきめ細かく、唇も薄っすらピンク色でふっくらしている。
 胸も大きく、ブレザー越しなのにその形がくっきりと主張している。
 推定Eカップはあるだろう。

 ネクタイの色から三年生だということが分かる。
 そんな先輩、葵が申し訳なさそうな顔をして手を差し伸べている。

「ありがとうございます」

 雄二はお礼を言いながら葵の手を取り、立ち上がる。
 その手はサラサラしていてプニプニしていた。
 明らかに男子とは違う手に雄二の頬が赤くなる。

「ごめんね。怪我とかしてない」

 葵は心配そうに雄二の体を見る。

「はい。僕はなんともないです。それよりもすみません。少し考えごとをしていてぶつかってしまって。楠先輩こそ大丈夫ですか」
「私は倒れなかったから大丈夫よ。あら、私の名前知ってるの」
「はい、入学式のとき挨拶してましたから」
「嬉しい。あーいうのって誰も聞いていない人が多いんだけど。私は三年生の楠葵です。よろしくね……ごめんなさい、名前教えてもたってもいいかしら」

 葵は雄二の名前を言おうとして名前を聞いていなかったことを思い出したのだろう。
 少し、バツの悪い顔をしている。

「はい、僕は中村雄二と言います」

 雄二は葵に自己紹介をする。

「中村君ね。さっきは本当にぶつかってしまってごめんなさいね」
「いえ、余所見していた僕も悪いですから」
「中村君は優しいのね。それじゃー私は移動教室だからこれで失礼するね」
「はい」

 葵は手を振りながら笑顔で立ち去っていった。
 雄二はさすがに先輩に手を振るわけにもいかず、会釈して対応する。

 それにしても美人で優しい先輩だったな。

 雄二は葵が消えていった方向を見つめながら思わず頬がにやける。

 まさかあんなに可愛くて綺麗な先輩と話ができるとは。

 憂鬱だった気持ちが晴れ渡るかのように澄んでいく。
 雄二は改めて葵と握った手の感触を思い出し鼻歌を歌いそうになるのをこらえた。

 こんなところで歌い始めたら変人のレッテルを貼られるに違いない。
 その後、雄二も授業が始まるため自分の教室へと戻っていった。



春の訪れが冬に積もった雪を溶かし植物を芽吹かせるのと同じように、雄二の心になにか芽吹き始めていた。

だが、雄二はその芽吹きにまだ気づいていない。

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